作品タイトル不明
[湖底の戦い]
深度五百メートル、大湖アルケオンの最深部。
虚空の調律者が杖を振った。赤黒い光が水中を走る。
【虚空の波紋──全域攻撃! 推定ダメージ:78,000】
「各自、散開──!」
全員が同時に動いた。水中戦闘、ダリオの航海士チームが水流で味方の機動力を補助している。
波紋が通過した場所の水が──白く濁った。
「水の属性が、消えた──!?」
見聞録が警告を出した。
【虚空の調律者の固有能力「 調律解除(ディスハーモニー) 」を検知しました】
【この能力は調和の水晶の制御命令を反転させたものです。触れた対象の属性付与を解除します】
「『調律解除』──あいつの固有スキルだ。調和のシステムを裏返して、バフや属性付与を剥がしてくるぞ!」
「調律者は、これまでの虚空モンスターとは違うということですか──!?」
「ああ、そうだタマキ。虚空の属性そのものの力じゃない。あいつが百年かけた結果、虚空の力に眠る潜在力を引き出したんだ──厄介極まりない」
調律者が第二撃を放った。今度は指向性、水中に赤黒い光の槍が六本飛んでくる。
ゼクスが影で回避。アストレアが聖剣で弾いた──だが、聖剣に触れた瞬間、コーティングの虚晶が剥がれ落ちた。
「聖剣のコーティングが……『調律解除』で、ガルドの虚晶加工が剥がされた──!?」
「付与を剥がす能力だからな。──アストレア、コーティングなしでも戦えるか」
「聖剣の地の性能で戦います。コーティングがなくても、これは聖騎士の剣です!」
オルグレンが突進した。黒い狼の巨体が水中を裂く。調律者に──噛みついた。
だが、牙が通らない。調律者の身体が──空っぽだ。実体がない、牙が空を切る。
「ダメです、実体がありません! 物理攻撃が通らない──!」
「第一位階の獣王の牙でも、通らないのか」
セレイアが上空から風の刃を放った。水中の風──水流の刃。調律者の身体を通過した。すり抜ける。
マリドゥスが水圧攻撃。湖底の水を操り、調律者を押し潰そうとした。水が調律者の身体を包み──通過した。
「物理も属性も通らない。虚空の身体には何が効くんだ……?」
トワが見聞録でスキャンした。調律者の構造を読む。
【虚空の調律者──実体なし。虚空属性で構成された存在。通常の攻撃は全て透過します】
【弱点属性:調和 七属性の均衡状態のエネルギーのみ有効】
「七属性の均衡──! カレンが言っていた通りだ、虚空の弱点は調和らしい」
すかさずトワはチャットを開いた。
トワ:「全員聞け。通常攻撃は通らない。七属性を同時にぶつけるしかない。均衡作戦を開始する」
事前に立てていた作戦。三体の獣王が闇・風・水の三属性を担当。プレイヤーが火・土・光・虚空の四属性を補完する。七つの属性を同時に調律者にぶつけて、虚空の身体に実体を与える。
「オルグレンは闇を、セレイアは風を、マリドゥスは水を頼む!」
三体の獣王が属性を放出した。黒い闇のオーラ、翡翠の風の刃、碧い水の波動。三色のエネルギーが調律者に向かっていく。
「アストレア──光をたたき込め!」
「聖なる光よ──!」
アストレアの聖剣から金色の光が放たれた。
「ダリオのチーム──火と土を!」
航海士チームの中から火属性と土属性のプレイヤーが前に出た。炎の矢。岩の礫。
「残りは虚空──タマキ、虹の薬を!」
「はい、これを飲んでください──!」
トワが虹の薬を飲んだ。全七属性が身体に宿る。弓を構え──虹色の矢を放った。
七つの属性が一点に集中した。闇、風、水、光、火、土。──そして虹。
調律者の身体に──色が灯った。透明だった虚空の身体に、七色の光が染み込んでいく。実体が──生まれつつある。
【七属性の均衡が調律者に作用しています──虚空の身体が実体化中】
「効いている、色がついてきたぞ!」
だが調律者が杖を振り、七属性の均衡を弾き返した。
「無駄だ。わたしの虚空は──お前たちの調和の模倣よりも遥かに深い」
赤黒い衝撃波。三体の獣王が吹き飛ばされた。プレイヤーの陣形が崩れる。
「弾き返された……トワさん、出力が足りません──!」
「三属性分の獣王しかいないからな。残り四属性がプレイヤーの力では──獣王の出力に釣り合わない。バランスが悪いんだろう」
「七体全部の獣王が揃えば……均衡が完全になるのですね」
「だが、残りの四体は拘束されている。──いや」
トワが閃いた。
「タマキ。虹の薬の注射──『直接投与』。それを残りの獣王に使えば、蝕印を解除できるとリーリアが言っていた」
「はい。でも残りの四体がどこにいるか──」
「マリドゥス。残りの四体の獣王の居場所がわかるか」
マリドゥスが咆哮した。水を通じて──大陸全体に声が響く。
「火の獣王はこの湖の南、火山の火口に。土の獣王は西の地底に。光の獣王は東の氷原に。虚空の獣王は──ここだ。この湖底の、逆ピラミッドの中に閉じ込められている」
「虚空の獣王が、ここにいる──!?」
「調律者の拠点の中だ。──一体だけ、手元に置いていたのか」
「虚空の獣王を確保しておけば、七属性が揃わない。保険のためだろう」ゼクスが分析した。
「ああ、虚空の獣王を解放しよう、それが突破口になる。残り三体は……遠いが、虚空の獣王だけはここにいる」
トワがチャットを開いた。
トワ:「作戦変更。ルーナとタマキで逆ピラミッドに突入し、虚空の獣王を解放する。残りは調律者の足止めだ──時間を稼げ」
「わたしと、タマキで?」ルーナが確認した。
「ルーナが影で獣王に近づき、タマキが虹の薬を直接投与して蝕印を解除しろ。──二人でやれるか」
「やれる」ルーナが即答する。
「やります」タマキも。
「行け──俺たちは、調律者を引きつける」
ルーナがタマキの手を握った。水中の影を伝って──逆ピラミッドに向かって移動を開始した。
「二人を行かせたぞ。──残り全員で、調律者を押さえる」
調律者が杖を振り続けている。赤黒い波紋が連続で放たれる。全員が回避に追われている。
「攻撃が通らない相手を足止めする。──さあ、どうするか」
額に汗を浮かべているゼクス。
「通らなくてもいい、殴るんだ。要は注意を引ければいい。ゼクス、短剣を投げてみろ」
「了解、試してみる」
ゼクスが影から短剣を投げた。調律者には命中せずに通過するが、投擲に反応して振り向いた。
「反応はする。実体がなくても、攻撃には意識が向く。──全員、手数で押せ。当たらなくても気にするな!」
獣王と仲間たちが、通らない攻撃を調律者に浴びせ続けた。剣、矢、魔法、水流、風、闇が、全て透過する。だが、調律者はその全てに反応して、注意がそっちに向く。
「効いてないのに殴り続ける。──師匠、これけっこう虚しくないですか」ハルがぼやいた。
「効いてなくてもやれ。時間稼ぎだ!」
「はい──! 導師の仕事は、雑用から、記録から、足止めまで──!」
セレスが覚醒形態で月光を放ち続けた。通過するが、調律者の身体が、月光に照らされるたびに実体化する。ほんの一瞬、だがその隙に──
「セレスの月光で一瞬実体化する! その瞬間だけ攻撃が、通るぞ──!」
ゼクスが見逃さなかった。月光が当たった刹那──影潜りからの一撃。
【ダメージ:3,200】
「通った、一瞬だけど通りましたよ、師匠!」
「セレスの月光と同時に攻撃すれば、虚空の身体にもダメージが入るのか。だが……」
「ああ、ダメージはほぼ通っていない。やはり、七属性を合わせた攻撃でないと無理だ。それでも――ダメージが通る以上は、無視できなくなる。より注意を引きつけや付くなる」
「セレス、がんばる。でもこれ、つかれる」
「頑張ってくれ。ルーナとタマキが戻るまで──」
◇
逆ピラミッドの内部。
タマキルーナがを連れて侵入した。内部は──赤黒い光で満ちている。壁に蝕印の紋章がびっしりと刻まれている。
「気持ち悪い──」タマキが顔をしかめた。「この紋章、見てるだけで頭が痛くなります」
「見ないで、わたしの影に入って。──影の中からなら、紋章の影響を受けない」
タマキがルーナの影に包まれた。紺色の暗闇の中、薬の瓶だけが手の中にある。
「ルーナちゃん、影の中って──不思議。暗いけど、安心する」
「わたしの影は、味方を守る。──夜は、怖いものじゃない」
「知ってる。──ルーナちゃんの夜は、あったかいもんね」
「……ありがとう。着いたよ、タマキ」
ピラミッドの最下層。小さな部屋。中に──獣がいた。
透明な──鹿。虚角鹿に似ているが、遥かに大きい。全長十メートル。角が七色に輝いている。──だが光が濁っている。蝕印に侵されている。
【虚空の獣王「七彩のアルケイア」Lv99 HP:500,000 属性:虚空 状態:拘束+蝕印】
「Lv99、最高レベルの獣王──!」
「七彩……七色。虚空の獣王は七属性全てを内包してる。だから……」
「この獣王を解放すれば、一体で七属性の均衡を生み出せる」
「そう。──調律者が一番手元に置いておきたかった理由がわかった。この獣王が自由になったら、調律者の計画が全部崩れる」
アルケイアは拘束されていた。白い檻ではない。赤黒い鎖。蝕印そのもので身体を縛られている。意識はあるが──苦しそうだ。七色の角が点滅している。
「タマキさん。虹の薬の直接投与。──お願い」
「うん、行くよ」
タマキがルーナの影から出た。赤黒い光の中に。頭が──痛い。紋章の影響。だが薬師の手は震えていない。
アルケイアの首に手を触れた。
「直接投与。──虹の薬を、体内に」
薬師スキル。触れた相手の体内に薬の成分を直接流し込む。回復薬でしか使ったことがなかった技術を──全属性の虹の薬で発動する。
【直接投与──虹の薬を体内に注入中】
七色の光がタマキの手からアルケイアの体内に流れ込んでいく。蝕印に触れた。赤黒い紋章と七色の虹がぶつかる。
蝕印が──溶け始めた。
「溶けてる、蝕印が──!」
だが、抵抗がある。蝕印が最後の力で反撃してくる。赤黒い衝撃が、タマキの腕に走った。
「ぐっ──!」
【蝕印の反撃:毎秒5,000ダメージ】
「タマキさん!」
「大丈夫です……薬師は、このくらいで止まりません──!」
タマキが自分に回復薬を使いながら、もう一方の手で虹の薬の投与を続けた。片手で回復、片手で攻撃。
そして遂に、蝕印が──砕けた。
【蝕印を解除しました!】
【七彩のアルケイアが解放されました!】
アルケイアが立ち上がった。透明な鹿。七色の角が──澄んだ光を取り戻した。
角から七色の光が放射された。ピラミッドの壁を突き抜けて、湖底全体に広がっていく。