軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

キモノお嬢と祈りの巫女

広いロビーに清潔そうな床。

ここは都内線を扱っているオクトー区域の空港。

「ッ……おいコラ動くな」

キャリーバッグを転がしながら、目の下にクマのある小者そうな男が小声で呟く。

しかし、彼の周りには誰も居らず、男が一人で荷物を運んでいるだけにすぎない。

「少しガタガタするから大人しくしてろよ……」

男の運んでいるキャリーバッグがドンッ……と軽く振動する。

男は空港のロビーを進み、受付まで行くとチケットを購入する。

「荷物はお預かりしますか?」

「い、いえ、大丈夫です……仕事道具が入ってますので。ハハハ、船内で溜まってる仕事でもしようかと思いましてね。あ、ああ、それでは」

「は、はぁ……」

挙動不審な男は、まるで言い訳でもするように早口で捲し立てると、下手くそな笑顔を浮かべてソソクサと立ち去る。

そして搭乗口から飛行船に乗り込んだ彼は、自室ルームに入るとソファーに乱暴に座った。

「…………ふぅ」

疲れたように天井を仰いだ負け犬は、大きくため息を吐く。

そして、目の前に置いたキャリーバッグの上部を蹴り飛ばすと、ガチャリと止金が外れた。

「にゅぅううううん……」

「………ぬぉぉおおおお」

するとゴロリと二人の幼女が転がり出してきた。

「うぇええい……お疲れ様ッス。負け犬ニーサン」

「……ご苦労」

その光景を見た負け犬は『なんか犯罪者みたいだ』と一人思い『早く解放してくんねえかな?』と頭を抱えた。

――――――――――――――――――――――――

どーも私です。

旅行用のキャリーバッグに潜り込んで、負け犬ニーサンに運んで貰いました。

控えめに言ってキャリーバッグから幼女が出てくるって誘拐犯っぽいですよね。

「ところで犯人さん」

「お前マジでそれヤメロ……強要してきたのはお前らだろ……」

「んふふ、嫌なら断れば良かったのでは?」

「その時点で俺は『誘拐犯』の見た目から『血まみれの死体』に転職しちまうんだよ……」

なんか幼女ちゃんに逆らうと死ぬらしいよ。

生殺与奪を子供に握られるって、他人事ながら可哀想としか言いようがないね!

「ちなみにマフィアの見張りっていました?」

「分からん。空港の入り口を見張ってそうなヤツらはいた気もするが……」

「なんかハッキリしないッスねぇ?」

「いや……カタギじゃなさそうな連中をジロジロ見る勇気なんてねぇよ……」

そら、ごもっとも……変に目をつけられて絡まれたくもないしね。

「ま、飛行船に乗り込んじまえばこっちのもんすね!」

「そうだな。これでセッテ区域まで飛ぶぞ」

セッテ区域……私たち今いるオクトー区域の、隣の区域らしい。マフィアがオクトー区域をナワバリにしてるからそこまで行けば安心だろう。

「だいたい三日で到着するから……大人しくしとけよ……」

「三日? ……結構掛かりますねぇ」

飛行船といえば、私も何度か乗った事あるけど、数日で他領までいけるんだよね。でも、今回は一つの街を移動するだけで三日かぁ……。

「これは街内の鈍行線だからな。外を飛んでる飛行船と一緒にするな。それに向かうのはセッテ区域の外側……港側の空港だしな」

なるほど、同じ飛行船でも違うワケね。

新幹線と田舎の鉄道みたいな? この例えが合ってるかは知らんけど。

「ふ〜ん、港側ッスかぁ……負け犬ニーサンが誘われてる冒険者パーティーがあるんでしたっけ?」

「そうだ……セッテ区域は人工ダンジョンが盛んだからな。初心者には有り難い区域だ」

そういうと負け犬は、私の隣に座っている幼女ちゃんにチラリと目線を向ける。

「……ぬ?」

「着いたら解放してくれんだよな?」

ああ、それを気にしてたのね。

「……よかろう。オクトー区域を脱出できればキサマは用済みだ」

「腹立つ言い方だが……なんだろうな。『用済み』って言葉……妙に安心できるんだよな」

「…………わかる」

分かる。

幼女ちゃんの答えを聞いて、負け犬がパチンと両手を叩く。その顔は負け犬には珍しく、ニッコリと晴れやかな顔をしていた。

「へへ、そういう事なら問題ない。いやぁ〜、なんだろうなこの開放感!」

そう言って負け犬は、自身のバッグから酒を出して飲み始めた。

「うん? 随分とご機嫌じゃないっすか。いい事でもありました?」

グラスに注いだ酒をチビチビ飲む負け犬は、私の言葉に少し驚いたような顔をした。

それは私の言葉に驚いたというよりは、自分の心情の変化に驚いた感じだ。

「あ〜……そうだな。逃げ出してから今まで、ビクビクしてたけど、お前らの言う通りだと思ってな……」

「?」

「結局……俺を狙っている組織は……俺なんてどうでもよかったんだよな。殺すなら、いつでも幾らでも殺せたんだ……でも殺されなかった。そして、離れた街まで逃げた俺は『逃げ切った』んだ……それを自覚した」

「ほ〜う」

そりゃ開放感にも包まれるか。

「一度死にかけたのも、その心境の変化だな。俺はこれから何処にでも行ける!」

「なんか次の日には死にそうなセリフッスね……」

「そう言う事言うのやめない?」

負け犬は注いだ酒が急に不味くなったような顔をする。

「……負け犬は……どこにでもは……いけない……」

「おん?」

口を挟んできた幼女ちゃんに視線を向ければ、お菓子を口に入れながら興味もなさそうにしていた。

「……どう言う事だ?」

「……そのままのいみ。オマエはクロックシティーから出ると……モグモグ……ゴックム」

口の中のお菓子を飲み込んだ後、特に感情もこもらず呟く。

「く、クロックシティーから出ると?」

「……………………死ぬ」

「ヒィ!」

んふっ。

どれだけ悪い事が起きるのかと思ったら、考えうる限り最悪のセリフが飛んできて笑っちまったわ。

悪い悪い。

他人事だから。

「死ぬ!? 死ぬの俺!? なんで! 俺オマエに何か悪い事したか!?」

「……べつにわたしが、どうこうじゃなくて……オマエをクロックシティーと繋げたから」

「せ、先生!?」

「……わたしは医者じゃない」

「お、オマエなら……白髪なら、なんとかできるんだよな? よく分かんねえことできるもんな? な?」

「……むり。わたしや天然コアの問題じゃない……そもそも、このクロックシティーが特殊なだけ……だから負け犬は助かった……」

「そ、そんなぁ〜……」

ガックリと絶望したようにソファーにもたれ掛かる負け犬だったが。

「まあ……いいか」

と言って酒を飲み始めた。

あり? 本当に気にしてなさそう。

「よくよく考えたら、クロックシティーから出る予定もねえし……監獄というには、この街は広すぎる」

そりゃそうだ。

「ぬ……治ったら出ても死なない……どれくらい掛かるかしらないけど……」

「そうか……それなら、治った記念に旅行にでも行ってもいいかな?」

前向きになったなコイツ……。

相変わらず子悪党っぽい見た目だけど。

「ふ〜ん、負け犬ニーサン、クロックシティーから出たら死んじゃうんですねぇ」

「はは、出ねえけどな!」

「……こう言う時変な妄想しません?」

「あぁ?」

「例えば、今乗ってる飛行船がハイジャックにあって、別の街に飛ぶ……とか?」

「そう言う事言うのやめろ!?」

――――――――――――――――――――――

山の上にある大きな屋敷……その一室で『祈りの巫女』は座布団に座っていた。

ここは『教会』の施設というワケではない……むしろ全く逆の場所といってもいい。

バイラールファミリーの本拠地……その一室である。

教会と共に、オクトー区域を担う『勢力』マフィアのバイラールファミリー。

敵陣とまでは言わない。

むしろ、お互いになるべく不干渉を貫こうとしている節さえある。

だが……仲が良いワケでは決してなかった。

別に表立って諍いを起こしているワケではないが、祈りの巫女からすれば気に食わない女のいる勢力だ。

「……来たわね……クソ女」

「あらあら? いきなりやってきて怖いわねぇ〜」

フスマがスッと開いて、キモノのような服を着た女が現れる。

その表情は、常に笑みを浮かべているが……糸目の瞳が怪しさを纏う。

エルテ バイラール

やってきたキモノお嬢は、祈りの巫女の対面に置いてある座布団に行儀よく座る。

対して祈りの巫女は、片膝を立てて片手をタタミに付いているお世辞にも上品な姿勢とは言えなかった。

「あら? 怖い重心をしてるわね。教会の祈りの巫女がバイラールファミリーに何か用かしら?」

「…………」

睨みつけるような巫女の視線を、キモノお嬢はさして気にした風もなくお茶を飲む。

「…………」

「…………」

チリチリと張り詰めた空気が、屋敷の家鳴りを引き起こす。

「…………ねぇ。イキナリやって来て用件も話さないのは失礼じゃない?」

「…………チッ」

その張り詰めた空気はキモノお嬢の言葉で霧散した。

「私もこんな所に長居したくないわ。率直に聞く……お前……『小さな女の子』の姿をしたナニかのこと……知っているわね?」

「小さな女の子? そうねぇ……」

キモノお嬢はセンスを閉じると、頬に当てて考えるように上を向く。

そのもったいぶった態度に祈りの巫女はイライラが募った。ただでさえ気に食わない女と同じ空間にいるのはストレスだ。

「小さな女の子の知り合いなんて……『二人』くらいしか知らないわねぇ〜?」

目を閉じている糸目の奥から、楽しげな瞳がギュルリとコチラを見た気がした。

まるでコッチの反応を見て楽しんでいるような顔だ。

「……ふん……『二人』……ね」

「ええ、そうよ? 『二人』よ。たぶん貴女が言っているのはシロかノラのどちらかね」

「……最近マフィアどもが探してる少女ね。違うわ。写真の白髪の少女じゃない」

「じゃあノラかしら?」

「人をコケにしたような……腹の立つ少女よ」

「ノラね」

人知れず……祈りの巫女は奥歯をギリッと噛み締める。

それは目標の存在を知ったからではない……。

「……『二匹』じゃないのね」

「あら? ……ふふふ」

その事を指摘すると……キモノお嬢は、薄く片目だけを開けて可笑しそうにクスクスと笑った。

「そう……『二人』よ。それで聞きたい事はそれだけかしら?」

「…………アンタとの関係は?」

「そもそもなんで私と関係があると思ったの?」

「……その子供の姿をしたナニかが……アンタのこと知ってたのよ」

「ふふ、そお〜。もともとペットにしようとしてたんだけど……逃げられちゃったわ。貴女どこに行ったか知ってる?」

「……セッテ区域ね。マーキングしておいた妖魔がそっちを指し示しているわ」

「妖魔ねぇ〜、居るの? 教会の妄想とかじゃなくて」

「少なくとも……自信過剰なアンタには一生縁がないわよ……それで、他に知ってる事は?」

「ないわねえ」

「……帰るわ」

その言葉を聞いて、祈りの巫女はこれ以上答える気はないと諦める。

「そう、それじゃあ門まで送らせるわ」

そう言って後ろに座っていた目元に傷のあるサングラスを掛けた男にセンスを向ける。

「送ってあげなさい…………祈りの巫女が…………」

「…………『一匹』お帰りよ」

「ッ!!」

カッと頭に血が昇る……。

横に置いた錫杖を掴み、目の前のキモノお嬢目掛けてソレを振るう……。

「あらあら……」

しかし……

「優雅じゃないわねぇ……」

爆発的な動きで立ち上がった巫女は……片膝を着いたまま、立ち上がらなかった。

「なっ!? ッ!!」

立ちあがろうとする巫女の真横に、いつの間にか立っていたキモノお嬢は、指で摘むように巫女の『舌』を掴んでいた。

時間を消し飛ばしたような……まるで最初からその態勢だったかのような光景。

「ふふ、貴女……常に私に飛びかかれるような姿勢だったわね?」

ただ……舌を摘まれているだけなのに、全身が固められたかのように動かない。

「怖かったのねぇ? また私に『舌を切り取られ』るのかと思った?」

立ち上がる途中の姿勢のまま、肩にポスリとセンスが添えられる。

それは……舌を掴んでいるエルテ バイラールからではない……。

「「バイラールファミリーと教会で戦争でも始める?」」

もう一人のキモノお嬢だ。

二人に分かれたキモノお嬢が楽しそうにクスクス笑う。

「結果は見えてるわよねぇ? まずバイラールファミリーが消滅するわ」

キモノお嬢は楽しそうな口調とは裏腹に、教会とマフィアが戦争を始めれば、まず自分の所が消滅するという。

それは見えている結末だった。

教会とマフィアでは自力が違いすぎる。

まず教会の大勢いる戦闘員一人一人の強さが違う。

異常としか言いようのない信者たち。それが教会が勢力たらしめている要因だ。

恐らくカラクリがあるのだろうが……戦闘を主とする信者なら五人もいればバイラールファミリーは壊滅するだろう。

しかし……

「そのあと私が教会を全部潰していくでしょ? 結果……オクトー区域には勢力は居なくなるわ」

バイラールファミリーと教会では、勢力として天と地ほどの差がある……それでは何故、バイラールファミリーは勢力として扱われているのか……。

エルテ バイラールが特異過ぎるからだ。

「私しか残らなくなるものねぇ?」

そう言うキモノお嬢の言葉には一片の驕りすらなかった。まるでただ当たり前のことを、当たり前としか言っていない。

それが可能だと疑っていない。

そして……事実出来てしまうのだ。

『祈りの三巫女』とは教会における最大戦力……五人でマフィアを壊滅せしめる勢力のトップに位置する。

強いワケだ。

そんな勢力のトップなのだから……。

それでも……

エルテ バイラールは違う。

バイラールファミリーなどお飾りだ。

たった一人で……

『勢力』なのだから……。

「………………ふふ、冗談よ」

不意にキモノお嬢は、掴んでいた舌を離すとセンスで口を隠す。

「私だってバイラールファミリーが無くなるのは困るわ」

「…………ッ」

「だから……『勢力』同士仲良くしましょ?」

そう言ってキモノお嬢は部屋を出て行こうとする。

「何処に行くつもり!」

まるで見逃されたかのような態度に、祈りの巫女は噛み付く……。

キモノお嬢は軽く振り返ると、糸目を向けながら片手を上げた。

「手を洗ってくるのよ……バッチぃでしょ」

ヒラヒラと舌を掴んでいた手を振りながら出ていくキモノお嬢に、巫女は血管が切れそうな顔を見せる。

クソ女め……。