軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十五話 大阪杯は兵庫県で行われています

『これは強い!サクライルドルフ先頭!!鞍上持ったまま!!桜の皇帝、今年も危なげなし!!一着でゴールイン!!!』

「……うわぁ」

とだけ、言った。

それが一番しっくりくる気持ちだった。

強すぎて、ちょっと引く時のやつだ。

馬主席のあちこちでも、ざわめきが広がっていた。

「やはり、強い」

「今年に入っても安定してますね」

「……ルドルフを倒すには、やはり……」

嬉しい。

普通にめちゃくちゃ嬉しい。

でも、皐月賞の時みたいに頭の中が真っ白になる感じではなかった。

それが、少しだけ怖かった。

「……慣れるの、ちょっと嫌だな」

ルドルフがGⅠを勝つことに、当たり前みたいに慣れていくのは、なんか違う気がした。

当たり前じゃない。

幸せなことだ。

すごく、ありがたいことだ。

でも、だからこそ、変に慣れちゃいけない気がした。

「……よし」

俺は一度だけ深呼吸をした。

落ち着け。

まずは、「今日がんばったな」ってルドルフを褒めに行こう。

「あ、桜井さん」

馬主席を出たところで、さっき鼻の違和感があった馬の馬主さんと出会った。

……これ、もしかしなくても待っててくれた感じ?

「まずは、おめでとうございます」

「あ、いえ。ありがとうございます……その、どうでしたか?」

俺がドキドキしながら聞くと、馬主さんは少しだけ表情を引き締めて頷いた。

「はい、軽い鼻出血を起こしてました。パドックの前後あたりでどこかに軽くぶつけたようです」

「……ああ」

思わず息が漏れた。

「おかげ様で大事には至りませんでした。本当にありがとうございます」

「いえいえいえ!!」

俺は慌てて首を振る。

「そんな!むしろ信じてくださってありがとうございます」

今思い返しても、よく信じてくれたな。

馬主さんは、少しだけ笑った。

「お礼に、今度一席ご馳走させてください」

「本当に気にしないでください!というか、むしろこっちが変なこと言ったのにちゃんと対応してもらって……」

「桜井さん」

馬主さんは、ちょっとだけ笑って俺の言葉を止めた。

「異常に気づいたとしても、言いに来るのは簡単なことじゃありません」

「……」

「競馬の関係者は、そういうところをちゃんと見ていますよ」

その言い方が、やわらかいのに妙に真っ直ぐで、少し照れくさくなった。

「ありがとうございます……」

頭を下げる。

馬主さんも頷いて、そのまま穏やかに去っていった。

俺はその背中を見送りながら、少しだけ息を吐く。

「……よかった」

ルドルフを褒めてやらないとな。

検量室の近くまで来ると、もう空気が違っていた。

えーと、あ、いた。

レース直後だというのに、なんかもう、「当然ですが?」みたいな顔をしている。

あいつ、本当にそういうとこすごいよな。

「ルドルフ」

俺が声をかけると、ルドルフがぴくっと耳を動かしてこっちを見た。

そのまま近づいて、首筋を撫でた。

「すごかったぞ、ルドルフ」

その瞬間、ルドルフの表情がゆるんだ。

「当然です」

外面の返事だが、明らかにドヤ顔である。

「今日もカッコよかったぞ」

「ふっ」

クロエさんが、ルドルフの首筋をぽんと叩く。

「うん、えらいえらい。今日は完璧だった」

「ふふん」

まあ、なんか「完勝!」って感じのレースだったもんなぁ。

岡部さんも、穏やかな顔で頷いた。

「うん。今日は理想にかなり近かったね」

「え?近かったってことは未だ上があるんです?」

「うん」

岡部さんがさらっと言う。

さらっと言うなぁ。

やっぱりすごいな、この人たち。

「ねえ、朔」

「ん?」

ルドルフは少しだけ顔を寄せてきた。

声の温度が、だいぶ身内寄りだ。

「爺ちゃんはもう見に来てくれないの?」

その一言に、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。

「あー……」

んー。

ダービーと菊花賞と有馬記念は爺さんが見に行った。

でも、やっぱり、昔と違って体調が万全とは言えない。

普通に働こうとするけど。

そして何より、頑固爺なので、自分から「行きたい」とは絶対言わない。

だから、俺はちょっとだけ笑って答えた。

「そうなぁ、まあ、夏になったら牧場に帰ってきて甘えるといい」

「むぅ」

本当にむぅって顔だった。

「なんだよ、その顔」

「だってぇ……」

ルドルフは少しだけ耳を伏せた。

相変わらずわがままな皇帝である。

とは言っても、毎回爺さん来るわけにもいかないし……あ、そうだ。

「じゃあ、次回は弥生ちゃんに見に来てもらうか?」

俺がなんとなく言うと、ルドルフの顔がぱっと変わった。

「あ、じゃあ『写真撮るから可愛い恰好して来い』って弥生に言っておいて」

「ホントにすごいな、お前」

「だって、勝つから」

当たり前のように勝つ前提で言ってやがる。

ルドルフの声がわからずとも、何となくやり取りの内容がわかったのだろう。

横で岡部さんが、穏やかな声で言った。

「次回、は今のところ天皇賞春の予定かな」

「あ、そうなるんですね」

「うん、朔くんとルドルフとクロエさんが良ければ、だけど」

天皇賞春、芝3200mのGⅠ。

いや、長すぎるだろ。

爺さんが昔「天皇賞はやっぱり特別だ」と言っていたくらい凄いレースだ。

クロエさんは、そんな空気をふわっと崩した。

「まあまあ、気が早いよ」

そう言って笑い、ルドルフの首筋をぽんと叩く。

「まずは今回の口取りと表彰式行こう」

「あ、そうですね」

俺は素直に頷いた。

そうして、クロエさんが空気を緩めてくれたおかげか、ぽろっと本音が出てしまった。

「……感覚が麻痺しそうで怖いです」

俺がぽろっとそう言うと、一瞬、静かになる。

ルドルフは「?」って顔だ。

たぶんこいつにはなんのことかわからないだろうな。

勝つのが当然だと思ってるから。

でも、岡部さんとクロエさんにはちゃんと伝わったらしい。

岡部さんが、いつもの穏やかな声で言った。

「怖がっていられるうちは大丈夫だよ」

「……そうですかね」

「うん。慣れたと思って雑になる方がよっぽど危ない」

その言葉は、すごくしっくり来た。

クロエさんが、そんなやり取りを笑顔で見たまま、軽く手を動かした。

「さ、行こうか」

「はい」

その声に合わせて、俺も一歩前に出る。

あ、ルドルフにも教えてやらないと。

「ルドルフ」

「ん?」

「さっきの馬、軽い鼻出血で大事にならずに済みそうだって」

ルドルフは小さく頷いた。

「良かった」

その一言が、妙にまっすぐだった。

うん、そういうところ偉いぞ、と軽く撫でてやったら頬を少しだけ寄せてきた。

こういうところ見ると少し安心するなぁ。

……ちなみに。

俺は帰りに悩みに悩んだ末に、結構頑張って調べたお店でたこ焼きを食べた。

自分自身に「俺は慣れてない」、「これは贅沢だ」と言い聞かせながら。

とてもおいしかったです。