作品タイトル不明
第160話 動力の力 化学の力 7歳 秋
村に産院も建設しようという話をした翌日。
村長の長屋敷の山側にある、醸造所の建設予定地へと現地視察に赴いた。
産院は醸造所に併設してインフラを共用しよう、という計画だからね。
「あれ。シグリズ様だけなんですね。あの2人は?」
「馬に乗れませんから、長屋敷で仕事を続けるようにお願いしておきました。それにしても景色が良いですね」
醸造所の建設予定地は、フィヨルドの影になる部分を酒蔵とするために、フィヨルドの奥まった高台になる村長の長屋敷のさらに奥まった場所にあり、そこからはフィヨルドの青い海と黄色と赤に染まった木々を一望できる。
秋の風に吹かれ長い金髪をゆるくまとめ、颯爽と馬を乗りこなしフィヨルドを遠望するシグリズ様のお姿はまさに高貴な北方の女戦士。
醸造所の建設に従事している男たちも、その華やかな姿に思わず見惚れてるほどだ。
馬に乗せてくれているエリン姉も、格好いい、とか呟いてる。
皆、中身の腹の黒さを知らないからなあ…。
「醸造所の建設の進捗はいかがですか」
シグリズ様が建設に従事している男衆の代表者と、進捗について話をしている。
醸造所の建設は、村の将来の発展に直結するからね。
「トール様、ご無沙汰しております」
建設工事の人員の中には、3人の酒造りの女衆もいた。
アストリッド、ラグンヒルド、イングリッドさんの3人だ。
特製大麦酒造りを成功させたためか、自信に溢れているように見える。
最初に会った際に、今まで考えたこともないような大麦酒を造るよう無茶振りをされて青い顔をしていたことが嘘みたいだ。
人は成長するものだねえ。
「3人ともよくやってくれたね。特製大麦酒の評判はとても良かったよ。北方一の大麦酒として村を代表する特産品になると思うよ」
「ありがとうございます。実は困っていることがありまして、トール様にご相談したく」
「困ったこと?」
僕の問いかけに、アストリッドさんが代表して答える。
「大麦酒の保管用の横穴が不足してきておりまして。穴の中を占領している鉄屑をどうにかしてもらえないかと…」
「ああ、戦利品の武器防具だね。鉄屑、かあ…」
村を襲撃した連中から没収した斧、盾、兜等の武器防具には、基調な鉄が豊富に使われている。ただ、あまりに数が多いので鋼の剣や鎖帷子のような貴重品を除き、一般兵士が使う用具は一時的に酒蔵として掘られた穴に保管されていたのだが。
「そうか。お酒を本格的に作るようになったら邪魔だよねえ」
「ええ。私らでは価値もわかりませんし」
如何に貴重な鉄を使っていようと、彼女らにとっては邪魔な鉄屑に過ぎない、というのはわかる。
工事の人間も出入りしているし、もはや保管場所としては適さないだろう。
「ちょっと心当たりにお願いしてみるよ」
「お願いします」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ちょっと鉄製品を預かってほしいんだけど…」
僕が訪ねたのは、鍛冶の職人の工房。
彼の工房であれば、鉄を置いておく場所ぐらいあるだろう。
ちょっと暴走して勝手に鉄を使ってしまいそうなのが心配な点だけれど、燃料さえあれば鉄は打ち直せるからね。
「ああ。トール様。これはどうも」
「…それ、なんだい?」
親方は鍛冶の工房の一画にある、大きな縦置きの木製車輪に取り付いていた。
直径は僕の慎重とほぼ同じ、およそ1メートルぐらい。
大きな車輪は小さな車輪と革のベルトで繋がっている。
「これは…よく回る車です。まずは見ててくださいよ」
親方が大きな手起きの車輪を手で回すと、ベルトで連結された小さい車輪が、勢いよくカラカラと回った。
「よく回るでしょう?」
「…そうだね」
実際、親方が車輪から手を話したというのに、カラカラと車輪は勢いよく周り続けている。かなり接触面の摩擦が少ないのだろう。
滑らかな高速回転だ。
「鉄と青銅を車の軸の中心に使ってましたね、よく回るんでさあ」
「すごいねえ…ところで、これは何に使うの?」
蜂蜜の遠心分離機に使った滑り軸受けを独自に改良していたらしい。
ベルトの動力伝達機構と合わせることで、小さな車輪を高速回転させる技術を実現したのだから、実際大したものだ。
「いやあ何に使えるんでしょうね。トール様は、なにか思いつきませんか。なにしろ滑らかに速く回転させることだけを考えてたもので」
「…まあ、何か考えてみるよ」
技術者からしてみれば、そこに技術があったらやってみた、というやつなんだろうか。これだけ高速回転する機構があれば、いろいろと使い出がありそうな気はする。
回転動力を用いる設備。糸紡ぎ、粉挽き、旋盤…。
「トール」と、エリン姉に肘で突かれて思考を中断する。
「ああ。そうだった。斧や盾を工房で預かってほしいんだけど」
「まあ、それぐらいなら…」
鉄で儲けたのか、親方は工房をだいぶ広げていたので、斧や剣を置く場所ぐらいは確保できそうに見えた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あとは、冬の家の虫の問題を何とかしたいんだよねえ」
「虫、きらーい!」
「エリン姉が冬に 馬(レット) と一緒に寝るなら、本当に綺麗にしないとね」
北方の冬の家は家畜を冬の外気から守るのと、家畜の体温で暖を取るために同居する構造になっている。
それはまあ仕方ないんだけど、動物と同居するとどうしても衛生問題が発生する。
とくにノミ、シラミ、ダニなどの虫がね…。
不快なだけでなく病気にもなりかねないし、赤ん坊には命に関わる問題だ。
一応は、衛生のために毎週サウナに入ったり、煙サウナで服や敷物を燻蒸したりはしているんだけどね。
「そこで2つ、虫の対策を考えました」
「2つ?」
「1つ目。家畜用の櫛を作って配ります」
家畜の毛を一生懸命に梳いて、物理的に虫を殺す。
どの家もやっていることではあるんだけれど、手作りの櫛は品質もまちましだし、材質も木だったり骨だったりと劣化しているものも散見される。
単純に忙しいのと貧しいのとで、そこまで手が回っていなんだよね。
「幸い、村には鯨の骨や歯があります。これを材料として配ります。社交場で腕の良い人と一緒に作ります」
家畜用の櫛は、大雑把に梳く歯の間が大きいものと、細かい虫がとれる歯の間が狭いものと両用にできるものを作る。
地味だけど、必ず効果はあるはずだ。
「えー。家畜の毛を梳くのって、あたし達の仕事になるんでしょー?」
「まあね。でも馬も喜ぶし、ベーグルも仲良くしてくれるかもしれないよ?」
「じゃあ、やってあげてもいいかな!」
冬の仕事が増えると口を尖らせていたエリン姉も一転して機嫌を変える。
「2つ目は、虫が嫌がる薬を作ります」
北方の害虫に、化学の力、というやつを思い知らせてやるのだ。