軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

必要経費

すっかり日が暮れてしまってから王宮へ戻ると、そこかしこに明かりがぽつぽつとついている。華やかな様相であるけれど、実際は身内殺しをし続けてきた王族による伏魔殿だ。

見た目の美しさに騙されてのこのことやってくると、からめとられて命を落としかねない。

約一名、そこに強制参加させられたビアットは哀れである。

「……ウェスカ、足の具合はどうでしょうか?」

「お気遣いいただきありがとうございます。しかし、それほどひどいものではございません」

ウェスカはまさか自分の失態でクルムに迷惑をかけるわけにはいかないと考える。

明日の日中に出かけて、宮中一の治癒術師にかかるつもりだ。

「そんなわけなかろうに。骨が砕けておる」

グレイがため息をつきながらクルムに真実を告げる。

ウェスカが何を考えているかもなんとなくお見通しだ。

「……今すぐに治癒室へ向かいます」

「しかしクルム様」

「ウェスカ」

言葉を遮ったクルムは、ウェスカの目を見つめながら首を横に振った。

「今すぐ、行きます」

「……申し訳ありません」

クルムを先頭に歩きだす一行。

人が近くにいないことを確認したクルムは、長い廊下でウェスカに向かって語る。

「私はあなたの主なのです。頼ってもらえないのは悲しいです」

「そんなつもりでは……」

「いいえ。あなたのことですからきっと私に負担をかけまいと考えたはずです。違いますか?」

「…………申し訳ありません」

「……その気持ちは嬉しいので、今回は許します」

振り返ったクルムはにっこりと笑う。

ビアットもその笑顔を見ては思わず、『流石高貴なお方』なんて心の中で思うのであった。

後ろで硬貨を詰め込んできた袋を覗き込んでいる、筋肉もりもりの怪しいローブを着た老人だけはどうもその場にそぐわぬ雰囲気を出していたけれど。

やがてたどり着いた立派な扉の前で、クルムは一度足を止めて、こっそりと気持ちを整える。ここに詰めている治癒術師はとにかく腕はいいのだが、王侯貴族関係なく金をぼったくるのだ。

そのせいで余程の緊急時でない限り、人があまり寄り付かない。

何せ自陣営で治癒術師を何人か常に雇っておいた方がよっぽど安いのだから。

それでもこの部屋がなくならないのは、ここの主が本当に、他に並び立つものがいないレベルで腕が良いからであった。

クルムは部屋の大きな扉をノックするが返事はない。

それでもクルムはそっと扉を開けて中へと足を踏み入れる。

この部屋に入ることに特に許可はいらないのだ。一応礼を失することのないようにノックをしただけである。

部屋の中は薬草の匂いがプンと漂っている。

普通の治癒術師は、魔法の腕を磨けども薬学医学は触る程度のものが多い。

しかしこの部屋の主は違った。

関連の書籍がずらりと並び、壁際には無数の引き出しがついた棚。

その中には薬となり得るありとあらゆるものが仕舞い込まれている。

手を伸ばしても届かぬような高い場所にも引き出しはあって、壁際にはそれを取り出すための脚立が立てかけられてあった。

グレイは一度ぴたりと足を止める。

数十年もたったはずなのに、変わらぬ光景であった。

「ふぅむ」

グレイは以前も幾度かここへやってきたことがある。

毎度自分の怪我ではなかったが、何やらノスタルジックな気分にはなる。

部屋には誰も居ないかのように見えたが、耳を済ませれば静かな寝息が聞こえてくる。ケガ人が休んでいる可能性もあったが、クルムの方も大事な用事がある。

声を抑えつつこの部屋の主へ呼びかけた。

「すみません、怪我を治していただきに来たのですが」

規則正しい寝息がぴたりと止まり、奥でカーテンが引かれる音。

それから白く長いローブの前ボタンを止めながら、背の高い人物が足にスリッパをひっかけて現れた。

水の流れるような青く長い髪を後ろで束ねている。

女性にしてはウェスカと並ぶほどの長身。

じろりとクルムたちを見る目は切れ長で、眉が短く整えられているせいもあってやや威圧的であった。

そして特徴的なのは鼻筋の整った美しい容姿と、長くとがった耳である。

エルフであった。

「こちらへ来てベッドに座る」

指示された通り、ビアットは肩を貸したまま、ウェスカをベッドに座らせる。

するとそのエルフはびっと入口の方を指さした。

「はい、ご苦労。君は不潔だから退室。外へ出る」

「……え?」

「外で待機、さっさとする」

「あ、はい」

ビアットは言われるがままにすごすごと部屋を出て扉の前で待機。

いきなり注意をされて、何とも言えない悲しい気分で空の月を眺める。

「他二人はその場で待機、しているな」

道具を準備しながらちらりと二人を見て指示を出したエルフは、一瞬グレイのところで動きを止めたが、すぐにまたてきぱきと動き出した。

そうして足の酷い腫れを確認すると、ウェスカの許可もなくズボンを切り裂いて広げ、患部をペタペタと触り出す。遠慮のないやり方にウェスカは思わず顔をしかめたが、ぐっと歯を食いしばって堪える。

しかしエルフの彼女はくるっとウェスカの顔を見ると、端的に命令をする。

「痛いなら痛いと言う。そうでないと痛みの程度が分からない」

「す、すみません、痛いです」

「ここは」

「痛いです」

「これは」

「痛いです」

「こうしたら?」

「痛いです」

触ったりつついたり、動かしてみたり。

何をしたところで痛いものは痛い。

「もっとわーとかきゃーとか言え。分かりにくい」

「すみません」

無茶苦茶な注文であるが、ウェスカは素直に謝罪をした。

逆らって機嫌を損ねたってしょうがない。

「まぁいい。骨が見事に砕けている。よろしい治す」

彼女はウェスカの足に手をかざしてから、もう一度ピタリと動きを止めて問いかける。

「金は?」

「「あります」」

クルムとウェスカが同時に答えると、彼女は頷いて魔法の力を行使し始めるのであった。