作品タイトル不明
白魔導師、キレる
ラミスは怒りで冷静さを欠くロイドを引き止めようと手を伸ばした。
今にもアレンの元へと殴りに行かんとする雰囲気だったからだ。
ロイドは白魔導師としては優れているかもしれない。
だが、それでもアレンには敵わないだろう。
勇者と白魔導師では、勝負にならない。
そう思っていた。
しかし、そんな油断がロイドの肩を掴み損ねる要因となってしまった。
想像より早く駆け出したロイドは、ラミスの声を置き去りにし、アレンの元に向かって突っ走っていく。
「待て、止まれ!」
ラミスの声など無視し、ありったけの強化魔法を自身にかける。
らしくなく、なにも考えず、ただ全力を右腕に乗せるロイド。
「アレン!」
ロイドがアレンの頬に魔杖を打ち込むと、その体は信じられないほど簡単に吹っ飛んだ。
地面を転がり続けるアレン。
衝撃の光景に誰もが目を疑った。
白魔導師が勇者を殴り飛ばす……前代未聞も光景だ。
そんな雰囲気の中、真っ先に冷静さを取り戻し、動き出したのはクラウンだった。
「何故、魔杖が命中したのか……気にはなるが今は!」
ロイドがもう一発叩き込もうとしたところで、アレンとの間クラウンが立ち塞がった。
ダガーを構え、突っ込んでくるロイドを待ち構えている。
ロイドをここで殺しておくことは、アシリアを誘拐することと同じくらいの価値があると感じ取ったクラウンが殺意を放つ。
しかしロイドは、本能がこれ以上は踏み込むなと告げているにも関わらず突っ走った。
「止まれ、ロイド!」
リヒトはそんな冷静さを欠いたロイドの右腕を強引に掴み、静止させる。
「っち! 邪魔しやがって」
舌打ちするクラウンの後ろでは、こちらを睨みつけるアレンと、アレンの頬を魔法で回復させるシーナの姿があった。
「シーナ……」
アシリアがアレンをだけを真っ直ぐと見つめるシーナを見て寂しげで、それでいて悲しそうな表情をする。
二人は知り合いだったのだろうか?
そんなことを考えられるくらいには落ち着くを取り戻した。
「っ⁉︎」
冷静になった途端、右腕に激痛が走った。
その際、右手で握っていた魔杖を地面に落としてしまう。
それを見逃さず攻撃を仕掛けようとするクラウンの前に、聖騎士団長とラミスが立ち塞がった。
「そうはさせない」
「はぁ……せっかくだし元勇者候補くらいは殺しときたかったけど、残念。そろそろ潮時……だね。あーあ、残念だなぁ!」
クラウンとアレンが共闘すれば、聖騎士団長を殺せる可能性はあった。
しかし、長引けば長引くだけ、不利になるのはクラウンだ。
ラミスにはかなりキツイ蹴りを入れたはずだが、アシリアの回復魔法で怪我は癒えてしまっている。
今、下手に欲張り、無理をして負けたらせっかく手に入れた勇者と聖剣を失うことになる。
「ま、いいか。聖騎士団長の実力もしれたし、当初の目的は達成した。それに……」
クラウンが不気味な笑みを浮かべ、アシリアに問いかけた。
「君、蘇生魔法の使い手じゃないんでしょ?」
問いかけておきながら、すでに自身の推理に絶対の確信を持った様子のクラウン。
アシリアも今回は表情に出すまいと努めていたようだが、そんなアシリアの思考さえも読んでいるかのように、嘲笑うかのように、クラウンはケタケタと笑い続ける。
出会ってから常々思っていたが、一体どういう情緒をしているのやら。
キレたかと思ったら、急に笑い出したりと、感情が読めない。
「逃すと思うか?」
「うん、思うね」
右手を空へと掲げ、指をパチンと鳴らす。
その瞬間、聖騎士の一人が空へと矢を放った。
放たれた矢はただの矢ではないらしく、その矢は分裂しだし、その結果空からは大量の矢の雨が降り注いだ。
「アレンのパーティーの弓使いか!」
急ぎ、俺たちは大きく後ろへと後退し、盾持ちの聖騎士の後ろに隠れた。
姿が見えないなとは思っていたが、やはり近くに潜伏していたらしい。
丁寧に聖騎士の鎧を纏い顔も隠している。
単純な手段だが、人の気配が多いこの場では最も有効で、最適な潜伏方法だろう。
気がつけるはずがない。
「ではまた、どこかでお会いしましょう!」
クラウンは煙幕を放ち、俺たちは完全にっ姿を見失ってしまった。
魔杖を落とした時に探知魔法も解除してしまっているし、この煙幕には催涙効果まであるらしい。
視界を奪われ、杖の位置が把握できない。
しかも、音響弾まで追加で使っており、音でどこに逃げたか判別することも、杖を新たに取り出すこともできなかった。
耳を塞ぎ、爆音から耳を守るので精一杯だ。
煙も音も約一分ほど続き、煙と音から解放された時には、クラウンたちの姿はなかった。
今ならまだ、追えるかもしれない。
一瞬、そうも考え急ぎ魔杖を拾い上げたが、追ったところで彼らに追いつける保証はないと、動きを止めた。
いや、それは言い訳だ。
この場にいる面子で追えば、聖剣奪還ができるかもしれない。
その可能性は否定しきれないほど高い。
それでも、真っ先にそう考えてしまったのは、この場で俺にとって何よりも重要なことがユイの安否だったからだ。
だから、都合の良い言い訳を探そうとした。
アシリアにはこの場に留まっていてもらわなくては困る。
いや、俺がどんな決断を下そうともアシリアはきっとユイの身を案じこの場に残っただろう。
「っ!」
そんな冷静に思考を巡らせていると、それを妨害するように激痛が俺を襲った。
「ロイド様!」
アシリアが心配そうな顔で、こちらへと駆け寄ってくる。
「イグザミネーション」
確か、対象の身体状況を検査できる魔法だ。
主に内蔵や骨の損傷確認に用いいられる。
「右腕の骨の至る所にヒビが……今、回復を!」
「俺はいい。それより、ユイだ。俺が強化魔法で回復魔法の力を底上げするから、俺なんかより、ユイの回復を」
「そうですね。分かりました」
急ぎ、見るからに重傷なユイの元に駆け寄る。
「イグザミネーション」
「どうだ?」
「酷い火傷や深い切り傷、複数の骨折も見受けられます……酷い状態です。幸いなのは、炎撃で切り裂かれた箇所は焼けており、止血作用が働いていることでしょうか……それでもかなりの出血ですが」
「今すぐ回復を……」
左手で魔杖を握り直し、強化魔法をアシリアにかける。
魔法効果上昇と魔力消費軽減を重ねがけする。
アシリアの回復魔法の効果は凄まじく、みるみるうちに傷が塞がっていった。
数分もあれば、傷はある程度治癒できるだろう。
実際、数分後には大きな傷はなんとか塞ぐことができていた。
まだ完治には及ばないが……。
「あまりにもダメージが深刻で、一度の治癒で完全回復させるのは無理そうですが、これで死ぬことはないでしょう。後遺症も、多分……残らないかと」
何故か歯切れの悪そうに言うアシリア。
多少引っかかるが、今はどうだっていい。
「そうか……」
アシリアの言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。
しばらく冒険者としては働けないかもしれないが、一命は取り留められた。
「当分は私の孤児院で様子を見ます。毎日、回復魔法をかけていけば、治りも早められるでしょうし、明日以降は護衛も増やす予定ですので、安心でしょう。護衛も、当てはありますので」
「あぁ……助かる」
激痛の走る拳を握り締める。
アレンを殴った時、とても生身の人間を殴ったような感覚ではなかった。
渾身の一撃はなんとか通ったものの、むしろ反動が凄まじくその衝撃は右腕の骨にヒビを入れるほどだった。
聖剣の効果、なのだろうか。
見えない壁のようなものがアレンにピッタリ纏わりついているような不思議な感覚。
高い火力、鉄壁の護り、そして魔力の無限供給。
そんなズルすぎる装備を纏ったアレンと、ユイは……、
「ユイ様はやはり凄い方ですね。聖剣を握った……勇者を、たった一人で足止めしてしまうなんて」
はっきりと断言はできないが俺がアレンに攻撃を与えられたのは魔杖によるところも大きい気がする。
一方ユイは特別な武器も防具も持たず、一人でアレンを数分の間足止めし続けた。
「あぁ、本当にユイは凄いよ」
ユイは実力がありながら、人間性も良く、優しくて、いつだって誰かのためにすぐに動ける行動力があって。
「ダッガスたちに合わせる顔がない」
下唇をグッと噛み、自分の無力さを噛み締める。
俺が無力だから、ユイがこんな酷めにあった。
「ロイド様も、手の怪我を治しますね」
「頼む……」
今回の一件、最悪は防ぐことができた。
ユイが重症を負ってしまったが、誰も死ぬことはなかった。
アシリアも守り通すことができた。
だが、魔王軍の四天王を逃すだけでなく、せっかく見つけた勇者まで逃し、聖剣を取り返し損ねた。
聖騎士団長が直々に出張ってきたにも限らず、この結果だ。
聖教国もこの一件は敗北と考えているのか、一連の出来事は「無差別殺人」だと判断され、魔王軍の介入やアシリアが狙われたことは、一切報じられることはなかった。