作品タイトル不明
白魔導師、と氷晶の勇者
ユイがダッガス回復の時間を稼ぐため、そしてクレアから少しでも注意を晒すためにも、グリストへと猛進した。
Sランク冒険者の称号に相応しい、素早い身のこなしにより繰り出された剣撃は、しかし、グリストのそばを掠めるだけだった。最小限の動きでユイの剣を回避したグリストは、にやりとその口角を上げた。
「ほう、随分と良い動きするじゃねぇか。魔族なら、是非部下にしてぇくらいだ」
余裕綽々とした態度でそう告げ、それを聞いたユイは顔を顰める。
その後も、幾度となくユイが剣を振るうが、かすり傷一つ与えることができなかった。
単純な肉体的強さもあるだろうが、強化魔法を使っているな。
魔法を使う場合、杖がもっとも良いとされているが、媒介となるモノが杖でなくてはならないというわけではない。グリストは、特殊な指輪を介して強化魔法……身体強化を使用しているのだろう。
大した強化ではないが、元の身体能力が化け物じみている。
「くそ! 矢も全然当たらねぇ……どんな動体視力視点だ」
近接戦をするユイを援護するようにクロスが矢を放つ……阿吽の呼吸による攻撃もあっけなく躱されてしまう。
「当たらねぇよ」
「なら、これはどうでしょう!」
シリカが杖を構え、詠唱するのを見るや否や、ユイは笑みを浮かべ、大きく背後へ飛び退いた。飛び退く際、ユイを逃がさんと迫るグリストに剣を投げつける。
「ファイア・アロー・バースト」
深紅に輝く巨大な魔法陣が展開され、そこから何十発もの炎の矢が広がるように放たれる。広範囲に散っているため、回避は不可能だし、いくら強い肉体とは言え、炎は効くはずだ。
俺も微力ながら、出来る限りの強化を施している。
隣で、僅かにふらつくシリカの姿が見えた。
魔力をかなり消費したのだろう。
だが、この攻撃が決まれば後はユイが追い打ちを……
「躱せないか。なら」
グリストは拳に力を籠め、空に突き出した。
その瞬間、途轍もない風圧が生まれ、飛来する炎の矢は一瞬大きく燃え上がるも、消滅してしまった。
「嘘……」
ユイの剣は届かず、クロスの矢は当たらず、シリカの魔法も届かない。
ダッガスも回復こそしたが、グリストの攻撃はまともに防げないことはその身をもって痛感させられている。
あまりにも強大な暴力を前に、もはや勝利できるなんて考えは湧いてこない。
クレアを逃がせれば、勝ったようなものだろう。
だが、それすらも叶いそうにない。
「くっ……」
圧倒的な戦力差に絶望し、全員そろって勝つことを諦めさえした。
刹那、膨大な魔力の気配が感じられた。
唐突に吹いた冷たい風が肌を撫でる。
「ったく、どういうことだ……こりゃ?」
苛立ち混じりにそう言葉を溢した男は白髪に、獣のような耳をはやした獣人だった。
やや瘦せ型の体に、鋭い目付きが目立つ。
何者だ?
「セリオン!」
その獣人の男を見たクレアが、暗い、絶望の表情から一転し、笑みを浮かべながら叫んだ。それはもう、今までに、見たことがないような、喜びの笑みだった。
クレアの反応から、仲間と察することができる。
「クレア……彼は?」
「セリオン……氷晶の勇者と呼ばれ、その……言動はちょっとアレですが、私が知る限り最も信頼できる人です」
「あれが、勇者?」
ユイがそう呟くのも分かる。クレアの言う、セリオンという男は、一般的に想像される勇者のイメージ像とは大きく違った。何より、その周囲へと向ける目が凄かった。その目付きは鋭く、殺意すら孕んでいるかのように感じられるほど、荒んでいる。
格好も薄着で、装備と言えるようなものは見受けられず、武器等もない。パーティーメンバーらしき、人影もない。
セリオンは、その鋭い眼光で辺りをくるりと見渡した。
俺たちとグリストを一瞥し、結論を導き出す……この中の誰が、殺意を向けるべき対象なのか。
「なるほどな……テメェだな? クレアに手ぇだそうってのは」
「あぁ、だったらどうする?」
グリストのあからさまな挑発を前に、セリオンは隠すことなく、胸中に留めていた怒りを爆発させる。
「そりゃあ、当然……殺す」
次の瞬間、セリオンの足元から冷気が発せられたかと思うと、グリストを中心とした半径数メートルの地面から、無数の氷柱が出現した。グリストは慌てて飛び退くも、間に合わず、一本の柱が右足の太ももを深く切り裂いた。
グリストの表情から一切の余裕が消え去る。俺たちとの戦闘では、一度たりとも見せなかった焦りをその顔に映し出す。
「っ……なめるなぁ!!」
着地後、血相を変え、叫びながら拳を突き出し、邪魔な氷柱を強烈な風で粉砕する。
そのまま一気に加速し、セリオンに殴りかかろうと試みるグリスト。
しかし、砕け落ちる氷片の先にセリオンの姿はなかった。
その先にあるのは、氷柱とは別の分厚い氷壁。氷柱を作り出した後、反撃を見据え、分厚い氷壁を作り出していたのだ。
さらに、その壁面から二本の巨大な腕が生成され、その手には同じく氷の戦斧が生成され、握られた。
壁を打ち砕こうと拳に風を纏わせていたグリストも、その光景を前に足を止めていた。
「これが勇者……」
「凄いですね……無詠唱ですし、そもそも魔法、なのでしょうか?」
シリカの言う通り、セリオンの扱うそれは、従来の魔法とは異なるものだった。詠唱も魔法陣もない。それどころか、型がない。
何に囚われる事もなく、思い描くがままに、氷を創造し操るような……。
「おい!」
「ひゃ、ひゃい!」
おおよそ、味方に向けるようなものではない、鋭い視線にユイが体を震わせる。
「クレア連れて下がってろ、邪魔だ」
「で、でも……」
「邪魔だ!」
激しく怒鳴りつけられ、ユイたちはクレアを連れて下がるが、俺だけはその場に残った。微力だろうが、俺は強化魔法をセリオンにかける。
一瞬、セリオンと目が合う。
「っ、余計な真似を……」
刹那、セリオンの氷壁が破壊された。巨大な戦斧を握る二本の腕も破壊され、残骸が宙を舞っている。
それらが落下するよりも早く、グリストは加速し、距離を詰める。
そんな加速するグリスト目掛け、セリオンが手を伸ばす。
手のひらを大きく開き、そして、
「凍てつけ……ゴミが」
今まで以上に冷たく、肌を切り裂くような冷気は、セリオンの正面にあるありとあらゆるものを氷つかせていた。
地面も木々も、そしてグリストも……正面、数十メートルにあるもの全てが凍っていた。
謎の間が数秒程空いた後、セリオンは氷像と化したグリストに近づいた。おそらく、しっかり凍り付いているか確認するため、間が空いたのだろうと察する。
「っち、本当はもっと痛めつけ、苦しみに悶えながらゆっくりと死に絶える様を、嗤いながら眺めていたかったが……」
いったい勇者とはなんだろう?と思わずにはいられない言葉を吐きながら、凍てつき、動く様子のないグリストを、セリオンが蹴り砕く。
念入りに、バキバキに氷片を踏み砕く。
「呆気なかったな」
あれだけ強かったグリストは、こうして氷晶の勇者セリオンにて討伐されたのだった。
勇者の最大火力の一撃を前には、魔王軍四天王さえ、叶わなかった。
その後、クレアたちと合流し、何があったのかを俺が伝えた。
「こんなにもあっさりと四天王を……」
「流石は勇者ね。前に見た勇者がちょっと弱かったから感覚鈍ってたけど、本来勇者っていえばこういうものよね」
前に見た勇者は、おそらくアレンのことだろう。
「セリオンは性格にこそ難はありますし、最も勇者を優遇し、信仰している聖教国とも非常に仲が悪いですが、これでも勇者の中で最強と歌われるほどの強者です」
どこか誇らしげに、そう紹介するクレア。
聖教国は、聖剣を保管している国でもあり、クレアの言うように最も勇者の存在を優遇している。そんな聖教国が嫌う……というのはよっぽどのことらしい。
クレアいわく、過去に聖教国にある城を半壊させたり、現在進行形でも勇者としての依頼を幾度となく断っていたりしているそうだ。とは言え、アレンのように国からの援助を受けているわけでもないし、クレアの護衛だけは率先して行っていたりなど、セリオンに対して下手に噛みつかない限りは害はないため、勇者の称号は与えながらも、放置しているとのことだそう。
ちなみに、セリオン自身、勇者の肩書にはあまり興味はないらしい。
「勇者って、そんなのでいいのかな」
「さぁ、どうなんだろうな」
ユイとクロスの言葉に、ダッガスもシリカも頷いている。
その視線の先にいるセリオンは、苛立ちを露にしながら、八つ当たりと言わんばかりに襲いかかるモンスターを屠り続けている。
「なんで怒っているんだ?」
「ふふ、さぁ、なんででしょうね」
クレアは何故か微笑みながら、そう呟くのだった。
◇
背後から聞こえてくる会話の内容は俺に関するものだった。
別にそれ自体はいつものことだ。一応、勇者の肩書を持っている以上、話題にされやすい立場ではある。その内容が称賛であれ、陰気じみた愚痴であれ、大抵は無視している。
だが、今回はそうはいかなかった。
後ろにいるSランク冒険者どもは、俺がグリストを討伐したことを凄いという。
それが、今の俺には途轍もなく不快だった。
認めたくはないが、普段の俺の力であれば全力を出したとしてもあの状態のグリストを氷漬けにはできない。いくら距離が近く、その分効果が強く表れたとしても、魔王軍の四天王を氷漬けにするほどの力なんて俺にはない。
当然、負けることは万が一にもあり得ないが……。
苦戦は強いられただろう。
そうはならなかった理由は、あの白魔導師だ。はっきり言ってあの強化魔法は異常だ。俺も多くの支援職の奴らを見てきたが、所詮は少し威力を増加させる程度。俺からすれば、いるだけ邪魔な存在だとも思っていた。
しかし、あの男は違う。
一目置くだけの価値がある……驚きのあまり、グリストを氷漬けにした直後、思わず思考を止めてしまうほどに、あの男の強化魔法は強力だった。
まぁ、それはいい。
俺が腹を立てているのは、グリスト討伐が俺の力によるものだと誤認されているからだ。確かに、面倒臭かったため、何が起こったのか見ていなかったクレアどもには、お前が説明しろと命じた。だが、あの男は俺のことばかり話し、一方で「俺はなにも……」とか言い出しやがったのだ。
まっとうな評価を受ける分にはいい。文句はない。
だが、それが意図したものではなかったとしても、他人の功績を我がものとするような……事実とは誤った評価を受けるのは、なんとも腹正しく、苛立って仕方がなかった。
「クソが!」
俺は氷漬けされた狼型のモンスターの頭部を踏みつけ、砕いた。
◇
ロイドとセリオンの共闘が繰り広げられた裏側では、また別の戦闘が繰り広げられていた。
地面に転がる魔族四人は、まだ生きてこそいるものの、指一本動かせない様子だ。その近くには、ローブを纏った何者かの姿があった。
「いや、危なかったっすね……まさか、魔族でこんな魔道具が開発されているなんて……」
フードから覗かせる顔は、人のものではなく、先日、ロイドの前に現れた人形に酷似している。違いがあるとすれば、その作りの精密さと素材だが……
それもそのはず。これは先日の使い捨て前提の人形とは違い、これはウィルが重宝している遠隔操作可能の魔道具で、スペックもかなり高くなっている。体は魔法耐性の高い金属も使用されており、殴り合いなどの単純な格闘なら本物のウィルより遥かに強い。
何でもありの戦闘となれば、話は別だが。
魔族四人を屠るには充分なスペックだった。
「まぁ、彼らは戦闘要員っていうよりか技術者、研究者って感じだったし。でも、だから、弱くていい、なんて考えには同意しかねるっすけど。さて……そんな彼らをどうするかが課題っすね。特性ポーションの効果で、二、三日はまともに動くことすら出来なくしたっすけど……」
ピクピクと痙攣する彼らを一瞥した後、ロイドたちのいる方向に目を向けた。
「ま、もう少ししっかり拘束して、あの村の跡地に放っておくのがベストっすかね」
ロイドたちは勝つ。
セリオンの存在が確認された時点で、ウィルはそう確信していた。あの二人がそろえば、魔王軍四天王とは言えども敵わないだろう。最強の支援職と、最強の勇者なのだから。
勝てばその後、彼らの障害となるものはもうない。
近いうちに王都に辿りつき、一連の出来事を報告する。崩壊した村のことも伝えられる。そうなれば、王国から調査員が派遣されると予想できた。どの程度の被害があったか調べる必要もあるし、亡くなってしまった方々への追悼もなされるだろう。
つまり、あそこに放置しておけば、そう遠くないうちに派遣されるわけだ。
「その間にモンスターに襲われる可能性はあるっすけど……それはまぁ、彼らの運しだいってことで」
その一言は、今までのウィルからは想像もつかないほど冷たいものだった。。
—— 数日後、崩壊した村の跡地で、一方的にモンスターに襲われ、虫の息となった四人の魔族が発見され、調査へと向かった王国騎士により身柄を拘束されたが、王都へと送還されるまで、その命がもつことはなかった。