軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

心の距離

「嫌じゃ」

グレイが答えた瞬間のクルムの動きは素早かった。

どこに隠していたのか、ナイフを取り出して手首を返しながらグレイの喉元に向けて投げ放つ。

意外と鍛えているんだなと感心しつつ、飛んでくるナイフを指でピンとはじいた。

力のベクトルが変わり、くるくると回りながら上へ飛んだナイフを、グレイはその大きな手で鷲掴みにする。

刃の方を握ったというのに血の一滴もたらすことなく、グレイはナイフをテーブルにことりと置いた。

「化け物」

今まで好々爺のように見えなくもなかったグレイの唇の両端がぐっと持ち上がると、体格もプレッシャーも相まって人食いの化け物のようにも見えたことだろう。

しかしクルムはそんな恐ろしい存在相手にも、堂々と怒りと罵倒をぶつけて見せる。

「協力をしてやることに決めた」

「……どういう気持ちの変化です」

グレイはクルムがさらに躍りかかってくることもなく、冷静に受け答えしたことに感心した。もしグレイがクルムの立場におかれれば、きっと我を忘れて暴れていることだろう。

そう思うのならば試すような事ばかりしなければよいのだが。

とはいえ、ある程度挑発しなければクルムの本音を引き出すことはできなかったろうから、途中までは仕方がなかったと言える。

「若いのに非常に能力が高い。演技力、胆力、求心力、それに手業も多少は鍛えておるようじゃ」

「……それだけ評価してくれるのなら、なぜ昨日の時点でそう言ってくれなかったんです。私があの後あなたに伝えたことは、どうしようもない怒りと恨みだけです。協力してもらえるようなことは何一つ言っていません」

「ふむ、分からぬか」

グレイはナイフを指先で軽くはじいて、クルムの手元へ返すと、長い顎鬚をゆっくりと撫でる。

「王になるために王になるのと、何かをするために王になるのではまったく意味が違う。じゃから協力をすると決めた」

「よくわかりません」

「……儂も常々、王位継承権争いなど糞じゃと思っておったんじゃ。それをなくすためならば、主が王になるのに協力してやろうという気になった。これで分かったかのう?」

「……あなたは元々他国の冒険者でしょう。なぜそんな」

「ああ、言うてなかったか。儂の名はグレイ=アルムガルド。はるか昔国から追放された、この国の貴族じゃよ。協力すると言った以上、隠し事はいかんからな」

グレイのフルネームを聞いたクルムは、渋い顔をしてしばし悩んでいたが、やがてナイフをしまいながらぽつりとつぶやく。

「お爺様の王位継承争いの頃、親殺しで取り潰しになった家であったかと。まさかその親殺しですか?」

「……ふむ、なるほど。そう伝わっておるのか」

グレイが知っている話とはずいぶん違う。

確かに親は殺したが、本当はもっと色々あったのだ。

外聞のいい話ではないから記録に残さなかったのだろうなとグレイは一人納得した。

「とにかく、儂にも事情がある。お主も死ぬには惜しいと思う」

「どうでしょうね。先ほどまで全く手を貸してれる気配もありませんでしたけど」

「やる気はなかったが、お主が死にそうになれば連れて王宮から逃げてやろうとは思っておった」

「復讐が果たせないのは困るので、それはありがた迷惑です」

「死んではどちらにせよ果たせぬだろう」

随分とはきはき言い返すようになったクルムは、グレイに言い込められてぐっと黙り込んだ。

「親殺しとはなお信用できません」

「兄弟を殺そうとしているお主が言うか」

「……私、あなたのことがあまり好きではないかもしれません」

「ならば教育係を解任するか?」

クルムは深くため息をついてやれやれとでも言いたげに首を横に振ってみせた。

「元々貴族であったのに知らないのですか? 教育係は一度申請をしたら変えられないのです」

「では仕方ないのう。儂はお主のことを結構気に入ったよ」

これだけ年が離れているのに対等のように話し合える相手は珍しい。

クルムが大人びているのか、グレイが子供じみているのかという話はともかくだ。

「そうですか。それで、気に入って下さったのならば、もちろん明日の朝は共に謝罪してくださるんですよね?」

「嫌じゃが」

またナイフが飛んできたが、グレイは先ほどと同じようにピンと指先ではじいて、テーブルの上にそっと置いた。何度も投げられるのも面倒なので、今度は返してやらない。

「私の話聞いてました!? 確かにお強いようですが、相手は若くて強い、現役の騎士なんですよ! あなたなんてさっくり殺されておしまいですよ」

「ふむ、もし儂が死んだ場合、新しい教育係は選べるのかのう」

怒っていたはずのクルムは、その台詞を聞いて目を見開く。

子供らしい素直な表情の変化であった。

「……できますが」

「ならお主にとって損はなかろう」

「まさか、責任をとって」

「まぁ、儂が百パー勝つから関係ないんじゃけど」

クルムはこぶしで強くテーブルを叩く。

「八つ当たりは良くないのう」

「勝ったところであちこちから目をつけられたら終わりなんです。元貴族だというのならば、どうしてそんなことがわからないんですか!?」

「儂がいるから大丈夫じゃろ」

「私はあなたほどあなたのことを信用できていないんです!」

「うむうむ、若くて元気で良いことじゃ」

「お爺さんぶって誤魔化さないでください!」

言い争いは、クルムが諦めるまで長く続いた。

最後にはクルムはすっかり疲れていたが、久々に気持ちよくテンポの良いやり取りをしたグレイの肌は、心なしかつやつやと若返っていたようであった。