軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《脈道》

ヒトミに言われた通り、六つの心臓を繋ぐ脈道を探索することにした。

脈道というのは、心臓と心臓の間を走る根脈の本流のことだ。記憶の回路が心臓への通路なら、脈道は心臓同士を繋ぐ血管。広場からは見えない、根の奥深くに隠れている。

「脈道の入口はどこにある」

「わからない」

ヒトミが答えた。

「わからないのか?」

「わたしたちは心臓を守る存在だ。脈道は守る対象ではなかったから、入ったことがない。あるということは知っている。だが場所は知らない」

根守にもわからない場所がある。世界の根にはまだ未知の空間がある。

「探すしかないか」

「探せ。お前の得意分野だろう」

「得意かどうかはわからないが、嫌いじゃない」

「好きだろう」

「……まあ、好きだな」

ヒトミが四つの目を細めた。

「あの人と同じことを言うんだな、お前は」

脈道の入口を探すために、広場の周辺を歩き回った。

壁面の根を一つずつ触って、裏側に空間がないか調べていく。

見聞録のセンサーは世界の根では不安定だが、使えないわけではない。ノイズの合間に、振動センサーがたまに反応する。壁面の根の裏側に空洞がある場所を、地道に探す。

プレイヤーが増えていた。世界の根にアクセスできる条件を満たした者が続々と来ている。広場には五十人ほどがいて、それぞれが根脈共鳴のボーナスを確認したり、根守と話したり、根の樹液を採取したりしている。

レクトが広場の壁面で根釣りをしていた。もう常連だ。壁に向かって釣り竿を構えている姿は、初見のプレイヤーから見ると正気を疑う光景だが、レクトの周りには脈動石と記憶の結晶が山積みになっている。ドロップ率+423%の威力だ。

「レクト。脈道の入口を知らないか」

「脈道? 知りませんけど……あ、そういえば」

「何だ?」

「さっき釣り糸を深く入れたら、いつもと違う手応えがあったんですよ。素材じゃなくて、空間に引っかかった感じ。糸がずーっと奥に入っていって、止まらなかった」

「空間に引っかかった。……どこだ?」

「あっちの壁面。三本目の心臓への通路と四本目の通路の間あたりです」

レクトが指差した場所に行った。壁面の根が特に密集している箇所。見た目には何もない。

足の裏に集中した。振動を読む。根の密集した場所の奥に、確かに空間がある。空気が動いている。根の隙間から微かに風が漏れている。

「ここだ。根の裏に空間がある」

「でも、どうやって入るんですか??」

グランが来た

「ここに道がある……根が隠しているようだな」

「あんたには、わかるのか」

「わたしは場所を守ってきた旅人だからな。場所を守っている根が、何を隠しているかは——触ればわかる」

グランが根に触れると、根がゆっくりとほどけていった。扉のように開いていく。

根の向こうに、通路があった。他の六本の通路よりずっと狭い。人一人がやっと通れるくらい。だが、根脈の光が通路の奥まで伸びている。……生きている道だ。

「ほれ、《脈道》だ」

「流石だな、グラン。行こう、この先へ」

脈道に入った。

狭い。根が密集していて、身体を横にしないと進めない場所がある。天井が低い。這って進む場所もある。

セレスがトワの肩にしがみついていた。

「せまい。セレス、またつぶれる」

「前も潰れなかっただろう」

「きもちてきにつぶれた」

「気持ち的に頑張れ。前も言った」

「まえもいった。トワは、おなじことしかいわない」

「同じ状況だから同じことを言っている」

「じゃあちがうことがいい。はげましてほしい」

「……頑張れ、セレス」

「もっと」

「すごく頑張れ」

「もっと!」

「世界一頑張れ」

「えへへ……セレス、せかいいち、がんばる」

タマキが後ろで笑いを噛み殺していた。

脈道を進むと、根脈の光が変わった。金色一色だった光が、場所によって色が違う。

赤みがかった場所、青みがかった場所、緑がかった場所。

「色が違う……何でだ?」

「心臓ごとに、エネルギーの質が微妙に違うのかもしれません」タマキが壁面の根に触れた。「温度も違う。ここは少し温かい……さっきは冷たかった」

「どの心臓に近いかで色と温度が変わるのか」

「そうだと思います。脈道は心臓を繋いでいるから、心臓のエネルギーが混ざり合うポイントがあるはず」

十五分歩くと、脈道が広くなった。通路から部屋のような空間に出た。

根脈の交差点だった。

三本の根脈が交わっている。金色と赤と青の光が混ざり合って、白い光になっている。交差点の中央に、結晶が浮かんでいた。拳大の結晶。記憶の結晶とは違う。透明で、中に光の粒が回転している。

「何だ、これは……?」

【「脈動核」を発見しました!】

【脈動核は根脈の流れを制御する結節点です。活性化すると、接続された心臓間のエネルギー伝達が安定します】

【活性化条件:旅人の歩行エネルギーを注入してください】

「脈動核。これを活性化すると、心臓同士の繋がりが安定する、と」

「ヒトミさんが言っていた、六つの心臓との接続を強化する方法ってこれですね」

脈動核に手を当てた。足元に意識を集中した。原初の歩法で蓄積した歩行エネルギーが、手のひらから結晶に流れ込んでいく。

【原初の歩法のATK/DEFボーナスを消費して脈動核を活性化します】

【ATK+162 / DEF+162 → ATK+82 / DEF+82】

【脈動核が活性化しました! 心臓1-3-4の接続が安定しました】

「ボーナスが半分減った……歩いて貯めた分を注ぎ込むのか」

「でも、心臓の接続が安定しました。あと何個あるんでしょう」

「脈道は心臓を繋いでいるから……六つの心臓が全部繋がるには、少なくとも五つは交差点があるはずだ」

「五つ全部に歩行エネルギーを注ぐとなると、今のボーナスじゃ足りませんね。もっと歩かないと」

「歩けば貯まる。歩いてる間にまた増える」

「つまり、世界の根を歩き回って脈動核を探しながら、歩行ボーナスを貯めて、見つけたら注ぎ込む。歩くのが全ての解決策ですね」

「旅人らしいダンジョンだな」

脈道を通って、別の交差点を探した。

脈道は複雑に入り組んでいた。迷路のように根が絡み合っていて、方向感覚がなくなる。見聞録のセンサーも不安定。

足と肌で根脈の流れを読んで、エネルギーが流れている方向に歩く。……流れの上流に交差点がある。

「トワさん、次はどっちに曲がるんですか」

「左だ。根脈の流れが左に向かってる」

「足で、振動を読んでるんですよね」

「ああ」

「見聞録なしで迷路を歩いてるんですよ、今。普通のプレイヤーなら、迷って出られないと思います」

「レクトなら釣り糸を垂らして道を探るだろう。脈道の中でも、根釣りは使えるはずだ」

「釣り竿で迷路を攻略する釣人……それはそれですごいですね」

二十分歩いて、二つ目の交差点を見つけた。赤と青と緑の根脈が交わっている。脈動核が浮かんでいた。

手を当てた。歩行エネルギーを注ぎ込んだ。

【ATK+98 / DEF+98 → ATK+49 / DEF+49】

【脈動核が活性化しました! 心臓2-5-6の接続が安定しました】

ボーナスがまた半分になった。でも、歩き続ければ回復する。

「二つ目……あと三つ」

「今日はここまでにしましょうか。ボーナスが減りすぎると、帰り道で《根の歪み》に襲われた時に対処できません」

「そうだな……戻ろう」

脈道を戻った。来た道にトワの光の足跡が残っている。帰りは迷わない。

広場に戻ると、プレイヤーたちが騒いでいた。

「レクトさんがとんでもないもの釣ったぞ!」

レクトが壁面の前で釣り竿を握ったまま固まっていた。釣り糸の先に、何かぶら下がっている。

根の繭みたいなもの。根が球状に編まれている。中から微かに光が漏れている。

「これ……何ですかね。釣れたんですけど」

【「根の繭」を入手しました!】

【根の繭は極めてレアな素材です。中に未知の存在が眠っています】

【ドロップ率ボーナス+423%の恩恵により出現しました。通常のドロップ率では入手不可能です】

「通常のドロップ率では入手不可能……レクトのドロップ率じゃないと出ないアイテム」

「マジですか」レクトが繭を持ち上げた。「何が入ってるんだろう」

「未知の存在が眠っている、ってシステムメッセージに」

「未知の存在……孵化するのかな。卵みたいに」

タマキが繭を調べた。硝子蛙がけろけろ鳴いている。品質は……蛙の光り方からすると、今まで見たどの素材よりも高い。

「これ、孵化させるには特殊な条件が要りそうです。温度と環境と……たぶん、根脈のエネルギーが必要かもしれません」

「脈動核が全部活性化したら、根脈のエネルギーが安定する。その時に、孵化するのかもしれないな」

「じゃあ……脈動核をあと三つ活性化させるまでのお楽しみですね」

レクトが繭を大事そうに抱えた。釣り専が釣り上げた、釣り専にしか出せないレアアイテムだ。

「トワさん。俺……BCOで初めて『釣りやってて良かった』って心の底から思いましたよ」

「三年間、毎日釣ってた成果だ。誇っていい」

「誇ります。……あっ、これ、フォーラムに書いていいですか」

「好きにしろ」

セレスが繭をじーっと見ていた。角を近づけている。

「なかに、いきもの、いる」

「わかるのか」

「うん。ちいさい。でも、いきてる。ねてる」

「名前はあるか」

「ない。まだ、うまれてないから」

「名前がつけられるのは、そのあとだな」

「うん。たのしみ」

セレスが繭をぺたぺた触っていた。繭の中の何かが、セレスの角の光に反応して微かに動いた。

「あ、うごいた。セレスのこと、わかるのかな」

「精霊の力に反応してるのかもしれない」

「じゃあ、セレスがおかあさん?」

「母親ではないと思うが……」

「おかあさんがいい。セレス、おかあさんやりたい」

「……レクト。繭はセレスに預けてもらえるか」

「え、いいんですか? どうしたらいいか、ちょうど迷ってたんですけど……」

「レクトは、繭は特段いらないのか?」

「釣り専のプレイヤーって、釣ることが好きなので、釣った後は正直……って感じなんです。しかもこれ、魚ですらないし……釣果にもならないというか……」

「だったら、セレスに預けてくれないか。精霊の力で反応してる、何か起こるかもしれない」

「なら、是非お願いします! セレスちゃん、大事にしてくれる?」

「だいじにする。セレスのこども」

「子供って言い切ったな……」

繭をセレスが抱えた。手のひらサイズの精霊が、自分より大きな繭を抱えている。バランスがおかしい。でも角の光で繭が温かそうに光っていた。

世界の根の探索はまだ始まったばかりだ。脈動核があと三つ。根の繭の正体。脈道の全容。まだ知らないことだらけ。

歩くことは山ほどある。