作品タイトル不明
白魔導師、vs四天王in帝都①
◇
ちょうど日が真上に登ったタイミングで、テラは動きを始めた。
テラの契約は絶対で、己の意思で破ることはできない。
しかし、実のところそこまで万能ではなかった。
この魔法は効果を発揮する上で、前提条件が科される。
例えば、テラを守ると言う契約は、テラが危険に脅かされていることに気がついて初めて強制される。
自動でテラの身に迫る危険を通知するような機能はない。
契約が現実的に遂行できる状況下においてのみ、発動される仕組みだ。だから、不意打ちや暗殺、アクシデントにはめっぽう弱い。
実際、ガオンとの戦いでテラは誰の力は借りれなかった。
そういう事態を避けるため、夜中よりも昼間を選んだ。
帝国軍や冒険者の多くが活動しているであろう、この時間を。
テミス商会の建物の屋上に立ち、街を見下ろす。
巡回する帝国軍の兵士に、依頼帰りか、汚れた装備で街を歩く冒険者。他にもカフェテラスで優雅に休暇を満喫する冒険者らや暴漢を取り押さえる帝国軍の兵士など、見渡せばあちらこちらにテラの契約下にある獣人が闊歩していた。
「なるべく派手に行きますか」
テラが杖を掲げると、空に巨大な魔法陣が出現した。
突如空に浮かんだ巨大な魔法陣に気がついた帝都に住まう者たちがざわつく。昨日と何ら変わらない、和やかな日常は突如一変してしまう。
魔法陣から、幾つもの細長い手が伸びる。骨に白い皮が纏わり付いたような、痩せ細った腕。開かれた手のサイズは家を握り潰せるほどの大きさで、それが魔法陣から何本も伸びている。
「本来は、こういう魔法ではないのですが」
書類作業を効率化させるための魔法を、大幅に強化し、無理やり攻撃に用いている。故に、そこまで強力な魔法ではないが、不気味な見た目が民衆に与えるインパクトは絶大だった。
恐怖に陥る帝都に延ばされた幾つもの不気味な白い腕は、突如としてその全てが腕と魔法陣の付け根まで氷漬けにされた。
凍るような冷たさを孕んだ白い空気が、帝都を覆う。
「おい、何やってんだ? テメェ……」
白髪を靡かせ、白い霧を全う獣人、セリオンが堂々とした態度で、テラの前に降り立つ。
「氷晶の勇者、ですか」
今のテラ位は獣人特有の耳もなく、その代わり少し尖った耳がついている。
何より、肌から伝わってくる空気で、セリオンは判断する。
彼女は魔族であると。
そしてそれがグリストにも引けを取らない猛者であることを。
だから、返事など待たずに、即座に命を刈り取らんと発動した魔法は、しかし突如走った稲妻により妨害された。
テラの心臓を目掛け伸びた氷柱を、稲妻が粉砕する。
剥き出しの一刀を片手に、立ちはだかる紫のポニーテールの女。
「おい、邪魔すんな!」
「すまない、したくてしているわけじゃない」
まるでテラを守らんとするように、ムラサキが立ち塞がる。
「あ? どういう意味だ!?」
「そのままの意味だ。今、帝国軍はテラを守るために動かざるを得ない。そういう魔法がかけられているんだ」
嘘を言っている様子もないし、つく理由も見当つかないことから本当であると確信し、同時に面倒な事態になったとため息をこぼす。
「っち、面倒クセェ」
ムラサキの実力を高く評価しているからこそ、出た言葉だった。
セリオンでさえ、全力の彼女を抑えるのは骨が折れる。
そんなセリオンを眺めていた、テラは呟く。
「いいんですか? この状況下でクレアを一人にして」
「何?」
「知っていますよ。彼女、帝都にいるんでしょう?」
その問いかけに、セリオンは沈黙を返す。
頷こうが、否定しようが、意味はないなら、先のことを考えるのが先決と踏んでだ。ぶっちゃけセリオンからすれば、テラが魔族かどうか、そして帝都がどうなるのか否かよりずっとクレアの方が優先度が高い。帝都を見捨て自分を選んだと、クレアが知れば怒るだろうが、それでもそちらかを選べと言われれば、セリオンがクレアを選ぶ。
「セリオン……」
ムラサキはというと、何も言えなかった。今、彼女の元にいる帝国軍も当てにならないこの状況で、クレアの身は安全だとは言い切れなかった。それに、ムラサキはクレアとはそれなりに面識がある。だから、クレアを見捨てて帝都の国民を守れという一言が中々出せずにいた。
その時だ。
セリオンの元に、左腕に包帯を巻き、右手には凝った装飾の杖を握る黒髪の青年が駆けつけた。
◇
「遅ぇよ!」
俺を見るや否やセリオンは不機嫌な様子でそう怒鳴りつけた。
鋭い眼光が、俺の眼を射抜く。
「えぅ、いや、無茶言わないでくれよ」
せっかく全力で駆けつけた直後、こんな言葉を投げかけられるとは想像もしていなかった。
セリオンは照れ隠しでも何でもなく本心でそう思っているようで、眉間に皺を寄せ、かなり苛立った様子だった。感謝されるとは思っていなかったが、これは酷い。
あまりにも酷い仕打ちに、ガックリとしつつも、冷静に頭を切り替える。
「まぁいい。セリオン、お前はクレアのところに戻ってくれ」
クレアが誘拐される事態は全体に避けなくてはならない。
冷酷なことを言えば、帝都のに住まう民に命より、クレア一人の価値の方が高い。クレアには大陸を滅ぼす力が秘められているのだから。クレアをうば割れるわけにはいかない。
「分かった」
セリオンは俺の言葉に直様、そう返事を返す。待っていましたと言わんばかりの速度の返答。
そう言うとセリオンは躊躇いなく俺を置いてクレアの元まで去っていった。軽やかな足取りで颯爽と城まで引き返すセリオンをテラとムラサキノは視線で追いかける。ムラサキは、この状況で支援職一人置いていくセリオンの迷いなき判断にドン引きし、顔を引き攣らせていた。
「それで? 白魔導師がたった一人で、それも私を攻撃できないという制約下で、どう戦うおつもりで?」
「それは」
何かが轟音を立てながら、猛進してくる音が聞こえた。
地面を抉り、屋根から屋根へと華麗に飛び、素早く力強い歩みで迫るのが、何者かは目視で確認するまでもなかった。こんな真似をする人物を俺は一人しか知らない。
大きく息を吸い、告げる。
「ガオン、俺を守れ!」
俺の言葉に、急接近するガオンは足を止めた。
勢いよく踏ん張った結果、屋根は大きく凹み、ひび割れている。
「は? どういう……」
突如の俺の指示に、あのガオンが珍しく困惑を露わにいていた。指示を理解せんと、足を止めてまで思考を巡らせるガオンに、俺は再度声を荒げる。
「いいから、何も考えずに俺を守れ!」
ガオンは何かを考えようとし、即座にそれを止めた。
あまりにも必死にそう訴えかける俺の様を見て、ガオンは考えようとすることさえやめた。
俺に信頼を置いてくれているからこその、判断。
ただ、ロイドを守ることだけを目標に設定し、それ以外の考慮を止める。
「おう、りょーかいだぜ!」
俺を攻撃しようとするムラサキに標的を定め、蹴りをかます。
刀で守りつつも、大きく吹っ飛ばされたムラサキを、ガオンは家屋の屋根を伝いながら追いかける。
俺とテラを置き去りにして。
ガオンの拳が紫の眼前に迫る……その時だ。
ガオンはその耳を立たせ、大きく後ろへと飛んだ。しばらく前までガオンの頭があった位置を矢が通過する。
視線を向けると、かなり遠くに弓を構える小柄な女がいた。その薄茶の髪に狐のような耳の獣人はガオンと目が合うと、直様その身を隠した。
「余所見厳禁だぞ」
紫色のポニテールを靡かせ、ガオンに接近する。
納刀する刀の柄に手を添え、次の瞬間。
空を斬る音だけが耳に届く。あまりにも素早く、常人どころか手練でさえ視認できない神速の抜刀を、ガオンは首を傾け寸前で避けた。
「危ねっ……」
ガオンでさえ、冷や汗を掻くレベルの抜刀を繰り出したムラサキも、信じられないと言いたげに、驚きの表情をしていた。
「あの体勢から避けるとは……」
「殺すきか!」
「この程度で死ぬやつじゃないでしょう?」
この程度では死なないだろうと信頼の眼差しで、ガオンを見上げる。
ムラサキは安堵していた。どういうわけかは不明だが、テラを守るよう勝手に体が動いてしまう。それだけが確かなことで、ムラサキ以外も自分がテラを守らんと動いていることだけは理解できていた。
そのためなら、殺しさえ厭わない。
そんな中、ガオンとぶつかれたことは幸いだった。彼女であれば、うっかり殺してしまう心配はないのだから。
「勝手な……」
ガオンはその思いをうっすらと察し、少しばかし苛立っていた。ムラサキも、さっきの弓使いも、自分らが本気で挑んでも問題ないと思い、攻撃を仕掛けてくる。一方でガオンは、彼女らに気を遣いながら戦わねばならない。
だからこそ、安堵の表情にイラッとせずにはいられない。
ムラサキが全力を持って繰り出す攻撃を、屋根から屋根へと飛び移りながら、華麗なステップで回避し続ける。そんな中、ある違和感に気がついた。
「それで全力か?」
「現状出せる、という意味では。ここにくる前、無駄に大技を連発しておいたから、魔法はろくに使えない」
帝国軍のテラが結んだ契約の効力は全力でテラを守ること。
だから、ムラサキはガオンと当たるまでに、なるべく体力、魔力を浪費し、出せる力を削るよう行動していた。
尤も、全力で無かろうと、並大抵のやつなら容易に倒してしまうと、諦めてはいたりする。
だから、
「相手があなたでよかった」
「そりゃどうも」
ガオンにより蹴り上げた刀身が、飛来していた矢と衝突し、火花を散らす。
「優れた弓使いだからこそ、軌道は読みやすいな」
「あぁ、だが弓将はただ弓の腕が長けているだけじゃない。彼女は、矢の軌道を魔法でコントロールできる」
「何?」
真っ当な狙撃は通じないと弓将も理解し、矢に魔法をかけて放った。
魔法のかけられた矢は一度、建物の影……ガオンの死角へと入り、建物の周囲をぐるっと回ったのち、ガオンの背後を狙うよう飛来してきた。
「っち、しゃーねな!」
自身の足元の屋根の一部を、常人離れしたその脚力で抉りながら蹴り上げ、矢にぶつける事で、飛来する矢を相殺する。家屋の家主だろうか。凄まじい破壊音に恐怖し、恐怖の叫び声を上げているが、そんな様子などお構いなしに、戦闘は続く。
「できる範囲で力をセーブしているとは言え、五隊長二人を相手にできるなんて、本当に何者?」
帝都の最高戦力、五隊長の中に弱い獣人は存在しない。
その中でも優劣こそあれど、個々人がSランク冒険者のパーティー並みの腕を誇っている。
「驚いていますが、なるほど。納得もできました。あなたが何者かは存じ上げますが、実力は相当なもの……だから、テラは帝国軍という切り札まで切ってみせた。否、切らざるを得なかった」
テラにとっても、帝国軍を支配下に置いていたのは、この事態を想定してではなかったはずだと、ムラサキは推測しており、それは正しかった。ロイドたちが追い込まれている状況も、言い換えればテラのいつかのための「奥の手」を使わせたということで、その時点でテラの大きな計画を打ち砕いている。
それどころか、テラは帝都脱出さえ危うい状況だった。
「なぁ、ムラサキだっけか? 一つ聞きたい」
「なんでしょう?」
ガオンが首をゴキゴキと回し、黄金の瞳でムラサキを射抜いた。その瞬間、獅子に睨まれたかのような威圧感がムラサキのその身を押しつぶさんと襲いかかった。
「あんたら倒しても問題ないか?」
目の前のそれは、本当に自分と同じ獣人なのか。
だが、そこで引き下げるような腑抜けは五隊長にはいない。
何より、五隊長一気象が荒く、負けず嫌いなムラサキは、尚更ここで引き下がるような獣人ではなかった。それこそ、魔力がほぼ枯渇していることを、悔やみ始めているほどに。
「やれるものなら」
◇
帝都の一角で、紫の稲妻が光り輝いた。
それを五隊長の一角……魔将クラウディアは横目に眺める。
「全く、奴は何をやっておるんだ。わしらの勤めは、可能な限りこの契約に抗いつつ、この者どもを逃すことだろうに」
魔将はそういうと、蓄えた白い髭を撫でた。
本来であればとっくに軍を抜けているような年齢。しかし、老人とは思えないほどの雰囲気を醸し出し、遠くを見つめていた。
かつて、あの大賢者と並ぶ魔法の使い手だったとか、そうじゃなかったとか、何度も負け越しているとかいないとか……しかし、だからといって印象が悪いという訳ではなく、むしろあの大賢者と争えるほどの力量を持つ魔術師として帝国どころか、大陸中でその実力を認められた獣人である。
「おい、あーしを無視してんじゃねぇぞ!」
数分前のことだ。
クラウディアは部下の報告で、不運にもセリオンとテラの対峙を知ってしまった。そうなるや否や、まるで体がジャックされたかのように動き出した。ある程度の自由意志はあるが、テラを守るという目標はどれだけ頑張っても頭から追い出すことができなかった。そして、その目標を推敲するために、体は勝手に動いてしまう。それも自然に、まるでそうするのが当たり前であるかのように。
頭では間違っていると、確かに辞任できているのに、だ。
その結果、クラウディアは浮遊の魔法で飛翔しながら、テラの元に駆けつけんと急いだ。
そしてその道中、アイラと遭遇し、行手を阻まれてしまっていた。
アイラは拳に炎を纏わせ、妙に好戦的に拳を振るってくる。
「うーむ……というか、こやつもなんなんじゃ? こっちはやり合うつもりなんてないというとるのに」
相対するアイラはというと、自身を適当にあしらう魔将のその態度に腹を立てていた。
「逃げてんじゃねぇぞ! それでも五隊長か!」
浮遊する魔将を見上げなあら、大声で挑発を繰り返すが、地上でジタバタする様はむしろ可愛らしくさえ思えるものだった。
地団駄を踏み、大きな身振りで叫んでいるが、魔将としては素直に降りるだけの理由がない。
「あーもういい! 全力で攻撃するから。怪我しても知らないからな!」
アイラが拳を引いて数秒後、その指に嵌められた真紅の宝石が輝き出した。拳に紅い魔法陣が展開されたかと思うと、かつてないほど勢いで、メラメラと拳が燃え上がった。
アイラが空の魔将目掛け、拳を振るうと、そこから魔将の全身を飲み込むほど巨大な火柱が勢いよく、帝都の空を突き抜けるほどの勢いで上がった。
それを見た帝都の民のみならず、帝国軍の兵士でさえ、足踏みするほどの光景。
雲を、そして天を貫く真っ赤な火柱。
遠目に見る分には幻想的にさえ感じるその火柱は、直撃すれば常人なら骨だけ残して燃え尽きるほどの火力を誇る。
しかし、この程度で殺せるような人物ではいことは、アイラも重々承知していた。
火柱の中から、半透明の正八面体に囲まれる魔将が姿を現す。
特に怪我をしている様子はなく、少しだけ驚いたような表情でアイラを見下していた。
「っち……もーちょい効果あると期待してたんだけど、ショックだわ」
見事防がれてしまったことに、そんな感想をこぼすアイラ。
「ほう、結構な火力に無詠唱……いや、無詠唱とは少し違うが…、まぁ良い。想像より、やりおるようだ」
テラが帝国軍という手を切った時点で、テラにとっての敵対勢力はそれ相応の奴らだろうと、クラウディア想定はしていた。
魔将クラウディアは、帝国軍の中でも屈指の古株。故に、テラという魔族の噂も、闇属性魔法にそういう魔法があるということもうっすらと知っていた。
どれも確固たる根拠がないため、そこまで意識していなかった。
それにクラウディアは普段から、激務に追われている。そんな中、テラの仕組んだ契約書に、そこまで警戒せずにサインしてしまっている。クラウディアさえ、まさかこれが現実に作用するとは想像もしていなかった。
「ミスったのぉ」
過去の後悔に耽りながら長い髭を触っていて、気がつく。先端がほんの少しだが焼けこげていることに。
「ふむ……」
守りは完璧だったはず。
しかし、そんな防御結界を超え、アイラの熱は届いていた。
「なるほどの」
過小評価だったことを認め、目の前の金髪の人間を一人の強者として認識し直す。
だからこそ、
「腕は結構だが、魔法のなんたるかをまるでわかっていないようだ。せっかくの機会……大陸一の魔法の使い手が、直々に魔法の真髄を享受してくれよう」
おっとりとしていたクラウディアの気配が急変する。一々それにビビるほど、アイラは弱くはないが、その気配を感じ取り、構える拳に力を込める。
大賢者マーリンが死んだことで、世間的に魔将は「大陸一の魔法の使い手」となり、魔将自身も初めは抵抗があったものの、今はこうして自ら名乗るようになっていた。
大陸一の魔法使いの自負が、その堂々たる振る舞いからも見透けている。
「……ったく、老兵が」
帝都から離れた山頂付近。酒瓶を片手に、帝都を見下すかのように岩の上で胡座を描く女の姿があった。
「若い奴をいじめちゃって。どうせ、大陸一の魔法の使い手が、魔法の真髄を教えてやるとか抜かしてるんだろうなぁ。あの程度の闇属性魔法にさえ抗えない技量の癖に」
魔将の言動を、遠くから見ていた何者かはそう呟いた。
混乱の渦中にある帝都を見てなお、女は余裕に溢れた顔で笑う。この一連の事態も、彼女の過去の経験に比べればなんて事はない。この程度の脅威では、危機と言うには少し足らない。
「さて、ピンチの弟子に、少しばかり手を貸すとするか」