軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夏休みのオフ会

土曜日。現実世界。八月の半ば。

大学は夏休みに入っていた。冬夜は──自分のアパートで、スマホのメッセージを確認していた。

蓮:「オフ会やるぞ。今回は人数増える。場所は前と同じカフェダイニング」

冬夜:「前回は、二十七人だったか」

蓮:「今回は四十人超えだ。聖都の友好度レイドの打ち上げも兼ねてる。──で、新顔も来る」

冬夜:「誰だ?」

蓮:「アストレアとハルが初参加。あと、ヴェノムも来る」

冬夜:「ヴェノムが来るのか」

蓮:「旅人の集いの連中と一緒に申し込んできた。──変わったもんだな、あいつも」

元PKギルドのリーダーが、旅人の集いの仲間としてオフ会に来る。

──確かに、変わったと言えるだろう。

蓮:「あと、レナが今回は関西から遠征してくるってよ。前回来れなかったから、気合入ってる」

冬夜:「大所帯だな」

蓮:「お前が聖王国で暴れまわったせいだよ。コミュニティがでかくなりすぎた」

冬夜:「俺のせいか」

蓮:「お前のせいだ。──幹事は俺だけどな。感謝しろ」

夕方六時。都内のカフェダイニング、前回と同じ店、貸し切り。

前回より明らかに人が多い。入口から見ただけで四十人以上の人間が、テーブルを囲んでいる。旅人の集いの面々、〈深紅の牙〉のメンバー、〈聖銀の盾〉の有志、そして聖都の友好度レイドで知り合ったプレイヤーたち。

BCOのオフ会が、ゲームのコミュニティイベントになりつつある。

「トワさん来た!!」

入口で声が上がった。旅人の集いのメンバーたちが手を振っている。前回も来た顔が多いが──新しい顔もある。

「トワさん! 聖都の記憶封印解除、お疲れ様でした!」

「カレンさんのレベル上げ見てました! 砂に顔突っ込んでるの面白かったです!」

「エリーさんのパン、リアルでも食べてみたいです!」

蓮が隣で「人気者だな」と呟いた。冬夜は「うるさいだけだ」と返した。

宮瀬が先に着いていた。白いワンピースに麦わら帽子。

「久坂くん! こっち!」

「お前は毎回、早いな」

「場所取りも薬師の仕事です」

「どういう理屈だ……?」

「回復職は先回りが基本。──マーサさんに教わりました」

「マーサはゲームのNPCだぞ」

「マーサさんの教えは、リアルでも通用しますよ」

冬夜は宮瀬の隣に座った。蓮が向かいに座る。

ゼクスが奥のテーブルにいた。前回と同じ壁際の位置。前回は一人でいたのだが、今回は隣にレナとカインがいて、普通に喋っている。

「岸田さん! こっちのビール美味しいですよ!」レナがリアルでは快活な関西弁の女性だった。

「うるさい。俺はハイボールでいい」

「前回より馴染んでるな」冬夜がゼクスの方を見て言った。

「前回は誰とも喋らずに帰ったからな。──今回はまあ、多少は」

「多少って、さっきからレナさんとめちゃくちゃ喋ってたじゃないですか」カインが横から言った。

「うるさい」

「ゼクスさん、リアルでも『うるさい』って言うんだ」宮瀬が笑った。

「口癖だ。──放っておいてくれ」

初参加の面々が到着し始めた。

最初に小柄な女の子が、きょろきょろしながら会場に入ってきた。

「あ、あの、すみません遅れました! 電車を間違えてしまって──!」

ハル──秋山春菜。高校一年生。ゲーム内で旅人の集いを率い、北の楔を独力で攻略した導師──のリアルは、電車を間違えるおどおどした女の子だった。

「ハルちゃん! こっち!」ミコトが手招きした。ミコト──リアルでは小柄でおとなしい高校二年生──が、同年代のハルを見つけて嬉しそうだ。

「ミコトさん! リアルでもかわいい……!」

「ハルちゃんもかわいいよ! ──ねえ、同い年くらいだよね?」

「高一です!」

「わたし高二! 一個上! ──やった、ゲーム以外の話もできるね!」

「わたしも嬉しいです! 学校の話とかしたい!」

宮瀬が「若いっていいね」と呟いた。冬夜が「お前も二十歳だろう」と返した。

「二十歳はもう若くないの!」

「十分若い」

「久坂くんに若いって言われると──なんか複雑……」

スーツ姿の女性がいそいそと会場に入ってきた。仕事帰りらしい。名刺入れをカバンにしまいながら。

「あの──篠原です。アストレアです。初めまして……いえ、ゲームでは何度もお会いしていますが」

篠原。アストレア。二十六歳の会社員。──ゲーム内の勇ましい聖騎士とは正反対の、穏やかで礼儀正しい女性だった。

「アストレアさんが、会社員!?」旅人の集いのメンバーが驚いた。

「普段は経理部で数字と戦っています。──ゲームでは聖剣を振ってますが、リアルではExcelを振ってます」

「Excelを振る聖騎士」蓮が吹き出した。

「篠原さん、おいくつですか?」ハルが聞いた。

「二十六です」

「大人だ……! 社会人って、こういう感じなんですね……!」

「社会人の実態は、Excelと締め切りとの戦いですよ」

「それはそれで聖騎士っぽいです」

「どこがだ」ゼクスがツッコんだ。

リゼが到着した。眼鏡の大学生。前回と変わらない──酒が入る前からテンションが高い。

「皆さーん! お久しぶりでーす! リゼでーす!」

カインが身構えた。水のグラスを手に取っている。

「カイン。なんで水持ってるの」

「お前の酒を薄めるためだ」

「まだ一滴も飲んでないんですけど!?」

「予防だ。──前回の惨状を忘れたのか」

「前回は──ちょっとだけ、飲みすぎただけで……」

「ちょっと? トワに『彼女いないんですかー』って絡んで、場を凍らせただろう」

「ちがっ……あれは──お酒のせいで──!」

「いいか、お前のせいだ。あれは、絶対にお前のせいだ」

「…………はい」

レナが横から「リゼ、今回は大丈夫?」と心配そうに聞いた。

「大丈夫! 今回はお酒控えめにする! ソフトドリンクで──」

そう言いながらテーブルについたリゼの目の前に──篠原がハイボールを差し出した。

「お疲れ様。一杯どうぞ」

「あっ……いただきます……」

「篠原さん! リゼに酒を渡すな!」カインが叫んだ。

「えっ、ダメだったの?」

「ダメに決まってるだろ!」

しかしもう遅く、リゼはごきゅごきゅとハイボールを飲んでいた。

三十分後。

リゼのダル絡みが始まった。予想通りだった。

「トワさーん。ねえねえトワさーん」

「……なんだ」

「前回聞けなかったんですけどー。宮瀬さんと、どこまで進んだんですかー?」

テーブルが凍った。前回と同じなんとも言えない空気。

宮瀬が前回は「微妙な顔」だったが、今回は違った。

「特別な仲間ですよ。──わたしたち」

「特別な仲間ー? なにそれー。付き合ってないのー?」

「付き合ってません。──まだ」

「まだ」に、テーブルの全員が反応した。蓮がウーロン茶を吹きかけた。ミコトが箸を落とした。ハルが「まだ!?」と叫んだ。

「宮瀬さん──今『まだ』って言った?」レナが身を乗り出した。

「言いましたけど──何か?」

宮瀬が──微笑んでいた。前回の微妙な顔ではなく、余裕のある笑み。自分の中で何かが定まりつつある人の顔。

冬夜はウーロン茶を飲んだ。前回と同じように。でも今回は、耳がほんの少し赤かった。

「久坂くん。──耳赤いよ」

「暑いからだ」

「クーラー効いてるのに?」

リゼがニヤニヤしている。

「いいもの聞けたー。『まだ』かー。いいねー」

「リゼ。お前は反省するべきだ」冬夜が前回と同じ台詞を言った。

「前回も同じこと言われましたねー。でも進展してるし、これ、わたしの功績ですよねー?」

「お前の功績ではない」

「えー」

カインがリゼのグラスを取り上げて、水に入れ替えた。

「もう飲むな」

「カインひどーい」

「お前が一番ひどい」

蓮が立ち上がった。幹事挨拶。

「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。BCO第二回オフ会──聖都復興打ち上げ兼、カレンのレベル上げ応援会です」

「応援会!?」

「カレンさんのリアルは来ないの?」

「NPCにリアルはないだろ」

「あ、そうだった」

「乾杯の音頭は──まあ、こいつに頼むしかないだろ。久坂」

冬夜が立ち上がった。四十三人の視線が集まる。ゲーム内では三万人の前に立ったことがある。でも、リアルの四十三人は……別の緊張感がある。

「乾杯の挨拶は苦手だ。手短に済ませる」

「トワさんらしい」誰かが笑った。

冬夜はウーロン茶のグラスを上げた。

「皆が歩いてきた道に──乾杯」

短すぎる挨拶だが、四十三人が一斉にグラスを上げた。

「乾杯──!」

料理が並んだ。唐揚げ、枝豆、刺身、ポテトフライ、サラダ、ピザ。四十人分の大皿料理がテーブルを埋める。

会場のあちこちで──ゲームの話が弾んでいる。

旅人の集いのテーブル。

「カレンさんのレベル上げ、手伝いたいんですけど! 経験値分配って一般プレイヤーでもできるんですか?」

「たぶんパーティ組めばいけるんじゃない?」

「カレンさんのレベル上げレイドとか楽しそう」

「またレイドつけるのかよ。友好度レイド、記憶返却レイド、次はレベル上げレイドか」

〈深紅の牙〉のテーブル。

「レナ、ギルマス就任おめでとう」カインが言った。

「ありがとう! バルトさんの引退は寂しいけど──わたしが頑張るから!」

「レナがギルマスか。──〈深紅の牙〉も変わったな」ゼクスが横から言った。

「ゼクスさんに言われると複雑……。あなたと戦った時はまだ平団員だったのに」

「お前は成長した。──認めるよ」

「ゼクスさんが素直に褒めた!? リアルだと素直なんですか!?」

「うるさい。酒のせいだ」

「まだ一杯目じゃないですか」

篠原のテーブル。ミコトとハルが座っている。

「篠原さん、聖都の試練の時──アストレアさんとして祈ってる姿、本当にかっこよかったです」ミコトが言った。

「ありがとう。──でもリアルでは、締め切り前に祈ることの方が多いわ」

「Excelの神に祈るんですか」

「Excelの神はいない。──いるのは上司だけ」

「社会人こわい……」ハルが引いた。

「大丈夫よ。BCOがあるから生きていける」

「それはそれで心配です」

宮瀬が冬夜の隣で、皿に唐揚げを追加していた。

「久坂くん、唐揚げ好きでしょ。──はい」

「好きだが、勝手に皿に入れるな。前回も言ったぞ」

「覚えてるの?」

「全部覚えている」

「……そういうところが、ずるいんだよ」

向かいに座っている蓮が、やれやれという顔をしている。

ミコトが少し離れた席から、冬夜と宮瀬の方をちらちら見ていた。唐揚げを取り分けている宮瀬を見て──箸を止めた。

「ミコトちゃん、どうしたの?」ハルが聞いた。

「な、何でもない。──唐揚げ美味しいね」

「美味しいですね。──あ、ミコトさん。あっちの席見てました?」

「見てない」

「見てましたよね。トワさん──久坂さんの方」

「見てない!」

「耳赤いですよ」

「暑いから! 八月だから!」

「クーラー効いてますよ、ここ」

「ハルちゃん、意外と鋭い……」

「師匠──久坂さんの弟子ですから。観察力はあります」

「弟子じゃなくて仲間でしょ、って本人に言われない?」

「毎回言われます」

二時間が過ぎた。

会場の空気が緩んできた頃──蓮がマイクを持った。

「えー、ここでちょっとしたコーナーを。──『BCO名場面投票』です。チャットアプリで投票してもらいます」

「何それ」

「聖都の友好度レイド、ソルシアのカルディア戦、セラフの六枚翼、カレンの涙──どのシーンが一番印象に残ったか、投票してもらいます」

スマホに投票フォームが配られた。四十三人が一斉に投票する。

一分後。結果発表。

「第三位──ソルシア編クライマックス、六十秒のリレーでカルディアの楔を抜いたシーン。七票」

「あれって、みんな見れたの?」

「ゼクスさんのアーカイブで見たよ。記録用に動画アップしてるんだって」

「あれは熱かったな」

「タマキさんのポーション投げが神がかってた」

「第二位──聖都の記憶封印解除。カレンがエリーに頭を下げたシーン。十二票」

「泣いた」

「あそこで泣かない人いないでしょ」

「そして第一位──」

蓮が画面を見て──笑った。

「第一位。十八票。──『セレスちゃんがカレンの膝の上でパンを食べてるシーン』」

「シリアスシーンじゃねえのかよ!!」

「セレスちゃんが可愛すぎたんだよ!」

「カレン王が泣いてる横でパン齧ってるの、最高だった」

「あれで泣き笑いしたのは俺だけじゃないはず」

「感動と癒しの同時攻撃だったな」

「……久坂くん、笑ってる」宮瀬が気づいた。

「笑っていない」

「笑ってたよ。──わたし、見た」

「見間違いだ」

「見間違いじゃないもん。──久坂くんが笑うの、レア度SSSだって知ってる?」

「フォーラムのネタをリアルで使うな」

オフ会の終盤。

ヴェノムが──一人でバルコニーに出ていた。冬夜が気づいて、横に立った。

「楽しめているか」

「……正直、まだ居心地は悪い。──半年前にあいつらの装備を奪っていた男が、同じテーブルで飯を食うのは」

「お前はそれを弁償して、旅人としてやり直した。──過去は変えられないが、今は変えられる」

「お前は──いつもそうだな。正論しか言わない」

「正論しか持っていないからな」

「……ありがとよ、トワ。いや、久坂─お前がグランの扉を教えてくれなかったら、俺はまだPKをやっていた」

「扉を開いたのはお前自身だ。──俺は場所を教えただけだ」

ヴェノムが遠くの夜景を見た。

「深淵に行くんだろ。……俺にも何かできることはないか」

「ある。──ソルシアの地形安定化。【深淵】に手を伸ばしている【闇】の根が、まだ第一の穴から漏れ出している。お前と旅人の集いで、あの周辺を監視してくれ」

「監視か。──地味だが、大事な仕事だな」

「地味な仕事が一番大事だ。──お前なら任せられる」

「……了解だ」

バルコニーから戻ると、宮瀬がスマホを見せてきた。

「久坂くん。SNSでオフ会の写真が出回ってるよ。──『BCOオフ会に四十人以上集結』って」

「写真は──」

「顔は映ってないよ。食べ物の写真ばっかり。──あ、唐揚げが映ってる。わたしが取り分けたやつ」

「どうでもいい情報だな」

「どうでもよくないよ。──わたしの唐揚げが歴史に残るんだから」

「お前の唐揚げじゃない。店の唐揚げだ」

「取り分けたから、わたしの唐揚げですー」

「……その理屈はセレスに似ているな」

「えっ。──セレスちゃんに似てるって、褒めてるの?」

「どうだろうな」

「褒めてよ!」

十時。お開き。

四十三人がカフェダイニングから出てきた。夏の夜。蝉はもう鳴いていない。夜風が涼しい。

駅に向かう道で、自然とグループに分かれて歩いている。

冬夜と宮瀬が並んで歩いていた。少し後ろに蓮。さらに後ろにミコトとハル。

「久坂くん。──楽しかった」

「ああ」

「前回は二十七人で、今回は四十三人。──どんどん増えてるね」

「増えすぎだ。蓮の幹事が大変になる」

「でも、嬉しいことだよ。久坂くんが歩いてきた道に、こんなに人が集まってる」

「俺が集めたわけじゃない」

「久坂くんはいつもそう言う。でもね──みんな、久坂くんの背中を追いかけてここに来たんだよ。ゲームの中でも、リアルでも」

冬夜は何も言わなかった。否定もしなかった。

「ねえ、久坂くん」

「なんだ」

「言葉……もう少しで見つかりそう。わたしの方の」

「急がなくていい」

「急がないけど……見つかったら、ちゃんと言うから。──待っててね」

「待っている」

駅の改札で別れた。宮瀬が改札を通って──振り返った。

「おやすみ。──久坂くん」

「おやすみ」

「あっ、そうだ。今度セレスちゃんに会ったら伝えて。『パンの投票一位おめでとう』って」

「セレスはNPCだぞ」

「NPCでも伝わるよ。──BCOのNPCは、本当に生きてるんだから」

宮瀬が笑って、改札の向こうに消えた。

冬夜は、夏の夜空を見上げた。星が見える。東京の空にしては珍しく……星が、見えた。

ルミナリアの夜空を思い出した。千年ぶりに星が戻った聖都の空。セレスとルーナが並んで飛んでいた、あの夜空。

ゲームの星も、現実の星も──同じ星だ。

歩き出した。駅のホームへ。明日は、カレンのレベル上げの続きだ。