軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第131話 病み上がりだから人に仕事を任せよう 7歳 晩夏

馬で走ることの気持ちよさを、どのように伝えたら良いのだろう。

視点が高くなってドキドキするとか、フィヨルドを渡る冷涼な風に吹かれるのが気持ち良いとか、視覚的、感覚的な非日常感は当然あるのだけれど。

馬という生き物が走る際に発する、走ることって楽しい!という本能的な生命の喜びの息吹を背中から分けてもらっている気分は、馬に乗るまでは想像したこともなかった。

僕は夏のフィヨルドの景色という世界で最も美しい光景を堪能しながら、馬に乗る喜びを満喫していた。

これが仕事に向かう途中でなければ、もっと楽しかったのに…。

「着いたわよ」

「…はーい」

病み上がりだし、と心配したエリン姉には馬で送ってもらった。

まだ鐙まで足が届かないので、降りるときも慎重になる。

「こんにちはー!」

「…どうぞ」

門番を勤める郎党の人に挨拶してから長屋敷に入る。

気のせいか、郎党の人の態度が少し変わった気がする。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「シグリズ様、お呼びにより参上しました」

「トール、来ましたか。もう体の方は大丈夫なのですか?」

「はい!もうすっかり良くなりました!」

子供の体というのは、体調を崩すときは一瞬なのだけれど、回復も一瞬なのだよね。

栄養をとってゴロゴロしているだけで、体力まで回復するんだ。

「あなたと話をしているとついつい忘れてしまうのですが、本当にまだ子供なのですよね。ですから、あまり無理をさせたくはないのですが…とりあえず、お茶をとお菓子を出してから話をしましょうか」

村長婦人が合図をすると、侍女の人が木の皿にお菓子を。銀の器に沸かした薬草茶を淹れて持ってきてくれた。

お菓子は、チーズとベリーの蜂蜜がけ。お茶は、なんと僕にも銀の杯が用意された。

仕事前にお菓子とお茶をくれるし、おまけに器は銀。

厚遇に感激するよりも、これから押し付けられる仕事量を想像して怖いぞ。

でも、お菓子美味しいから食べる。。

子供の味覚は甘いものには逆らえないのだ。

◯ ◯ ◯ ◯

お茶とお菓子で一通り落ち着いてから、シグリズ様が言葉を漏らした。

「あなたが倒れた、と聞いて眼の前が真っ暗になった気分になりました」

「ええと、ご心配をおかけしました」

そんなに心配をかけたとは知らなかった。

シグリズ様はジロリとこちらを睨みながら、続けた。

「ええ。とっても心配しましたとも。兄とあなたが残した、あの膨大な残された仕事を一人でやらなければならないのか?と」

「あはは。シグリズ様も冗談がお上手ですね…冗談ですよね?」

「もちろん、冗談ですとも」

「ははは」

「おほほ」

シグリズ様は笑っていたけれど、目が半分マジだった。

僕は話題を変える必要を感じ、姉の話をする。

「そういえば、姉が馬を頂きましたそうです。お礼を申し上げます」

「いいのですよ。あの子もすっかり懐いているようですし」

うーん。資産持ちの発言だ。

飼葉と冬の干し草をどうしようか、と頭を悩ませている我が家とは大違い。

「それで、あの馬はなんという名前なんでしょう?こちらで好きに名前をつけて良いのでしょうか?」

「それはもう。譲った以上は、そちらの子ですから命名も好きにしたら良いと思いますよ」

なるほど。では命名はエリン姉に任せるか。

北欧神話に何か良い名前がなかったかな。

「シグリズ様。ところで、僕の家は貴族になったそうですが、いったい何をしたらいいんでしょう?これまでと何が変わるんでしょうか?」

馬鹿みたいな質問だけれど、一族で貴族になるのは我が家が初めてなのだ。

貴族初心者向け講習、などというものが存在しない以上、わからないことはとにかく聞いて知識のギャップを埋めていかなければならない。

「そうですね…貴族身分とそうでない者の違いは多岐にわたりますが…」

シグリズ様は記憶を軽く探るように、白く形の良い指を眉間に当てる。

「貴族になると、税を治める側から、税を取る側に回ります。これが最も大きな立場の変化かもしれません」

「なるほど…」

納税する側から徴税する側に回る。

税金という言葉が支出から収入を表す言葉に変わる。

それは確かに大きな変化だ。

「もちろん、税をただ取るだけではいけません。貴族としての名誉が保たれる暮らしをする必要はありますが、貴族としての義務を果たす必要もあります」

「貴族の義務…例えば、どんなものでしょう?」

召集に応じての一定期間の軍役とか?

それは中世封建時代の話か。

「あなたには管轄する事業がありますよね。税を取り村の事業に投資して下さい」

「それはもうやっているような気が…」

「村の防衛に参加する義務があります。一兵卒ではなく指揮官として」

「それも、もう父がやっているような…」

「民会に参加する義務があります。徳に意思決定に関わるものとして」

「それも、先日やっていたような…」

あれ?村長婦人が挙げる、村の貴族としての義務については、ことごとく父ちゃんと僕でだいたい既に果たしているような気がする。

「そうですよ。ですから私も夫に、さっさとあの家を貴族に任じなさい、とせっついていたのです。他の村の村長たちから引き抜きを匂わされて、ようやく重い腰を上げたようですが」

「そういうことですか。なるほど…」

民会でなし崩し的に貴族に任じられたのも道理だよ。

父ちゃんは、既に貴族として果たすべき義務を貴族になる前から果たしていた、ということね。

逆に貴族に任じなければ、他の貴族はいったい何をしているのだ、と民からも不満がぶつけられる羽目になったのだろうね。

「すると、我が家は今のままでも良い…?」

「身形は貴族らしくした方が良いでしょう。人は外見で人を測るものです。貴族としての品位を衣装や装飾品で示すのは貴族の義務です。

あなたも髭を蓄えたり剣を佩いたり…は、もう少し大きくなってから頑張りましょうね」

なんか最後は雑にまとめられた。

大丈夫。ちゃんと父ちゃんぐらい頑張って大きくなるつもりだからね。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「ところで、長屋敷の中がすごいことになっていますね」

村長婦人の私室区画に来る前に通った大広間には、襲撃者達から武装解除で取り上げた剣、斧、槍、盾、鎖帷子などが山のように積まれていた。

「ええ。それも頭が痛いのです。数も多いし、何より重いですからね…」

「村の全員を武装させられそうな量ですものねえ」

長船5隻分の戦士の装備だから、ざっと250人分の武器防具だものなあ。

幼い子どもを除いた全ての村人を武装させるだけの武器防具を一度に手に入れてしまったわけで、とても普段の武器庫などには入り切らない量だ。

「全てを農具に鋳潰す、というわけにもいきませんしね」

「それは、戦士達が反対するでしょう」

鉄製品なので手入れを怠れば錆びるし、良質な長剣や鎖帷子は貴族や富裕層の持ち物で価値も高い。

例えば、良い剣なら牛10頭以上の価値があるし、鎖帷子は20から30頭ぐらいの価値がある、そうだ。相場は父ちゃんに聞いたんだけどね。

盾だって中央に鉄の丸い握りの覆いがついて皮が張られている戦闘用のものなら、牛3頭分の価値はある。

だから、広間には武装だけで牛2000頭分ぐらいの価値の装備が無造作に転がっていることになるんだ。

村長婦人は武器、盾、鎧にあまり価値を見出していないみたいだけれど、この状態はとても良くない。

郎党や出入りする戦士達だって、良い武器や防具は欲しい。ただでさえ公私の区別が緩い時代だし、ついつい賠償の品々に手が伸びてしまうことがあるかもしれない。

「不用心ですね」

「仕方ありません。置くところがないのですから。天井棚におけば梁が落ちるでしょう」

鉄製品だものなあ。天井の梁は干した鱈を保存するために棚が置かれているけれど、当然ながら鉄製の武器防具を吊り下げるようには作られていない。

「品目のリストは作っているんでしたっけ」

「貴女の姉にも手伝ってもらっていますが、まだ途中ですね」

シグリズ様が溜息をつく。

村長が出征しているから、全ての相談が集中しているんだろうなあ。

リストづくりのような手を動かす仕事は他人に任せたいのだろうけれど、能力とモラルで信用できる人もいないのだろうな。

「これは提案なのですけど、高価な剣や鎖帷子は除いた武器防具は、穴を掘った酒蔵の方に移動させましょう。牛に積めば運べるでしょう」

「それはいいのですが、リストを作らないと…」

村長婦人は病み上がりの僕には仕事を振らないつもりらしい。

それは気遣いとしてとても有り難いことだけれど、彼女はもっと人に任せることを覚えて欲しい。

「それは女衆に任せましょう。酒蔵を運用するために目をつけている人達がいるのでしょう?その人達を訓練する良い機会ですよ」

「武器や防具の運搬を村の女衆に任せるのですか?」

僕の提案を、村長婦人は意外そうに受け止めた。

「はい。一般的に言って、女衆は武器防具にあまり興味がないですからね。酒と一緒です。積み荷が途中で失われるリスクは低いでしょう。

運ぶのには牛が使えますし、積み下ろしには郎党の手を借りてもいいのです。

重要なことは、酒蔵を仕切る予定の女衆に、リスト作り、運搬、荷下ろしと保管のチェックの経験を積んでもらうことです。

今後、村で大規模に運営する予定の大麦酒の酒造のために、またとない訓練の機会になるかと思います」

僕が言い終えると、村長婦人は僕の顔を見つめパチパチと何度か瞬きをしてから、そっと頭を撫で始めた。

「あなたの風邪が大したことがなかったことを、私達は癒やしの女神エイールに感謝すべきかもしれませんね」

しばらく僕の頭を撫でてから、村長婦人は村の女衆の名前を何人か上げて、侍女と郎党に屋敷まで呼ぶように命じたのだった。