軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十六話 春の天皇賞って響きにはなんか特別感ある気がする

「朔くーん、町内会長さんから来週の予定についてメール入ってるよー」

松さんから声をかけられるが、即答できない。

「えーと、たぶん弥生ちゃんがまとめてた気が……」

「朔さん、『今日天皇賞勝ったら緊急取材受けてもらえるか?』って電話が」

竹さんからも声が飛んでくるが、今日の予定……えーと。

「今日の予定は多分弥生ちゃんが残してくれたメモが……」

いないと、弥生ちゃんの偉大さを実感するなぁ。

「……朔くん、今日の晩御飯は?」

「弥生ちゃんが作り置きしてくれたおかずがあります」

ピタッ。

……ん?

松竹梅さんたちと仕事を捌いていたら急に空気が固まった。

「……朔くん」

梅さんが、重々しく言う。

「はい?」

「次回から弥生ちゃんにレース見に行ってもらうのやめましょうね」

「う」

「というか、朔くんいい加減色々覚悟したら?」

「えーと、あ、そろそろパドックの時間なので母屋に帰りますね!!」

「あ、逃げた!!」

誰だ今逃げたって言った人。

全員笑ってるだろ、わかってますよ。

「どう、もうパドック始まってる?」

「丁度いま始まったところだ」

事務所から逃げて、母屋の居間に戻ると、爺さんが湯呑みを片手に、テレビを眺めていた。

今日は天皇賞春である。

京都競馬場、芝三千二百メートル、GⅠ。

松さんたちや、最近また増えたスタッフさんたちのおかげで、こうしてテレビをゆっくり見る時間くらいはある。

俺も弥生ちゃんと一緒に行こうかと少し思ったが、なんとなく爺さんと一緒に見る方がいい気がした。

「爺さん、『天皇賞はやっぱり特別だ』って昔言ってなかったっけ」

爺さんは視線をテレビから外さないまま、短く答えた。

「……そうだな」

「行けばよかったのに」

そう言うと、爺さんはふんと鼻を鳴らした。

「桜坂が行っただろ」

そう、今回は弥生ちゃんがレースを見に行ってくれている。

その結果が事務所の惨状なのだが、まあそれはいい。

「一緒に行ったって良かったじゃん」

「飛行機代がもったいない」

「飛行機代くらいなら今は出せるのに……」

「お前、最近ちょっと金の使い方が雑だ」

う、ちょっと自覚ある。

あ、ルドルフが映った。

爺さんが画面を見ながら、ぼそっと言った。

「ルドルフ、相変わらず偉そうだな」

「うん」

「誰に似た」

「カスタードとストーンの悪いところ抽出して、クラウンが教育した感じかな」

「災難だな」

「手のかかる子ほどかわいいって言うでしょ?」

爺さんが、ほんの少しだけ口元を動かした。

笑ったのかもしれない。

「……あの甘ったれが立派になったもんだ」

その言い方が、あまりにも爺さんらしくて、俺は少し笑った。

「そうだね」

「ああ」

少しだけ、沈黙。

「……爺さん」

「なんだ」

「春の天皇賞ってどういうところが特別なの?」

折角なので素直に聞いてみた。

「……スタミナに根性、賢さ」

爺さんが、ぽつぽつと言う。

「騎手も調教師も、馬自身も、全部試される。そういうレースだ」

「へえ」

「だから特別なんだろう」

爺さんがこうやってちゃんと説明するの、結構珍しい。

だから、少しだけ嬉しい。

「じゃあ、ルドルフが勝ったらすごいな」

「今さら何を言う」

「いや、だって」

俺はテレビの中のルドルフを見ながら言った。

「改めて考えると、あいつ、わりととんでもないとこまで来たなって」

だって、少し前まで、うちの牧場にとって“オープン馬”ですらすごかった。

それが今、ルドルフは春の古馬GⅠに当たり前みたいな顔で出ている。

頭おかしくなる。

爺さんは俺の感想には何も答えずにお茶を一口飲んだ。

でも、否定もしなかった。

爺さんはテレビから目を離さないまま、重ねる。

「……お前もまあまあ頑張っとる」

「うん、ありがとう」

その会話が、あまりにも普通で、でも、だからこそ胸にくる。

大げさなことは何もない。

わかりやすい言葉はない。

でも、爺さんの中では、これがかなり大きい言葉なのだ。

俺は知ってる。

「ルドルフが無事に帰ってきたら褒めてあげようね」

「お前は甘やかしすぎだ」

そうでもないと思ってるんだけどなぁ。