作品タイトル不明
第七十八話 たしかに勝ったやつには喜ぶ権利があるけど、限度があると思わない?
――終わるのが惜しいと感じてしまった。
その時点で、負けていたのかもしれない。
でも。
だからと言って。
「俺様の勝ちだあああああああああああああああああ!!!!」
うるさい!
「これが!これこそが!!ゴールドファームの総力を結集した黄金の結晶!!ゴールデンビール様の実力だああああああああ!!」
ゴールデンビールが、ありえないくらいでかい声で吠えていた。
うるさすぎる!
「俺様の!勝ち!!!」
喜ぶ権利はあるけど限度あるだろ!!!
しかも、ビールの背中の騎手が「よくやった!!」って首筋叩いてるから、余計に調子に乗ってる。
でも、俺は何も言えなかった。
まだ、理解が追い付いてないのもある。
一着、ゴールデンビール。
二着、サクライルドルフ。
三着、ダンシングトニー。
しかも。
ハナ。
ハナ。
全部ハナ差。
そんなことある?
そんなこと、ある?
いや、競馬だからあるんだろうけど。
悔しい。
普通に悔しい。
めちゃくちゃ悔しい。
無敗が止まったからとか。
秋古馬三冠取れなかったとか。
そういうのも、もちろんある。
でも、それ以上に。
よりによって、ビールに負けたのが悔しい。
だって絶対この先ずっと言うもん、この馬。
春になっても言うし、夏でも言うし、なんなら老後まで言う。
孫ができても「昔ジャパンカップで俺様がな」って始めるタイプだ。
最低だ。
「なあなあ今どんな気持ち!?無敗の皇帝さんに、初黒星ついちゃった気持ちはどう!?!?」
この野郎!!!
その時、観客席の方からさらに大きな歓声が上がった。
ビールの騎手が、軽くガッツポーズしたからだろう。
ビールはその気配だけでますます調子に乗る。
「見たか!!見たか見たか見たか!!」
「見てますよ」
「俺様の騎手も最高だろ!?最高の騎乗と最高の馬の奇跡の合体だ!!」
「今日のビール、だいぶ感じ悪いですね」
「勝者の余裕だ!!」
「余裕っていうのはもう少し静かです」
「違うね!!本当に強い勝者はうるさいんだよ!!」
「どこの文化圏ですか、それ」
「ゴールドファームだ!!」
「ローカルルールすぎる……」
横で、ダンシングトニーが、ぴくりとも動かずに前を見ていた。
だが、わかる。
怒ってる。
あれはもう、欧州の気品とか格式とかそういうものを、ギリギリ理性で支えてる怒りの立ち方だ。
「おやおや!?二着と三着、プルプルしてんじゃねぇか!?」
くそ、調子に乗ってやがる。
「悔しいのか!?そりゃ悔しいよなぁ!!なにせ一着は俺様だからなあああああああ!!!」
うるさい!
勝ったやつが一番うるさいの、たぶんルール違反だと思う!!!
必死に外面を取り繕う俺の隣で、トニーがついにキレた。
「ビール、貴様……」
低い声だった。
かなり低い。
欧州の深い森から亡霊が出てきそうな声だ。
「我は貴様を認めてやってもいいと思っていた」
「うん?」
「だが、考えを改めよう」
「へえ?」
「今すぐ欧州へ連れて行って、芝二千四百を十回走らせて十回捻り潰したい」
うわ、「屋上に来いよ」の「凱旋門賞に来いよ」版だ。
コイツにしか許されない呼び出しだろ。
だが、そんなトニーの静かな怒りもなんのその、ビール、絶好調である。
「いやあ、それにしても最高だな!!」
「何がです」
「強いやつぶっ倒して勝つの、超気持ちいいな!!!」
最低である。
最低だが、少しだけわかるのがさらに腹立つ。
「トニーもヤバかったし!!」
「……ふん」
「あの末脚なんだよ、凱旋門の時も思ったが、おかしいだろ。ルール守れよ」
それは俺も思った。
トニーが、わずかに目を細める。
「我の末脚だからな、当然だ」
すると今度は、ビールがこっちを見る。
「で、お前もだ」
「なんですか」
「最後までしぶてぇんだよ!!」
わりと本気の声音だった。
「なんであそこからまだ来んだよ!!皐月賞とダービーの時も思ったけど、いい加減止まれ!!」
「止まったら負けるじゃないですか」
「でも勝ったの俺様!!最高!!!」
ぶっ飛ばすぞ。
そこでトニーが、ふっと鼻を鳴らした。
「結局、貴様ら二頭とも、我が思っていたよりずっとマシだったということだ」
「ほほう?」
「最後まで逃げなかった。並ばれても折れなかった。……まあ、ぎりぎり及第点だ」
その言葉は、怪物なりの最大級の賛辞なのだろう。
だが、今のビールが殊勝に受けとるはずもなかった。
「三着のくせに上からだな!!」
「三着と呼ぶなァ!!!」
ついにトニーが怒鳴った。
なんかちょっと面白いな。
周囲の他の馬たちも、ちょっと引いた感じでざわざわしている。
「うわぁ……」
「ジャパンカップ終わった直後に喧嘩してる……」
「欧州にいた時、あんなトニー見たことないぞ」
「というかアイツら全力で走った後に元気すぎるだろ」
「ビールが一番うるさいな」
「いや、ルドルフも大概だぞ」
「トニーは普通に怖い」
「結論:全員関わりたくない」
おい。
最後のやつ誰だ。
ちょっと傷つくぞ。
だが、ビールは気にしない。
今のこいつは無敵だ。
「いやあ、勝つっていいなあ!!」
――よし、決めた。
ビールは有馬記念で絶対絶対絶対泣かす。
泣くまでやる。
泣いてもやる。
いや泣いたら許してやる。
……たぶん。