軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. 祖父母からの手紙

父さんが亡くなってここ数年、祖父母とは細々と手紙のやりとりをしていた。

ぼくの祖父母と付き合いがある商会と、ダミアン商会も取引があるらしく、大抵は商会経由で手紙の郵送をしてもらっていた。

この世界に郵便システムなんてものは存在しないので、旅商人や旅芸人などに有料で届けてもらうことがふつうだった。

けれど、そこまでして手紙を送っても、途中で破棄されてしまったり紛失したりして、相手に届かないなんてこともよくあるのだそうだ。

商会経由は、行商のついでなのでもちろん時間はかかってしまうが、信用問題がある分、一番確実だった。

とはいえ、きっと少なくない料金がかかっていたはずなのだが、郵送代はすべて祖父母が前もって支払ってくれていた。

そういった事情はあれど、なぜ今ここで手紙が出てくるのかがわからず、ぼくは戸惑ってしまった。

「まあ、読んで見ればわかる」

さあと再び促され、やっとぼくは手紙を読み始めた。

———

親愛なる孫たちへ

お元気ですか?なかなか可愛い孫のあなたたちに会うことができず、寂しく思っています。

季節ごとに送られてくる手紙が私たちの唯一の楽しみです。

最近ようやく、夏の手紙を受け取りました。

ルイが事細かく書いてくれるので、すくすくと成長しているリュカの様子が、目に浮かぶようでした。

この手紙が届く頃には3歳かと思うと、幼子が成長するのは本当にあっという間で、感慨深い思いでいっぱいです。

ところで、ルイ。あなたたちのお母さんについては、少しですが聞き及んでいます。

私たちは年が年なので、そちらに赴く事は難しいですが、あなたたちのあまり良くない状況に心配でいてもたってもいられず、一度そちらに人を 遣(や) ることにしました。

長く我が家で働いてくれていて、信用がおけるドニという者です。

晩秋には出発して、雪で国境が閉ざされてしまう前にはそちらに到着できるはずです。

あなたたちが安心してそちらで暮らせているのであれば、それに越したことはありませんが、何か困っていることがあれば遠慮なくドニを頼ってください。

それに、もしルイとリュカが良ければですが、ドニとともに二人が私たちの元に来ることになっても、大いに歓迎します。

愛をこめて 心配性のあなたたちの祖父母 マルタン・イネスより

———

「これは…」

いつも通り、気遣いに溢れた手紙に、胸が詰まる。

けれど、「あなたたちのお母さんについては、少しですが聞き及んでいます」とは一体どういうことだろうか。

ぼくは祖父母にあまり心配をかけまいと、家の状況を手紙に書いたことはなかったはずだ。

「毎回、ルイの手紙と一緒に、私あての手紙も受け取っていてね。何か君たちに困ったことがあれば、助けになって欲しいとお願いされていたんだ。それもあって、私から君たちの近況は伝えていたのだよ」

「そうだったんですね…」

「手紙にある通り、そろそろドニ氏が到着してもおかしくない頃だ。…これは提案なのだがね。ルイとリュカは、ドニ氏が着いたら早々にこの王都を出てはどうだろうか」

「それは、ぼくたちに祖父母の元に行けと?」

「そうだ。国を出てしまえば、いくら貴族とはいえ下級の家が手出ししてくる可能性は低くなる。それに、アグリ国は隠れたワインの名産地でね。君たちの祖父母であるヴァレー夫妻は実は代々続く 葡萄園(ワイナリー) の大地主なのだよ。ツテも影響力も下手をしたらモンフォール家よりあるかも知れん」

「えっ!そんなこと、父さんは一言も言っていなかった…」

「そうであろうな。マルクは後を継ぐのを嫌がって家を出たんだ。言ってなくても無理はない」

思わぬ展開や事実に、ぼくは目を丸くする。

父さんは、実は良いところのおぼっちゃまだったのか…。

「ヴァレー夫妻の元に行けば、ルイが後継者になる可能性が高いことは覚悟しておいた方が良いかもしれん。マルクは一人息子だったからな。そうなれば、重圧に感じることもあろう。けれど、悪い話ではないと私は思うよ。ルイもリュカも、アグリ国で十分な教育を受けられるだろう。それに、ルイ。君はまだ13歳だ。正式に成人する16歳までは、やはりきちんとした大人の庇護は必要だ」

そう言われてしまえば、確かにと思わざるを得ない。

落ち着いて考えて見れば、平凡な町人の息子の元に、大きなチャンスが転がり込んできたようなものなのだ。

「でも、国を出るとして、家や母さんはどうしたら…。思い出の家を売るような事はしたくないんです。母さんも素直についてきてくれるとは思わないし、この手紙の様子だとおじいちゃんたちは母さんが来ることは歓迎してないみたいですし…」

「ふむ。家については、良ければ商会で管理をしよう。向こうでの生活が落ち着いてから改めてどうするか考えれば良い。一旦、貸家とするのも手だ。人が住まない家は傷んでしまうからね。そうしておけば、将来この国に帰ることがあった時に、また住むこともできる」

「確かに…。そうできると、助かります」

「サラは、酷なようだが一緒には連れて行けないだろう。どんな理由があれ、かわいい孫の育児を放棄して男に走った息子の嫁を、人の良いヴァレー夫妻とあっても受け入れる事は難しいと思うのだ。かと言って、ここに残していくことも、ベルナールのことを考えると難しいが」

「そうですね。でも、やっぱり母さんは母さんですから…」

「であれば、この国の西に位置する、ローメン国の聖リリー女子修道院にサラを受け入れてもらうのはどうだろうか。男子禁制で、外部との接触も厳重に制限されている修道院と聞いている。そこであればベルナールもおいそれと手が出せないし、サラも落ち着いて暮らせるだろう」

「女子修道院にですか?でも、そんな簡単に受け入れてもらえるものなのですか?」

「それなりの寄付金が必要とあれば、普通は無理だがね。今回に限っては、交渉の余地がある。というのも、その聖リリー女子修道院の院長から商談の話が来ているのだよ。先方は粉ミルクやおむつなどを所望していてな。ルイさえ良ければ、できるだけ安価に、数を融通すれば可能性はある」

「女子修道院に入ってしまったら、母さんとはもう会えないのでしょうか…。ぼくはいいですが、リュカがかわいそうで。まだ3歳なのに、このまま一生母さんに会うことができないかもしれないなんて…」

「勘違いをしているようだが、女子修道院に入ったからと言って、何もすぐに 修道女(シスター) になるわけではない。有期誓願であれば世俗に戻ることも可能と聞いている。ルイが成人して、問題なければそのときにサラを近くに呼び寄せることもできるかもしれん」

「なるほど…!それなら…。ダミアンさん。本当に、何から何までありがとうございます…。ぼく、もちろん寄付金もお支払いします。配当もいらないので、交渉の材料にしていただいて構いません。そのお話、ぜひお願いします」

子どものぼくではどうしようもできないことでも、助けてくれる人たちがいる。道を示してくれる。

ただただ感謝しかなくて、ぼくはダミアンさんに深く頭を下げた。

「この恩は絶対に、お返しします…!」

「ははは。そうだね。その時はぜひ、アグリ国のワインを融通してくれないかい。あの国のワインは、あまりの美味しさにすべて自国内で消費されてしまって、国外には出回らないのだよ。幻のワインを取り扱えるともなれば、商会の名が上がる」

ダミアンさんが茶目っ気たっぷりに笑う。

その気持ちがうれしかった。

「いまのぼくでは約束できませんが、いつか必ず」

そうして、ぼくはリュカを連れて、この国を出ることに決めた。