軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《孵化》

五つ目の『脈動核』は、脈道の最深部にあった。

カガリの池を通り過ぎた、さらに下。根がもう木の根ではなく、鉱物のように硬くなっている場所。

温度が高い、空気が重い。根脈の光が白に近い金色になっている。世界の一番下に近づいている感覚。

「ここまで深いのは、初めてだな」

「根脈原液の濃度が、カガリさんの池の倍あります」タマキが壁面を触りながら言った。「もうほとんど固体に近い……根脈が凝固し始めてる」

セレスが繭を抱えている。繭の表面がずっと脈打っている。中から何かが叩いている。

こつん、こつん。

カガリの池で反応して以来、ずっと止まっていない。

「このこ、はやくだしてって、いってる」

「もう少しだけ待ってもらえ」

「いそいでる。せかいのねが、よんでるって」

五つ目の交差点に着いた。五本の根脈が交わる最大の結節点。『脈動核』が中央に浮かんでいる。人の胴体くらいの大きさ。白金色に光っている。今までのどの脈動核とも桁が違う。

手を当てた。歩行エネルギーを注ぎ込む。

【原初の歩法:ATK+78 / DEF+78 → ATK+12 / DEF+12】

【脈動核が活性化しました! 心臓3-6の接続が確立しました】

【——全ての脈動核が活性化しました——】

【六つの柱の心臓が完全に接続されました】

【七本目の柱の心臓にエネルギーを送る準備が整いました】

世界の根が——震え出した。

今までの振動とは違う。脈動が速くなっている。どくん、どくん、どくんどくんどくんどくん。心臓が走り始めたみたいに。六つの心臓が同期して、世界の根全体が一つの鼓動になった。

そしてセレスの腕の中で——繭が割れた。

「あっ——」

光が溢れた。

金色でも銀色でもない、虹色だった。七色の光が繭の殻の隙間から放射状に広がっていく。

殻がぱらぱらと落ちていく。中から——小さな生き物が現れた。

セレスと同じくらいの大きさ。手のひらサイズで、全体的にころころ丸い。

木の実みたいな身体。薄い茶色の肌に、葉脈のような緑の模様がある。頭が大きくて、目がまんまる。琥珀色の大きな目。ちいさな手足がちょこんとついている。頭のてっぺんから、双葉みたいな小さな芽が二枚ぴょこんと生えていて、ぴこぴこ動いている。

根の精霊。世界の根から生まれた、第三の精霊。セレスが妖精鹿で、ルーナが影の妖精なら、こいつは根の妖精だ。

【「根の精霊」が誕生しました!】

【この存在にはまだ名前がありません】

【命名者を待っています】

「生まれた……」

セレスが目を輝かせていた。

「うまれた! セレスのこども!」

「いや、だから子供じゃ……」

「だめ、こども!」

「なら……子供でいい」

根の精霊がセレスの顔を見ている。生まれて最初に見たのがセレスだ。セレスの角にすり寄った。

「かわいい……」タマキが声を漏らした。

「名前をつけないといけないな」

「トワさんがつけますか」

「いや……セレス。お前がつけろ」

「セレスが?」

「お前が繭を温めて、ここまで育てた。名前をつけるのは、セレスだ」

セレスが根の精霊を見た。

木の実みたいなころころの身体。琥珀色のまんまるな目。頭の双葉がぴこぴこ。

「この子は……ねっこからうまれた。せかいのね、だから。ねっこは、せかいをささえてる。したからささえてる。だれも、みえないところで」

セレスが入力した。

【メブキ】

【命名が完了しました!】

【世界の根の精霊「メブキ」が全プレイヤーに公開されます】

【命名者:セレス】

【性質が確定しました:根脈のエネルギーを自在に操る精霊。世界の根と原初の世界を繋ぐ通路を開く力を持ちます】

命名者——セレス。精霊が精霊に名前をつけた。BCOで初めての出来事だろう。

「めぶき」

セレスが名前を呼ぶと、メブキの目がぱっと光った。

頭の双葉がぶわっと大きく開いて、双葉から金色の光の蔦が伸びていく。

そしてその蔦が、【世界の根】の天井に向かっていった。

メブキの蔦が天井の根に触れた瞬間、異変が起きた。

天井の根が——開いていく。

硬く編み込まれていた天井の根が、花を開くようにほどけていく。

一層目の根が開いた、二層目が開いた、三層目が開いた。

光が……差し込んできた。

根の回廊に入ってからずっと暗かったから、目が慣れていない。

でも、目が慣れてきて——徐々に見えた。

「…………」

タマキが息を呑んだ。レクトが釣り竿を落とした。グランが立ち止まった。セレスが角を震わせた。

――根の天蓋。

七本の柱の根が上空で交差して作る、巨大なドーム。その天井が透明な根の膜で覆われていて、その向こうに——原初の世界の虹色の空が透けて見えている。

地下なのに、空が見える。

光が降り注いでいる。虹色の光が根の膜を通過して、七色に分光して降ってくる。まるで雨みたいな、光の雨だ。

トワは足元を見た。根の床に花が咲いていた。陽華に似た金色の花。根の隙間から一面に咲いている。地下なのに花が咲いている。

壁面の根にも、花が咲いていた。星の根と同じ蓄光性の蔦だ、光を吸って輝いている。

空間の中央には池がある。

カガリの池とは違う、透明な水。鏡の湖の地下版――水面に虹色の天蓋が映っている。

空気が澄んでいる。根の回廊の湿った重い空気とは全然違う、花の匂いがする。

【新エリア「根の天蓋」に到達しました!】

【根の天蓋は、世界の根の最上層です。七本の柱の根が交差する、世界の中心に位置します】

【このエリアでは、全スキルが正常に機能します。見聞録のノイズも消失します】

「見聞録が——正常に戻った」

ノイズが消えている。センサー五種が全部動いている。世界の根に入ってからずっと不安定だったのが、嘘みたいにクリアになった。

「六つの心臓が全部繋がって、根脈が安定したからですかね」タマキが画面を見ていた。

「メブキが天井を開いたことで、原初の世界のエネルギーが下まで届くようになったんだろう」

メブキがセレスの周りをくるくる回っている。根の触手をひらひらさせて、嬉しそうだ。

「めぶき、すごいね。てんじょー、あけちゃった」

メブキがくるくる。

「セレスのこども、すごい」

メブキがくるくるくる。褒められて嬉しいらしい。根の精霊は感情表現がくるくるみたいだ。

「セレス。メブキはまだ赤ん坊みたいだが、大丈夫なのか」

「だいじょーぶ。セレスがそだてる。おかあさんだから」

「お前が母親をやるのか……?」

「やる。セレスはせんぱい。ルーナもせんぱい。めぶきはこうはい」

「先輩後輩制なのか、精霊は」

「うん。とーぜん」

当然らしい。精霊の社会構造が縦社会だとは思わなかった。

根の天蓋を歩いた。花畑の中を、光の雨を浴びながら。

全員が言葉を失っていた。きれいすぎて、言葉が出ない。根ばかりの暗い迷路を何日も歩いて、その果てに——こんな場所がある。

池のほとりまで来た。水面に虹色の空が映っている。透明な水で、底が見える。

「この場所は……世界の中心だ」

グランが言った。

「知ってるのか?」

「いいや、知らない。来たことがない場所だが——ここがそうだとわかる。七本の柱が全部ここで繋がっている。世界の上と下が重なっている。原初の世界の空が、世界の根の底から見える。ここが、全ての真ん中だ」

池の向こう側に、通路が見えた。花に覆われた通路、その先に——結晶がある。

灰色の結晶……七本目の柱の心臓。

止まった心臓。あの先に、一人目の旅人がいる。

「見えますね。七本目の心臓」

「ああ。見える」

「準備が整ったってことですね。……ようやく、ここまで来ました」

でも、まだ行かない。ここを拠点にして、仲間を呼んで、準備を整えよう。

今のトワには、仲間を頼る強さがある。

「まずは、ヒトミに連絡しよう。根の天蓋が開いたことを。それと——地上のレクトたちにも」

「仲間を集めるんですね」

「グランの忠告だ。一人で行くな、と」

「とっくの昔に、一人じゃないですよ。わたしもいますから」

「ああ……そうだな。俺たちは、一人じゃない」

メブキがセレスの腕の中でくるくるしていた。セレスが角で芽吹を温めていた。ルーナが、影の中から二人を見守っていた。渡空魚が花畑の上をぱたぱた泳いでいた。

世界の中心に、花が咲いている。

あとは——仲間を呼んで、七本目の心臓を動かすだけだ。