作品タイトル不明
あかない埒
ヒュオォォ――‼ と風が横から吹き付ける。
ここは5階まである屋敷の屋根上。周りの建物も似たような高さを持つとはいえ、壁になるようなものは地上とは比べるまでもない。
加えて、皇国には雪が降る。故に屋根は雪が積もりにくいよう、それなりに角度の付いた斜面となっているため、非常に不安定だ。
「気を付けろよ」
「落ちたら助かりませんよね・・・?」
下を覗き込みながら、身を震わせて情けないことを言うヨハン。
「空を飛ぶ魔法はねぇけどな、落下を防ぐ魔法ぐらいなら応用は利く。特に影は簡単だ。屋根上にある影に自分の影を繋いで命綱にすりゃぁいい。リミアの水魔法には方法こそ幾つかあるが、よっぽどじゃなけりゃ濡れることになる。風の強いこの場所で濡れると体温を一気にもっていかれるから、復帰できたとしても状況が悪くなる。だから出来るだけ落ちねぇよう注意しろ」
「初めから落ちるつもりはありませんでしたが・・・そう言われると、予想していなかった方向で困窮する恐れは払拭しておきたくなります。濡れない方法にはどういうものがあるんでしょうか?」
「水に弾力性を持たせるんだよ。衝撃を受けても割れない泡みたいなもんを想像すればいい。その内側を水で満たす」
「泡のままではいけないんでしょうか?」
「分厚い泡と、弾力性のある水滴。どっちの方が想像しやすい?」
「・・・なるほど。同じ耐久性を実現するためには、泡は内側までキチンと考える必要があるのに対し、水滴なら全体の変形と捉えることで破裂の心配はなくなると」
「その後の展開も簡単だしな。水滴を階段にでもすりゃぁ戻ってこれるだろ。失敗した場合の保険って意味でも水滴の方に分がある。突き抜ける可能性はあるが、触れねぇ空気と比べりゃ多少の抵抗を期待できる水の方がマシだ」
「確かに。突き抜けるまでの間に止まれることもあるかもしれませんしね。それが濡れる可能性ですか」
飛び移る先を見つけ、距離や落差の確認をしながら、そんな話をする。
門を目指すわけじゃねぇから、方角としては西から少しズレるが、地図で見た限り、この建物から北西方面に移動するのが一番安全なはず。
途中、軍事施設のすぐ近くを進むことになるのは懸念点だが・・・屋根上なんだ。取り囲まれるようなことはねぇだろう。
「ゼネス様? 私はどうすれば・・・」
「ユノ。お前は俺が抱えて移動する。教会の魔法は精神寄りだからな」
「本当ですかっ⁉ でしたら、移動中はゼネス様のお顔を見つめていても――」
「よし、背負うことにする」
「そんなっ⁉ それでは後頭部しか見つめられません! いえ? それはそれで珍しい体験と言えるのではないでしょうか・・・?」
「・・・・・・・・・」
世迷言を垂れるユノに眩暈を覚える。
こんな高所でこれ以上、平衡感覚を失ってはどうなるか分かったもんじゃない。
っつーわけで、
「ッ⁉ ゼネス様っ⁉⁉ これはいくらなんでも―――」
俺はユノを肩に担ぎ、屋根から屋根へと飛び移る。
「あんまりではありませんかぁあああっ⁉⁉」
地上に向けて発される咆哮。
これのせいで見つかりゃしねぇかと不安に思い、定期的に訪れる何度かの着地の衝撃を、肩に乗るユノの腹へ伝えてみたが、波打ち震えるだけ。もしくは、途切れても一瞬で。
抗議の声はしばらく続いた。