作品タイトル不明
迷えなかった道
「よかったの? あんなこと言って」
「他に手がなかったからな。仕方ねぇだろ」
「それはそうなのかもしれないけれど・・・」
俺とエイラはホテルへ戻るべく、街外れを歩いていた。
「それにしたって。なにも、あそこまで本当のことを言わなくても良かったんじゃない?」
貧民街でのやり取りを思い返して、エイラが尋ねる。
俺があの女に言ったこと。
それは――
『北の英雄が中央で鉈を振るっている。下手を打てば雌伏の時が来る』
という・・・まんま本当のことを伝えただけの言葉。
北の英雄は言うまでもなく御父上。
鉈は軍の再編成のことだ。
これは調べれば簡単にわかる事実だ。
だが、まだこの南の最果てまでは、その情報が届いてなかった。
これを幸いとするべきか、あるいは―――。
ただまぁ、この情報に使いどころがあるとすればここしかねぇ。
貧民街を発信源とした不明確な情報。
嘘は見破られ、捻ればねじ曲がって伝わる現状。
取れる手は真実そのままを話すことだけ。
裏が取れれば疑う意味はない。
真実であれば見過ごすこともない。
南の領主は御父上の動きを不審に思うだろう。
急に皇都に現れ、軍の再編成なんざ警戒しないはずがねぇ。
その意図が見えないんだからな。
そうなれば、領主は貧民街の掃除より軍の増強に目をつける。
多少不服でも、消耗品としてなら軍に受け入れてもいいと、北大陸からの移民も受け入れる。
そうすれば、不満による貧民街の分裂も、一斉摘発からの排除もなくなる。
そして俺は貧民街のまとめ役とのパイプを手に入れるってわけだ。
不満を理由に行動し、失敗したところをまとめ役の活躍によって救われたなら、移民の連中も今後の態度は考えるだろう。どうにかして移民連中を制御するためにも、そのことをあえて連中に隠す意味はねぇから、この状況をまとめ役側は最大限有効に使うはず。
だからこのパイプはかなり有力だ。
強い信頼や結束を手に入れた貧民街のまとめ役に、一方的に恩を売ったわけだからな。なにかあった時には上から指示出しても、よっぽどの無茶でもなけりゃ素直に従うだろう。
「どうせ。あの情報自体は、いつかここまで伝わってくる。だったらせめて、有効に使うべきだろ? それに、領主としちゃ見過ごせねぇ内容で。且つ、どこから入ってきてもおかしくない情報なんざ他にはねぇ。そこに小細工を混ぜて不信感を抱かせるぐらいなら、洗いざらい話した方がまだマシだ」
「なるほどね。でも、それだけでここの領主様は移民を受け入れてくれるのかしら? 肝心の問題が解決してないと思うのだけれど・・・」
「金をはじめとした物資、だな」
「ええ。それがなかったから移民を受け入れなかったんでしょ? 状況だけが変わったからって、それで物までは増えないわよ?」
確かに、エイラの言う通りだ。
無理をして受け入れても、育たなければ足手まとい。
肉壁でも動かなきゃ使えねぇからな。
だったらいっそ受け入れない――なんつー考えになっても不思議じゃねぇ。
「そこは考えがある」
「聞かせてもらおうかしら?」
「俺が支援物資を置いて行く」
「どういうこと?」
「ちょうど、こっちに来る前にギルドからの補填の第2陣を受け取った。だから金はある。それほど大した額じゃぁねぇが、人を雇い入れる初期投資分ぐらいにはなるだろう」
金額は1陣と同じく500万ガルド。
これで俺が立て替えた分の半分ほどがギルドから回収できたことになるが、いまそこはどうでもいい。
個人としてみれば多い金額でも、団体として消費するならこの金額は正直心許無い。
つっても、有ると無いじゃ大違いだがな。
「施しは受け取ってもらえないんじゃなかった?」
「普通なら、な。今回の件、俺は当事者とも言える立場だ。親が迷惑をかける手前、慰謝料代わりの心付けなら受け取っても面子に傷はつかねぇ」
「じゃあ今から領主屋敷? 今日中に帰って来られるかしら?」
「そんな面倒なことしねぇよ! それに、直接行くと陰謀説を唱えられるかもしれねぇから、渡すにしても間接的にだ。あくまでも俺の都合として、な」
「だったらどうするの? もう日も暮れるわよ? 手紙を出したとしても、相手方の使者が来るのは明日になるんじゃない?」
「もっと簡単な方法があるだろ?」
話ながらも歩みは止めず。気付けば、俺達はホテルの前まで帰って来た。
「なによ? そのもっと簡単な方法って・・・」
もったいぶってないで、ほら早く! と急かすエイラを前に、ロビーで受付に向かって実行する。
「紙とペンを」
「え? あ、はい! ただいま!」
受付にいた従業員が急いで紙とペンを用意する。
そこでそのまま手紙を書き綴る。
内容は手短に。
御父上の行動に対する謝罪と贈り物について。
「こんなところでいきなり・・・で? それをどうするの?」
覗き込むエイラに俺はニッと笑って。
「この、謝罪の手紙と荷物を領主様に届けて貰いたい! 私の名はゼネス・C・グラーニン! 必ず任務を遂行してくれ!」
わざわざ周りに聞こえるようなデカい声で受付に宣言する。
は? という顔をしたのはエイラと受付だけじゃねぇ。周りにいた全員が驚愕と困惑を足したような顔で固まっていた。
「・・・・・・っ‼ はい! 必ず! 我がホテルの名に懸けて、承った仕事を完遂させていただきます‼」
一番最初に動いたのは受付の従業員。
綺麗に90度の礼を決め、直ちに目標へ走り出す。
途中で、他の従業員に一言、二言交わして飛び出していった。
俺は何食わぬ顔で廊下を進む。
「どういうことなのかしら⁉」
後ろから追いつくように駆け寄ってきたエイラが説明を求める。
「これで。俺がここに来た証拠と、貧民街から伝わってるであろう情報の裏付け、金の受け渡し、その全部が達成できたわけだ。な? 楽だろ?」
「いや! でも! もっとこう・・・あるじゃない! 色々と‼ あの人がお金を持ち逃げしたりとか、考えないの⁉」
「”ホテルの名に懸けて”とまで言ったんだ。経営者の親族か関係者なんだろう。これで持ち逃げだったりが起きるようなら、ロビーで見てた連中がうわさを流すだろ? そうすりゃ領主の耳にも入る。捜査が及べばこのホテルも、土地も、全部接収される。それならそれで財政が増えるんだから、金の問題は解決だ」
「噂が流れる根拠は・・・?」
「北の辺境伯の関係者が南の辺境伯たる領主に謝罪の手紙・・・噂にならねぇ方がどうかと思うがな?」
「まぁ・・・確かに。そうね。貴族のどこうなんて、市民にとってはいい話の種だものね」
「そうでなくとも。自分で言うのはアレだが、俺はこっちじゃ有名だからな。親のいうこと聞かずに軍へ入らず、冒険者にまでなった馬鹿な貴族として」
その冒険者になって貴族階級のしがらみを捨てたはずの男が、領主様に謝罪! となれば、興味を引くには十分すぎる。
「後は、一旦預かってもらったあの熊肉。売りには出しただろうが、全部捌けるなんてことはねぇはず。残った分は領主屋敷に運んでもらえば、しばらくは肉を買わなくて済む。そうすりゃ金の使い道も絞れるだろ。早速、隊長に連絡しておくか」
まさかそこまで考えて⁉ とか言ってるところ悪いが、そんなわけねぇだろと。エイラに突っ込みつつ、長い1日の終りを待った。