軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ゼミの日

金曜日。大学。

比較文化論のゼミ発表の日が来た。

冬夜はゼミ室の前に立っていた。手には発表資料のUSBメモリ。

宮瀬が隣にいた。同じゼミだ。

「緊張してる?」

「していない」

「嘘。さっきから、資料を持つ手が震えてるよ」

「……気のせいだろ」

「大丈夫。久坂くんの発表、絶対いいと思う。──だって、全部本当のことだから」

ゼミ室に入った。教授と学生十二人。冬夜の番が来た。

プロジェクターに資料を映す。タイトル──

「VRMMOにおける自発的コミュニティ形成と現実社会の比較──BCOの事例研究」

「久坂くん、始めてくれ」教授が促した。

冬夜は話し始めた。

「BCO──ブレイブ・クロニクル・オンラインというVRMMOの中で、自発的なコミュニティが形成される過程を調査しました。対象は『旅人の集い』というプレイヤーコミュニティです」

これは冬夜自身の旅でもあるが、そこは感情移入しないよう切り分けて、淡々と話す。

「旅人の集いは、特定のリーダーが組織したものではありません。一人のプレイヤーの行動に共感した人たちが、自然に集まって形成されたコミュニティです。現実社会の自治組織と比較すると、いくつかの共通点と相違点があります──」

共通点、相違点、組織の構造、意思決定プロセス、リーダーシップの形態。

冬夜はデータだけでなく、自分の経験も交えて話した。

「このコミュニティの特徴は、構成員の大半が『戦闘力を持たない初心者』であることです。にもかかわらず、彼らはフィールドボス戦において環境整備という非戦闘的な方法で貢献しました。これは現実社会における市民参加型の防災活動と構造が類似しています」

密林のジャガーノート戦。旅人の集いが根を斬った日。

「さらに、このコミュニティは外部からの脅威に対して、排除ではなく制度的解決を選択しました。入場条件の変更と罰則の設定による共存の模索は、現実社会の紛争解決モデルと比較可能です」

ハルが提案した全職業開放+PKペナルティ。

そうして全てのデータと体験を話し、発表が終わった。

教授は、満足そうに手を叩いていた。

「久坂くん。これは──実体験に基づいているんだね」

「はい、自分自身が参与観察者です」

「素晴らしい。データの裏付けが生きているね。──ただ、一つ気になるのは、この『一人のプレイヤー』とは誰なんだい? コミュニティの核になった人物のことだが……」

「──自分のことです」

シンと、ゼミ室が静まり返った。

「旅人の集いの核になったプレイヤーは、自分自身です。二年間Lv1の旅人として歩き続け、その過程で自然にコミュニティが形成されました」

教授は……笑っていた。

決して嘲笑する笑みではない。それは心から感心するものを見たときの、歓喜の笑みだった。

「参与観察の極致だな……まさか、自分自身が研究対象とは。──評価はA。文句なしだ」

宮瀬が後ろの席で、小さくガッツポーズをした。

ゼミ室を出た後、宮瀬と並んで廊下を歩いた。

「A評価! おめでとう!」

「普通の評価だろ」

「普通じゃないよ。教授、すごく感心してたよ」

冬夜はスマホを確認した。早速、ハルからメッセージが来ている。

ハル:「トワさん!!! 北の楔、抜きました!!!!!」

冬夜は思わず足を止めた。

「どうしたの?」宮瀬が聞いた。

「……ハルが、北の楔を抜いた。俺なしで、だ」

「えっ、すごい! ハルちゃん一人で!?」

「一人じゃない、仲間を集めて、自分の判断で。俺はただ、任せただけだ」

「でも……久坂くん。嬉しそうだね」

「嬉しそうか?」

「うん。──お父さんの顔してるよ」

「父親ではない」

「んーん、お父さんの顔です」

「俺が父親だとして……母親は、いったい誰になるんだ?」

「そっ、それは……!」

宮瀬が両手で顔を覆った。耳の先まで真っ赤だ。冬夜は自分が何か致命的なことを言ったらしいことだけは理解したが、何が致命的だったのかわからなかった。

「……すまない、変なことを聞いたか?」

宮瀬はむーっと頬を膨らませて、早足で歩き出した。冬夜がその後を追う。

「宮瀬、怒っているのか?」

「怒ってない、恥ずかしいだけなの!」

「何か、恥ずかしいことを言ったのか……?」

「もう、久坂くんが先に振ったんでしょ!!」

「……何の話だ?」

冬夜の天然加減を前に、しばらく宮瀬は威嚇するように唸っていた。

なんだか心が落ち着かなかったので、その晩、宮瀬はセレスにこのことを話した。

……トワは、セレスからこってり叱られた。