軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《七本目の道》

七本目の通路の入口は、他の六つとは明らかに違っていた。

根が歪んでいる。六つの通路の根はきれいに編み込まれているが、七本目だけ根が捻じれて、ところどころ枯れている。金色の根脈の光が途切れ途切れで、暗い場所と明るい場所がまだらになっている。

「ここだけ様子が違いますね」

タマキが根に触れた。

「根が冷たい……他の通路は温かかったのに」

「七本目の柱の心臓が止まっているからだ」

ヒトミが通路の入口に立っていた。

「心臓が止まると、根にエネルギーが流れなくなる。根が枯れ始める」

「枯れたら、どうなるんだ」

「柱が倒れる。柱が倒れれば、その上に乗っている世界も倒れる。七本のうち一本が折れるだけで、三つの世界全てに影響が出る」

「あの人が力を吸い続けている限り、この柱は持たない、ということか」

「そうだ、だから急いだ方がいい。最近、この通路に異変が起きている」

「異変?」

「根が歪んだ場所から、おかしなものが出てくるようになった。名前のない存在だが、原初獣とは違う。根そのものが歪んで生まれた存在だ。……わたしたちでは対処できない」

根が歪んで生まれた存在。

根守は「見る」ために生まれた存在であって、戦う力はない。

「行ってくる」

「気をつけろ。あの通路の中では、見聞録のセンサーはほとんど使えない。一人目の力の源に近すぎる」

「わかっている」

通路に入った。トワ、タマキ、グラン、セレス、ルーナ。渡空魚は通路が狭すぎて入れないので、広場で待機。

入った瞬間、見聞録がノイズまみれになった。

センサー五種のうち三つが完全に死んでる。

残り二つもノイズまみれで使いものにならない。

「センサーがほぼ死んでる。自分の直感を信じて進むしかないな」

トワは足の裏に集中した。

根の脈動を読む――枯れた根と生きた根で振動のパターンが違う。枯れた根は硬い、生きた根は柔らかい。柔らかい方を踏んでいけば、道がある。

「トワさん、何も見えないんですけど、どっちに行けば」

「右、三歩先に分岐がある。左は枯れてるから、右に行こう」

「この暗闇の中で、見えてるんですか!?」

「見えてないが、足の裏で読んでる」

グランが裸足で歩いている。グランも足の裏で地面を読めるらしい。

「トワ。この先、空気が動いている。広い場所がある」

「俺も感じてる。二十メートル先くらいだ」

行き着くと、広い場所に出た。通路が開けて、ドーム状の空間になっている。七本目の柱の心臓があるはずの場所。

だが心臓の前に——何かがいた。

根の塊。

人の形をしていない。根が絡み合って、球体のような形を作っている。直径三メートル。枯れた根と生きた根が混在していて、ちぎれた根脈から金色の光が漏れている。

「あれが、ヒトミの言っていた異変か」

根の塊が——動いた。こちらを向いた。目がないから、向いた、という表現が正しいかわからない。

でも、こちらを認識しているのは間違いない。

トワは見聞録のセンサーでスキャンしようとしたが、ノイズだらけで何も読めない。

「センサーが使えない。……分析不可だ」

「姿固定薬は……形が変わるタイプじゃないから意味がないですね」

タマキが鞄を漁りながら言った。

トワも、どうしたものかと考え込んでいたその矢先――、

根の塊が、トワに向けて触手のように伸びきた。恐ろしく速い。

トワは横に跳んだ。根の触手が地面を砕いた。直撃すれば即死級の威力だろう。

すかさず【果ての道標】を剣に切り替えて斬った。根を一本断ち切ったが……すぐに新しい根が生えて再生してきた。

「切っても再生する……弱点がわからないと倒せないが、ここではセンサーが使えない」

「トワさん。あの力はどうですか」

あの力とは【片鱗】――《全てを見る力》のことだ。

【片鱗モード】は十秒しか持たないが、十秒あれば、弱点の位置を把握できる。

――トワはモードを切り替えた。

根の塊の内部が見える。絡み合った根の中心に、一つだけ色の違う根がある。他は枯れかけているのに、その一本だけが金色に光っている。――心臓の柱から直接伸びている根。本体はあそこだ。あの一本を断てば、他の根に再生する力が供給されなくなる。

位置は中心。地面から二メートルの高さ。根の塊の外殻を二層貫通した先。

構造は全部把握した。

視界に砂嵐が入り始めた。情報量が限界に近づいている。

通常のセンサーに戻した。もう弱点の位置はわかっている。

「中心に――金色の根が一本ある。地面から二メートル、外殻を二層抜いた先だ」

「二層抜く……トワさん、突破できますか」

「槍でいく」

【果ての道標】を槍に切り替えた。白銀形態の最大リーチ。

根の塊が触手を振り回している。

タマキが薬瓶を投げた――『写空の戦薬』ATK1.5倍。

「バフ、入りました!」

トワは走った。触手を二本躱して、根の塊の正面に入る。

突いた。

槍が外殻の一層目を貫通した。――硬いが、通った。

さらに押し込んだ。二層目はもっと硬い。根が槍を締めつけ、引き抜こうとしてくる。

だが、更に押し込むと――金色の根に届いた。槍の穂先が金色の根を断ち切った。

金色の根が切れたことで、エネルギーの供給が途絶える。

根の塊が崩れていく。枯れた根がぱらぱらと落ちていく。三メートルの球体が、ただの枯れ枝の山になった。

「倒した……」

「トワさん。【片鱗】の力、何秒使いましたか?」

「三秒だ」

「三秒で弱点の位置と構造を全部把握して、通常に戻してから突破したんですか」

「弱点がわかれば、あとは刺すだけだ」

「刺すだけって言いますけど、外殻二層を貫通する力がおかしいんですよ」

「写空の戦薬のおかげだ」

「ATK1.5倍で、どうにかなる外殻じゃなかったと思いますけど」

「原初の歩法のボーナスが乗ってる。世界の根に入ってから十五キロ以上歩いたから、ATKが+150以上だ」

「歩いただけで+150……ですか」

セレスが根の塊の残骸をつついていた。枯れた木の根で、つんつん。

「しんでる?」

「死んでる」

「かわいそう」

「こいつから襲ってきたんだぞ」

「でも、かわいそう。ねっこだもん。ねっこはわるくない。ねっこがくるしくて、あばれただけ」

「……万獣の時と同じか」

「おなじ。くるしいからあばれる。なまえがないからくるしい。……でも、このこは、もうしんじゃった」

セレスが残骸に手を当てた。角がぽわっと光った。枯れた根に、微かに月光が染み込んでいく。弔いのようだった。

「セレス。何してるんだ」

「おやすみ、っていった」

「……そうか」

タマキが残骸の中から何かを拾い上げた。

金色の根の断片……トワの槍で切られた根の欠片。

「この根の断片、素材になりそうです。金色の根脈のエネルギーが、まだ残ってます」

「持っていってくれ、タマキの調合に使えるかもしれない」

「はい。……あっ」

タマキの鞄の中で、硝子蛙が狂ったように光っていた。

「硝子蛙が、こんなに光るの初めて見ました。この素材、とんでもない品質ってことですよ」

「レクトに見せたら悔しがるだろうな。これは釣れない素材だ」

「ええ、根っこは釣れないですね」

根の塊を倒した先に、七本目の柱の心臓があった。

――止まっていた。

他の六つは金色に脈動していたが、七本目は色が褪せている。

そしてその向こうに——通路がまだ続いていた。心臓の裏側に、さらに奥へ続く道がある。

「あの先に……一人目の旅人がいる」

トワはグランの顔をみつめた。

「今から行くか?」

「いや……今日は、やめておこう」

「やめる?」

「心臓が止まっている。この心臓を何とかしないと、先に行っても一人目の旅人と話す余裕がない。崩壊が進んでいる柱の下で対話するのは危険だ」

「心臓を動かす方法はあるのか」

「わからない……ヒトミに聞いてみよう」

広場に戻ると、ヒトミが待っていた。

「根の歪みを倒したか」

「倒した。片鱗の力で弱点を見つけてな」

「三秒で、ですよ」と、タマキが付け加えた。

「三秒か。あの人なら一瞬で見えたが、三秒でも十分だ」

「それは褒めてるのか、けなしてるのか」

「褒めている。三秒あれば、世界を変えることは可能だからな」

トワは話を本筋に戻した。

「七本目の心臓が止まっている。動かす方法はあるか」

「あるが——代償がある」

「代償?」

「心臓を動かすには、根脈にエネルギーを注ぐ必要がある。わたしたち根守の力では足りない。旅人の力が要る。それも——二人の旅人の力が」

トワとグラン。三人目と二人目。

「二人で根脈にエネルギーを注げば、心臓が動くのか」

「動くが、注いだ分だけ二人の力が減る。一時的に弱くなる。その状態で一人目に会うことになる」

「弱くなった状態で、一人目と対話するのか」

「ああ。心臓を動かすか、動かさずに崩壊の中で対話するか。どちらかを選べ」

グランがトワを見た。

「トワ。どうする」

「心臓を動かす。崩壊の中で話しても、まともな対話にならない」

「同感だな」

「なら、すぐにでも動かしにいきたいところだが——」

「待て」ヒトミが遮った。「心臓を動かすには、二人の旅人の力だけでは足りない。世界の根全体の根脈を共鳴させる必要がある」

「根脈を……共鳴させる必要がある?」

「言っただろう、七本の柱の心臓は繋がっている。六つが動いている状態で、七本目にエネルギーを注いでも安定しない。六つの心臓との接続を強化してからでないと、注いだ力が漏れ出す」

「接続を強化するには?」

「世界の根を歩け。もっと歩け。根脈の流れを知り、六つの心臓の間にある脈道をたどって、根の全体を把握しろ。そうすれば、根脈の流れを安定させる方法がわかる」

「つまり、世界の根をもっと探索しろ、ということか」

「そういうことだ。この場所にはお前たちがまだ知らないものがたくさんある。急いで一人目に会いに行っても、準備不足で何もできない。……あの人のところに行くのは、この場所の全てを知ってからでも遅くはない」

グランは杖を突いて考え込んでいた。

「……ヒトミの意見は正しい。急いで失敗するよりかは、準備してから行く方がいいはずだ」

「もちろん、わたしはいつも正しい。四つ目で見ているから、二つ目の者より二倍正しい」

「おい……目の数で正しさが決まるのか?」

「ふふっ、冗談だ」

「根守も冗談を言うんだな」

「だてに光の届かない場所で引きこもっていないさ」

「なるほど、自虐ネタも扱えると」

ヒトミがにやりを口角を崩す。トワも思わず緊張が和らいだ。

「じゃあ、グラン。もう少しこの場所を歩いてもいいか?」

「もちろんだとも。あの旅人に会うのは、世界の根を知ってからでも遅くない」

セレスが二人の間からひょこっと顔を出した。

「でも、むりはきんもつ。きゅーけーも、だいじ」

「ありがとう、セレス。まだ疲れてはいないが、疲れたら休憩を入れる」

「つかれたら、セレスがこもりうた、うたってあげる」

「子守唄?」

「うん。おやすみのうた。はなのなまえをうたうの」

「花の名前を歌う子守唄か。……聞いてみたいな」

「じゃあ、うたう」

おもむろにセレスが歌い始めた。

写空花。陽華。守苔。星の根。原初の世界でトワたちが名前をつけたものの名前を、一つずつ歌っていく。メロディは即興でも、きれいだった。名前を歌にすると、きれいになるんだと初めて知った。

グランが目を閉じていた。

タマキも目を閉じていた。鞄の中で硝子蛙がけろけろ鳴いていたが、セレスの歌が始まると静かになった。蛙にも子守唄は効くらしい。

渡空魚は金色に光りながら、セレスの歌に合わせてゆらゆら泳いでいる。

名前の子守唄。

まだ先がある。世界の根には、まだ知らないものがたくさんある。

急がなくていい。歩けばいい。いつもそうだった。