作品タイトル不明
隠蔽の代償
「人の気配がねぇな・・・」
「そうですね。教会だけならまだ留守の可能性もあったんですけど・・・」
ヨハンの先導のまま、俺達は教会の周辺へ訪れていた。
真っ先に向かったのは屋敷だったが、警備が厳重だったために後回しに。ヨハンが抜け出していた使用人用の扉にも、人が立っていることが遠目から確認できた時点でそうなった。
「少なくとも、周りの家はもぬけの殻だな。玄関扉の前に埃が溜まってる。しばらく開閉されてない証拠だ。結構な期間が過ぎてるんじゃねぇか?」
「こっちもです。庭の草なんかも伸び放題で、窓から見える範囲でも。そういった形跡がないみたいで・・・」
もう一度、地図を確認するが。
間違いなく、この区域は都の中でも中心に近い位置にある。
商業区からは離れているが、住宅街としては落ち着いていて悪くない立地。
並び立つ家々もそれなりに大きく、富裕層のための邸宅といった雰囲気がある。
にもかかわらず、無人。
いや、逆に考えれば当然なのかもしれねぇな。
金銭的に余裕があるなら、子供が居ても不思議じゃねぇ。
だから、ここら一帯の人間は望福教の施設で生活している――と考えれば、人が居ないこの状況にも納得がいく。
「とにかく教会の中を調べるか」
「わかりました」
一応の警戒は怠らないようにしながら教会へ入る。
もちろん。人の気配など、ありはしない。
「これならジェイドさん達にも来てもらえばよかったですね」
「これだけ人が居なけりゃぁ見つかることもねぇだろうからな。つっても、この後も同じような状況が続くとは限らねぇ。軽率にこっちの方がよかったとはならねぇよ。ま、この広さを思えば人手は欲しいがな・・・」
礼拝堂がある本殿だが、それ以外の部屋がないわけじゃない。
牧師のためであろう執務室や、修道士・修道女のための部屋なども多く用意されている。
それとは別棟の生活空間まで含めると相当な部屋数を調べることになりそうだ。
「そういえばジェイドさん達が言ってましたけど、この像って先生のことになるんですかね?」
「教義的に言えばそうなるのかもな。つっても、俺は全世界の人間に加護を与えてるわけじゃねぇからな。あくまでも近くにいる人間の加護Lvを上昇させるだけで、加護そのものを配ってはねぇ。同様に俺が生まれる以前から、加護ってもん自体が存在してる以上、加護教が崇めてる神様とは性質的には別の存在とも言えるだろうさ。それでも、その神とやらに近しいってことに変わりはねぇんだろうがな」
「そっか。人が加護を持って生まれる事と先生には関係がないんですね」
「ああ。それを行ってる存在こそを神とするなら、俺にはならねぇはずだ」
「だったらこの像ってなんなんですかね? 教会によって形も違うんですよね?」
「女神像のほうが多いとかは聞いたことがあるが、ただの偶像だろう。形のないものを信じるってのは、言葉だけを信じるのと同じぐらいには難しい。どんなに大層な言葉だって、それを口にする人間が重要だろ? 皇王陛下とどこぞの教祖が同じことを言っても、その価値は同じにはならねぇのさ」
俺達が今ここにいるのはそのせいだろ? と付け加える。
「なんとなく今までは。祈る神様をかたどったものだと、勝手に思い込んでたんですけど・・・違ったんですね」
「女神像が多い理由も。その方が評判がいいとか、小さい像が売れるとか、そんな俗物的な話だしな」
「宗教って思ったよりずっといい加減なものだったんですね。僕の中では、その―――もっと神聖で、より明確なものなんだろうなと」
「信じること自体がただの思い込みだ。それが正しいかどうかはただの結果。多くの人間にとって都合がよければそれでいいんだ」
ヨハンにとって。宗教ってのは自分が蔑ろにされた理由だ。
それがより大きく、より正しく在ってほしいという思いは理解できる。
そうじゃなければ、なぜ――自分は。そう思う気持ちは痛いほど伝わる。
しかし、本質的には信じるという行為に過ぎず、大層なお題目など・・・ただこれ以上は無理だと諦める、手を放すための口実に過ぎない。
理不尽を受け入れるためのおためごかし。
それで救われると思えるから宗教は存在している。
その裏で、苦しむ人々からは目を背けながら。
だから、運が悪かっただけなんだと。せめて励ますようにヨハンへ教える。
神など人が作った偶像にすぎないと。