軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白魔導師、vs四天王in帝都②

ガオンとアイラが五隊長のうち三人を相手取ってくれている中、俺はテラと対峙していた。

テラは初めのうちは余裕そうな素振りで振る舞って見せていたものの、度重なるアクシデントのせいでそ次第に焦りっを募らせだす。まず第一に、ガオンの強さ。たった一人で帝国の最高戦力二人と渡り合っている。アイラも辛うじて魔将の気を引きつけている。ここまでの戦力とは考えてもみなかったらしい。ちなみに、今は俺は何の支援魔法も二人に施してない。

そしてもう一つ、

「何故、 鎧将(カイショウ) は動かない!?」

帝国最強の盾。鎧将は確かにテラの危機を知っているはずなのに、微動だにしなかった。白銀の鎧は、一切の動きを見せず、未だ帝国軍の基地でドンと構えている。

何故、彼が動かないのかは俺の知るところではないが、好都合には違いない。

お陰で、テラたった一人に集中できる。

「まだですよ。こちらには帝国軍と冒険者がついているのですから」

チラリと目をやると帝国軍の兵士と冒険者が群をなしながら、俺の元へと進行していた。何百の戦士が迫るくる迫力は大したもので、逃げろと警鐘する本能をグッと抑え込み、踏みとどまる。

「これで、あなたに勝ち目はありません、たかだか白魔導師に彼らの相手は厳しいでしょう」

「そうだな」

そうだとしても、俺は握りしめる杖を離さない。希望を捨てずに、前を向き続ける。

ガオンとアイラが俺を信じてくれたから、そして、俺も信じているから。

探知魔法に複数の気配が引っかかる。

何十、何百、否、何千という気配が。獣人でもなければ、人間でもない。

それらを見た、操られているはずの帝国軍の兵士や冒険者の顔が驚愕に染まる。

「これは……」

遠くを眺めながら、間抜けにポカンと口を開けるテラ。

その視線の先、地面を響かせ、砂埃を巻き上げながら、俺の元まで駆けるそれらはモンスターだった。

「後でお礼を言いにいかないとな」

総勢三千の、クレアの古代魔法の影響下にあるモンスターが帝都の街に流れ込む。

「クレアの魔法か!」

遅れて気がついたテラのひたには冷や汗が浮かんでいた。

正直、これはかなりの賭けだった。クレアはモンスターを意のままに動かす古代魔法を持ちながら、その力を嫌っていた。

だから、今までこういう使い方はしてこなかった。

セリオンの報告を受けたクレアがどんな思いで、悩み、考えこの魔法を使うに至ったか。

この決断が相当苦しいものであろうことは想像に難くない。

だから、俺もそれに応える必要がある。

右手に握る杖を掲げ、魔法を発動する。

強化魔法の対象は、クレアが帝都へと招いた全てのモンスター。強化魔法を当てられたモンスターらは雄叫びを上げ、果敢に帝国軍の兵士やぼ冒険者に襲いかかる。クレアのことだ、モンスターには人を絶対に殺さないよう、指示しているはず。

実際、当たれば致命傷に至るような攻撃を仕掛けているモンスターは見えない。皆、タックルや拳などの打撃か、爪や牙を使うにしろ、そこまで深くはならないよう加減しているのが分かる。

だからこそ、時間をかければ多くのモンスターが死ぬことは目に見えている。

時間はかけていられない。クレアの想いを案じるなら尚更。

「これで本当に二人だな。テラ」

「っ! 舐めるなよ、支援職が」

テラが放った黒い魔弾を右に転がり回避する。魔弾の着弾した壁は大きく凹んでいる。当たれば重症、とは言え一撃で命を刈り取るには、急所をつかねばならないだろう。

テラにとってこの局面は最悪だ。出せるカードを全部切って、それで互角。否、こちらの方がまだ余力を残している分、有利と言えよう。だから、テラは余分な魔力消費ができず、慎重に立ち回らざるを得なくなっている。

それできっと、こんな中途半端な火力の魔法を使っているのだろう。

「良い加減くたばれ! 白魔導師!」

テラが詠唱し、振るった杖から再度黒い魔弾が飛び出す。

それは僅かに首を傾けた俺の耳横を掠めるに留まる。若干の痛みが左耳に走るが、気には止めやしない。

俺は不要に距離を詰めることはせず、一定間隔を保ち続ける。

それにしても、なんて動きが読みやすいことか。

魔法発動前には詠唱が入るし、動きが無駄に大きい。次、どこを狙っているかは、彼女の視線を追えば容易に推測できた。彼女は狙う箇所を、必要以上に見てしまう癖がある。

強力ではあるものの、節々から実践経験の浅さが滲み出ている。

徐々に肩の動きが激しくなり、呼吸頻度も上がっていることから、体力の無さも現れ始めた。いや、この場合は、持久力の無さと動きの無駄の多さをいうべきか。感情的になっている分、無駄が増している。

「自分のペースを崩させるのが、相当苦手なタイプなんだな」

煽り、さらに感情を露わにさせようとしてみる。

それでもなお、彼女が強力なカウンターを伏せている可能性を考慮し、俺は絶対に攻めには回らない。

その間、周囲で稲妻が走ったり、家屋が倒壊したり、天を貫く火柱が上がったり、地響きがしたりしている気がするが、振り向きはしない。

そんな騒音も、逃げ惑う人々の声も、聞こえなくなるほどに目の前の魔族に集中する。そしてそれと並行するように魔法の準備を始めた。

時間をかけながら足元に一つずつ魔法陣が重なりながら展開され出す。

ガオンとムラサキの戦闘は、帝都の幾つもの、それこそ何十という家屋を全壊させながら続いていた。

そしてそんな戦いも、もうすぐ決着がつこうとしていた。

ムラサキの刀がガオンの回し蹴りにより粉砕されたのだ。

粉々に砕けた刀の破片が、日の光をキラキラと反射させながら地面へと散った。

咄嗟の判断で刀を手放し、素手での格闘に切り替えるが、技術もクソもないガオンのただただ強烈な一撃をガードの上から叩きつけられ、ムラサキの体は軽く吹っ飛んだ。

家屋の壁を貫通し、吹き飛ぶムラサキを見て、ガオンは構えを解いた。

しばらく彼女は立ち上がれないと、確信していたからだ。ただでさえ少なかった魔力を、更に極限まで使ったことによる疲弊。しばらくは動けまい。

「無駄に魔力を消費さえしていなければ、もう少し対等に渡り合えた……かもしれねぇな」

ムラサキはセリオンの元に駆けつける前に、魔法を無駄撃ちすることで自身を弱らせていた。そして魔力があまりない中で奮闘したが、ガオンの頬に僅かな切り傷をつけることしか叶わなかった。

頬から滴る血をぺろりと舐めながら、僅かに首を捻る。

つい先程までガオンの顔があった位置を矢が音を立てながら通過する。

「残念、もう慣れた」

弓将ルシカの思考や癖を理解した今、超人的聴覚で飛来する矢の音を聞けるガオンが、攻撃を回避するのは容易だった。

「さ、あとは弓使いを片付けて」

その黄金の瞳で弓将を捉えようとしたその時だった。

それとは違う、今まで感じたことのないような『何か』を感じとり、咄嗟に遠くに見える山を凝視した。ガオンは異常なまでに視力が高い。そんなガオンの瞳は、本来肉眼では見えるはずもないそこに、女性らしき人影を捉えた。

生まれて初めて、ガオンは明確な『死』を想像した。

常日頃圧倒する側だったガオンさえを、圧倒する気配。

微かに節々が震え、思考がその何かの存在に独占される。

一瞬、その女性が笑ったように見えた。

「なんだよ、あれ!?」

恐怖と興奮が入り混じった震えた声だった。

その何者が放った何かが、ガオンがギリギリ視認できるほどの速度で帝都目掛け飛来する。どうすべきか、ガオンの脳内で出た答えは『間に合わない』だった。それがなんであれ、ガオンにはどうすることもできない。

それだけが、理解できた。

風属性魔法「 鎌鼬(かまいたち) 」。大賢者考案の魔法で、一言で言えば一点集中型の高威力の攻撃魔法だ。

その風は血肉どころか、その直線上にあった城壁さえも切り割いていた。

だが、その魔法の最も優れた点は、その速度である。

目で追うことが不可能に近いほどの、ほぼ見えないと言っても良い速度の魔法攻撃が、クラウディアの杖を握る方の腕を掠める。

突如飛び散った鮮血に、クラウディアとアイラは目を丸くした。痛み以上に、何が起こったのか、困惑が強く思考を支配する。

そして、想起させる。

脳にべっとりとへばりついた、むかつくニヤけずらを向ける女の顔を。

「この魔法、まさか……」

帝国軍の契約は「テラを守ること」で、そのためにロイドたち三人というテラにとっても危険因子との戦闘を強いられていた。

しかし、その魔法を見た瞬間から、魔将にとって脅威の対象が入れ替わる。

目の前の何より、この魔法の使用者の方が遥かに危険であり、テラを守る上で最も対応しなくてはならない敵はあいつであると、無意識に標的が切り替わった。

だが、同時に本能から溢れ出る危険信号が、魔将の歩みを邪魔する。

もし、魔将が思い描いている人物だとすれば、どうあがいたって敵うはずがないのだから。

「何、今!?」

魔将と対峙していたアイラも、何かが魔将を掠めたことには気がついていた。

それをアイラはもっと単純に考える。

目視できないほどの何かが、アイラを助けるかのように放たれた。

つまり、よくわからないが、助けられたのだと。

アイラはそう解釈することにし、何が自分にとっての最適解かを考える。

困惑の渦にハマり、注意の散ったクラウディアの頬に容赦なく、全力の一髪ぶちかまそう、と。

その時だった。

「ガオン! アイラ!」

ロイドが二人を呼ぶ声が帝都に響き渡る。

初めて振り返り、二人の現状を確認する。

ガオンはムラサキを打ち倒し、なぜか呆然と山を見つめていた。

アイラも容赦なく老人をぶん殴ろうと構えた拳を下げ、今にも駆け出そうとしている。アイラには元々、作戦を伝えていたため、動き出しは早かった。

ガオンも少し遅れて俺の方を振り返り、こちらへと駆け出した。

街路を走るアイラと屋根を飛び移り移動するガオン、二人が俺の元に着くのは丁度同時だった。

「準備が整った。聖教国で学んだ、『天使を下ろす魔法』を使う」

「はぁ? 何だそれ」

そう言えば、ガオンには何も説明していなかったな。

なぁ、下手にガオンの脳内に、現在テラと敵対しているという意識を持たせたくなくて、あえて伝えていなかったのだが。

「そうだな。たいそうな言い方をしているが、支援魔法の一種だと思ってくれればいい」

きっと、その魔法を生み出した人間がその様を見て、そう名付けたのだろう。

俺の足元に展開された幾重もの白い魔法陣が起動する。

魔法陣から二つの、純白に輝くビー玉サイズの球体。それらはふわふわと浮遊し、一つはガオンの胸の中に、もう一つはアイラの胸の中へと溶けるように消えていった。

白くそして柔らかい輝きが、オーラのように二人から溢れ出した。

「これは?」

「詳しい説明は省くが、この輝きが消えない間は、テラにも攻撃が通るはずだ」

この状態を魔法の開発者曰く、この状態を天使化というそうだ。

天使化にはいくつかメリットがあるが、その一つが中和だ。

付与された者に干渉するありとあらゆるデバフを衣が中和してくれる。正確に言えば、この白く輝きながら纏わりつく魔法が、それらを肩代わりしてくれている状態だ。

衣を纏った状態であれば、敵が自身にかけたバフやデバフを中和してくれる。

テラの魔法も今は、肩代わりされているはずだ。

もちろん、中和すれば純白の衣は削れてゆし、そうでなくとも時間経過でも消耗されていく。

「なるほど、とにかくこれで、あいつをぶん殴れるわけだな?」

パキパキと指の関節を鳴らすガオンの問いに、頷くことで答える。

アイラも状況は飲み込めたようで、紅い指輪のはまった拳を強く握りしめた。

「その衣には俺独自の方法で、強化魔法も組み込んである。自分の意思で、強化のタイミングや度合いを変化できるはずだ。勿論、使っている間は衣の減りは早くなる!」

中和は一見便利に見えて、回復や支援魔法も中和する性質持ちだったため、少々手を加えさせてもらっている。それに、今の俺ではそう長い間、この魔法を使えない。

だから、事前に五隊長や帝国軍、そして冒険者の戦力を減らさざるを得なかった。

僅かな時間を、テラ一人に集中させるために。

聖教国で得た新たな力が魔王軍の四天王相手にどこまで通用するか。

力試しさせてもらおう。

「そんじゃ行くぜ!」

大きく跳躍し、一直線にテラの元まで突っ込むガオン。それに対し、アイラは街路を走っていった。

アイラよりずっと速く、テラとの距離を詰めたガオン。

「オラァ!」

ガオンの拳を、漆黒の盾を召喚しかろうじて受け止めるテラの顔には、明らかに焦りを感じられた。

一方、攻撃が通ることが確かめられたガオンは、楽しそうに微笑い、その黄金の瞳を輝かせた。

「テメェには致命的な欠点がある。それは土壇場での機転の効かねぇことだ!」

ガオンは一度着地した後、すぐさま飛び上がり回し蹴りを決め、漆黒の盾を粉砕した。

盾が破壊され、一層焦りが濃くなるテラ。

「テメェは確かに頭がキレる。だが、それは入念な準備ができるつー話で、こういう土壇場での判断にはめっぽう弱ぇ! 特に、予想外の事態にはな!」

その言葉を聞き、テラは苦い表情を浮かべた。

ガオンが指摘したテラの欠点は尤もなもので、テラは前線での戦闘経験があまりにもない。また、商談などもあらゆる可能性を配慮した上で入念な準備をするタイプで、その場その場で機転を効かせているわけではなかった。

テラの出たとこ勝負を嫌う性格と、前線にたちことが許されないその特殊な能力のせいで、こういう事態に遭遇してこなかった。

だから、この手の展開にはめっぽう弱い。

幾度となくロイドの策に翻弄されていた様を見て、ガオンは確信していた。

「契約の隙間をついてくる奴はいたかもしれねぇし、ある程度想像のうちなのかもしれねぇ。でも、正面から破ってくるやつは全くの想定の外だったんだろ!」

その言葉を聞いたテラは唇を噛み締め、そして叫んだ。

「っ、当たり前だろ! 五隊長を退ける暴力と、契約の魔法さえ中和する魔法なんて、誰が想像できるんだ!」

激昂するテラは、上空に巨大な魔法陣を展開した。

なんの魔法かは不明だが、それがかなりの被害をもたらす危険なものであることを、それを見た誰しもが肌で感じていた。

この魔法は闇属性魔法の中でも最上位に分類されるもので、触れたものを腐敗させる黒い雨を降らせる魔法だった。発動まで時間がかかる魔法だ。ガオンならその前にテラを倒せる、そう踏んで飛び出そうとした矢先、何かがテラの行手を阻んだ。

「……外道が」

獣人がガオンに勢いよく迫り、手足にしがみついた。

しかし、ガオンはそれらを振り払えずにいた。

まだ、どう見ても子供と分かるほど幼かったからだ。

テラはいざという時のために、何があっても自分を守るように契約を結んだ駒を用意していた。彼ら、彼女らはテラに救われた経験を持つが故に、そんな契約にさえ手を結んでしまったものたちだ。

そんな彼ら、彼女らも契約後にテラの本性に気がついたようで、ガオンの前に立ち塞がり、必死にしがみつく彼ら彼女らの面は、見るに耐えないものだった。少なくともその中に明るい表情をしているものはいない。怯え、顔を真っ青にしながら、命懸けでガオンにしがみつく。

震えているくせに、妙に強い力でガオンを掴んで話さなかった。

丁寧に振り払うには時間がかかる。殺す覚悟で強引に振り払えばすぐだろう。

しかし、ガオンはそんな子供たちを殺すことはできない。

そんな間にもテラの魔法は完成に近づいていく。

「これで帝都も終わり……」

勝ちを確信したその時だ。

「ねぇ、あーしのこと忘れないでくれる?」

高い建物から大きく跳躍したアイラは、拳の炎と純白の輝くオーラを乗せ、その魔法陣を殴り破壊した。中和効果は吐き出すことで、魔法の破壊にも転じられる。その分、効果時間は大きく消費するが。

アイラはこのたった一撃にすべてを賭けたようで、すっかりと天使化は解けてしまっている。

しかし、魔法陣は確かに破壊された。

魔法陣か黒い破片となり、帝都の街に消えながら降り注いだ。

そうしてる間に、時間をかけしがみつく獣人を振り解いたガオンが動き出していた。

膝を曲げ、伸ばすと同時に周囲に凄まじい風圧が走る。

怒りのこもった瞳で睨まれ、不覚にもテラは一瞬、足を怯ませてしまう。

「死にたくなきゃ、腹に力込めろ!」

ガオンの全力の一撃が、テラの腹部に叩きつけられた。

ミシミシと骨が軋む音がしたのも一瞬で、すぐさま骨は耐えきれず砕けた。

いくつもの建物を貫通し、やっと止まったテラの腹部にはくっきりとガオンの拳の跡がついており、白目をむいて気絶していた。

一応、死んではいないようだ。

「わざとか」

「まぁな。なんか、有用な情報があるかもしれねぇし」

ガオンが本気であれば、テラの上半身と下半身はくっついてはいない。

だから、テラを見てすぐにガオンが手加減をしていることはすぐに分かった。

「あとは帝国に任せるってことか?」

「あぁ、だって私はただの冒険者だからな」

そう言い笑みを浮かべるテラの頬に傷があることに気がついた。

大した傷じゃないし、軽い回復魔法で治る程度のものだ。しかし、顔に傷は誰だって残したくはないだろう。

だから、その傷を治そうとすぐさまヒールをかけようとしたが、何故かガオンはヒールを拒否した。

「いいのか? 早めに治さないと跡が残るぞ」

「かもしれねぇけどとりあえずいいんだ。こいつはなんとなく、もう少し残しておきてぇ」

全くもって理解できない考えだった。

傷なんて治せるなら治したほうがいいに決まっている。

「いや、でもな」

「それに、まだ決着がついてねぇ。まだ、終わってないんだよ、あいつとの戦いは」

先の戦いを見据え、ガオンは笑う。

終戦の最中、帝都の一角では。

グッタリとした様子で座り込むムラサキの元に三名の獣人が迫っていた。彼らは、例の地下室にいた獣人で、魔族側の者たちだった。幼い頃から、魔導国で育った彼らの忠誠は魔導国にある。何より、彼らは元々、帝都で食うに困っていた、貧困に喘ぐ子供達だった。故に、帝国への敵対心のようなものが根付いていた。

「なんだ?」

殺気の籠ったムラサキの問いに、獣人らは返事を返さない。

ボロボロのムラサキを見下すように立つ彼らの目的は、ムラサキの始末。

今すぐにテラを救うことは不可能だと判断した彼らは、少しでも帝国軍の戦力を減らす方に舵を切った。

ムラサキの始末なんて二度とないチャンス。

ムラサキも内心、かなりまずい状況になったと思っているが、体が動かない。

「くそ、あいつ……もう少し加減しろってんだ」

もはや、普段の振る舞いも忘れ、素が前回のムラサキの首を切り落とさんと剣を振るった……剣の刃を、何者かが短剣で受け止めた。

何者かと顔に目を向けると、そこには仮面を被った女の獣人がいた。

「お前、何も……」

ムラサキの問いなど無視しで、レットはすぐ様、男らに切り掛かる。

瞬く間に、三人の獣人が地面へと転がった。息はしているが足の筋や手首など、急所がざっくりといかれてしまっていた。下手をすれば、二度とまともに動けないように、念入りに急所を潰されている。

その戦い方や仕草、立ち振る舞いを、ムラサキはある人物を重ねた。

「バイオレット?」

そう呼ばれたレットの耳がぴくりと動く。

短剣を強く握りしめ、何かを迷ったのち、レットは走り出した。

「おい、待て! バイオレット」

必死に呼びかけるムラサキの言葉から逃げるように、レットは走り立ち去った。

嬉しさと困惑、そして悲しさと後悔が入り混じり、複雑な表情を浮かべるムササキを一人取り残して。

帝都付近のとある場所にて。

「いいんすか?」

ウィルが帰宅しようと準備するマーリンに問いかける。

「魔将のことか? 大丈夫さ、あいつは私の生存に気がつても、それを言いふらしはしない。それが例え、皇帝だろうとな。何だかんだ言ったが、私に次ぐ魔法の使い手に違いはない」

マーリンとクラウディアの間には、並々ならない因縁がある。故に、彼がどういう獣人か知っている。クラウディアであれば相手が皇帝であろうと報告はしない。クラウディアはマーリンという存在の伏せ札が、いかに価値を持つか知っている。だからこそ、あえて今それの表にする必要はない。知らなかったことにするのが最善だ。

何より、マーリンは誰の命令も聞かない。相手が教皇だろうと皇帝だろうと、呼び出しにさえ応じず、また、気に食わないところがあれば立場なんて気に留めず、突っかかってくる。

だから、知らせる意味がない。皇帝が知ろうと、彼女をどうこうすることはできないのだから。

しかし、ウィルはそんなことを言っているのではなかった。

「そうじゃないっすよ。ロイドに会わなくていいんすかってことっす」

「そっちか」

マーリンの中に会いたいという感情がないのかと言われれば、そんなことはない。

むしろ、会いたいとさえ願っている。

ただ、会う勇気がなかったのだ。

元はそう遠くないうちに、会う予定だった。

しかし、ロイドがマーリンを大賢者と同じ人物だと、捉えていなかったことで、事情がややこしくなった。

大賢者だと告げるべきか、否か。

そう悩んでいるうちに、いつしか会う勇気すらなくなっていた。

何より、今は会わない方がロイドのためになるのではないかと、気がついてしまったのだ。

「いいんだ、これで」

片手に持った酒瓶をぐいっと飲み干しながら「やっぱ度数が低いと中々酔えないな」と呟いた。禁酒の一歩として、まずはアルコール度数を減らすという地道な努力の真っ最中である。

ロイドだけでなく、マーリンもまた変わっているのだと感じ、ウィルはクスリと笑った。

「にしても何というか、すごいっすよね。こっちは何もしてないのに、勝手に国家規模の有事に巻き込まれるなんて」

王国で始まり、聖教国、そして帝国。これでロイドは三大国全てと深い繋がりを持ったことになる。

「それは私らもだったろ?」

「それはマーリンがやりたい放題しまくってたからじゃないっすか。次期聖騎士団長と言われた神童を引き抜いたり、マキナの存在を勝手に見つけて殴り込んだり、魔将を煽りに煽って楽しんだり……」

「ぐっ」

ウィルの言ったことはどれも事実であり、なんなら百や二百では済まないほどの身勝手を各地でやらかしている。大賢者の噂に『実力』における嘘偽りはない。しかし、その性格については多く捏造されたものが、世に蔓延っているのだ。

救った数だけ、煽りを働いてきた、愚行を重ねてきた……それがマーリンである。

「さて、それじゃ行くっすよ。あんま長居してると、魔将のおっさんが来るかもしれないんで」

「そうだな。行くか」

立ち去る寸前、一瞬だけロイドのいる方向に視線を向けるのだった。

あれから数日が経過した。

テラの悪行は発覚し、例の古民家の地下のこともバレた。そしてそこに残された情報と本人から聞き出した情報をもとに、他の場所も発見され、今帝国軍を向かわせていた。

こうして、テミス商会の偉大は幕を閉じることとなる。

ただ、魔族がトップに君臨するだけの組織であれば、それを知らなかった多くの職員に罪はなく、代わりを立てて商会は存続したかもしれない。しかし、その根本の事業に酷い問題があった今、商会は解体されてしまった。メインの武具や素材の売買は全面的に無くなり、その他の事業だけが別の商会に引き継がれる形となった。

職員からすれば急なことに驚き、思うところもあるだろうが、今回の一件はその内容ゆえ、こうする以外の選択肢はなかった。

元々優秀な職員が多い組織ではあった。次の就職に困るケースは少ないだろうが、それでも万が一のため、帝国は就職支援の窓口を用意した。他にも、今回の一件の説明やもう一度帝都の警備の強化、問題点に洗い出しなど、多くの課題に追われていた。

そんな中、帝国軍はある計画を立て、動いていた。

帝国軍の基地の客間で机を挟み向かい合うは、ムラサキとガオン。

ムササキは姿勢正しく、椅子に腰掛ける反面、ガオンは足を組み、それはそれは大きな態度でふんぞり返っていた。それを見ている少数の兵士は、気が気じゃなそうにそわそわをしている。勿論、俺もそうだ。とても彼らには共感できる。

「五隊長? やだね、冒険者としてまだまだやりたいことがある」

帝国として、ガオンは放っておくにはあまりにも大きな存在となっていた。多くの国民がガオンが魔王軍四天王を殴り飛ばす瞬間を目撃しているし、それ以前に五隊長最強とも噂されるムラサキを倒してもいる。その様子も、多くの民が目にしていた。

今や国民にとってガオンは英雄であり、五隊長を超える存在として認知されてしまっていた。そしてそれが事実なのがまた困ったことであり、帝国もこれをうまくいい訳できずにいたのだ。

それに帝国はあることを危惧していた。

それは大賢者マーリンの台頭により起こった王国騎士離れが、帝国でも起こる可能性だ。大賢者の活躍は、のちの王国の構造に大きな影響を残した。大賢者以前、王国騎士と言えばもうそれは誰しもの憧れで、冒険者より人気があった。しかし、大賢者の活躍により、それは大きく逆転され、今や王国騎士の確保にかなり手こずっているのが王国の現状だった。ここでガオンを冒険者に戻せば、帝国でも同じようなことが起こりかねない。

だから、帝国は必死だった。

しかし、ガオンはなかなか首を縦に振らない。

「もういいだろ、私は五隊長の座なんてこれっぽっちも興味ないの。それより、もっと大陸を旅して、広い世界を見たい」

ガオンの目標を叶えるには、冒険者は適していた。

というか、そもそもガオンが冒険者に向いていることは誰の目にも明らかで、こうして説得している帝国軍の獣人でさえ、そんなことはわかっていた。

「なら、外部への遠征任務を多めにする条件でどうでしょう? 帝国軍の自由に金を使い、旅できますよ?」

「ムササキさん、それは……」

そんな勝手を言わないで欲しいと告げようでした兵士の男を、ムラサキは鋭い眼で貫いた。

びくりと体を震わせ、引き下がる兵士に、他の兵士や俺は同情の視線を向ける。

可哀想に。

「そもそも、いいのか? 急に帝国軍の隊長格につけるなんて真似して」

「えぇ、強者にはそれ相応の席を用意して当然でしょう。それに、その分の責任もあります。帝国軍の最強の戦力として、民を守る責任が」

帝都の五隊長は元より、王国騎士でいう騎士団長とは少し性質が違うらしい。五隊長の中に、帝国軍の一兵卒だったものはいない。ムラサキは剣の名家の出であり、五隊長になる以前からそんな名家の中でも最強と謳われていた。鎧将は、皇帝が直々に推薦しいきなり隊長格に就任。弓将ルシカも元は小さな村で弓使いとして狩猟に励んでいたただの少女で、しかしその卓越した腕を買われ、隊長格として迎えられた。

五隊長は帝国軍のトップはあるもののその実、兵士としての能力は必要とされていない。最悪、協調性に欠け集団行動ができずとも、コミュニケーションが上手くなくとも、兵士としての軍事に関する教養がなくとも良い。

五隊長に求められるのは、規格外の脅威に対抗しうる個としての圧倒的な力。

五隊長とその他の帝国軍の兵士では、求められる役割が違うのだ。

五隊長の座が一つ空いている今、帝国が欲しいのは、教育や訓練では生まれない、それこそガオンのような先天的で圧倒的な暴力。

それに大賢者の件もある。

だから、ある程度ガオンに都合の良い条件をつけてでも、引き入れたい。

そんな一連のやり取りして、ガオンは。

「はぁ、そういうまどろっこしい駆け引きはやめようぜ」

「と言いますと?」

組んでいた足を解き、机に身を乗り出し、ムラサキに詰め寄る。

「次の闘技大会で、私が負ければ無条件に五隊長入りする。これでどうだ?」

ガオンによるムササキへの。

否、帝国への宣戦布告。

「それは……」

「あぁ、お察しの通り。別にムラサキじゃなくても、結構。誰かが私を倒せば、五隊長のなってやる。だから、せいぜい集められるだけの猛者を引っ張ってくることだな」

ガオンとしては楽しめればそれでいい。

仮に負けるとしても、それでいい。

小細工なしのタイマンでの初めての敗北と引き換えであれば、その結果帝国軍に尽くすことになってもいい。

それくらい、自分に匹敵する、いや、自分を正面から破りうる相手を欲していた。

ずっと、ずっと長い間、願い続けてきた夢が叶うのなら。

「その言葉、忘れないでくださいね」

ムラサキも満更でもない様子で、そう言葉を返した。

帝都で年に一度の『獣王祭』。

帝国で最も盛り上がる祭りで、今回の期間は五日間。帝都のみならず、帝都の外で有名な店も出店を出すために集まるほどの規模の祭りで、帝国の多くの獣人が帝都に集中する。勿論、獣人に限った話ではなく、王国、聖教国からも多くの人が訪れる。

大陸屈指の祭りで、その目玉は闘技大会。

今回は五日間のうち中三日で、闘技大会が開催される予定となっていた。

ガオンを負かすため、帝国は優勝商品に帝国の国宝を用意し、公表している。

龍刃という剣で、帝国の英雄が愛用した伝説の剣。

聖剣に準ずる権能を秘めているその剣を我が物にせんと、各国に散っている猛者が集結する。

ガオンとムラサキの誓いが、帝国への宣戦布告が、獣王祭を、特にその中の闘技大会を、かつて類を見ないほどの戦いへと昇華させるのだった。

過去にないほどの盛り上がりを迎える獣王祭が、幕を開ける。