軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スペルティア

治癒魔法というのは意外と難しいものだ。

個人の性質のようなものもあるらしく、少なくともグレイには才能はないようであった。

容姿の整ったエルフの女性が、真剣な面持ちで治癒魔法を使う姿は、傍から見れば神秘的ですらあった。一般的には、と言う話であるので、クルムもグレイも特に感慨もなくじっと見つめているだけだったけれど。

三十分ほど経ったところで、エルフは何の前触れもなく手をかざすのをやめてベッドに横たわるウェスカを見下ろす。

「治った。立ってみる」

先ほどまでの痛みがあったので、ウェスカは足を庇うように体を動かしてみる。

すると見事なまでに腫れが引いており、痛みもまるで感じない。

恐る恐る足を床についてみると、何の問題もなく立ち上がることができた。

「ありがとうございます……。これで明日からも働くことができます」

「気にするな。これが私様の仕事。問題があればいつでも言う。ところで支払いは?」

「あ、後ほど」

「今すぐ」

エルフは一切の妥協をするつもりがなさそうであった。

まっすぐな菫色の瞳はウェスカを責めるように見つめている。

「……あの、取りに行ってもよろしいでしょうか?」

「早く行く」

「は、はい!」

徐々に顔が寄ってくることに気圧されたウェスカは、慌てて自室に向けて走り出す。

クルムが止める間もなかった。

ウェスカの姿が見えなくなったところで、グレイが先ほどの袋を取り出して、どかりと机の上に置いた。

「中身を改めると良い。足りない分はクルムが払うそうじゃ」

ここの世話になる可能性があることはわかっていたからこそ、グレイは出所不明の金をとりあえずかき集めてきたのだ。このエルフが金の出所にこだわらないことはよく知っていたし、ほとんどの者がこのエルフに文句を言えないことも知っている。

犯罪組織からぶんどってきた金であろうと、支払いに関して特に問題はなかった。

エルフはつかつかと歩き、机に乗った袋の口を開けて、じゃらりと中身をばらまいた。そうして指先で硬貨を仕分けして一言。

「あと銀貨2枚と銅貨6枚」

「後ほど必ず払います」

「後ほどと言うのは?」

「……あの、ウェスカが戻ってきたら」

美しい顔が寄ってくる圧迫感にウェスカ同様敗北したクルムは、少し目を逸らしながら答える。

するとエルフは不満そうに目を細めた。

「なら待つ時間の分も含め、銀貨3枚ぴったりにしておく」

増えている癖に、遠慮した風な物言いだった。

とんだ暴利である。

グレイはため息をついて、自分のポケットから銀貨3枚を取り出して机に並べた。

するとエルフは硬貨全てを袋に戻すと、当然のように引き出しの中に仕舞いこもうとした。

「つりをよこさんかい」

すぐに支払ったのだから、最初に提示した金額で済むはずだ。

銅貨4枚のつり銭があるはずである。

「……この私様に対しそのふてぶてしい態度。やはり君はグレイだな?」

「覚えていたか、スペルティア。この若作りめ」

「若作りではない。人がすぐに年を取るだけだ。下等種族め」

「どうしてお前って殺されないのか昔っから不思議だったんじゃが、もしかして儂の忍耐を試しておる?」

「ほう、殺したいか。なんと恩知らず。何度君の友人を治してやったことか。世界の至宝たる私様の明晰な頭脳が失われれば、医学薬学治癒魔法学のむこう千年の未来は灰色となる。君は未来の百万の民を殺した大虐殺者だ。誇って殺すと良い」

無防備に両腕を広げた自信満々満々のエルフ、スペルティア。

グレイは昔からこの尊大なエルフが苦手だった。

弱いくせに自分の価値をよく知っている。

グレイはこれまで借りを作らないで生きてきたつもりであったが、世話の焼ける友人のせいで、いつのまにやらこの面倒なエルフにはそれらしきものができてしまっていた。もちろんその都度ちゃんと支払いをしていたのだが、このエルフはそれはそれ、これはこれ、みたいな態度をとるのだ。

話しているうちに馬鹿らしくなってきて、毒気を抜かれるのも久々の経験であった。

「お前いつになったら寿命で死んでくれるんじゃ?」

「君が死んでからも千年は生きる」

やっぱり馬鹿らしかった。

元からあまり湧いてこなかった殺意が霧散していく。

「……せいぜい儂の寛大さに感謝しろ」

「つりはいらない?」

「いる」

「寛大?」

「いいからさっさと寄こさんかい」

スペルティアは渋々といった調子で引き出しを開けると、やれやれと言わんばかりに大きくゆっくりと首を横に振り、ため息とともに銅貨を2枚、そっと机の上に乗せた。

「2枚足りんが」

「それは戻っていたのに顔を出さなかった分」

グレイは銅貨を握りこんだ手をポケットに突っ込む。

顔を出さなかった分がたった銅貨2枚で済まされたのが、逆になんだか納得がいかなかったが、これ以上無駄な言い争いをしたくなかった。

「先生は……お知り合いだったのですか?」

「腕のいい治癒魔法師と聞いて、もしや生きているのではと思っておったが……」

「腕のいい」

グレイの言葉の良い部分だけを切り取って復唱し、ふっと微笑んだスペルティア。

「なんでこいつこんなにむかつくのに生きとるんじゃ? なんで誰も殺さんの?」

「それは私様が賢く美しいから」

「聞いてないから黙っとれ」

「……仲が、良いのですね」

「それには異議を唱える」

すんと真顔に戻って反論をするスペルティアに、グレイは目尻をひくつかせた。

「こっちの台詞じゃ。まったく、調子が崩されたわ。こんなところにいつまでもおらんで帰るぞ」

「……スペルティア様、お世話になりました」

「また来るといい。金を持って」

人格者であればこういう時は、もう来ないように忠告するものである。

グレイの昔馴染みだけあって、やはりスペルティアは一筋縄ではいかない女であった。