軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第130話 たまには風邪を引くのも子供の仕事 7歳 晩夏

長船の列が櫂を漕ぎ、フィヨルドの水平線の向こうへと去っていく。

父ちゃんは村へ帰ってきたと思ったら、すぐに行ってしまった。

「父ちゃん、行っちゃったね…」

「大丈夫よ。あんなに大勢で出かけるんだから安心よ。すぐに帰って来るから!」

「うん…」

「むに!むに!」

20隻を超す長船の大艦隊には、村長や村の主な戦士達も含まれている。

彼らは端的に言えば、強制執行《差し押さえ》艦隊である。

北方社会において民会の判決の履行に責任を持つのは、被害者側による自力救済が原則であるから、長船の大艦隊はアルンビョルンの村や、彼に協力した村々を訪問し、しかる後に莫大な賠償に関する今後の返済計画について、しっかりと文書で約束を取り付けさせるために行くのだ。

実務に関しては村長婦人の兄にあたるシグヴァルド様も同道していることだし、硬軟織り交ぜた交渉を上手くやってくれるだろう。

「あの村、儲かってそうだし略奪に行こうぜ。一口(船)乗らない?」

などと、口車に乗り、略奪の勝ち馬に乗るつもりで村から長船を一隻出したら、21隻の大艦隊になって被害の賠償を求めに押し寄せてくるのだから、村の面々はさぞ肝を潰したことだろうね。

「おうおう!今回の略奪(未遂)の落とし前、どうつけてくれんのや?」

「は、はい…あの…牛で払います…どうか冬越えの大麦だけはご勘弁を…」

「まあ儂らも霜の巨人じゃないけんのう。分割払いではどうじゃ?金利は安うしとくで?」

とかの貸金自由業の絵面のやり取りを思い浮かべてしまう。

いや実際のところ、賠償金の分割払いは平和を買うことが目的だから金利は安いんだけどね。

今後は、身内への略奪は復讐がとても高くつくこと、まして21星の旗を掲げる村へは決して手出しをしてはならない、との風評を北方社会に流して欲しいものだよ。

「あ…あれ?」

父ちゃんを見送り、家に帰ろうと振り向いたら足に力が入らなくて転んだ。

「トール?」

「あれ?おかしいな。くらくら、する…」

立ち上がろうとして母ちゃんの服を掴んだところで意識が遠くなった。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「うーん、暇だ…」

「トール、起きたら駄目ですよ!」

あれから、僕は3日ほど寝込んでいる。

よく考えてみれば、襲撃されて死を覚悟したりとか、襲撃犯と対峙したりとか、裁判で発言したりとか、国ができちゃったりとか。

たった1日2日の出来事とは思えない密度の体験だったものなあ。

小さい体には、さすがに負担が大きかったらしい

父ちゃんを見送ったあとで、気が抜けたのか、ふらふらとして母ちゃんに抱きついたまま動けなくなっったらしい。

村中で大騒ぎになったみたいだけど、僕は寝ていたから知らない。

「枕元に差し入れの蜂蜜菓子があるでしょう?お腹が空いたら、それを食べてなさい」

「はーい」

寝込んでいる間は、たいそう甘やかされている。

エリン姉は見回りで手に入れたヘーゼルナッツやベリーの類を持ってきてくれるし、いつもは僕を踏みつけて起こす猫のベーグルも、おやつのトカゲを狩って枕元に置いてくれた。

馬も寝ている僕の頭を始終むにむにしているし、烏のムニもとっておきのキラキラする貝殻をくれた。

「トール、スープは飲めるわね?」

「うん!おー、具が豪華だ」

食事は夏の定番、 魚のクリームスープ(フィスク・シュッペ) だ。

鰊や鱈の新鮮な魚介類をポロネギやニンニク、白人参などと一緒にクリームベースのスープで煮込んだ栄養たっぷりで温かいスープは、病人の滋養にも良い。

「うーん、美味しい!」

「何杯でも食べていいのよ?」

「じゃあ、おかわり!」

子供の体というのは大したもので、家族や動物たちに存分に甘やかされ、蜂蜜菓子とクリームスープを飲んで数日ゴロゴロしていたら、けろっと治ってしまった。

「エリン姉、卿から僕も見回りする―」

数日後の朝から、エリン姉の見回りの馬に乗せてもらう。

「もう大丈夫なの?」

「へーきへーき!あれ?槍はやめて弓に変えたの?」

馬で見回りをするエリン姉は、短槍ではなくて短弓を背負っている。

さすがに2メートル近い短槍を子供が携行することは無理があったみたい。

「短弓は家にあったやつの弦を張り直したの」

「じゃあ矢はどうしたの?」

「自作よ!」

エリン姉は得意気に、自作の矢を見せてくれた。

自慢するだけのことはあって、骨を削り出した鏃と海鳥の矢羽を植えた本格的な矢である。これなら野生の小動物なら狩れるだろう。狼相手でも威嚇するぐらいには使えるかもしれない。

「…すごいねえ」

「でしょう?」

エリン姉は以前、海鳥を密猟する罠を作っていたけれど、手先が器用なんだよね。

そんなエリン姉は長い金髪を緩い三つ編みにして乗馬ズボンを履き、ポケットがついたスカート ―― 村ではスカートポーチと呼ばれているけれど ―― を上から履いている。

そして見回りをしつつ、茂みで摘み取ったベリーやナッツをポケットにごそそごと突っ込んでは、お腹が空いたら取り出して齧ってる。

「このポーチ、便利よねえ。すっかり気に入っちゃった」

「うん…」

なんか男の子みたいなポケットの使い方だなあ。

女の子のポケットからは、裁縫道具とか化粧品とかが出てくるイメージなんだけど。

村でもスカートポーチが流行し始めているみたいなんだけど、女性は何を入れているんだろうね?

子供戦士団の見回りの子たちから報告を受けて、家へ戻る頃になって思い出したようにエリン姉が用件を口にする。

「そういえば、 シグリズ様(村長婦人) が、体が良くなったら長屋敷の方に顔を出しなさい、って言ってたわよ」

「うえーっ」

待ち受けるブラック労働の大山脈を想像して、変な声と舌がでる。

「トール、シグリズ様にそんな言い方しないの!」

「はーい。…それでシグリズ様は何の用事か言ってた?」

仕事には違いないだろうけど、方向性がわかっていると予め回答も考えておける。

「よくわからないけど、長屋敷の方は今、盾とか剣とか斧でいっぱいみたいよ。あと銀片とか宝石とか布とかが山ほど摘んであるとか言われてるし」

襲撃犯を武装解除した歳の武器防具と、北方21星の大結束で襲撃犯の分割払いを一時肩代わりした同盟代金か。

莫大な公金の管理なんて、この村では誰もやったことがないからなあ。

「トールが寝てる間、私も数えるの手伝ったんだから!すっごい多くて大変だったのよ!」

エリン姉はルーン文字が少し判ることを買われて、ちょいちょい村長婦人の筆写仕事の手伝いをしている。

資産台帳管理も、その延長で手伝っているのかな。

村長婦人も他所から嫁いできている身だから、数が数えられて文字が書けて公金をちょろまかしたりしない人材の確保には苦労しているなあ。

「それでね!貴族になったお祝いに、この子をくれるって!名前も好きにつけていいって言われたの!」

エリン姉が本当に嬉しそうに笑顔を浮かべて、馬の鬣を撫でる。

おお、それは嬉しい。

「すごいね!ああ…でも、馬は高価だし父ちゃんと母ちゃんに聞いてから返事しようね?」

「うー…うん?そうね!うん!」

ああ。これはもう返事しちゃってるなあ。

仕方ない。エリン姉が母ちゃんに怒られるときは、少し庇って味方をしてあげよう。

僕もあの馬は欲しいからね。