軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《心臓を巡る》

根の寝床で目を覚ましたら、セレスがトワの顔の上で寝ていた。

角が鼻に刺さりそうだった。

「おい……起きろ。人の顔の上で寝るな」

「んにゅ……あと、ごふん」

「五分も待ったら、角が鼻に刺さるだろ」

「セレスのつの、やわらかいから、だいじょーぶ」

「柔らかくない。硬いぞ」

「むぅ~……」

セレスが渋々起き上がった。寝ぼけた目でトワの鼻を見ている。

「ほら、さされてない」

「刺さる前に起こしたからな」

「じゃあ、だいじょーぶだった」

「大丈夫じゃなかった場合の話をしている」

「セレスはしてない。ほら、だいじょーぶ」

ちなみに、タマキはもう起きていた。というか、寝たのかどうか怪しい。根の樹液を使った調合を夜通しやっていたらしく、瓶が六本も増えていた。

「おはようございます、トワさん。《根脈抽出》、試してみました。すごいですよ」

「ちゃんと寝たのか?」

「三時間くらいでしょうか。硝子蛙が品質チェックしてくれるから、効率がよくって」

硝子蛙が鞄の上でけろっと鳴いた。品質保証済み。

トワは、「あとごふん」とだだをこねるセレスを摘まんで、記憶の回廊に向かった。

記憶の回路。七本の通路の一本目に入った。

通路は、根でできている。壁面を金色の根脈が走っていて、奥に行くほど光が強くなる。

脈動が速くなる……心臓に近づいている。

歩きながら、足元に意識を向けた。原初の歩法が発動しているはずだ。

【原初の歩法:現在の歩行距離 482m → ATK+4.8 / DEF+4.8】

歩いた距離に比例して強くなっていく。数字は小さいが、これが積み重なる。世界の根を探索すればするほど、トワは強くなり続ける。

「トワさん、《原初の歩法》のステータス上昇、見えてますか」

「見えてるが、まだ微量だ」

「微量ですけど、上限なしって書いてありましたよね。つまり、世界の根を歩き尽くしたら——」

「相当な数字になるだろうな」

「旅路の極意の上位版……歩く旅人に最適化されたスキルですね」

十分ほど歩くと、通路が開けた。

【柱の心臓】。

部屋の中央に、金色の結晶が浮かんでいた。直径二メートルほどの球体。脈打っている。

どくん、どくん……根脈と同じリズム。部屋全体が金色の光に満ちていて、暖かい。

「これが……柱の心臓か」

「不気味なのに、きれいですね……」タマキが息を呑んだ。

ヒトミが言っていた。

心臓に触れると、世界が分かれた時の記憶が再生される。一本目は「表の世界から見た分離」。

心臓に手を触れた。

記憶が流れ込んできた。

空の上にいた。雲の上。世界を上から見下ろしている。表の世界の視点。

大地が一つだった。海があり、山があり、森があり、草原がある。一つの世界。原初の世界がそのまま広がっている。

二人の旅人が歩いている。小さく見える。上から見ると、二人の足跡が大地を描いている。道が網目のように広がっていく。

そして——一人が立ち止まった。

もう一人が先に歩いていく。暗い方へ、見えない場所へ。

立ち止まった方が追いかけようとした。だが——追いかけなかった。

その瞬間、大地に亀裂が入った。

二人の足跡が重なっていた場所から、裂け目が走った。大地が割れていく。一人が立っている場所が上に持ち上がり、もう一人が歩いていった場所が下に沈んでいく。

そうして世界が——三枚に分かれた。

上が表の世界。中間がソルシア。下が深淵。二人の旅人の足跡が重なっていた場所が裏世界になり、一人だけの足跡しかない場所が表と深淵に分かれた。

分離の瞬間を、空の上から見ていた。

手を離した。

「……見えたか」

「見えました。上から……世界が三枚に分かれるところを」

「二人が離れた瞬間に亀裂が走った。二人の足跡が重なっていた場所が、ソルシアになった」

「トワ」セレスが肩の上で角を光らせた。「ソルシアが、ふたりのあしあとのかさなりだった。だから、ソルシアには、ふたりのきおくがのこってたの」

「そうか……ソルシアで見た記憶の断片は、二人の足跡の残りだったのか」

一つ目の心臓の記憶。表の世界から見た分離。全体像がわかった。

あと五つ。隠された記憶が残っている。

二本目の通路に入った。

ここでシステム通知が流れた。トワ宛てではない。全体通知。

【世界の根へのアクセス条件を満たしたプレイヤーが増えています】

【現在のアクセス可能プレイヤー数:14名】

「他のプレイヤーも来始めるのか」

「封印解除と精霊の記憶覚醒はトワさんたちがやったから、条件は別のものですかね。命名数とか」

三十分もしないうちに、根の回廊から声が聞こえてきた。

「おーーい! トワさーーん! 来たぞーーー!」

レクトだった。〈白霧の進軍〉のメンバー五人を連れて。

「レクト。来れたのか」

「命名数が五以上のプレイヤーに条件が解放されたみたいです。タマキさんの写空の霊薬のおかげで命名できたメンバーが何人かいたので!」

レクトたちが脈動の広場に足を踏み入れた瞬間、全員にシステムメッセージが表示された。

【根脈共鳴が発動します】

ある旅人クラスのプレイヤーが、自分のボーナスを見て固まった。

「……総歩行距離、840km。移動速度プラス8%、回避率プラス4%」

「トワさんは?」レクトが聞いた。

「28,400km」

もちろん、全員の反応は沈黙だった。

「あの……桁が、違いすぎません?」

「三十倍以上の差があるな」

「三十倍……」

レクトが次の項目を見た。

「総戦闘回数……ああ、俺は釣り専だから戦闘回数が少ないな。87回って」

「トワさんは7,528,680回です」レクトの部下が代わりに言った。

「比較しないでくれ。心が折れる」

「でもレクトさん、総採取回数を見てください」

タマキが画面を指差した。

【レクト 総採取回数:42,300回 → ドロップ率+423%、素材品質+211%】

「四万二千回!?」レクトの部下が叫んだ。

「ドロップ率プラス423%って何ですか!? 素材品質プラス211%って!!」

「……釣りだな。毎日釣ってたから」レクトが照れくさそうに頭を掻いた。

「レクト。お前のドロップ率ボーナス、俺より遥かに高いぞ」

「え、トワさんよりも?」

「俺の採取回数は三千くらいだ。お前の十分の一もない」

「釣りしかしてないから……釣り以外のステータスが死んでるんですけどね……」

「世界の根では根の樹液とか脈動石とか採取できる素材が多い。お前のドロップ率なら、レア素材がぼろぼろ出るはずだ」

「釣り専が世界の根で輝く日が来るとは……」

レクトの部下の一人が、フォーラムに書き込んでいた。

「あの、トワさん……もう書き込んでいいですか」

「好きにしろ」

レクトたちが広場で根守と会話を始めている間に、トワとタマキは二本目の心臓を見に行った。

二本目の通路は一本目より長かった。二十分歩いた。原初の歩法のボーナスがじわじわ上がっていく。

【原初の歩法:累計歩行距離 3.2km → ATK+32 / DEF+32】

「世界の根に入ってからの歩行距離だけで、もうATKが32上がってますね」

「探索すればするほど強くなる。ここでは立ち止まることが一番の損失だ」

二本目の柱の心臓。ソルシアから見た分離の記憶。

手を触れた。

今度は地上の視点だった。裏世界ソルシアの地面に立っている。

世界が裂ける瞬間。足元の地面が二人の足跡の形に光っている。足跡が重なっている場所だけが残り、それ以外が上と下に分かれていく。

残された地面——ソルシアの大地が震えている。上に引っ張られる力と、下に引っ張られる力の間で。中間に取り残された世界。

そしてソルシアの大地に、二人の足跡の記憶が染み込んでいく。笑った場所。泣いた場所。一緒に寝た場所。全部が地面に残って、ソルシアの記憶になった。

ノクスが守ろうとした世界。二人の旅人の足跡でできた世界。

手を離した。

「ソルシアは、二人の記憶そのものだったのですね……」タマキが呟いた。

「二人が一緒に歩いた場所の集合体。だから記憶が濃かった。だからノクスはあの世界を守ろうとした」

「ノクスさんは知ってたんですかね。ソルシアが何でできているか」

「知っていただろう。知っていたから——命をかけて守った」

三本目以降はまた明日にしよう。今日はとりあえず、二つの記憶で十分だ。

広場に戻ると、レクトが根の壁面に向かって釣り竿を構えていた。

「レクト。何をしている」

「根釣りです。根の祝福で解放されたスキル。根の隙間に釣り糸を垂らすと、中に埋もれた素材が釣れるらしくて」

釣り竿がしなった。レクトが引き上げた。根の隙間から、金色の石が出てきた。

【 脈動石(レア) を入手しました!】

【ドロップ率ボーナス+423%の恩恵により、レア素材が出現しました】

「脈動石……! レアが一発で!」

「釣りで、鉱物が取れるのか……?」

「ドロップ率ボーナスのおかげかもしれませんね」

レクトが照れくさそうに二本目の釣り糸を垂らした。根の中から何が出てくるのか、釣り師の顔をして待っている。

「トワも、つり」

「セレス、俺は釣り専じゃないぞ」

「でも、なんかつれる」

「まあ……試しにやってみるか?」

「セレスが、つの、ひからせる。えもの、おびきよせる」

「流石に、鉱物は光に酔ってこないと思うぞ……」

試してみたら、意外と釣れた。セレスの光のおかげか、はたまた……。

セレスがえっへんと胸を張っている一方、トワはなぜ釣りで鉱物が釣れるのかと、終始微妙な顔をしていた。