軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白魔導師、ダンジョンに挑む 後編

三十一階層は、広い空洞となっており、異様なほどに静まり返っていた。

時折、大きな刃物で切りつけたような跡や血痕、腐り異臭を放つ死骸は発見されるが、生きたモンスターの姿は見られない。

「殺されてそこそこ時間は経っているな……」

「ねぇ、これって上にいたモンスターでしょ?」

死骸をよく見ると蜥蜴のような形状をしており、おそらくは上の階層から降りて来たものだと思われる。五十センチほどの蜥蜴なのだが、周囲の景色に擬態する上、顎の力がやけに強く、噛みつかれると骨すら砕かれてしまうほどだ。擬態もレベルもかなり高度で、気をつけて観察しても発見は無理なほどだ。

俺が絶えず探知魔法で周囲を探っていたため、ユイたちが怪我を負うことはなかったが。

このダンジョンの性質上、俺の探知魔法が上手く機能せず、近くの気配を探るのがやっとだった。以前の霧に比べれば断然マシではあるがな。

テスタたちはあえて装備をかためた盾持ちを先行させ、蜥蜴が攻撃を仕掛けてきたところを即座に撃ち落としていた。

「これを容易く発見し、倒すモンスターがいるってこと? こいつの擬態って、視覚じゃ発見できないレベルなのに?」

「とてもそうは思えないほど、静かですね」

先行する王国騎士も、異変を感じ取ってか、足取りが重くなりつつある。

警戒、それに恐怖も見られる。

少しして、王国騎士たちの足が止まった。

その背後に控える宮廷魔導師やテスタたちも足を止め、武器を構える。

姿を現したのは、ミノタウロスという牛っぽい頭にムキムキの巨体を持ったモンスターだった。身長は四メートル弱で、何処から拾ってきたかは不明だが、その右腕にはその巨体に比べると小ぶりな斧が握られている。

「厄介そうね……」

「とりあえず、王国騎士、それに勇者の活躍に期待ってところだな」

下手に戦闘に介入した結果、邪魔になることを避け、俺たちは離れた位置から見守る。

いくら他の階層に比べると広いとはいえ、洞窟内では一度に攻めてかかることはできないしな。

剣や盾を得意とする王国騎士が前衛を、宮廷魔導師と呼ばれる魔法使いたちが後衛となりミノタウロスを討伐しようとするが、討伐は難航していた。王国騎士の実力はユイたちよりやや劣る程度といったところだ。主戦力は王都から離せないし、元々彼らは本命でないのだろう。

宮廷魔導師が三名おり、一人が魔術師、残る二人が司祭と白魔導師という回復・支援系の魔法使いだった。いい機会だと思い、俺は周囲を警戒しながらも白魔導師の女の動きに注目していた。

…………

……

「微妙だな」

この先のことも見据え、魔力を温存しているのだろう。しかし、それにしても力を抜きすぎてはいないかと、思わずにはいられない。もっとしっかりと強化魔法をかければ、決定打を与えることもできたかもしれないと、そう感じる場面もあった。

体調でも悪いのかな。

そんなことを考えつつ、観察していると十数分、体力に限界が来た王国騎士が後退し始める。

「はぁ、仕方ない」

背後で静観していたテスタが、黒いグローブを両手に着けながらスタスタと、ミノタウロスに向かって歩いていく。

パーティーメンバーは、そんなテスタについていくことは無く、見送るのみ。

その瞳からはテスタへの絶対的な信頼が窺える。

「少々硬そうな体だが、問題ない」

ミノタウロスが右腕を振り上げ、テスタ目掛け振り下ろした。

それを冷静に回避し、ケンタウロスの懐に入り込み、拳を構えた。

「ウェントゥス・ハスタ!」

グローブの甲に翡翠色の魔法陣が輝き、拳を包むように風が纏われる。

風を纏う拳を力強く突きだした瞬間、ミノタウロスの腹部に風穴が空いた。

何が起こったのか理解することも出来ず、ミノタウロスは地面に倒れこんだ。

空いた風穴からドロッとした赤黒い血が流れだす。

「す、凄い……流石は勇者」

テスタの一撃を見ていた誰かが、そんなことを呟く。

「ほう……口だけではなかったか。面白い」

壁に体を任せていたシノも驚きを露にし、面白そうにテスタを眺める。

風属性魔法と思われるが、俺の知らない魔法だ。それに、グローブを杖代わりにしているという点も興味深いところだ。セリオンのような特異体質ではないのだろう。

テスタの活躍により、ミノタウロスは討伐された。

どうやらこの階層はミノタウロス一匹しか生息していなかったようだ。おそらく、ミノタウロスを恐れ、他のモンスターは住み着かなくなったのだろう。また、下へと下る道だが、狭くなっており、ダッガスがぎりぎり通れるほどの幅しかなかった。ミノタウロスのいたこの階層へと繋がっていた道も、二メートル程度の高さしかなかったため、ミノタウロスはこの階層から出たくても出られなかったんだろうな。

たまに迷い込んでくるモンスターを餌としていたようだし……。

一つ下の階層は、迷路のように複雑に入りくんでおり、蝙蝠のようなモンスターが住みかとしていた。蝙蝠のような、と表現したがその容姿は異質で、丸い体に目が一つと、大きな口、二翼の翼、さらに尻尾の先端に足のようなものが付いているというものであり、俺たちの知っている蝙蝠とは大きく異なっていた。

直接攻撃はしてこないが、厄介なことに、幻覚作用のある魔法を発動してくる。

戦闘を歩く王国騎士や宮廷魔導師はその影響を大きく受けているようで、足取りがふらついており、時折壁にぶつかってしまっていた。視界や方向感覚を狂わす魔法のようだ。

テスタ一行も、蝙蝠を警戒し、幻覚に陥る前に対処するようしているが、このモンスターの数の多さに苦戦しているようだ。

「……っ」

ユイの足元がふらつきだした。モンスターの一体がユイを魔法の対象としたのだろう。この魔法は蝙蝠一体につき一人までにしか作用できないようだ。厄介なのは、多重掛けができる点だ。多くのモンスターに対象にされればされるほど、幻覚作用は強くなる。

厄介なのは間違いない。が、

俺は強化魔法を用い、この場にいる全員に状態異常耐性を付与した。これで、この程度の魔法の幻覚作用なら無効化できるはずだ。あくまでも耐性を付与するものであるため、もっと強い魔法による幻覚なんかは、完全には防げないが……。

「あれ、急に視界が戻って……」

「なんだかよくわからんが、これならやれるぞ!」

幻覚作用から解放された騎士や宮廷魔導師が調子を取り戻し、今までのお返しと言わんばかりの執念で、蝙蝠を撃墜していく。

「ねぇ、ロイド。これって」

「あぁ、強化魔法を使った」

「やっぱり。でも、良かったの? みんな、ロイドのお陰って気が付いてないみたいだけど」

「それが、どうかしたのか?」

「いやいや、これって見返すチャンスじゃ……」

「別に、大したことはしていないしな。俺は俺にできることをやったまでだ」

それに、そんなくだらないことに固執して、ダンジョン攻略の失敗に繋がるなんてことは絶対にあってはならないし、そんなことをするだけの余裕は俺にはない。

精一杯頑張ってついていかなくてはならない立場なんでな。

「そう……ロイドがそう言うなら、私は構わないけど」

ユイはどこか不満げな表情でそう呟いた。

とりあえず、幻覚の影響をうけなくなったお陰で進む速さは戻ったのだが、迷路のような構造に俺たちは苦戦を強いられた。幻覚が効かないと知るや否や、蝙蝠も噛みつく攻撃へとチェンジしてきた。こんな環境だ。飢えているのだろう。

そんな苦行に、ついに我慢の限界を迎えるものが現れる。

「あぁ、もう面倒だな!」

シノが急に大声を出し、洞窟に木霊した。

それによりシノへと視線が集まる。

「どうした。遅刻魔」

「勇者よ、こんな面倒くさいやり方に固執する必要があると思うか?」

「何? どういう……」

「こんな洞窟、床をぶち抜き続ければいいだけの話だと、そうは思わないか?」

シノの発言には一行の余地があると思ったのか、テスタは顎に手を当て考える素振りを見せる。

しかし、シノはそんなテスタの返答を待つことなく、詠唱を始めた。

本当に面倒に感じていたのだろう。

先日の依頼の時とは違い、無駄のない詠唱をする。

「ヘル・インフェルノ」

シノにより呼び出された黒い炎は地面すらも溶かしながら、何層もぶち抜いていく。

普通の炎ではないと思っていたが、ここまでとは……

「ん?」

突如、地面が大きな唸りを上げながら、揺れ始めた。

地震……ではないな。

シノが空けた大穴によって、洞窟内のバランスが崩れたのだろう。

その結果、崩壊を始めた……

「これって……」

「あぁ……不味いな」

俺たちの足場が崩れ落ち、一気に下の階層へと落下する。このまま落下してしまえば、怪我人が出る可能性が高い。死者がでることもあり得なくはない。俺は強化魔法をこの場にいる全員にかけ、身体強化を施しながら、落下するのだった。

「いたたた……」

そう呟くユイの右腕には見るからに痛そうな深い傷があり、俺は今、ユイの怪我の回復に当たっていた。この程度ならしばらく回復魔法を使えば治すこと俺でも容易だ。

「ユイ、ありがとな」

「ありがとな、って。それはこっちの台詞でしょ」

ユイが怪我をした理由……それは周囲にいた落下する冒険者たちを救おうとした結果だった。俺はできる限りの強化魔法をかけた。しかし、それでも、元々運動の不得意な魔法系の者の中には、死につながる大怪我を負いかねないものも見られた。頭から落下でもされようものなら、俺がいくら強化魔法を使用したところで即死は免れない。

この状況下でそれらを一瞬で見抜き、また、俺の強化魔法の使用に一早く気が付いたユイは、崩落する岩を足場にしながら、そのうちの一人を華麗に救出して見せた。だが、その際、落下する尖った岩に当たってしまい、腕を怪我してしまったらしい。

「ロイドの強化魔法がなければ、あんな動きはできなかったし」

ユイは怪我の痛みに耐えながら、そう俺に微笑みかけた。

そらから数分かけ、丁寧に怪我を完治させた。ユイは怪我のあった個所を軽く撫でたのち、剣を振るって見せる。

「よし! 動きに問題はないようね」

「申し訳ありません。私のせいで……」

そう謝罪するのは宮廷魔導師のラナースという女だ。職業はシリカと同じ魔術師。本人曰く、魔法は得意であり、宮廷魔導師の中でも上位の魔術師だそうだが、運動に関してはめっぽう弱いらしい。他の宮廷魔導師も危うい様子だったが、宮廷魔導師は基本的に運動が苦手なのだろうか。

ちなみに、残る二人はテスタが救出していた。ユイより動き出しは遅かったが、はっきり言って動きはユイ以上だったな。まぁ、そんな様子をただ眺めることしかできなかった俺がどうこう言えたことではない。

さて。現在の状況だが、正直言ってあまり良くない。あの落下の結果、俺たちは分断されてしまったようだ。どういう風に散らばったかは不明だ。分かることは今ここにいるのが、ユイとラナース、そしてシノと言うことだけ。

剣士、魔術師、黒魔導師、白魔導師。

役職だけ見れば悪い組み合わせではないが、この人数でダンジョン内を歩き回るのは危険な気がする。

それに、問題は他にもある。シノの存在だ。

この現状の原因であるシノに対して、ユイとラナースは良く思っていないだろう。当然だ。そのせいでラナースは死にかけ、それを助けたユイは怪我を負った。

ユイがシノに詰め寄り、苛立ち交じりの声をかける。

「ねぇ、今後こんな身勝手な行為は一切しないって約束してくれる?」

責めた気持ちはあるだろう。しかし、すでに起こってしまったことはどうしようもない。ここでシノを攻撃すれば気持ちはスカッとするかもしれないが、ただそれだけだ。それをユイはしっかり理解し、自分の感情を抑えながら、今後のための行動に出たわけだ。

「そうだな……今後はもっと周囲に気を使うとしよう」

こんな状況においても一切の同様の見られないシノだが、内心やりすぎたとは思っているのかもしれない。

「はぁ……分かったならいいわ。あの感じなら、たぶんテスタが全員救出しているだろうし」

それから、ユイを先頭に俺たちはダンジョン内を進んでいった。一応、下に向かい進んでいく。そうすれば、いずれダッガスやテスタたちとも合流できるだろうと信じて。

まさか、自分たちが先に最下層に辿りつくことは無いだろう、と。

そう信じて……。

しかし、俺たちは順調に最下層へと進み……二日後。

ダンジョンの最下層へと到達してしまったのであった。

そこは地下とは思えないような空間だった。

異常な広さもそうだが、ここが特別異質なのは、気が生い茂っているという点だった。平気で植物が生息している。しかも、この空間はあちこちにちりばめられた淡い翡翠の光を発する鉱石に照らされ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

だが、そんな神秘的な空間を台無しにするほどの殺意を放つモンスター。上半身は人間の女だが、下半身は蜘蛛。

「これは、アラクネ?」

ラナースはこのモンスターを知っているようだ。ここ数百年の間、姿は確認されておらず、絶滅していると思われていた、凶悪なモンスター。森の深くや洞窟などに巣を作り上げ、闇に紛れて人間やモンスターを罠にかけ、じわじわと食い殺していく……らしい。

「虫ってだけで、無理なのに……」

虫嫌いのユイは、いまにも逃げ出しそうにしている。

最も、虫嫌いでなくとも、逃げ出したくなるが……。

「こいつは手強そうだな」

普段、平然としているシノですら、額に汗を浮かべている。

俺は強化魔法を発動し、この場にいる全員にそれぞれにあった強化を施す。ここ数日で、ラナースとシノの戦闘スタイルも知れたからな。

「来る!」

見た目に反し、アラクネの動きは素早く、ラナースめがけ襲い掛かる。

振り下ろされる足はラナースに当たる寸前で、ユイの刃により止められる。

「こいつ、一番接近戦に弱いラナースを!」

何とか、アラクネの足を押し返し、その反発力で後ろに飛び退き距離をとる。

ラナースの傍にユイを見て、アラクネの標的はシノへと移った。

「ふん、なめられたもんだな。アブソリュート・チェイン」

アラクネを囲むように、いくつかの魔法陣が構築され、そこから黒い鎖が発射せれる。鎖はアラクネの身体に絡みつき、その動きを封じた。

アブソリュート・チェイン……いくつかの鎖を生成する、黒魔導師が得意とする魔法で、鎖に触れているものにデバフ効果を付与する能力がある。生成される鎖の強度や魔力や体力の吸収速度は使い手の力量により大きく変動するらしい。

Sランク冒険者であるシノが使うとなれば、それなりの効果が期待できる。

しかし、

「っち、もう限界か!」

鎖は十秒も持たず、アラクネの怪力により千切られ、破壊されてしまった。千切られた鎖は霧散し、地に落ちる前には完全に消失する。

「さぁ、どうくる? アラクネ」

アラクネが糸を吐き出す。その先にあるのはシノではなく、半径一メートルほどの岩だ。糸は岩に粘着し、糸のもう一方の先端を右手で握り絞めたアラクネは器用に振り回した。

メイスチェーンボールという、鎖の先端に鉄の塊をつけ、それを扱う武器があるのだが、それに似た扱い方だ。

飛来する岩をシノは傘で受け止め、直撃は避けたが、その威力は凄まじく、シノの体は吹っ飛ばされてしまう。

地面に蹲るシノに、再度岩をぶつけようと振り回すアラクネ。

「そうはさせません……ロック・ブレット」

ラナースが岩の銃弾を数発発射し、シノに迫る岩を打ち砕く。

俺はその隙をつき、シノを回収し、アラクネと距離をとる。そして回復魔法をかけた。

「厄介だな」

「そう、だな……大金をはたいて、聖剣の一撃すら防げるような傘を特注して正解だった。これなら、本当に聖剣すら」

ツッコミどころはあるが、今はそれどころではないので無視する。

それより、今はアラクネの分析だ。

運動が最も苦手なラナースを狙ったり、岩を器用に振り回したり。モンスターにしては知能が高いことが窺える。

アラクネは少し静止下のち、天井を向いた。

そしてその口を開き、全方位に糸を噴出させた。

「不味い!」

全方位とは言え、隙間はある。だから、まだ完治していないシノを抱えながらでも躱すことはできた。

吐き出された糸はべちゃという音とを立て、地面に落ちる。

これは……

「ユイ、ラナース、その糸を踏むな!」

俺は少し遠くで武器を構える二人に向けて叫んだ。

不味い……おそらく、この糸はトラップだ。踏んだら足に粘着し、動きを鈍らされる。そうなれば、良い攻撃の的となってしまうことだろう。今後、俺たちは地面にも注意を向けながら、この化けのもと戦わなければならない。

次にアラクネはピンポイントで、ユイを狙い糸を噴出する。

足元の悪い中、何とか迫る糸を回避するユイ。

「あーもう、しつこい!」

アラクネはしばらくの間ユイを狙い……いきなり、ラナースの方を向いた。

「しまった!」

ユイが咄嗟に方向転換し、ラナースの元へと駆け寄ろうと動く。

しかし、それすらもアラクネの作戦のうちだった。

ラナースを狙ったように見せかけただけで、標的はユイから変わってはいなかったのだ。再度、ユイの方を向きなおし、糸を噴射する。ユイは回避できず、糸に絡めとられてしまう。

「っ……この蜘蛛女!」

ユイの動きを封じた上で、今度は確かにラナースを標的とする。

ラナースは魔術師だ。糸による遠距離攻撃を防ぐ術はいくらでもある。地面を隆起させ、壁と作る。風属性魔法で切り裂く。炎で燃やし尽くす、など。

それをアラクネは理解し、近接戦に持ち込むつもりなのだろう。

シノはまだ動ける状態ではない。

こうなったら……

「ユイ!」

俺は杖を構え、紅い魔法陣を構築する。

実戦で扱うのは初めてだし、これを上手く使いこなせるかはユイ次第だ。

賭けではある。しかし、やむをえまい。

「強化魔法・炎舞」

刹那、ユイの握る剣が炎を上げ、燃え上がった。ユイの身体を縛る糸が一部燃え尽きる。

ユイは大きく目を見開いたが、すぐに状況を理解し、束縛から解放された腕を動かし、その燃える剣を振り回した。

強化魔法・炎舞。武器に火属性を付与し、その持ち主にも熱への耐性を付与する強化魔法だ。

これなら、飛来する糸への対処も可能だ。

ユイがアラクネの元へと駆け出す。慌ててアラクネは糸を噴出するが、ユイの勢いは止まらない。糸を燃える剣で対処しながら、一気に距離を詰める。

そして、蜘蛛のような下半身を深く切り裂いた。

傷口は燃え上がり、アラクネが耳をつんざくような悲鳴を上げた。

「まだまだいくわよ」

ユイの追撃は止まらない。

危機感を覚えたアラクネは逃走を試みようとするが、それはシノのアブソリュート・チェインにより阻まれる。

「お返しだ」

傘を杖代わりにし、ゆっくりと立ち上がるシノがにやりと口角を上げた。

「さぁ、まだまだいくわよ!」

止まらないユイの連撃を受け続け、アラクネは討伐されたのだった。

その後、シノの体力の回復を待ち、下の階へと降りた。

下の階層は今までに比べるとかなり小さな空間とあっており、中心には台座が一つあるだけ。

その台座には、魔法を使う際に用いる杖が置かれている。

「これがそのお宝?」

「そのようですが……これが、聖剣級のアイテム」

ユイとラナースがいったいどうしたものかと、台座の前で立ち尽くしていると、そんなことはお構いなしにシノが手を伸ばした。そして掴もうとした瞬間、電が走り、シノの手ははじき返されてしまう。

「ッ……これは」

「聖剣と同じく、選ばれしものしか触れることすら叶わない、ってことでしょうね」

「えっ、じゃ、持って帰れないじゃん!」

ユイが手を伸ばすがシノと同様、拒絶された。

「私も……」

ラナースも掴もうとするが同じく拒絶反応が起こる。

「これは、不味いかもしれませんね……」

攻略したが持ち帰れない、という最悪な展開が頭を過った。

その時だ。

俺たちが辿ってきた方向から複数の足跡が聞こえて来た。

「上の階層で戦闘の跡があったから、予想はしていたが……」

声の方を見れば、そこにはテスタ一行とダッガスたちの姿があった。遅れて他の面子も揃う。全員、疲弊した様子ではあるが、誰もかけることなく、最下層まで辿り着けたらしい。

「元気そうね」

「ユイとロイドも元気そうだな。あのおっかない蜘蛛女と戦ったわりには」

「余裕よ、あんなやつ……あんなのに苦戦しているようじゃ、大賢者様に笑われるわ」

「目標が高いのは悪くないと思うが、無茶はするなよ。次、危ない奴を見かけたら俺たちの到着を待て。俺たちはパーティーなんだから」

「今後は気をつけるわ、たぶん」

「なぁ、ダッガス。俺にはまたユイが無茶やらかす未来が容易に見えるんだが」

そう言い、クロスは疑いの眼差しを向け、シリカは無言で心配そうな瞳でユイを見つめた。

「ロイドも、ユイの無茶に付き合う必要はないし、なんだったら多少強引にでもこいつが馬鹿するのを止めてくれ」

「善処する」

とても、俺にユイが止められるとは思えないが。

そんな会話をしていると、バチバチと稲妻が走る音が聞こえた。音の発生源を見れば、そこには杖に手を弾かれ、驚愕の表情を浮かべるテスタの姿があった。

「なん、だと?」

テスタは聖剣に触れれた数少ない人間の一人だ。そんなテスタであれば、この杖も触れるだろうと、俺含めこの場にいる全員が思い込んでいた。

しかし、現実は違った。

いや、よく考えればこの結果こそ妥当なのかもしれない。聖剣を持てるか否かと、このアイテムを持てるか否かは関係ない。同じアイテムという括りにはなっているが、その括り自体、人が勝手に定義づけし、括ったに過ぎないのだから。

「……どうすんだよ」

誰かがそう呟いた。

この際、その誰かが誰なのかはどうでもいい。この場にいる誰もがそう感じている。

「とりあえず、持てる人がいるか試してみるしか……」

ラナースの言葉に、テスタは顔を顰めた。

「それしかないが……もし仮に、聖剣と似たような性質なら、相当低い確率になる。大陸全土で見ても、一人か二人いればって確率だ。この中に、その選ばれし人間がいるなんて……」

普通に考えてあり得ない。

そんな都合のいいことが起きるはずがない。

しかし、それしか案が思い浮かばないため、そのあり得ないと言ってもいい確率にかける。

一人二人と、順番に触れようと試みるが、杖は伸ばされる手を拒絶し続ける。

ダッガスも、クロスも、シリカも、杖に手は届かない。

「全員、駄目だったか」

テスタが苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。

ここまでの苦労がすべて無駄だった。

静まり返った空気の中、声を発したのはユイだった。

「ねぇ、ロイドってまだ試してないよね?」

その言葉を聞き、全員が俺へと視線を向けた。

「そういえばそうだな」

先に着いていて、既に杖に拒絶された三人がすっと杖から離れたので、なんとなく俺も杖から離れ傍観していたが……そう言えば、俺はまだ試していないな。

自分自身のことをすっかり忘れてしまっていた。

「お前、まだ試していなかったのか? 先に着いていた奴らは、全員試したと思っていたが……」

「すまない」

今回は俺が悪い。

それはもう、百パーセントと言っていいぐらい、俺が悪いだろう。

とは言え、絶望的な状況に変わりはなかった。

諦めムードの中、俺は杖の元へと歩みを進める。

いくら諦めムードとは言え、最後の一人である俺の一挙手一投足がこの場にいる全員に監視されているような感覚……不快だ。緊張もする。

よし、さっさと弾かれて帰ろう。

俺はその杖に手を伸ばし、そして軽く掴んだ。

「え?」

目の前で起こるあり得ない出来事に、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

本来、歓喜すべきはずなのだろうが、杖を掴んだ俺も、それを見ていた人たちも、誰も何も語らないし、凍り付いてしまったかのように動かない。いや、シノだけが僅かに口角を上げていた。

内から湧き上がるこの感情は歓喜じゃない。

何かやらかしてしまった時に感じる、アレだ。

今から持ち上がらないアピールでもしたら、なかったことにしてくれないだろうか。

いや、それはないか。

俺は抵抗をやめ、腹をくくりその杖を持ち上げた。

「流石はロイドね……まさかとは思ったけど」

「本当にな。俺自身、いまだに信じられない」

そんな俺に、信じろとでもいうかのように、どういう原理かは不明だが、俺の頭にこの魔杖の使い方が流れ込んでくる。

「魔力と魔法の保存か……」

魔杖の扱い方が流れ込んでくると同時に、現時点でこの魔杖に一つ、魔法が保存されているのが何故か分かった。

「どうやら、すでに帰還用の転移魔法が組み込まれているらしい。一度きりみたいだし、転移先は固定されているようだが……」

「なら、今使ってしまおう。誰かさんのせいで、洞窟内部のバランスが崩れてきている。安全に帰る手段があるなら、使ってしまおう」

テスタの言葉に頷き、全員を集め、俺はその魔法を使った。

とんでもない魔力消費であり、すでに上限まで保存されていた魔力は一瞬で使われてしまった。

足元に巨大な魔法陣が出現し、眩い光に包まれたかと思うと、景色が薄暗い洞窟から、生い茂る木々へと変化していた。

「戻って来たんだ……」

こうして、ダンジョン攻略は無事、成功した。

形はどうであれ、ダンジョン攻略は冒険者としても王国に仕える者としても、立派な功績であり、多くの人は喜び、感動の言葉を口にしていた。

これで自分たちも伝説の冒険者に近づけた、立派な経歴が得られた、何か人生において大きなことを成せた、……そう、歓喜する中。

俺とテスタだけが、浮かない表情を浮かべていたのだった。