軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白魔導師、変人と出会う

国王の元へクレアを引き渡し、一件落着。

奇跡的に、誰も後遺症が残るほど大きな怪我を負うことなく、王都へと到着できたわけだが……。

かなり疲労したらしく、あのユイすらも王国一栄えた街を前にしても、観光をするほどの余力はないようで、寄り道せず宿を探し、今日は各自部屋で休むこととなった。

身体的には勿論、精神的にもかなり疲れる護衛だったからな。

俺も宿周辺の浴場に行ったのち、すぐに就寝した。

そして翌朝。

ドアと力強くノックする音で俺は目を覚ました。

こんな朝早くに誰だ?という疑問は抱かない。俺の知り合いで、そんなことをする人は一人しかいないからだ。

まだ疲れの抜けきってない身体を起こし、ドアを開ける。

「さ、観光に行きましょ!」

準備万端!といった様子で仁王立ちするユイを前に、俺は無言のままそっとドアを閉めようと試みる。

俺は何も見ていない。ノックされたような気もしたが、きっとそれは幻聴だ。俺もかなり疲労が溜まっているらしい。

扉をしめて二度寝しよう。

しかし、それはユイの怪力によって呆気なく阻止されてしまう。

流石剣士……腕の鍛え方が違うな。

「はぁ……」

こうなってしまっては諦めるほかないと、大きなため息をつきながら俺はドアを開いた。

「今日は早いんだな、噂じゃ依頼の待ち合わせの遅刻常習犯らしいが……」

「フフフ……なんて立ってせっかくの王都なんだから! もう、ワクワクしすぎて昨日は夜……は眠れたけど、うん、とにかく楽しみなの!」

ワクワクするのは分かるが、それにしても昨日の今日でこのテンション。いったい、どんな体力をしているのかと、思わずにはいられない。

こうなってしまった以上、他に選択肢がないことは分かっている。

「他のメンバーは?」

「うーん、何度もノックしたけど返事なかったし、動く気配もなかったから寝てるんじゃないかな」

いや、違うな。これだけ力強く、そしてしつこくドアをノックされて起きないはずがない。いくら疲弊しているとは言え、Sランク冒険者の彼らなら、なおさら起きないとは考えにくい。

おそらく、寝たふりをしてやり過ごそうとしていたのだろう。

失敗したな……。

「はぁ……」

俺はその手もあったなと後悔しつつも、しぶしぶユイの観光に付き合うため、外出の準備をするのだった。

十数分後。

準備を終え、俺はユイと二人で王都内の観光をするため宿を後にした。

王都はイシュタルと比較しても、より栄えているという印象で、道行く人の数も多く、獣人といった他種族も珍しくはなかった。

建物もイシュタルに比べ、心なしか高い気がする。

おしゃれな飲食店や服屋、雑貨屋などもあちらこちらに見受けられる。

「それで、まずはどこに行きたいんだ?」

「えーと、ロイドって朝食食べた?」

「いいや、まだだ」

「そうだよね。実は私もまだでさ。だからひとまず朝食を食べに行こ!」

特に異論もない、というか普通にお腹は減っていたため、朝食をどこの店で食べるか、話し合いながら少し歩いた。

俺としては朝食を済ませられればどこでもよかったのだが、ユイはせっかく食べるのならばと、慎重に店を選別していた。

しばらくは王都にいるだろうし、そこまで拘る必要はないと思うが、ユイはそれを分かった上でも拘りたいらしい。

結果、ガレットがとてもおいしいと評判の店で朝食をとることになったのだが……

店の前で、大きくお腹を鳴らす少女を見つけ、入店する足を止めた。

ユイも聞こえていたらしく、俺とほぼ同じタイミングで足を止める。

「え、えと、その……」

薄い水色髪の少女も、お腹の鳴る音を聞き足を止めた俺とユイに気が付いたらしく、恥ずかしそうに赤面させながらこちらを見つめていた。

みすぼらしいというのは失礼だろうが、まさしくそんな言葉を連想させる服装。

王都に住まう住人にしては、やや貧相な気もしなくはない。

特別貧相というわけでもないが……。

だが、何というか……どこか違和感を俺は覚えてならない。

何かが引っかかる。

「えーと、お腹すいているの?」

「いや、その、そういうわけじゃない、こともないのですが……いえ、お金はあるんです! ただ、その……」

優しく微笑みかけるユイの言葉に、少女はあわあわとしながら言葉を返す。

訳ありといった様子だが、実際に最低限のお金は持っているらしく、この店のガレットくらいなら買えるだけのお金はあるらしく、白く綺麗な手のひらにお金を取り出し見せてくれた。

なら、食べればいいのに……と思ったが、ユイと同じく、どうせ外食するなら拘りたいタイプなのかもしれない。

俺もユイもどうすればいいのかと頭を悩ませていると、少女は軽く頭を下げ、人ごみの中へと消えて行ってしまった。

「なんか、不思議な子供だったね」

「そう、だな」

「ほっといていいのかな? 迷子って感じでもなかったけど」

困っている、という素振りもなかった。

だが、なんとなく放っておけない。

そんな思考を繰り返していると、お腹が鳴る音が俺のすぐ横から聞こえてきた。

「とりあえず、入るか」

「そ、そうしましょう!」

余談だが、ユイが選別した末選んだ店なだけあって、その店のガレットは確かに美味だった。

さらに数日後、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。

決してお金が無くなったわけではない。国からの報酬はかなりの額であり、数日で使い込めるものじゃない。

それでも、こうして冒険者ギルドに向かったのは、依頼と依頼の間が空きすぎると、体がなまってしまうからだ。感覚が鈍れば、それが文字通り命取りになる職業だからな。

というわけで、適当なレベルの依頼……といっても、俺のランクよりは遥かに高い難易度の依頼だが、それを一つこなすことになった。

依頼内容は、王都から近くの街、カラースへと向かう商人とその荷の護衛だ。さらに、カラースから王都へと別の物資を輸送するため、その護送も含まれている。

荷の中には、一部モンスターが好む食材もあるらしく、念のため俺たちの他にもSランク冒険者が一人参加することとなっている。

一人、というのは珍しいと思ったが、何でも有名な冒険者らしく、腕は確かだと、受付に妙に念を押された。

まぁ、念を押す理由は理解できる。

何せ、その冒険者が以前見かけたあの水色髪の少女だからだ。

「まさか、Sランク冒険者だったとはね……」

わざわざ、王都から数日の間離れなくてはならないにも関わらず、それでもユイがこの依頼がいいと言い張ったのも、この少女がどことなく気になって仕方がなかったからだ。

他の冒険者は依頼で同行する冒険者が、この少女だと知るや否や依頼を受けるのをやめていた。そりゃそうだ。少女の格好は、先日であった際に来ていたものとほぼほぼ同質なもので、とても腕の立つ冒険者という風貌ではない。

一応、聖教国では〝鉄壁のエル〟という異名が付く程に有名な冒険者らしいが……。

「壁……」

ユイがエルの胸元をみながらぼそりと呟くが、俺は何も聞いていないし、何も見ていない。

「エルちゃん、だよね。今日からしばらくよろしくね。大丈夫、安心して。お姉ちゃん、めちゃくちゃ強いんだから!」

「その、私……」

ユイが笑みを浮かべながらそう言うと、エルは俯きながら何かを呟いた。

「えーと、もう一回言ってもらっていいかな。ちょっと、聞こえなくて……ごめんね」

「その、私……」

「うん」

「私、あなたより年上、です。たぶん」

「へ?」

年齢確認をした結果、エルは二十二歳であり、ユイより遥かに年上であることが判明したのだった。

「年齢詐称な容姿ですみません……」

「いや、見た目で勝手に判断したユイが悪い」

ダッガスの言葉に、シリカとクロスも頷く。

確かに、年齢とは大きくかけ離れた容姿はしているが……

他にもツッコミどころが満載な少女……いや、女性だった。

何故、Sランクほどの冒険者がパーティーも組まずに一人でいるのか。何故、かなりの額を稼げるはずのSランク冒険者であるエルの格好は、そんなにも貧相なのか。

そんなことを考えながらじっと見つめる俺の視線から、意図を組んだのかエルは口を開き、説明を始めた。

「そうですよね、この格好、気になりますよね。どうしてお金持ちなはずのSランク冒険者が、こんな格好をしているのかって……」

「まぁ、そうだな」

エルの話によると、稼いだ額の大半を故郷へと納めているそうだ。それも自主的に。詳しいことは説明してもらえなかったが、色々と金銭面では苦労している故郷らしい。

服装に関しては、仕事柄どうせボロボロになってしまうし、特に興味もないと言っていた。

また、空腹を我慢している件に関しては、ダイエット、と説明していた。

ダイエットが必要な体系には見えないし、むしろもう少し食べた方が良いのではないかと心配に思う体系なため、その理由では腑に落ちないが……。

過剰な食事制限は、帰って悪いと聞くし。

だが、そんな違和感ありまくりな言い訳をしてまで隠すということは、どうしても人には言えない理由があるのだろう。

そんなわけで、特に言及することもなく、俺たちはその説明で納得する。

「カラースまでの道中はよろしくね」

「は、はい。こちらこそ……」

エルと一緒に行動するのはカラースまでの片道のみで、帰路は今、カラースに滞在している冒険者……それもエルと同じく、Sランクの冒険者が同行してくれるそうだ。

カラースと王都の距離はそう遠くなく、馬車を使えば往復に一週間もかからない。

短い間にはなるが、お互いに軽い自己紹介を済ませ、俺たちは明日の出発に備えるため、一度冒険者ギルドを後にした。

翌朝。

商人たちと合流し、カラースへと向けて王都を旅立った。

荷台を引いた馬車が数台と、俺たちを載せるために用意してくれた空の荷台を引く馬車が一台。元々人が乗るように設計されているわけでもないのもあって、座っているとかなりお尻が痛む。道も綺麗に舗装されたものではないしな。

「エルって、聖教国では有名な冒険者って聞いたけど、故郷っていうのは聖教国なの?」

「はい、もう一年近く帰っていませんが……」

聖教国。三大国の中で最も勇者の信仰が強く、どの国よりも勇者を神聖視している国だ。また、聖剣の管理をしている国でもある。俺は行ったこともないし、そこまで詳しいことは知らないが、アレンは何度か行ったことがあるらしく、たまに聖教国について話をしていた。

聖騎士という、王国騎士とはまた違う騎士がいるだとか、無駄に装飾に凝った建造物が多いだとか。

「素朴な疑問なんだが、聖教国の冒険者っていうのはどんな感じなんだ?」

「どんな感じ、といいますと?」

「こうして、わざわざ故郷を離れて王国に来るくらいだから、王国の方が冒険者として稼げるのかなって思って」

「えーと、大差はないと思いますが、王国の方が活発って感じはします」

「そうなのか……」

「そりゃそうでしょ!」

ユイが会話に割り込み、説明を始める。

「ロイドも見たでしょ、大賢者様の像」

「あぁ、あれか。それがどう関係しているんだ?」

「王国に冒険者が多いのは、まさにその大賢者様の影響が大きいのよ。魔王討伐、ダンジョン攻略……その他にも数々の伝説を歴史に刻んだ伝説の冒険者。彼女に憧れて冒険者になった者は決して少なくはないわ」

その結果、王国騎士や貴族に使える者に志願する者が大幅に激減し、人材不足を嘆く人々も出てきてしまったらしいが……。

実力次第では、生まれなどに関係なく大金を稼げるし、名誉を得ることも出来る。やりがいがある上に、何を成すかは本人たちの自由。王国騎士のような面倒な規則や集団に縛られることもない。

腕に自信のある者たちにとっては、まさに夢の職業ってわけだ。

一方で、聖教国はというとそういった思想よりも、聖騎士学校に通い、聖騎士となって国や民をモンスターや魔族の脅威から護るという思想が強いらしい。

「聖教国では聖騎士への信頼感が強く、大抵の悩み事は聖騎士に相談します。多少依頼料が増えてでも、聖騎士の方が信頼できる、と」

「まぁ、当然と言えば当然かもな。俺たち冒険者は腕に自信はあるが、腕さえ立てばって職業でもある」

「ダッガスの言う通りかもしれませんね……学校に通う執拗も無ければ、学も必要ないですから」

シリカの言葉にあったが、この王国にも学校……ここでは学院と呼ばれるそうだが、そういった施設は存在する。ただ、それはあくまでも貴族や商人の子供などの、本当に裕福な家庭の子たちが、位の高い王国騎士や王国の中でもトップクラスの魔法系の人のみがなれる宮廷魔導師になるために通うような場所であり、極々一部の人のための限定された教育機関だそうだ。

「それに比べれば、聖騎士学校は幅広い層の人が通えるよう、いくつもありますから……環境的にもなりやすいのかもしれません。やっぱり、お金持ちの方が通う聖騎士学校の方がレベルは高い気はしますけど……」

「世の中、結局は金、と?」

「い、いえ、一応、高い実力があれば全額免除になる制度もあるらしいですし……そういうわけではないと思います。たぶん」

「こら、クロス! 意地悪しないの!」

「はいはい、悪かったな、エル」

そんな談笑をしていると、周囲がざわつきだし、突然馬車が急停止した。

何事かと、馬車を降りて俺たちは各々武器を構える。

エルを除いて……。

エルだけは武器を取り出す素振りもないし、それ以前にこれといった装備を身に着けてもいなかった。収納魔法でしまっているだけだとは思うが……。

探知魔法を発動し、周囲の気配を探った。

数は十三体か……。

依頼主である商人が、息を切らしながら慌てた様子でこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

「敵襲って感じね」

「あぁ、敵はそう多くないが……」

商人いわく、荷の香りにつられたモンスターが馬車に急接近しているとのことだった。ハングボア……その名の通り、食欲旺盛で、よく家畜や輸送中の食料を食い荒らすことで有名な猪のようなモンスターだ。このモンスターの厄介なところは人よりも一回りか、二回りほど大きなその体で繰り出す突進で、人一人を軽く吹っ飛ばす威力を出すハングボアも存在する。

ダッガスは大きな盾を取り出しながら、ものすごく嫌そうな表情を浮かべていた。

「嫌いなんだよ、あの突進を受け止めるの」

「それでも、グリストに比べりゃ断然ましでしょ!」

「いや、確かにそうだが……あんな化け物と比べて劣っていると言われてもだな。気休めにもならないぞ」

ユイの励ましの言葉は特に効果なく、ダッガスが相変わらず嫌そうな表情のまま、盾を構えた。

俺もすぐに強化魔法をかけられるよう、杖を構える。

クロスもシリカも同じく、戦闘態勢に入る。

しかし、エルだけは何の装備をすることもなく、ただハングボアが向かってきている方をじっと凝視していた。

次の瞬間、エルはハングボアに向かって駆け出した。

無装備で、真っすぐに……。

それは俺やユイたちの目には自殺行為にすら見えた。

「っ、急いで強化魔法を……」

「い、いえ、結構です!」

「うっ!」

はっきりと、俺の強化魔法は不要だと言われ、不意の精神攻撃に俺は胸を痛めた。

そうですよね、俺の強化魔法とかいらないですよね……。

って、落ち込んでいる場合ではない。

俺は飛び出していったエルがどうするつもりなのか、不安を抱えながら視線で追った。

相変わらず、これといった装備はない。

まさか、体当たりでもする気なのか?

だが、体を鍛えているといった様子もない。

「危ない!」

そんな、無謀なエルの行動を見ていた誰かが、悲鳴のような叫び声をあげた。

しかし、予想外の出来事が起こる。

あろうことか、エルは猛進するハングボアを拳で難なく受け止めたのだ。ハングボアよりも遥かに小さいエルが、片手を突き出すだけでその威力を受け止めた。さらに、拳を頭に突きあてられたハングボアが力なく、ぐたっと地面に倒れこむ。

「嘘だろ……」

実際に、ハングボアの突進から繰り出される威力を体験しているダッガスが、そう呟くのが聞こえた。

「あの、これ、全部私がやっちゃってもいいんですかね?」

「え、えぇ」

剣を構えながらも、驚愕のあまり呆然と立ち尽くしているユイからそう返答を得たエルは、それから素手で残る十二匹のハングボアを狩りつくした。

攻撃力は正直、驚くほど高くはない……エルの異常さはその防御力だ。その後もハングボアの突進を喰らう場面はあったが、怯む様子はなく、怪我すら負うことは無かった。最も驚かされたのは、もろに腹部にハングボアの一撃を喰らった時だ。あれではさすがに無傷とはいくまいと、慌ててサポートに入ろうと動いたが、そんな攻撃を受けてなお、エルは平然とした様子だった。

はっきり言って異常だ。

あの貧弱そうな体のどこに防御力を秘めているのかと疑問に思う。

「こ、こんなところですかね」

これが〝鉄壁のエル〟。

そんないかにも中二病くさい通り名が付くのも頷ける防御力を目の当たりにし、しばらくの間俺たちも、商人たちも、その場で立ち尽くしてしまうのだった。

「その、出発しないんですか……じゃなと、予定の時間に到着しないんじゃ……」

小声で商人に、出発を促すエル。

その後、俺たちも乗っていた馬車へと戻り、再度同じ位置に座った。

今となっては馬車の乗り心地の悪さや尻の痛みなど気にすらならなかった。

だって、エルの存在の方が気になるのだから。

「エルってめちゃめちゃ強いんだね!」

「そ、そうでもないです……本当に」

「その自己評価の低さ、どこぞの白魔導師を思い出すわ……」

「ほ、本当ですって! ラミス姉さんにはいつもボコボコにされてますし……」

「ボコボコって、ハングボアの突進をものともしないエルを?」

「……はい」

世の中は広いんだな、とドン引きしつつ話を聞いているユイ。

「凄いお姉さんなのね」

「で、でも、すっごく優しい方です……あと、実の姉ではないです。血のつながりみたいなものはまったく……」

「へぇ……」

ユイとエルがそんな会話をしているのを聞きながら、俺は隣に座るダッガスに小声で話しかけた。

「ラミスっていうのは、有名な冒険者か何かか?」

「いや、俺も聞いたことがない」

「そうか」

「俺も別に、冒険者について詳しいってわけではないからな。鉄壁のエルって異名を持つ冒険者の存在も今日初めて知ったし」

そうなると、大陸全土で広く知られている大賢者という存在が、いかに凄い冒険者だったのか。おそらく、俺には想像つかないほど、凄い存在だったのだろう。

まったく、俺の師匠であるマーリンも見習って欲しいものだ。

その後も、モンスターと遭遇することはあったが、防御力無双するエルと、謎に負けじと対抗心を燃やすユイの活躍によって、無事カラースという街へと到着したのであった。

王都からそう遠くない位置にあるカラースという街は、小規模だがそれなりに栄えた街だった。王都に行く上で、ここを経由する人も多いため、住民はそう多くないが街はこうして栄えているそうだ。確かに、人の住む家より、何かしらの店の数の方が多い気がする。

王都を見た後では見劣りするが……

「王都を見た後だと、見劣りするわね」

俺があえて口には出さなかった感想を、素直に吐き出すユイ。

あーあ、言っちゃった……。

そんなユイの後頭部を、クロスが軽く殴る。

「痛っ!」

「そういうの、思っても口にするんじゃないって、いつも言っているだろ」

「だとしても、女の子に暴力は酷いと思わないかい? クロス君」

「そうだな。確かに女の子に手を上げるのは良くないが……って、あっ、そういえばユイも」

「ちょっと、クロス! 今の気づきは何⁉」

「いや、その、何でも……そうだったな。以後、気を付ける」

ユイがぎゃーぎゃーと喚き、周囲からの注目を集める。それを見た俺とシリカは数歩あとずさり、遠目からそれを眺めた。

「はぁ、仕方ない……」

ダッガスは、呆れ、ため息をつきながらも騒ぐユイと、それをからかうクロスを止めに向かった。

苦労人だな。

「賑やかだな」

「ロイドさんもいつか見慣れますよ、きっと」

それから宿を探し、翌日の再出発へ向けて休息をとることとなった。部屋は、帰路も護送をする俺たちの分は予約されているらしく、支払いは商人がしてくれていた。宿は特別高いというわけでもない、至って普通のよくある感じの木造の三階建ての宿だ。ちなみに朝食付き。

夕食は各自適当にとのことだ。

ユイは宿に着くや否や街を探索しに行ってしまった。

一方で俺は、今回の護送中、一度も活躍できなかったことについて一人で反省会を開くのであった。

「結構です、か……」

——エルに言われた言葉を、復唱しながら。

その晩。

軽く夕飯を済ませ、自分で予約した宿へと向かうため、エルはカラースのとある薄暗い路地裏を歩いていた。こんな夜中に女の子一人は危ないのでは、と不安はエルにはない。自分には、鉄壁の名に恥じない防御力が備わっているのだから。

それを敗れる存在がいるとすれば、かなりの猛者……それこそ、自信と同じく特殊な恩恵を受けた存在か、魔王軍四天王クラスでなくてはならないが、そんな猛者と遭遇しない限りはどうにでもなる。

だから、安心して薄暗い路地を歩いていた。

「ククク……貴様だな? 鉄壁のエルと呼ばれる冒険者は」

突如、暗闇の中から聞こえて来た女性の声に驚き、無意識に戦闘の構えをとるエル。

「そう敵意を向けるな、鉄壁……私はシノ。貴様と同じSランク冒険者だとも」

そう言い現れたのは白髪の女で、紅い瞳は何故か片方のみで、もう片方は眼帯により隠されていた。

そんないかにもただ者ではないというオーラを漂わせるシノと名乗る女性は、悠々と歩みを進め、エルとの距離を詰める。

「な、何の用ですか?」

「用? そうだな、簡潔に言えば、勧誘といったところだな」

「勧誘、ですか?」

「そうだ、鉄壁! 私の 同士(とも) となり、共に苦難を乗り越え、深淵を覗こうではないか!」

熱弁するシノの言葉に困惑するエルは、これが要するに〝一緒にパーティー組もうよ〟というお誘いであることに気が付くのに十数秒を要した。

「それにしても、お前のその欲から遠ざかるような生活……ひょっとして何かの信者だったりするのか? ちなみに私は邪神を信仰する者であり、その……(以下略)」

シノのどうでもいい熱弁を聞き流すエルの内心は、穏やかとは程遠く、心臓が破裂しそうなほどに大きく鼓動を刻んでいた。

別に、エルはどこかの宗教の信者というわけではない。

しかし、欲から遠ざかるような生活を、意識して行っているのは事実だった。

それを看破して見せたシノ自身は別に、「自分に何か枷をつけて生きるとか、超カッコいい!」程度にしか思ってないが……。

「そ、その、お誘いの件ですが、お断りします」

「む? そうか、それは残念だな」

「そ、それじゃ。私、その、急いでるので!」

「ふむ。それは悪かったな。明日は私も責務がある故、ここに長居はできんしな」

シノはそういうと特に追うこともなく、興味なさげにさっさと去って行ってしまった。

「明日……ってことは、あの人が私と交代する冒険者」

Sランク冒険者はそう多くはない。

見るからにぼっちっぽかったし、明日以降ロイドたちに同行するソロのSランク冒険者というのはあのシノという冒険者だろうと察しがついた。

「あの人はいったい……」

おかしな話し方や恰好をし、勧誘をするや否や邪神がどうだのという話を急に熱弁しだし、颯爽と去っていく変人の背中からエルは何故か目が離せず、見えなくあるまでなんとなく見送ってしまったのだった。

翌朝。

商人との集合場所へ着くと、エルとは違う意味で浮いている格好をした女性がいることに気が付いた。白髪に紅い瞳。片目には眼帯をつけている。

いや、それはまだいい。

眼を怪我してしまっているのだろう。

手にしている日傘も、まぁ、理解できなくはない。

しかし、あのフリフリしているいかにも動きにくそうな衣服だけは、どうにかならなかったのかと思ってしまう。

昨日はいなかった……ということはおそらく、

なんてことを考えながら立ち尽くしていると、不意に目が合ってしまった。

こういう場合、気まずくて互いに目を逸らす……はずだが、何故かその女はこちらをまじまじと見つめ続けていた。

なんか怖い。

さらに、それだけでは留まらず、口角を上げたかと思うと、立ち上がり俺の元へと歩み寄ってきた。

顔を近づけ、更に近くで俺を凝視する。

「あの……」

「ん? あぁ、すまない。私はシノ。お前と同じSランク冒険者だ」

嫌な予感はしていたし、察してはいたが……

どうやら、この人がその今日から加わる冒険者だそうだ。

「その、俺、Sランク冒険者じゃないんですが」

「何⁉ まさかそんなはずは……貴様からは内に秘めたる凄まじい力を感じるのだが……」

何やらぶつぶつと呟いていた後、シノは素直に謝罪の言葉を述べた。

「そうか、それはすまなかったな」

まぁ、勘違いするのも納得できる。実際、俺以外はSランク冒険者なわけだし。

気まずい空気にならなければいいが……

「あれだな? 真なる実力を隠し、あえて凡人を演じる……」

「いや、そういうのでもないです」

ただの凡人。ただのDランク冒険者だ。

シノのいうような、そんな恥ずかしい設定は俺にはない。

「ふむ、なら私の勘違いか? いや、しかし……」

俺がシノと会話?をしていると、ユイたちが遅れてやってきた。

「えーと……」

ユイたちもまさかの格好の人物に、動揺を露にしていた。

この人が、そのSランク冒険者なのか。もしくは、商人の知り合いか何かなのか。はたまた、ただこの場に迷い込んだだけなのか。

言葉を詰まらせるユイたち。

それを察してか、いや、察している様子はないが、シノが自己紹介をする形で会話が再開された。

ユイたちも軽く自己紹介をするが、不思議なことに、俺にしてきたような奇行もなければ、それ以上何かを話すこともなかった。

何故か、俺の方を時折見ては、ぼそぼそと呟いている。

嫌な予感を感じながら、帰路の護衛が始まるのだった。

昨日と同じ馬車に乗り込むと、シノはその横に座ろうとしていたダッガスとの間に割って入り、俺の隣に座った。

あからさまだな。

隠すつもりは毛頭ないらしい。

「俺に何か?」

「何、御前という人間に少し興味がわいてな」

何故、こうなってしまったか、皆目見当もつかない。

絡まれる心当たりがない。勇者パーティー時代に会っている……というのも考えにくい。こんな個性的な人を忘れるとは思えない。実は最近、イメチェンしました……て感じでもない気がする。

ならば、マーリンと過ごしていた頃か?

いや、稀に他所から人が来ることはあったが、来る人はかなり限られていたし、やはり見覚えがない。

「えーと、以前にどこかで会ったか?」

一応、その可能性もあると考え、問い掛けてみる。

「初対面で間違いないぞ」

どうやら、俺の記憶は正しかったらしい。

そうなるとますます何がどうしてこういった展開になったのか、分からない。

「なぁ、どうしてそんなに俺に絡むんだ?」

「何を分かり切ったことを……」

「分かり切ってないから聞いてるんだが……」

話にならないむずがゆさを感じつつ、いったいどうすればまともに会話できるのか、頭を悩ませていると、馬車がゆっくりと進む速度を落とし、停止した。

俺は杖を手に取り、探知魔法を発動した。

道中、少しさきに大きな気配が一つ感じられた。

「敵襲?」

ユイが柄に手を添えながらそう問いかける。

「いや、道中に大きな気配があるが、まだ少し距離がある」

その後、やってきた商人の話では、先に王都へと旅立った別の商隊がそのモンスターに襲われ、命からがら逃げ戻ってきたらしく、カラースへと引き返すその商隊と、つい先ほど遭遇したそうだ。

重傷者もいるため、今、治療に当たっているそうだ。

どのみち、道中にそのモンスターがいる以上、進むことも出来ないしな。

「ロイド!」

「あぁ、分かってる」

回復するため、俺は馬車を降り、怪我人たちのいる元へと向かった。

シノが俺についてきているのが、少々気にはなるが、とりあえず放置しておく。

俺は怪我人の元へたどり着くとすぐに、自身に強化魔法をかけ、魔法の効果を強化したうえで回復魔法を使った。ただのヒールではあるが、こうすれば多少は使い物になるだろう。

流石に片腕を斬り落とされたなどの、あまりにも酷い重症は完治させられなかったが、止血にはなるし、軽傷者であれば怪我そのものはだいたい治癒できた。

「ふぅ……」

「なかなかの回復職……いや、支援職のようだな」

「そうでもない。聖女ならもっと上手くやるだろ」

「回復系の最上位職か……まぁ、そんなものと比べれば、どんな回復職でも劣ってしまうぞ」

そんなシノだが、俺が回復に当たっている間、特に何かをするでもなく、ちょうどいい岩に腰掛け、ただこちらを静観していた。

どうやら、ただ俺の回復を見に来ただけらしい。

そういえば、こいつの職業を聞いていなかったな。

「シノ、職業は?」

「私は黒魔導師……闇属性の魔法と、デバフ系……あとは火属性魔法も使える」

「それはまた随分と多才なんだな」

「そうかもな。私としては、召喚魔法を極めたいと思っているのだがな。そっちはまだまだだ」

召喚魔法は召喚術師が得意とする魔法で、精霊などというモンスターとはまた別の存在を召喚する魔法なのだが、黒魔導師の専門外だ。

いくら鍛錬を積んだところで、おそらく使えるようにはならないのではないかと思うが……。

本人のあまりにも真剣な眼差しを前に、俺は口を噤んだ。

「まぁ、なんだ……頑張ってくれ」

「言われずともそうするさ」

結局、被害にあった商隊は護衛で雇った冒険者たちの様態を考慮し、一度カラースへと戻り、後日改めて再出発することとなった。納期や荷の中にある食材の期限を考えると強行したい気持ちもありはするが、人命に代えられない、ということでそういう判断を下したそうだ。それによる損害額がどのくらいかは分からないが、苦渋の決断ではあったのかもしれない。ユイが提案していた〝俺たちと同行する〟という選択肢もなくはないが……

そうなると護る荷の量が倍以上に増えるため、かなりの列を成すこととなってしまう。引き返してきた商隊は、かなりの馬車を走らせていたからな。

護る範囲が広がれば、いざモンスターに囲まれた際、すべては守り切れなくなる。

俺たちに依頼を頼んだ商人はそれを考慮し、ユイの提案は拒否した。自分は高い額を出し、Sランク冒険者を護衛に雇っているのだ、と。

当然の意見だ。

まぁ、探知魔法を用いれば、モンスターの群れを避けることはそう難しくないが。何かあった時、俺が責任をとるような事態となってもいやだと考え、余計なことを言うのは控えた。

それに、

「サイクロプスか」

かなり厄介なモンスターだ。

人型で約六メートルの身長に一つ目が特徴の、いわゆる巨人と表現するに相応しいモンスターだ。折れた木を振り回し、こん棒のように武器として扱う習性があり、モンスターにしては知性が高い方なのかもしれない。

「ちょっと、俺が確認してきてもいいか?」

「大丈夫なの?」

「隠蔽魔法を使うし、ある程度距離はとるつもりだから、たぶん問題ない」

「ならいいけど……」

心配そうに俺を見つめるユイ。

隠蔽魔法は決して万能ではない。気配を消せるが、相手によっては気が付かれることだってしばしある。

過信するのは危ない。

「仮に見つかったとしても、その時は適当に誘導でもして、馬車が通れるようにする」

「無茶はするなよ」

ダッガスの言葉に力強く頷き、俺はその気配の元へと向かった。

逃げて来た人から聞いた通り、道のど真ん中で座り込むサイクロプスの姿があった。

今のところ、俺の存在がバレている様子はない。

座り込んだまま、ぼーっとその一つ目で遠くを……商隊が逃げ去っていった方角を眺めていた。

ここに居座っていればまたここを通る、とでも思っているのだろうか?

そこまで知性があるかは不明だが。

「弱点は確か火属性、だったな」

「あぁ……流石、博識だな」

「まぁ、役に立てるよう常に勉強を……って」

気が付けば、俺の背後には堂々とした態度で気にもたれかかるシノの姿があった。

「隠蔽魔法を使ったのかもしれんが、甘いな。あの程度の気配の隠蔽、私には通用しない」

「それは凄いが……」

何故、ついてきているのだろう。

確かに俺は偵察してくるといったし、偵察なら俺一人で十分だと思ったが。

というか、ユイたち止めなかったのか?

そんなことを考えながらシノを眺める。

「それで、火が弱点だったんだよな?」

「……そうだ」

「よし。ロイド、私に強化魔法をかけろ。それもありったけのな」

一瞬、断ろうかとも考えた。ユイたちと揃ってからが良いのではないかと。

しかし、この変人もSランク冒険者であり、場数は踏んできているに違いない。そのシノがこうも自信ありげに告げた言葉を、俺は信じることにした。

止めるのを諦めたとか、決してそういう理由ではない。

魔法効果増加と魔力消費量軽減の二つの強化魔法を、俺のできうる限りの力で行う。

「無詠唱、か」

強化を感じ取ったのか、シノがそう言葉を溢す。

「漆黒の炎よ、我が魔力を対価に顕現せよ。灰すら残さず燃やし尽くせ……ヘルフレア!」

巨人の足元に魔法陣が現れ、そこから漆黒の火柱が立ち上がる。

炎は巨人を覆いつくし、中から聞こえる巨人がもがき苦しむ悲鳴が、その容赦なく噴き出す黒き炎の強さを物語っていた。

無駄に長ったらしい詠唱は置いておくとして……このシノという冒険者がただ者でないことを理解させられる。元々、色んな意味でただ者ではないというオーラは漂っていたが。

これだけ強い火力。

巨人を葬り去るのも時間の問題だろう。

それにしても、

「「うわ、やりすぎだろ」」

俺とシノは互いに気が付かないほどの小声でそう呟いた。

その後、事の顛末を報告しに戻った俺とシノが、色々と説教された上、ドン引きされたのは言うまでもない。

そして、なんやかんやあったものの、護送は無事成功したのだった。