軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎乗

残りの封印を探す必要がある。穴の封印はあと二つ。場所がわからない。原初の世界は広い。歩いて探すと何日もかかる。

「グラン。封印の場所に心当たりはないか」

「あるにはあるが——遠い。草原の北の端と、鏡の湖の底だ」

「北の端……万獣がいるあたりか」

「その向こうだ。歩くと半日はかかる」

半日。浸蝕度はないから時間制限はないが、効率が悪い。

セレスが肩の上から口を挟んだ。

「ばんじゅーにのればいい」

「万獣に?」

「のる。おっきいから、はやい」

万獣に騎乗するなんてことは、トワは考えたこともなかった。

「乗れるのか、あれに?」

「でも確かに、友好NPCですから、騎乗できるかもしれませんね」

タマキが言った。

「言われてみれば……友好度が出ていたのは、そういうことか」

「銀月の鹿だって、セレスちゃんの覚醒前は、騎乗可能の扱いでしたよね」

「あれは鹿だ、万獣は三十メートルだぞ」

「大きさの問題ですか?」

「大きさの問題だ」

「いいから、のる!」セレスがえっへんと主張した。「セレスはのりたい!」

「お前はいつも万獣の頭の上にいるだろう」

「それはすわってる。のるのとはちがう。ちゃんとのりたい」

座ってると乗ってるは、違う。

どこが違うのかはわからないが、セレスの中では違うらしい。

万獣のところに行った。

彼はまだ、花畑の近くにいた……横になって寝ている。

渡空魚が背中の上でぱたぱたしている。平和すぎるといっても過言でないフィールドボスだ。

「おい……万獣、起きろ」

金色の目が開くと、尻尾で地面を叩いた。どすん。どすん。

「実は、頼みがある。俺たちを乗せてほしいんだが……できるか?」

万獣が首を傾げた。

言葉は……理解しているのだろうか。

「北の端まで行きたい。俺たちの足じゃあ、半日かかるそうだ」

万獣が立ち上がると、地面が揺れた。周囲のプレイヤーたちが慌てて距離を取る。

万獣がトワの前にしゃがんだ。前脚を折って、背中を低くした。

乗れ、ということらしい。

【万獣が騎乗を許可しました!】

【万獣の背中に乗ることができます(最大搭乗人数:制限なし)】

「制限なしの騎乗ペットは……初めて見たな」

「三十メートルですから、何人でも乗れそうですね」

万獣の前脚を足場にして、背中に登った。銀色の毛並みがふかふかしている。座ると安定感がある。犬の背中というより、丘の上にいる感覚に近い。

タマキが登ってきた。グランは杖をついて、ゆっくり登ってきた。

「グランさんの足、万獣も好きみたいですね」

「昔から獣には好かれた。触れるのが得意だからな」

セレスが万獣の頭の上に陣取った。角を光らせて、前方を指差した。

「しゅっぱーつ!」

「……お前が号令を出すのか?」

「セレスがせんちょー!」

「船じゃないぞ」

「じゃあ、きちょー」

「飛行機でもないぞ」

「じゃあ、なに」

「……乗客だ。全員乗客だ」

「つまんない」

「……辛辣だな」

万獣が走り出した。

速い。

地面が吹っ飛んでいく。草原が一瞬で後ろに流れていく。この巨体が全力で走ると、風圧がすさまじい。タマキが鞄を押さえている。グランの白い髪が真横に流れている。

「はやい! はやい、はやい、はやい!」

セレスが頭の上でキャーキャー言っている。

渡空魚が必死についてきている。

ぱたぱたぱたぱた。全力のぱたぱた。何匹かは置いていかれている。

「お魚さんが、おいてかれてます……!」

「問題ない、帰りに拾う」

二分で花畑を抜けた。五分で白い草原を横切った。十分で——金色の草原の北端に着いた。

半日かかると言われた距離を、十分で走り抜けた。

目的地に着くと、万獣が止まった。慣性でトワとタマキが前にずり落ちそうになった。グランだけが、微動だにしていない。何千年前にも獣に乗っていたのかもしれない。

「着いたな……」

「十分……半日の距離を……ですか」タマキが毛並みにしがみついたまま言った。

「万獣、思っていたよりも速すぎる。いや……そのためのフィールドボスだったのかもな」

万獣が振り返って、尻尾を振った。

どすん。どすん。

褒められたと思ったらしい。

北の端は、草原が途切れる場所だった。

草がなくなって、岩場になる。

岩場の先には——崖だ。崖の下が深い谷になっている。でも谷の底に、光が見える。

「あの光が、封印か」

「ああ……谷の底に封印がある」グランが崖の端に立った。

「降りられるか」

「降りられる。だが——わたし一人では封印は解けない。お前が一緒に来てくれ」

「もちろん、行こう」

崖を降りた。タマキは万獣の背中で待機。セレスはトワの肩に。ルーナが影で足元を照らす。

谷の底で、岩の壁に光の紋様が走っていた。

穴の内壁と同じ紋様……封印だ。

ここにも穴がある。直径は小さくて、三メートルほど。

「ここも、二人で歩くのか」

「ああ。この穴の周りを」

穴の縁を並んで歩いた。

ここは岩場で草葉ないが、グランの裸足が岩を踏むと、岩が微かに震えた。

二つの足跡が重なる。光と振動。内壁の紋様が消えていく。

【精霊の記憶覚醒:5/7 → 6/7】

セレスが目を閉じた。

「ここのした……ふかいところに、おおきなひかりがある。あったかいひかり。ずっとまえから、ひかってる」

「一人目の旅人の光か?」

「わかんない。でも……あったかい。さみしいけど、あったかい」

寂しいけど温かい。精霊の泉の水と同じだ。冷たくて温かい。この世界のものは、いつも矛盾した感覚を持っている。名前がないから、一つの感覚に決まらない。

一周した。

【穴の封印が解除されました!】

【穴の封印:2/4 → 3/4 解除】

「あと一つ」

「鏡の湖の底だ」グランが言った。「最後の封印は——湖の底にある」

「湖の底……タマキの原初の息吹があれば潜れる」

「だが、最後の封印は、少し違う。わたしとお前だけでは、解けないかもしれない」

「違うとは、どういうことだ?」

「最後の封印は——三人分の足跡が要る」

「三人分。……一人目の旅人の足跡もいるのか」

「ああ。一人目の足跡は——見聞録の中にある。お前が数千時間かけて蓄積した見聞録のデータ。あれは一人目の旅人の足跡の残骸だ」

見聞録とは、一人目の旅人の力の断片だった……ということだろうか。

「つまり見聞録を使えば、一人目の足跡を再現できるということか」

「できるかどうかはわからない。だが——見聞録を持っている、お前にしかできない」

「俺にしか……」

「数千時間、一人目の力を使い続けた旅人は、お前だけだ」

谷の底から崖を登った。万獣の背中にタマキが座って待っていた。

硝子蛙が鞄の上でけろけろ鳴いている。

「どうでしたか?」

「封印一つ解けた。あと一つ。鏡の湖の底だ」

「湖の底……原初の息吹で潜れますね。在庫あります」

「ただし、最後の封印は三人分の足跡がいるらしい。グランと俺と——一人目の旅人の」

「一人目はいないのに、ですか?」

「見聞録で代用する。数千時間分のデータで、一人目の足跡を再現するそうだ」

「……できるんですか、そんなこと」

「やってみないとわからない」

「トワさんのいつものやつですね。やったらできた、のパターン」

「おい、まだやってないぞ」

「やったらできますよ。トワさんだから」

「それは褒められているのか、なんとも微妙だな……」

三人は万獣に乗って帰った。来た道を十分で戻る。花畑にプレイヤーたちがいたが、三十メートルの銀狼が走ってくるのを見て全員が逃げた。

「ちょっ——万獣が走ってきた!?」

「トワさんたちが乗ってるぞ——!」

「フィールドボスに騎乗してる!?」

「あれ、乗れるの!?」

「友好NPCだから、乗れるらしいぞ!」

「俺も乗りたい!」

万獣がしゃがんだ。トワたちが降りた。

プレイヤーたちが恐る恐る近づいてきた。

「あの、万獣さん……触っていいですか……」

万獣が尻尾を振った。どすん。許可の意味らしい。

プレイヤーたちが万獣の毛並みを触り始めた。「ふかふかだ」「でかい犬だ」「犬じゃないだろ」「でかい犬だよ」

セレスが万獣の頭の上で仁王立ちしていた。

「ばんじゅーは、セレスのおともだち。さわるなら、セレスのきょか、ひつよー」

「セレスちゃん、いつから万獣の管理人になったの」タマキが笑った。

「さいしょから。なまえをつけたのは、トワ。でもともだちになったのは、セレスがさき」

「友達は先着順なのか……?」

「せんちゃくじゅん。だいじ」

万獣がセレスを舌で舐めた。セレスが全身べろべろになった。

「ひゃわあああああ!」

「万獣、くしゃみはするなよ」

と行った矢先に、万獣がくしゃみした。

ぶわっ……セレスが吹き飛んだが、トワがキャッチした。

「だから、やめろと言ったのに」

「セレスはわるくない。ばんじゅーのはながむずむずしただけ」

「お前が頭の上にいるからむずむずするんだ」

「じゃあみみのなかに——」

「耳はだめだと前に言っただろう」

「けち」

「困ったらけちと言うな」

タマキが二人の微笑ましい光景を見ながら、鞄の中の薬瓶を確認していた。

鏡の湖に潜る準備――最後の封印。三人分の足跡。

あと一つ解ければ、世界の根への道が開く。