軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【東の海へ】

南の楔を抜いてから三日。

ソルシア南部は劇的に回復していた。黒かった渓谷は緑の渓谷に変わり、NPCたちが活動を再開している。タマキの浄化薬はもう不要──楔を抜けば、封印の根源が消えてフィールドの自然治癒が始まるのだ。

次の楔は東。羅針盤が──海の方角を指していた。

「トワ。つぎ、うみ?」

「ああ。東の楔は海中にあるらしい」

「セレス、みず、にがて……」

でも、表の世界の海みたいに、ソルシアの海にも、ヌシがいるかもしれないぞ」

「ソルシアのヌシ……?」

「ソルシアは旅人の王国だった。海にも旅人がいたのなら、海の精霊獣がいてもおかしくない」

「いく! セレス、うみ、いきたい!」

ペレグリナに乗り、ソルシアの東海岸から出航した。タマキとゼクスも同行する。ハルには別の任務を頼んだ──北のエリアの偵察だ。

「師匠。北の偵察、わたし一人で大丈夫ですか?」

「偵察だけだ。楔には近づくな。危険だと思ったら即撤退しろ」

「はい! ──あ、師匠って呼んじゃった」

「もういい……好きに呼べ」

「えへへ……はいっ、師匠」

ソルシアの東海域。

表の世界の海とは違う色をしていた。深い藍色。海面に銀色の光が反射している。月光の海。

沖合で、セレスが水面に手をつけた。角が光る。表の世界で、ナミを呼んだ時と同じ方法だ。

「セレス。ソルシアの海のヌシを、呼べるか?」

「やってみる。──セレスはソルシアのしゅごせーれー。うみのせーれーとも、はなせるはず」

銀色の光が水中に広がっていく。

一分。二分。──五分が過ぎた。反応がない。

「だめ、なのかな……」

セレスが耳を垂れかけたその時──

水面の下から、巨大な影が浮かび上がってきた。ナミとは──違う。もっと長い。蛇のような、あるいは龍のような。

海面を割って現れたのは、銀色の海蛇だった。全長三十メートル。鱗が月光を反射して、体全体が銀色に輝いている。顔には──角がある。鹿の角ではない。珊瑚のような、枝分かれした綺麗な角。

【ソルシアの海蛇・ギンリュウ ── 裏世界固有のヌシ個体】

【友好度:0/50】

「わぁ……!」タマキが目を見開いた。

「流石に、でかいな」ゼクスも声に驚きがあった。

セレスが、海蛇の顔の前まで飛んでいった。

海蛇の巨大な瞳は、セレスをじっと見つめている。

「……ひさしぶり、ギンリュウ」

「セレス、お前この龍を知っているのか?」

「わすれてた。ずっと、もう……だけど、いま、おもいだした」

セレスは龍の顔をぺちぺちと叩きながら、

「ギンリュウは、セレスのこと、おぼえてる?」

海蛇が、深海に響くような重い声で鳴いた。

ナミの鳴き声とは違う。もっと深く、もっと重厚な響き。

「おぼえてる、って。よかった。──えっとね。ギンリュウは、セレスのともだち、むかしの」

「知り合いだったのか」

「うん。ソルシアがあったとき、ギンリュウとセレス、よくあそんだ。──ふういんされて、ねむってた。でも、いま、おきた」

封印の影響で眠っていた海の精霊獣が、ソルシアの復元と共に目覚めた。

セレスがギンリュウの鼻先を撫でた。海蛇が気持ちよさそうに目を細める。

【ギンリュウの友好度が上昇しました:0/50 → 15/50】

【セレスティアの仲介により、騎乗が可能になりました】

いきなり15。セレスの仲介で友好度が跳ね上がった。

「本当に知り合いのようだな。ナミの時は、友好度1からだったのに」

「ギンリュウは、セレスのともだちだから。とくべつ」

ギンリュウの背中に乗った。海蛇の鱗は滑らかで温かい。ナミの背中とは感触が違うが──乗り心地は悪くない。

「トワさん。この海域、瘴気の反応があります!」

タマキが海面を見つめている。海水の色が──一部、黒い。病んだ地形の海版だ。

「海中にも侵蝕があるのか……」

ゼクスがしげしげと観察していた。

「陸上なら浄化薬を振りまける。だが海中はどうする。薬が拡散してしまうだろう」

「それなんですけど──」

タマキがアイテムストレージから新しいポーションを取り出した。

小さな貝殻の瓶、その中に入った青い液体。

「マーサさんに教わった新しいレシピです。【海浄の真珠薬】。水中でも拡散しない、凝固型の浄化薬です」

「いつの間にそんなものを」

「南の楔を抜いた後、次は海だと思ったので……トワさんが海に行くって決める前から準備してました」

さしものトワも、これには感心して言葉が出なかった。

「えへへ……トワさんに褒められる前に、先に言います。わたし、頑張りました!」

「……ああ、頑張った。これは、胸を張るべきだろう」

「もっと、もっと、トワさんのお役に立ちたいですから」

「でも、頑張りすぎるなよ。もしも、倒れるようなことがあったら……」

「それは大丈夫です! わたし、こう見えてタフなので!」

二人が笑顔で見つめる中、ゼクスは「このバカップルめ……」と悪態をついた。

セレスも「バカップル」と呟いたが、二人には聞こえていなかった。

ギンリュウに乗って海中に潜った。

ソルシアの海底は──表の世界の珊瑚宮とはまた違った。

古代の海底都市。ソルシア王国は海にも領土を広げていたらしい。海底に白い石造りの建物が並んでいる。しかし、半分近くが黒く侵蝕されている。

タマキが【海浄の真珠薬】を海中に投入した。青い光が水中を広がっていって、侵蝕された建物が少しずつ白色に戻っていく。

「効いてます! 水中でも、浄化できます!」

浄化が進むと──海底都市のNPCが姿を現した。魚人型のNPC。ソルシアの海の民。

「おや……旅人か。久しぶりだ、陸の者が来るのは」

「東の楔を探している。この海域にあるはずだ」

「楔か。──あるよ、海溝の底に。だがあそこは……深い。ギンリュウでも潜りきれないかもしれない」

海溝の底。ギンリュウの潜行限界を超える深さ。

「でも、方法がないわけじゃない。──この都市には、昔、深海に潜るための道具があった。『深淵の泡沫』という。海の精霊が作った気泡だ。これに包まれれば、どんな深さでも呼吸できる」

「それは、どこにあるんだ?」

「この海底都市の神殿に安置されている。──だが神殿は、侵蝕が最もひどい場所だぞ」

神殿の浄化が必要。タマキの出番だ。

「わたしが行きます。神殿を浄化して、道具を取ってきます」

「一人では危険だ、俺も──」

「トワさんは海中だと動きが制限されます。わたしの方が身軽で適していると思います。──それに、神殿の浄化は薬師の仕事です」

冬夜はゴーサインを出すか迷った。でも、タマキの目は真剣で、トワから離さない。

「ゼクスさん、護衛をお願いできますか?」

「了解した。──お前の薬がなければ俺たちは何もできないからな」

「でも、あぶないよ。トワも、ついていったほうがいい?」

「確かにこいつは強いが、まだこれで終わりじゃない。もしかしたら、危険な敵が出るかもしれない……その時のことを考えると、トワの体力は残しておきたい」

「分かった、俺はここで待機している。……何が出るか分からないからな、異変があれば大声で呼べ」

「バカな、俺が助けを呼ぶわけがないだろ。――直ぐに終わらせてやる」

タマキとゼクスが神殿に向かった。トワとセレスはギンリュウの背中で待機する。

「トワ。タマキ、だいじょうぶかな」

「大丈夫だ、ゼクスがいる。それに──タマキは、もう強い」

「つよい? タマキ、てきたおせないよ?」

「戦闘力だけが強さじゃないさ。お前だって、戦闘力はないが強いだろ?」

「セレス、つよい?」

「ああ、世界で一番強い」

「えへへ……」

セレスがギンリュウの背中の上で、ぽわっと光った。ギンリュウが低い声で鳴いた。セレスの光に反応しているようだ。

三十分後──タマキとゼクスが戻ってきた。タマキの手に、虹色に輝く泡が浮かんでいる。

「取ってきました! 【深淵の泡沫】! ──神殿、結構大変でした。闇に侵蝕されたNPCが三体いて、ゼクスさんが全部倒してくれて、わたしが浄化して……」

「タマキは見事だった。俺が影で動きを止めている間に、浄化薬を使ってくれた」

「二人ともナイスだ。それじゃあ行くぞ、海溝の底へ」

ゼクスは多少のダメージを負っていたが、タマキが回復して戦える状態になった。

そうして【深淵の泡沫】を全員に使用。虹色の気泡が四人を包む。

ギンリュウが深く、深く潜っていく。光が届かなくなる。

しかし、海溝の底に──白い光が見えた。

封印の楔。海の底に突き刺さった光の柱。

そして──番人。

【封印の守護者・光の海騎士 Lv97 HP:650,000】

海中の聖騎士。水の中を自在に泳ぎ、光の槍を操る。

「また聖騎士か」ゼクスが短剣を抜いた。

「しかし、今度は海中だ。地上とは動きが変わるぞ──セレス」

「うん、へんしーん──!」

セレスが巨大な鹿に変わった。海中で……鹿。

異様な光景だが、深淵の泡沫のおかげで水中でも問題なく動ける。

覚醒セレスが流暢に言った。

「【銀月の揺り籠】、展開。──ゼクスの影を守る、トワは影銀形態で頼んだ」

トワが【果ての道標】を握り直した。

「──行くぞ、レヴナント。また新しい旅だ!」

刃が変色する。白銀から暗い銀へ。影銀形態。

海の底で、光と影の戦いが始まった。