作品タイトル不明
第六話
他愛のない話だった。
グランツローゼについて。学園について。勉強について。
会話はマリベルを中心に続いた。
たまに起こる兄弟のやりとりを視界に収めながら、アイリーンはただ呆然としていた。ゲームでは絶対に見られなかった光景だった。
やがてラルフがふと窓の外に目を向けた。
「グランツローゼか……懐かしいな」
穏やかな声だった。でも少しだけ遠い目をしていた。
「私もあそこにいた頃は、いろいろと夢があったんだが」
静かに笑った。自嘲に近い笑い方だった。
「今となっては、もう関係のない話だな……」
その言葉に、マリベルが少し困った顔をした。
オルガが小さく眉を寄せた。
アイリーンの中で、何かがぶつりと切れた。
「そんな事ないわ!」
全員がこちらを見たがアイリーンは構わず続けた。
「ラルフ様は学園でとても優秀だったんでしょう! 卒業後は王宮騎士団に入って……、それって全部ラルフ様が積み上げたものよ!」
「……マーガレット嬢」
「怪我をしたのは辛いけど、でもラルフ様が積み上げたものは誰にも消せないわ! 誠実な所も、努力も、オルガ様が尊敬しているのだって全部本物!」
「……買いかぶりすぎだよ」
ラルフが苦く笑った。視線を落として「今の私には、何もできない」と小さく言った。
「だったらあたしがラルフ様を支えるわ!!」
一瞬、時間が止まったような気がした。
マリベルの目が丸くなった。オルガが珍しく表情を失った。ラルフがゆっくりとアイリーンを見た。
そして三秒後くらいにアイリーンは気づいた。
自分は今、何を言った?
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それからのことは覚えていない
多分ラルフが何かを言って、オルガが何かを言って、マリベルも何か言って……
部屋に戻って作業を再開して、お茶をもう一杯いただいて、日が傾いてきたところでお暇して……
気がついたら、自室の天蓋付きベッドの上に存在していた。
「……うわあああああ!!」
枕に顔を埋めたまま叫んだ。声が枕に吸い込まれた。
初対面でなんてことを言ったんだ。
しかも相手は侯爵家の長男で、自分より少し年上で、元王宮騎士だ。
布団を頭から被る。
(印象最悪だ)
間違いなく最悪だ。
しかも前半はあんなに放心してたくせに。ろくに自己紹介もできなかったくせに。
マリベルに全部任せてたくせに。最後の最後だけ急に早口で好きなところを並べ立てて、支えるなどと宣言した。
自分でも意味がわからない。
(でも……だって……)
布団の中でアイリーンは目を閉じた。
ラルフの顔が浮かんだ。
今となっては関係のない話だと、自嘲するように笑った顔。
それを聞いた時、胸がじくりと痛んだ。
あの顔を見たらとても黙っていられなかった。計算も駆け引きも全部すっ飛んで、ただ言いたかっただけだった。
とはいえやらかしたことに変わりはない。
(明日……学園行きたくないよぉ……)
翌朝、アイリーンは人生で一番重い足取りで登校した。
教室の自分の席に着いて、そのまま机に突っ伏した。
(もう顔も上げたくない)
このまま一日が終わらないかな。このまま時間が止まらないかな。
なんて考えていたら声が降ってきた。
「アイリーン」
顔を上げるとマリベルがいた。心配そうな顔をしている。
そしてその隣にオルガもいた。
「マリベル嬢に案内してもらったんだ」
オルガが短く言った。教室に入ってくるなり周囲の視線が集まっているが、本人は意に介していない。
アイリーンは上体を起こした。内心で昨日のことが走馬灯のように蘇ったが、なんとか平静な顔を作った。
「……どうしたの?」
「ああ」
オルガが真っ直ぐにアイリーンを見た。
「兄が君に会いたがっている」
「…………はい?」