軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《釣人の嗅覚》

脈道の探索五日目。

四つ目の『脈動核』をどこから探すかが問題だった。一つ目と二つ目は、広場から近い場所にあった。三つ目は深いところにあった。四つ目と五つ目は、まだ足を踏み入れていない脈道のどこかにある。

「ヒトミ。脈道の全体構造について、何かわからないか」

「わからない。だが、推測はできる」

「聞かせてくれ」

「六つの心臓を全て繋ぐには、最低でも五つの結節点が必要だ。三つは活性化した。残りの二つは、おそらく一番遠い心臓同士を繋ぐ位置にある」

「一番遠い、心臓同士……」

「一本目と七本目。そして三本目と六本目。この二組は広場を挟んで正反対の位置にある。繋ぐ脈道は、長い。深い場所を通っているはずだ」

「深い場所か」

「わたしたちも行ったことがない深さだ。気をつけろ」

根守すら行ったことがない深さ。世界の根の中にさらに深い場所がある。

迷わないようレクトの糸を引きながら、脈道に入った。

しかし、今回はレクトも来た。

「俺も行っていいですか。根釣りで、何か役に立てるかもしれません」

「来てくれ。お前のドロップ率は、ここでは最強だ」

「最強って言われると照れますけど……釣り竿担いで迷路に潜るの、人生で初めてですよ」

七人で脈道を進んだ。トワが先頭。足の裏で根脈を読む。グランが裸足で隠し分岐を探す。レクトが後方で釣り糸を張る。タマキが根脈原液を採取しながら歩く。セレスが肩の上で繭を抱えている。

セレスの繭はまた少し大きくなっていた。セレスは自分より大い繭を抱えて肩に乗っているので、トワは肩がやたらと重く感じる。

「セレス。繭、また重くなってないか」

「おもくなった。でもだいじ、セレスのこども」

「いや……子供ではないと思うんだが……」

「こども」

「なら、まあ……子供でいい」

「えへへ」

三十分歩いた。脈道がどんどん深くなっていく。坂道が続き、温度が上がっている。根脈の光が濃くなっている。

「深いですね。今まで来た脈道とは段違いです」

タマキが壁面を見ていた。

「根脈原液の濃度が三倍くらいある……深い場所ほど濃いのですね」

「心臓の根元に近いからだろう」

レクトが釣り竿を構えた。

「ちょっと待ってください。ここ、すごい手応えがある」

「何が釣れそうなんだ?」

「素材じゃありません……奇妙な手応えです。前に脈道の入口を見つけた時と同じ感覚。この壁の向こうに、何かあるかも……」

レクトが釣り糸を壁面の根の隙間に通した。糸がするすると入っていく。

一メートル、二メートル、三メートル……止まらない。

「糸が入っていきますね。向こう側に広い空間がある……?」

「グラン、開けるか」

グランが壁面に手を触れた。根がゆっくりほどけていく。

――すると、穴が開いた。

その向こうに通路ではない、広い空間があった。

天井が高い。脈動の広場と同じくらいの広さ。

だが、雰囲気が全然違う。根脈の光が赤い。温度が高い。そして——水がある。

部屋の中央に、池があった。根脈のエネルギーが液体になって溜まっている。金色と赤が混ざった光る水。池のほとりに結晶が生えている。脈動石より大きな結晶。人の背丈ほどの柱のような結晶が、池を囲むように七本立っている。

「何だ、ここは……」

「すごい……見たことない空間です」

タマキが池に近づいた。硝子蛙が鞄から飛び出した。池の方に向かって跳ねている。けろけろけろけろ。尋常じゃない興奮度だ。

「蛙さんが暴走してますね」

「品質が振り切れてるんだろう。この池の液体、根脈原液どころじゃない濃度だ」

池のほとりに——根守がいた。

広場の根守たちとは違った。一人だけ。座っている。他の根守が金色の目をしているのに対して、この根守の目は赤い。肌の根の模様も赤みを帯びている。

「お前は……根守か?」

赤い目がトワを見た。

「根守だ。わたしは、ここを守っている」

「つまり……ヒトミの仲間か」

「ヒトミのことは知っているが、会ったことはない。わたしは、ここから出たことがない」

「ここから、出たことがない?」

「生まれてからずっとここにいる。あの人がわたしをここに置いた。『この池を守れ』と言って」

「あの人……一人目の旅人か」

「そうだ。あの人がわたしに名前をくれた。わたしの名前は——」

赤い目が光った。

「カガリ」

「カガリ。……篝火のカガリか」

「そうだ。この池が光り続けるように見守れ、と。篝火のように」

カガリが立ち上がった。背が低い、ヒトミの半分くらい、子供のような体格だ。

だが、その目は古い……何千年もこの池を見続けてきたのだろう。

「お前たちが来るのは知っていた。根脈が震えたから。『脈動核』を活性化した振動が伝わってきた」

「四つ目の『脈動核』を探している。ここにあるか」

「ある。この池の底にある」

池を覗き込んだ。赤と金色の光る液体の底に、結晶が光っている。『脈動核』だ。他の三つより遥かに大きい。人の頭くらいある。

「でかい……今までで、一番大きいですね」

「一本目と七本目を繋ぐ結節点だ。一番重要な『脈動核』。活性化すれば、七本目の心臓にエネルギーを送る準備がほぼ整う」

「池の底か……潜らないといけないな」

「潜れるのか? この液体はエネルギーの塊だぞ。触れれば身体にエネルギーが流れ込む」

「危険なのか」

「危険ではない。だが——普通の人間なら耐えられない。エネルギーの密度が高すぎて、身体が受け止めきれない」

「トワさん、潜水用の『原初の息吹』がありますけど……この液体に効くかわからないです」

「水じゃないからな。エネルギーの液体だ」

「でも、根脈共鳴のボーナスがあれば耐えられるかもしません。トワさんの歩行距離ボーナスで、身体の耐性も上がってるはずです」

「理屈はあるな……やってみるか」

トワは星巡りの靴を脱いだ。

「グランを見習って、裸足で入る。足の裏で池の底を読んでみる。靴越しだと、エネルギーの流れがわかりにくいそうだからな。このエネルギーが多い場所なら、なおさら友好的だろう」

素足の旅人、グランが笑った。

「裸足で歩くか……いい判断だ」

「言っておくが、グランの真似じゃないぞ」

「真似でもいい。裸足の方が世界に近い。わたしがそうだったように」

トワは、池に足を入れた。

温かい……いや、熱い。でも火傷するような熱さじゃない。身体の内側からエネルギーが満ちていくような感覚。根脈のエネルギーが足の裏から身体に流れ込んでくる。

【根脈エネルギーの直接吸収:一時的に全ステータスが大幅上昇しています】

池の底に向かって歩いた。液体の中を歩く。膝まで、腰まで、胸まで、肩まで。

潜った。

池の底に『脈動核』がある。大きな結晶で、赤と金色に脈打っている。手を当てた。

歩行エネルギーを注ぎ込んだ。

だが今回は違った。池のエネルギーが一緒に流れ込んでいく。トワの歩行エネルギーだけじゃない……池に溜まっていた何千年分のエネルギーが、『脈動核』に流れ込んでいく。

【脈動核が活性化しました! 心臓1-7の接続が確立しました!

【一本目と七本目の柱の心臓が直接接続されました】

【原初の歩法のATK/DEFボーナスの消費はありません(池のエネルギーで代替されました)】

消費なし。池のエネルギーが代わりに使われた。

トワは池から上がった。びしょ濡れだが、エネルギーに満ちている。身体が軽い。

「消費なしで活性化できた。この池のエネルギーのおかげだ」

「カガリさんが守ってきた池、ですか」タマキが感心していた。「何千年も守り続けたエネルギーが、この瞬間のために溜まっていたんですね」

カガリが池を見ていた。液面が少し下がっていた。『脈動核』に使われた分だけ。

「池が……少し減ったな」

「すまない」

「謝らなくていい。これのために守ってきたんだ。使われるのが、わたしの仕事だ」

レクトが池のほとりで何かを拾い上げた。

「あの、トワさん。池の底から、これが浮いてきたんですけど」

根の欠片。金色と赤が混ざった結晶。池のエネルギーが固体化したもの。

【「根脈の結晶核」を入手しました】

【極めてレアな鍛造素材です。武器や防具の強化に使用できます】

「レア鍛造素材……! レクト、お前が拾ったのか」

「池から浮いてきたのが、ちょうど目の前に来ただけですよ。ドロップ率関係ないです、今回は」

「釣ってないのに釣れる男だな」

「釣人の嗅覚ってやつですかね」

「それはもう釣りじゃなくて拾いだろう」

「拾いも採取スキルの一部ですよ。……たぶん」

セレスが繭を抱えたまま池を覗き込んでいた。繭が池の光に反応して、表面がうっすら赤く光っている。

「あ。このこ、おきた」

「起きた?」

「うん。なかでうごいてる。いきのおとがする」

繭から微かに音がした。こつん。こつん。中から何かが叩いている。

「もうすぐ、うまれそう」

「脈動核を活性化したことで、エネルギーが繭にも流れたのか」

「あとひとつ。あとひとつ、かっせいかしたら、うまれるきがする」

セレスの勘は精霊の勘だ。たぶん正しい。

四つ目の脈動核が活性化した。残り一つ……繭がもうすぐ孵る。

カガリが池のほとりに座り直した。

「また守るさ、池がなくなるまで」

「ありがとう、カガリ」

「……礼を言われたのは初めてだ。あの人は礼を言わなかった。『守れ』とだけ言った」

「あの人は、不器用だったんだろう」

「そうかもしれない。……でもお前は礼を言ってくれた。嬉しいな」

カガリの赤い目が少しだけ細くなった。笑っているのかもしれない。根守の笑い方は、どいつもこいつも分かりにくい。