軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白魔導師、魔導国へ!

少女は遠目からじーっと眺め、俺が重症により動けないことを確認すると、今度はその手に白い箱を持って現れた。

白い箱をあけ、中から綺麗な布と透明の液体を取り出す。

慣れた手つきで布に液体を滲ませ、傷口に当てる。

布が触れると傷口ん、ズキズキと鋭い痛みが走った。これは消毒だろうか。

一通り処置を終えると、少女は満足げな表情で微笑んだ。

「ありがとな……」

感謝の言葉に、少女は照れながら、目を逸らした。

そうだ。つい、和んでしまったが、油断してはならない。

確かめなくてはならないことがある。

「もしかしてここは、魔導国か?」

俺の問いがそんなにも意外だったのか、少女は驚きながらこくりと頷いた。

まさかと思ったが……魔導国にいるのか、俺は。

そうなると、この状況はかなり不味い。

「手当された身で言うのはなんだが、ここは危険だ。早く、離れた方がいい」

魔導国の内情なんて知らないが、三大国内で魔族が発見されれば大問題であるように、魔導国内で人間を見かければ騒ぎになるだろう。

見ず知らずの俺を手当してくれた、優しいこの子を、巻き込むわけにはいかない。

そう思って、忠告した。

俺の忠告を聞き、戸惑い、あたふたする少女。よほど怪我人を放っておきたくないのか、キョロキョロしている。

そんなタイミングで俺の危惧していた事態が起こる。

スタスタと、何かが向かってくる足音が聞こえてきた。

誰か来る。

「なんだい、一体何事……」

濃い蒼いショートヘアに、すらっとした長身。歳は俺と同じくらいだろうか……その女は白衣を纏っていた。

そして、浅黒い肌に、特徴的な耳……魔族だ。

その瞳が俺を捕らえた瞬間、大きく目が開かれる。

「人間……どうしてここに」

……見つかった。

逃げようと全身に力を込めるが、立ち上がれない。近くに転がる魔杖に触れ、異空間へと収納するのがやっとだった。

体の一部を動かそうとするだけで、激痛が駆け巡る。

その間にも、蒼髪の女はゆっくりと迫ってくる。

もう、どうしようもない。

終わりだ……そう覚悟し、瞳を閉じた。

その数分後、

「えーと、これは」

俺はベッドの上に寝かされ、折れたであろう部位を棒状の物で固定されていた。

「いいから黙ってな。見た目はそんなだが、酷い怪我だ」

ベッドで横になる俺の容態をまじまじと観察し、怪我の状態を確認している。

「だ、だが……」

俺の言葉を無視し、蒼い髪の魔族はステッキを手に取り、詠唱する。

「クーラ」

俺の知らない回復魔法を用い、俺の体の傷を癒していく。

青い光が包み込むと同時に、徐々にだが痛みが緩和されていく。

「いいのか?」

「何が?」

「俺は人間だ」

魔族とは敵対関係にある。

「それで?」

「それでって……」

あっさりと返された簡単な問いに、俺は答えられなかった。

ただ、沈黙するしかできなかった。

「あんたはあの時、メルを人質に取ろうとはしなかった」

メル、とはあの消毒をしてくれた黒髪の魔族の女の子のことだろう。

「そうできなかっただけ、とは考えないのか?」

「それはない。あんたは確かに私を見て、杖に手を伸ばした。でも、その時、あんたは一切メルを見ていなかった。意識から完全に外してた。普通、人質に取ろうってんなら、意識するもんさ」

「そう、なのか?」

そういう経験が全くないため、よく分からないが。

「あぁ、何より、メルの目を見れば分かる。あんたが優しく接したんだってね」

「俺が詐欺師の才能に溢れているだけかもしれないぞ? そうやって、彼女を誑かした」

その言葉を聞いた蒼髪の女は口をポカンと開けたのち、吹き出し笑った。

「いやいや、詐欺師はそんなこと言わないだろう? というか、そんなに……それこそ、あのメルを誑かせるほど口がうまい男には見えないね」

「くっ……」

反論のしようもなかった。そうだ。口は上手くない。あんな小さな子供でさえ、騙せる自信がない。

「あははっ! まぁ、確かに、それだけであんたを良いやつだって言う気はないさ。でも、そこまで悪いやつじゃない。そう判断するのは、それだけあれば十分だ」

「……そうか」

まさか、魔族に怪我を治療され、こうして普通に会話する日が来るとは。

目の前の彼女はもう、俺を警戒していないのか、すっかり俺から視線を外している。ここまでされるとこちらが警戒しているのが、なんだか馬鹿馬鹿しくなってくる。

「そうだ。俺を運んでくれたあの人は?」

俺を運んでくれたのは目の前の蒼い髪の魔族ではない。

灰色の髪をした、ダッガス並みにガタイのいい青年だ。彼が俺を硬い板に乗せ、ヒョイっと持ち上げ運んでくれた。彼の怪力には助けられた。

「彼にも、お礼を言いたいんだが」

「あいつは他の仕事がある。ここは診療所兼、孤児院兼、何でも屋だ。そして、人手が足りていない」

「随分と兼任してるな」

「分担はしている。何でも屋はここで育った子供らの仕事さ。そして私は、診療所に専念してる」

「ここがその診療所ってことか」

「そう」

魔導国には、五大都市と呼ばれる大都市が、その名の通り五つある。そのうちの一つがシルフ……俺の今いるこの街だ。

五大都市シルフの片隅の広い土地の中に、診療所と孤児院があり、ここは診療所の方らしい。そして先ほど運んでくれた青年は、孤児院で育った魔族だそうだ。

「私もここの孤児院でお世話になってね。親を亡くして、一人傭兵をやってたんだが、まぁヘマして。そん時、ここに流れ着いて、世話になったんだ。今はその恩返し中さ」

「傭兵?」

「あぁ、知らないかい? まぁ、雇われの兵士といったところか。傭兵は色で階級が決まっていて。階級に見合った依頼を受けて、金を稼ぐ」

下から白、銅、銀、金……そして黒。黒級は非常に珍しく、ごく一握りの魔族しかなれないそう。そして色により、受けれる依頼や稼ぎは大きく変わる。

「三大国で言うところの冒険者みたいなのか?」

「……そうなのか?」

「多分」

俺は傭兵というシステムを詳しく知らず、向こうは冒険者を詳しくは知らない。

「あれだろ? 大賢者とか、剣聖が冒険者ってやつだったよな」

言っている事は間違ってない。彼女は冒険者の鏡だろう。

ただ、

「あれはだいぶ偏っているというか……あんまり、彼女らで冒険者のイメージを固めるのは、問題あるような気もする。間違ってはいないんだがな」

「そうか? まぁ、こっちも傭兵だから強い戦士とは限らないし、冒険者もそんな感じってことか?」

「そんなところだ」

傭兵……そういう、冒険者に似たシステムが、ここにもあるのか。

だとすると、こっちはこっちの勇者なんかが居たりするのか。

三大国に住まうとは言え、隣国であり、敵対国でもある魔導国を、俺はあまりにも知らない事実を痛感する。そして、こんなにも何も知らない相手を、一方的に敵視している違和感が強まる。

あの時、ユイが魔導国との争いの理由を聞いたその訳が、その気持ちが、ここにきてやっと理解できたような気がする。

「そうだ、歳はいくつなんだ? 私に近く見えるが」

「俺は今は十八だ」

「なら、私が少し年上になる。私が十九だ。まぁ、仲良くやろう」

「あ、あぁ」

仲良く、か。

魔族と仲良く……ただそれだけのことなのに、そこに違和感を抱くのは、長年培ってきた価値観ゆえだろうか。

「私は、リエだ。あんたは?」

「ロイドだ」

「ロイドね。それじゃ、なんであそこにいたか聞かせてもらえるかい?」

それから、俺はリエに問われ、ここにきた経緯を簡単に話した。と言っても、俺自身まだ完全に把握し切れたわけではないのだが。

とある魔族が使った転移の魔法に巻き込まれたと。

その過程で、原因不明だが怪我を負ったこと。

念のため、魔王軍の幹部と戦ったことは伏せる。いくら、優しい魔族とは言え、自分の国の軍の幹部と一戦交えたことを許してくれるとは限らない。

「へぇ、帝国から転移……って、そんなことできんのかい?」

「こうして移動している以上、できると認めるしかない」

と言うより、あれはお宅の国の技術なんだが。リエが知らないところを見るに、流石に一般には出回っていないようだ。

いかにも高価そうだし、部下があれを持っている様子もなかった。

「ふーん。それで仲間の行方も不明、と」

「あぁ」

正直、こうしている今も、ユイたちが無事かかなり心配だ。俺は偶然、人間に対し偏見のない、優しい魔族に拾われた。しかし、それがレアケースであって、基本は魔族に見つかれば終わりだ。そもそも、人里に転移したとも限らない。モンスターの巣窟に、なんて自体もあり得るし。そうでなくとも俺と同じように重傷を負っていた場合、動けずモンスターの餌食になる可能性がある。

「そうだな。五大都市には魔王軍も在中してる。人間が発見されれば……どんな扱いを受けるかは分かるだろ?」

「あぁ、そう簡単にやられるとは思わないが……ここは魔導国。無尽蔵に襲ってくる魔族の軍勢には勝てない」

いくらユイであれ、延々と戦えば負ける。

だから、一刻でも早く合流したいのだが、未だ体が痛む。

「ちょっと動かないで……ハイ・クーラ」

詠唱した瞬間、青い淡い輝きが体を包み、一瞬で傷を治癒した。

「……凄いな」

俺より、はるかに次元の高い回復魔法。

魔族には、こんなのが大勢いるのだろうか。

「ありがとう。これで、探しに行ける」

そう言い、ベッドから起きあがろうとした俺の首元に、ステッキの先端が突きつけられる。

「どうやって探すつもりだい? ここは魔導国……不用意に出歩くのはお勧めしないね」

リエの言う通り、なんの対策も無しに彷徨くのは無謀だ。三大国で魔族が見つかれば、それが魔王軍の魔族でないにしろ、大問題であるように、俺も見つかると相当まずい立場にいる。特に俺は、魔王軍にとって排除すべき外敵だと、認識されても全くおかしくはない立場の人間だ。

捕まれば……殺される。

「しばらくはここにいな。ここなら、匿える。それと朗報だ。今のところ、この都市で何かが起こっている様子はない」

確かに万全でさえない状況の俺が下手に動けば、事態は悪化する可能性がある。それこそ、ユイたちがうまく潜伏しているなら、尚更。

「いいのか? バレたら……」

「バレたら、そんときはそん時さ」

そう言い、リエは部屋を出て行った。

不安はある。探知魔法を使えば、一発で人間を匿っていることがバレるのだが……本当に、心優しい人だ。

あるいは、その裏に何かがあるのだろうか。

念の為、探知魔法を発動するが、確かに、この都市に人間の気配は感じられない。その周囲にもだ。

てっきり、転移先は同じか、せいぜいその周囲と思っていたんだが。

これは、面倒なことになったな。