軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白魔導師、魔法を教える?

「いい方法って?」

リエが不安の眼差しを向ける反面、メルは期待に目を輝かせている。今までならば、この眼差しをプレッシャーに感じ、不安を覚えただろう。

だが、今回に限ってはその期待に応えられる自信があった。

何せ、俺が魔法を教えるわけじゃないのだから。

「リエ、まだ回復魔法を使えるか?」

「あと十分待ってくれれば……って、何させる気だ?」

「見せたほうが早い」

自信に溢れる俺を見て、メルはさらに期待を高める。一方、リエは得体の知れない人間が妙に自信を持って、断言する姿により一層不安を強める。

どうせ、言葉で説明しても、彼女の不安は払拭できない。何より、あまりリエにはこれから起こることを意識して欲しくなかった。

だからあえて説明はしない。

その間、メルはまだかまだかと、リエの周りをうろうろしながら、魔力の回復を待った。よほど楽しみなのだろう。しかし、リエはそんな期待が幾度となく裏切られた姿を見てきたが故か、不安を強めている。

「いきなり無詠唱なんて……」

無理だ。

そう、いきなり無詠唱での魔法の習得は俺も推奨しない。

「だから、詠唱から始めるつもりだ」

「はぁ?」

意味がわからないと困惑するリエ。

「メルは喋れない。そう言ったろう? 一応言っておくけど、回復魔法で治るような症状じゃないよ」

「承知の上でだ。まぁ、やればわかるはずだ」

ある程度魔力を回復させたリエはステッキを片手に立ち上がり、俺の指示した場所に立った。

その少し横には、俺が持っていた予備の杖を、大事そうに、そして重たそうに抱え、握るメル。

俺はその間に立ち、魔杖を咥える。

長い杖を犬のように咥える俺をリエは引き気味に見ている。メルは青年が杖を加える姿が随分と滑稽で面白いのか、クスクスと笑みをこぼしていた。

実際重いし、俺もこんなことしたくはない。

あんまり長くやっていると顎がもたなそうだ。

二人の背中にそっと手で触れる。

感覚共有。

今までとは違い、俺じゃない二者の感覚の共有。

今はリエの感覚を、メルが感じ取れるようにしている状態だ。だから、リエはこれと言って何も感じていない。リエはただ、背中に触れる俺を、不思議そうにちらりと見る。

一方でリエの感覚を共有しているメルは、その不思議な感覚に驚き、口をパクパクとさせている。

「リエ……その状態で、回復魔法を使ってくれ」

「ん? いいのか?」

「あぁ」

俺もはっきりとリエの感覚をメルが感じられるよう集中する。今のメルはリエと同期している状態であり、五感で感じるもの全て、メルに流れ込んでいる。

ただ、そのまま感覚を共有すればいいというものではない。

俺はリエの感覚をメルが受け取る過程で、感覚の違和を軽減するため少々細工を行う。

「クーラ」

リエが回復魔法の詠唱をする。

その瞬間、魔力を魔法へと変換する感覚がメルへと流れ込んで来る。

実際に魔法を使っているわけじゃないが、今のメルはあたかも魔法を使っているかのような感覚を体験しているはずだ。

リエの感覚を通して。

これが第一段階。

これでメルは魔法を使った経験がある状態に近づいた。

「リエ、次は詠唱と魔法を使うイメージだけ頼む。実際には魔法の発動はなしだ。そしてメルは詠唱に合わせて今の感覚を再現するんだ」

リエは相変わらず何をしているか理解できていないようで困惑している。それでも、明確に手応えを感じているメルを見て、俺の指示に従う。

「クーラ」

詠唱するが、リエの魔法は発動しない。

その代わり、メルの手にほんのりと蒼い輝きが宿る。

「こ、これは……」

目を大きく見開き、眼前で起こる現象に驚愕するリエ。

あの青い輝きは、リエの回復魔法を、メルが使用できている証だ。しかも無詠唱で。

その光景を前にメルも、目をまん丸に見開き驚いている。

「よし……とりあえず、魔法は使えたな」

「何をやったんだ!?」

そう、声を大きくし、問いかけるリエ。リエはただ、いつも通り魔法を使い、二度目は詠唱とイメージだけを行った。リエは感覚を受け取る側ではないため、感覚を共有していることさえ未だ分かっていない。だから、その二つの工程を踏むだけで、メルが魔法を扱えるようになったことに、困惑していた。

もう、説明してもいいだろう。

「感覚を共有する魔法を使ったんだ。一回目でリエの感覚を共有して、メルには回復魔法を使う感覚を直接体感してもらい、二回目ではリエの詠唱とイメージを借りてメルは魔法を発動した」

リエの魔法発動のイメージと、詠唱を借りた。

だからメルの見せた魔法は、正しくは無詠唱じゃない。

「そ、そんなことを……」

下手に意識すると、リエが普段通り回復魔法を使えない可能性が出てくる。だから、これから起こることをリエには説明しなかった。

「その間、俺は支援魔法でメルを強化し、魔法を扱いやすいようサポートして、感覚の個人差みたいなものを減らしてた」

「……というと?」

「優れた剣士がいたとしてだ、その感覚を直に体験してもらったとしても、人によって身長、手足の長さ、筋肉量とか。色々、違いがあるだろ? そう言うのを、支援魔法の強化を用いてなるべく減らしてたんだ」

メルのスペックを、可能な限りリエと近づける。

「そ、そんなこともできるのか」

「大したことじゃない」

そのアイデアは我ながら凄いと思うが、やっていることはそこまで難しくはない。

大した技術は必要ないだろう。

「ロイド……お前、何者だ?」

「別に、ただの白魔導師で……どこにでもいるような人間だ」

それより数時間前……和泉の村巷では、村民が取り戻した平和を噛み締めていた。

二度と戻れると思っていなかっただけに、この村へと戻って来れた村民の喜びは大きい。しかも、幸い家屋はそこまで被害を受けておらず、運悪く損壊した家は全体の三割ほどで、それも修繕すればまだ住める程度に収まっている。

攻めてきた魔族の大半は死に、アゼールは転移の魔道具を使い、逃げ去った。

村民は魔族を追い払ったニヴィアとルシカの二人を英雄と称える。

「ニヴィアが強いとは知ってたけど、魔王軍を追い払うほど強いなんて……いや、マジで感謝だよ」

「ルシカも、本当にありがとね」

そんな賛辞の言葉を、二人は苦い顔をして受け取っていた。

「ニヴィアもルシカも疲れたろう。酷い怪我だし、早く休みな」

涙を浮かべながら、嬉しげな表情でそう語る、馬車のおじさん。彼の農作物も二人のお陰で守られた。

他の面々も二人に感謝し、とにかく二人は休んでくれと。片付けは我々がやっておくと言ってくれている。

「えへへ……それじゃ、お言葉に甘えて。ね、ニヴィア」

「……えぇ」

ルシカはそう言い、ニヴィアと共に図書館へと向かった。背後では村民が、喜びを分かち合う声が聞こえてくる。

村民は、ニヴィアらが魔族を撃退したことを信じて疑ってはいなかった。ニヴィアが昔、Sランク冒険者として活躍していた話は、子供以外は知っている。

実際に、全力で戦う姿を見たものはいないため、誰もここまで強力とは思っていなかったが。

大勢が、ニヴィアを想像以上の魔法使いと、讃える。

たった一人、ニヴィアの姉を除いて。実の姉妹だから分かる。妹のあの顔は、勝利を収めた人の顔ではないと。あの取り繕ったような笑みの裏側に、何かを隠していると。

だが、妹が不要な嘘をつくような人でないことも知っている。

彼女だけは疑念を抱きつつも、ニヴィアの作った流れに乗り、笑って見送った。

二人は図書館へ向かい、ロイドたちが泊まっていた部屋の扉を開ける。一度、全ての村民が避難し、ロイドたちが戻っていない今、その部屋に誰かがいるはずはない。

だが、そこには一人の女がいた。

長い髪はぼさっとしており、格好はダボっとしたパジャマ。そのせいで、手に握る大層立派な装飾が施された杖が、異様に際立って目を引く。

「上手く村民は騙せたか?」

「えぇ、本当にありがとう。あなたが来なければ、死んでいた……マーリン」

この、慌てて家を飛び出してきたことが明らかな格好をした、オーラがあるのかないのか分からない美人こそ、あの大賢者と称される伝説の冒険者……マーリンその人であった。

和泉の村巷を救ったのは、ニヴィアとルシカではない。マーリンだ。

未だ、その事実を受け入れきれていないルシカは、目を丸く見開きながら、どう考えても三十代後半とは思えない美女を見つめる。

「マジで本物? 嘘でしょ……」

大賢者はもはや、ルシカのような若い世代にとっては、偉業と名前だけは誰もが知っている、過去の偉人。教科書の中の人物である。

そんな偉人が今、目の前にいて、数刻前にルシカとニヴィアを救った。

「生きてた、なんて」

王国の調査の末、大賢者は死んだと公表されている。初めはそんな言葉を信じない者ばかりだった。当然だ。あの大賢者が死ぬなんて想像ができなし、彼女が本気で行方をくらませたならば、王国如きが探し出せるはずがない。

むしろ、見つからなくて当然なのである。

しかし、一年、二年、そして十年と経つうちに、考えは改まる。

ここまで一切、目撃情報が出て来ないとなると、死んだ可能性を考えずにはいられなくなる。あの、良くも悪くも世間を騒がせずにはいられない大賢者が、ここまで表に出ないのはありえない。

世間の考えは、死亡説へと傾き出す。

そして今や、三大国の上層部も、彼女を死んだものとして扱っている。

「どうだ? 本物は……かなりの美人だろう?」

驚くほど鋭く、真剣な眼差しで問いかけるマーリンの言葉に、ルシカは深く頷く。美人であることは事実なのだが、それ以上に頷かないと何をされるかわからないという、威圧的なオーラに気圧された末の行動だった。

彼女のその瞳は、どこか暗い。

「マーリン、それはツッコミ待ちですか? それとも肯定を求めた脅迫ですか?」

「いや、揺るぎない事実だ」

おそらく、本気半分、冗談半分なのだろうと長い付き合いから察するニヴィア。

「だとしても、その顔はなんですか?」

とても冗談を含んだ台詞を語る表情ではないと指摘する。

「すまない。こんな顔をするつもりはなかった」

そう話すマーリンはどこか落ち着きがなく、ニヴィアの目には「らしくなく」映った。あの悲劇以降、マーリンが変わってしまったことは知っている。

だが、それを考慮しても彼女らしくない。

「どうしてここに?」

何故、今このタイミングでマーリンがこの集落に現れたのか。

そして、彼女らしくない様子。

「……んだ」

「えっ?」

「ここに、シビルの気配があったんだ」

想像を超える……あり得ない回答にニヴィアは驚愕し、言葉を失う。

シビル。かつて、マーリンのパーティーを支えた白魔導師だ。

「ほんの一瞬、あいつの魔力を感じ取った」

そう話すマーリンの手は微かに震えていた。瞳は困惑で揺れている。

マーリンでさえ、現状を把握しきれてはいない。

「それで、この村巷に?」

「そうだ」

シビルの気配を感じ取ったマーリンは、寝巻きのまま家を飛び出し、全力を持ってこの場所を目指した。

そんなマーリンの気配を任務の失敗と同時に感じ取ったアゼールは、持っていた転移石を起動さえ、逃げ去った。部下は死に絶え、仲間の任務の雲行きも怪しくなる中での、アゼールさえ無視できないほど強力な気配の到来。

そうして逃走した。

そのおかげで、この村は助かった。

マーリンの回答を聞き、なるほど……とはならなかった。

なるはずもなかった。

「…………」

マーリンが、こんなはるか遠くの気配を感じ取った異常さ。それはニヴィアはもちろん、ロイドの探知魔法でもできない芸当だ。

そんな衰えを知らない異次元の実力への驚き。

最も、いくらマーリンとてこれが他の誰かならば、きっと不可能だっただろう。

シビルの気配だから読み取れた。

常に、マーリンの頭の片隅に居座り、マーリンに苦悩を、激しい後悔を抱かせる彼の気配だから。

「シビル……」

ニヴィアは彼を知っている。それどころか、彼にあった事がある。

鬼才の白魔導師シビル。大賢者を凌ぐ頭脳は常に、皆の数歩先を見抜き、的確な支援をもたらす。

マーリンの大切な仲間であり、掛け替えのない存在。

そして、マーリンを酒に溺れさせ、あの人里離れた森林に立つ家へと縛り付ける、悲惨な過去。

彼は確かに死んだ。生きているはずがない。

だが、マーリンがシビルの気配を見間違うとも思えなかった。彼女に限って、彼の気配を間違うことは有り得ない。いくら、過去に縛られていようとだ。

「数時間前……強大な魔力の中に、あいつの気配を感じた」

おそらくあの火柱が上がったタイミングのことだろう。この近辺で、マーリンのものと見間違うほどの魔力が走ったのはあの瞬間だけだ。

その中に、マーリンはシビルの気配を感じたという。

察しの良いニヴィアにさえ、状況が全くと言っていいほど飲み込めなかった。

シビルは死んだ。それは確かなことで、彼が生きているはずはない。

それだけは確かなのに。

マーリンもわかっているのだろう。

シビルの気配を感じた……それ故に想像せずにはいられない期待と興奮、同時にマーリンの持つ莫大な知識からは「それはあり得ない」という結論が導き出されている。しかし、それでもシビルの気配を感じたのもまた確か。だから、期待を捨てられない。そんな様々な感情のせめぎ合う困惑の表情で、マーリンは問いかける。

「ここで何があった?」