軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

予兆

エルシオンに戻ると、空気が変わっていた。

フォーラムが騒がしい。いつもの攻略スレッドや雑談スレッドではなく、運営の公式アナウンスに反応しているプレイヤーが大量にいる。

【BCO運営チームからのお知らせ】

【大型アップデート「深淵の章」を予告します】

【実装日:来月上旬(詳細は追ってお知らせします)】

【内容の一部を先行公開します:】

【・新エリア「深淵」の開放】

【・新システム「深度」の実装(深淵内の階層探索)】

【・新レイドボス(詳細は実装日に公開)】

【・旅人クラスに新スキル追加】

この日、フォーラムは類を見ない勢いで湧いていた。

──「深淵の章──!! 来た──!!」

──「ついに深淵がコンテンツ化されるぞ!」

──「始まりの町の地下にある、あの深淵か!?」

──「確か、トワがずっと前から調べてたやつだろ」

──「旅人クラスに新スキル!? トワがさらに強くなるのか!?」

──「新レイドボスの詳細は……実装日まで非公開。運営、焦らすな」

──「深度システムって何だ。階層探索? ローグライク要素か?」

──「深淵って、始まりの町の地下だろ? エルシオンにも深淵への道があったよな」

──「世界中の底は繋がっている──って、前に誰かが言ってたやつ」

──「運営がトワの冒険をコンテンツ化してる感がある」

──「そりゃそうだろ。BCOの最前線は、常にトワだ」

トワは公式アナウンスを読み終えて、目を閉じた。

【深淵の章】

グランが言っていた。「四つ目の光は自分で灯すもの」。カレンが言っていた。「アルヴァは深淵にいる」。アルケイアが言っていた。「深淵の底のことは聞くな」。

全ての底が、一つの場所に向かっている。

セレスが肩の上で、公式アナウンスの文字を読んでいた。

「トワ。しんえんのしょー」

「ああ……遂に、来るぞ」

「しんえん──こわい?」

「怖くない」

「うそ」

「いや、そうだな……少し、怖い」

「すこしこわいのは、ふつー。セレスもこわい。──でも、トワといくなら、だいじょーぶ」

「ああ、一緒に行こう」

「やくそく」

「約束だ」

パーティーチャットにメッセージを送った。

トワ:「全員見たな。来月、遂に【深淵】が開くぞ。準備を始めよう」

ゼクス:「了解」

アストレア:「聖騎士の矜持にかけて、準備します」

タマキ:「新しい薬のレシピを研究します。深淵用の耐性薬が必要になるはずですから!」

ハル:「旅人の集い、全員に通達します」

ダリオ:「海の底から世界の底へ。航海士の出番だ」

ルーナ:「【深淵】は──【闇】の場所。わたしの夜が必要になる」

ヴェノム:「行く。──今度は最前線で」

全員が即答した。迷いがない。

テンがブーツの上で光った。五回。未知の危険の警告。だが──光の最後の一回が、いつもより長かった。

覚悟の光。

「テン。お前も来るか」

一回。了解の光。

エルシオンの空にオーロラが揺れている。大陸獣が穏やかに眠っている。足元に六十秒の鼓動。

次の旅が始まる。世界の底へ。

──だが、それは来月の話だ。

今はまだ、この大地を歩く。桜が咲いて、魚が光って、温泉が湧いて、パンが美味い。エルシオンの春を、もう少しだけ楽しむ。

明日も歩く。くすぐったいと言われても。