作品タイトル不明
上がる狼煙が呼ぶものは9
「なぜ、そのような・・・・・・・・・ッ!」
真実、理解できないという表情――から。
「それがなにを意味するか! 分かって言っておるのかッ⁉⁉」
雷にでも打たれたかのような衝撃を受けて動き出す。
「てめぇこそ、なにをそんなに焦る必要がある?」
「望福教は最大多数の幸福を実現する理想の宗教だぞ⁉ それを! それを失わせて良いと思っておるのかと聞いているのだ‼」
「最大多数の幸福? 冗談にしても達が悪いな」
「冗談だと⁉ この都を見て分からなかったのか⁉⁉ 市民がいかに幸福を享受していたか‼ 悩みも悲しみもなく、平穏なくらしを送っていたかを‼ それがどれほど困難なことか! 理解できないというのか⁉」
「分かったか? ヨハン」
「・・・・・・分かりません。僕が見たのは希望もなく、ただ働かされているだけの子供達です。そのことに目もくれない、疑問さえ持たない街の住人が幸福かなんて、分かるわけがないじゃないですか」
「ふざけるな‼ 出来損ない風情が知った風な口を‼ あれだけ苦情や不満をあげ続けた市民達が、それらを一切言わなくなった‼ これは幸福である証明だろう‼ 生産力も上がり、税収も増え、問題は起きない‼‼ それのなにが悪い‼ 幸福でないはずがなかろう‼」
「声を上げられない状況にしておいて、それを理由に幸福であるなんざ独裁者でなきゃ言わねぇよ。そんな奴が語る他人の幸福になんの意味がある? ただの思い込みとどこが違う? 勝手に幸福の基準を語るなよ」
「~~~~ッ‼‼‼ ならば幸福とはなんだッ‼‼‼ 市民の幸福とは何だというんだ⁉⁉⁉ 溢れんばかりの苦情はいつも‼‼ 実入りの少なさ! 労働の過酷さ! 権利の主張! そんなものばかりだった‼‼‼ それを他に置いて、なにが幸福だと宣うつもりだッ‼‼‼」
「幸福ってのは感情のことに決まってんだろ」
「感情・・・だとぉ⁉」
「てめぇがあげた苦情の例も、改善すれば意思を尊重されたという充足感を得られるだろう。感情を満たされる感覚。それを幸福と呼ぶんだ。そして、それは意思を通すことでしか得られねぇ。金が欲しいのも、名誉が欲しいのも、権力が欲しいのも、欲望という意思を満たせるからに過ぎねぇんだよ。てめぇ自身がそうであるようにな」
「私のなにがわかるというのだッ⁉⁉」
「わかるさ。薄っぺらいてめぇの中身なんざ探るまでもねぇ。生産量の向上も、税収の増加も、領地を経営する上での問題も。てめぇがどうにかしたかっただけだろ? 他領に劣っているという現実から目をそらしたかった。他領主の贅沢を羨んだ。それらを実現するために、より高い爵位を欲した。どうせ、そんなとこだろうよ」
そういう所を魔に差された。
望福教という魔に。
人から意思を奪い、奴隷のように動かすことで、不満は消え去り、願いは叶う。
確かに幸福だろう。てめぇだけはな。
だが薬物によって意思を奪われた人間に、幸福なんて感情は存在しない。
そんなことにさえ気付けない無能だから、不満や苦情を減らすことも出来ず、領地の経営にも苦労していたんだろう。
当然すぎる帰結だ。
「不満もなく稼いで生きるより、不満を持って稼げず生きる方が幸福だと、本気でそういうつもりか⁉」
「分からねぇ奴だな。重要なのはその動機だって言ってんだろうが」
「動機・・・?」
「もうそんなことさえ思い出せねぇか」
「どこまで馬鹿にするつもりだッ⁉ 動機など、どうでもいい事だろう‼ なによりも結果が―――ッ‼‼」
「――だとしたら、この様はなんだ? 動機もなく、意思もなく、正義さえ、あったもんじゃねぇ。この結果こそが幸福なのか?」
口を開けたまま真っ赤になり、プルプルと小刻みに震える領主。
「稼げないよりは稼げた方が幸福? そりゃぁそうだろうさ。間違いない。けどな? じゃぁ何のために稼ぐのかって、普通は思い至るはずなんだよ。その動機がなけりゃ稼ごうなんざ考えねぇんだからな」
必要もなしに労働を続ける人間が居るとするなら、そいつは立派な精神異常者だ。
「そして、その動機は大抵が家庭のためだ。親でも兄弟でも妻でも子供でも、なんなら家名のためでもいい。他で言えば、友人や恋人や仕事仲間、中には見ず知らずの誰かのためなんて言う変わった奴もいるんだろうが・・・結局は”何か”のためだ」
「・・・・・・・・・」
「幸福ってのはその”何か”から対価を得て、初めて感じられる感情だ。働こうという意思が金になり、その金で家庭を支え、その相手から感謝される。そこまでして、ようやく感情が満たされ、幸福たり得るんだ。金だけあったからってなんになる?」
至極当たり前過ぎる話。
それでも。
「・・・では、なぜ私は否定される? 私とて、家のために行動しているに決まっているではないか⁉ それが‼ なぜ‼‼」
納得には程遠いのか。
それとも。
「それとも、私が自分だけのために動いていたとでも言うつもりか⁉ いや、そうであったとしてだ‼‼ それが間違っているというのか⁉ 自身の幸福のためだけに行動するなと‼ 1人馬鹿を見ろと⁉ 何様なんだ‼」
幸福を永遠だと夢見ているのか―――。