軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エリーのパン

エルシオンの探索の合間に、旧大陸に戻ることがある。

聖都ルクス。カレンの街。

トワは定期的にこの街に帰ってくる。理由はいくつかある。カレンへの報告。NPC友好度の維持。そして──エリーのパンを買うこと。

聖都のパン屋、エリー。記憶封印が解けて名前を取り戻したNPC。友好度5/10。

だが今日、トワが聖都を訪れると──パン屋の前に行列ができていた。プレイヤーの行列だ。

「何だ、これは……?」

「あ、トワさん!」行列の中からプレイヤーが手を振った。「エリーさんの新メニューが出たんですよ! 心臓安定化後に追加されたレシピで、七色パンっていうんです」

「七色パン?」

「七つの属性の素材を練り込んだパンです。食べると全属性耐性+5%のバフがつくんですよ。エルシオンの探索に便利で、めちゃくちゃ人気で」

行列は五十人以上。パン屋の前の通りを塞いでいる。

トワが店に入ると、エリーが忙しそうにパンを焼いていた。

「あ、旅人さん! いらっしゃい!」

「繁盛しているな」

「レシピが増えたの。大陸の心臓が安定してから、新しい素材が手に入るようになって──七色のパンが焼けるようになったの」

「心臓安定化の影響がパン屋にまで来ているのか」

「パンは世界の基本だもの。世界が健康になれば、パンも美味しくなるのよ」

トワとエリーの友好度は5/10。あと5で、MAX。

「エリー。手伝おうか」

「えっ──旅人さんが? パンを?」

「調合はできないが、素材を集めることならできる」

「じゃあ──ルーチェ草を持ってきてくれたら嬉しいな。前にも頼んだけど──あれがあるとパンの風味が全然違うの」

「わかった。集めてくる」

ルーチェ草を光の草原で摘んできた。五十本。ついでにエルシオンの新エリアで見つけた特殊な蜂蜜も持ってきた。眠りの庭の池の近くに咲いていた花から採れた蜜。

「これも使えるかもしれない。エルシオンの花から採れた蜂蜜だ」

「わあ──甘い。すごく甘い。これをパンに入れたら──」

エリーが試作品を焼いた。ルーチェ草と夢の蜂蜜を練り込んだ七色パンの特別版。

【エリーが新レシピ「夢見のパン」を開発しました!】

【効果:全属性耐性+5%に加え、自然回復速度が30分間2倍になります】

「すごい──! これ、エルシオンの冒険者に大人気になりますよ!」

「旅人さんのおかげよ。素材を持ってきてくれたから」

「俺は歩いて拾ってきただけだ」

「歩いて拾ってくるのが一番大変でしょ? ──ありがとう、旅人さん」

【エリーの友好度が上昇しました──友好度:7/10】

セレスがトワの肩からパンに飛びついた。

「エリーのパン! あたらしいの! たべる!」

「セレスちゃん、焼きたてだから気をつけて──」

「あちちっ」

「もう、だから言ったのに」

セレスが熱いパンを持ったまま、ふーふーしている。

「ふー。ふー。──おいしい」

「まだ食べてないでしょ。ふーふーしてるだけでしょ」

「ふーふーがおいしい」

「ふーふーに味はないぞ」

「ある。とくべつなふーふー」

エリーが笑った。行列のプレイヤーたちも笑っている。

タマキが店の外から声をかけた。

「トワさん。わたしの分も買ってきてください。列に並ぶのが──」

「並べ」

「五十人並んでるんですよ!」

「並べ。旅人は待つのが仕事だ」

「薬師は待つのが仕事じゃないです!」

結局、タマキの分もトワが買った。七色パン三つと夢見のパン二つ。パーティ全員分。

ゼクスの分を渡したら、黙って食べた。感想はなかった。だがもう一つ追加で買いに行ったので、美味かったのだろう。

アストレアは鎧を着たままパンを食べていた。

「聖騎士の鎧でパンを食べるのは、矜持に反しないのか」

「パンは聖なる食べ物です。矜持に反しません」

「その理屈だと、矜持に反するものが存在しない気がする」

「ギクッ……正解です」

ルーナが影の中からパンだけ手を出して受け取った。影の中で食べている。もぐもぐという音だけが聞こえる。

「ルーナ。出てきて食べろ」

「影の中の方が落ち着く。──でも、パンは美味しい」

「影の中でパンを食べる精霊。絵面がおかしいな」

「おかしくない。夜の精霊だから……夜食」

「昼だぞ」

「精霊にとっては、常に夜なの。……ふーっ、ふーっ」

エリーが行列を捌き終えた後、少し休憩を取った。トワがカウンターに座って、エリーと話した。

「旅人さん。最近、お客さんが増えたの。レイドの後から」

「大陸の鼓動のレイドで、聖都にプレイヤーが大勢来たからだな。その時にお前のパン屋を知った者が、リピーターになっている」

「嬉しい。──でもね、わたし、まだ思い出せないことがたくさんあるの」

「記憶封印の影響か」

「うん。パンの焼き方は覚えてる。お客さんの顔も覚えてる。でも──わたしの家族のことが、思い出せない。お父さんがパン屋を始めたって、なんとなくわかるんだけど──顔が、思い出せないの」

「……友好度が上がれば、もっと思い出せるようになるかもしれない」

「友好度?」

「──いや、こっちの話だ。──また素材を持ってくる。パンの種類が増えれば、お前の記憶も戻るかもしれない」

「ありがとう、旅人さん。──あ、でもね。一つだけ、最近思い出したことがあるの」

「何だ?」

「お父さんが──朝一番に焼くパンは、一番おいしいって。だから今も、わたしは毎朝四時に起きてパンを焼いてるの。誰に教わったわけでもないのに、身体が覚えてた」

「──身体が覚えている、か。旅人と同じだな」

「旅人さんも、身体で覚えてることがあるの?」

「七千時間分の足の裏の記憶がある。地形の傾斜も、岩の硬さも、砂の温度も。全部、足が覚えている」

「すごい。──旅人さんの足と、わたしの手は、同じなのね。身体が覚えてる」

エリーが自分の手を見つめた。パン生地をこね続けた手。傷だらけの、温かい手。

【エリーの友好度が上昇しました──友好度:8/10】

「友好度が──また上がりましたね、トワさん」タマキが後ろで呟いた。

「聞こえているぞ」

「聞こえてます。──トワさんがNPCに優しくすると友好度が上がる。毎回同じパターンです」

「優しくしているわけではない。話を聞いているだけだ」

「それが優しいんですよ」

フォーラムでエリーの新メニューが話題になっていた。

──「聖都のパン屋エリーの『夢見のパン』がやばい。全属性耐性+5%に回復速度2倍」

──「しかもNPCの手作り。プレイヤーのクラフトじゃ作れない」

──「エリーの友好度上げたら限定レシピとかあるのか?」

──「トワが素材を持ち込んで新メニューが追加されたらしい。トワ特権?」

──「特権じゃなくて友好度イベントだろ。NPCに素材を渡すと新レシピが解放されるパターン」

──「じゃあ俺もエリーに素材持っていくわ」

──「行列さらに伸びるじゃん」

──「エリーのパン屋、BCOの聖地巡礼スポットになりつつある」