作品タイトル不明
外伝 歌姫編5
護衛初日の夜。
イズミはミリアと交代して王女の寝室で待機していた。
王女とは思えない質素な部屋には、あまり物が置かれていない。衣類は毎回女中が用意するので、クローゼットにはあまり衣類は入っていなかった。
念のために部屋の中を調べさせてもらったイズミだが、本来なら嫌がると思ったクレオが少しだけ楽しそうにしている。
ベッドの上に座るクレオが、部屋の端で控えているイズミを見てニコニコしていた。
「な、何か?」
クルトアとは違うので、イズミはもしかしたら失礼な事でもしたのかと思い、クレオに話しかけた。だが、クレオの返答は違っている。
「いえ。私の部屋に異国の方をお招きしたのは初めてで……少し、嬉しく思っています」
イズミはそう言われると悪い気はしない。だが、これも任務だ。話してばかりもいられなかった。
「そうですか。私は亡命者でもありますから、髪の色などが珍しいですからね」
「そうなのですか? お話を聞いても?」
クレオは目を輝かせてイズミを見てくる。
(興味を持たれるのは悪くないが、流石に今は任務中だからな……)
困ったイズミは、立ったままの姿勢で悪いですが、と断りを入れる。
「私の実家は、元々東方にある島国にありました。そうですね、武器はこのようなサーベルに似た物をその国の騎士たちは持っています。向こうでは武士や侍と呼ばれていますが、この国の騎士と近い存在ですね」
イズミが簡単に故郷の事を話すと、クレオは嬉しそうに聞いていた。年齢の割に少し幼い気もしたが、イズミは嫌いにはなれない。
「亡命されたという事は、その……」
「えぇ、実家は政争に巻き込まれて国を出ました。そうでもしなければ、私はこの世にいたか分かりません」
悲しそうな顔をするクレオを見て、イズミはしまったと後悔する。もっと楽しい話をするべきだと思うと、わざとらしく咳をして話しを切り替えた。
「それでも悪くなかったと今は思っています。クルトアの学園に通い、今はこうして上級騎士の身ですから」
イズミが微笑むと、クレオも微笑んだ。そして、クレオは窓の外を見る。
「私、何も知らなくて……弟や妹たちと違って、最初から巫女として捧げられる運命でしたから。それで教育は最低限でした。外国の方ともあまり話す機会もなかったので、今日は楽しいです」
捧げられる。それは命を捧げるという意味だ。イズミもルーデルが前もってセレスティアの内情を調べていたのと、もっとも有名な話だったのでその事は知っている。
かつてクルトアすら退けた神へ命を捧げる、青い髪の一族の話しだ。
「本当はこんな事を言ってはいけないんですけど、私は襲撃された事で皆さんに出会えて嬉しかったですよ。ドラゴンも見ることができましたし」
イズミは話題を変えるために、サクヤの話しをする。
「それなら明日にでもルーデルに伝えておきます。クレオ様がドラゴンを間近で見たいと言えば、ルーデルは喜びますよ」
「ルーデル殿ですか? こう言ってはなんですが、変わった方なのですよね? ミリアさんが『あれはおかしいから気にするな』と言っていましたから」
クレオのルーデルに対する印象は、変な奴で固定されているようだった。あながち、間違いではないだけにイズミも否定しがたい。ルーデルをクルトアの騎士の基準だと思って貰うと、色々と大変な事になる。
「か、変わってはいますが良い奴です。凄く良い奴ですから!」
イズミの精一杯の弁護だった。
「フフフ、仲が宜しいんですね」
「えぇ、大事な友達です」
そう言ったイズミの表情を見て、クレオは首をかしげた。どうにも腑に落ちないのか、イズミに聞いてくる。
「恋人ではないのですか? その、ルーデル殿の事を話す時は凄く良い顔をされていましたよ?」
「違います。学園では友人でした。それに、私はちょっとした事情でルーデルの傍にいる同期にすぎませんよ」
ちょっとした事情と言えば、そんな認識でどうすると王宮が騒ぎ出してしまう。クルトアのためにイズミは、ルーデルの特別監視官に任命されたのだ。それは、重要任務だと言っても過言ではない。
ルーデルは基本的に一流の騎士に分類される。強く、そして気高く、更に忠義もある。だが、一番大事な事なのだが……馬鹿である。
それも勉強ができない類ではなく、思えば即行動で突飛な事をするタイプなのだ。竜騎兵団に入団を果たしてからも、周囲を巻き込んで数々の問題行動を繰り返してきた。しかも、クルトアにとって最大の問題は、そんなルーデルがサクヤというとんでもないドラゴンを手に入れた事だった。
『あいつが本気出すとマジで国が亡ぶ』
本気で上層部にそう思われているのは、かつてクルトアや周辺諸国に恐れられた一人の騎士の存在が大きい。
ルーデルは、その騎士――マーティ・ウルフガンを尊敬しているのだ。
クルトアの国王が『なんでよりにもよってソイツなんだよ!』と、言ったとか言わなかったとか――。
冗談はさておき、イズミとルーデルが一緒にいるのは、重要な事であるのは間違いない。
「そうなんですか」
そう言ってクレオはクスクスと笑う。
イズミが不思議に思うと、クレオは言う。
「すいません。恋バナですか? 私、そういうのをしてみたかったんですよ」
クレオは城の中で育てられた。必要な時が来るまで、ただ生きているような扱いを受けている。――イズミはそう感じてしまった。
部屋の中は質素で、とても重要な役割を持つ王女とは思えない。
「最後に夢が次々にかなって、私は嬉しいんです」
「……そう、ですか」
イズミは、クレオになんと言葉をかけていいのか分からなくなった。
◇
夜が更けてくると、城を見る事ができる宿の窓から二人が顔を出していた。
アレイストとネイトである。
ネイトは望遠鏡を覗きこむと、横に付いた調節器で倍率を変えては城を見ている。アレイストもあまり詳しくはないが、魔道具として作られたそれは高価な品のはずであった。ネイトが購入出来るとは思えない。
アレイストの実家にもあるが、父が大事そうに保管しているのを見た事が何度かあるだけであった。
「昼間の時もそうだったけど、ネイトって何者なの?」
アレイストが聞くと、ネイトは望遠鏡を覗いたまま会話をする。
「知りたいですか? 知ったら戻れなくなりますよ。先輩、私みたいな影のある女にのめり込むかも」
「ないない。ネイトにどんな秘密があるっていうのさ」
アレイストは手を振るとネイトの言葉を笑い飛ばす。そして、話題を変える事にした。
「何をしているの?」
「城の様子を確認しているんですよ。明後日には出発しますから、それまでに何が起こるか分かりませんからね」
「明後日?」
アレイストは、明後日に何があるのか思い出そうとした。
すると、ルーデルの任務も明後日にある事を思い出したのだ。
「そう言えば、ルーデルたち大丈夫かな?」
「サクヤちゃんが大人しくしていますから大丈夫だとは思うんですけどね。というか、キョロキョロして落ち着きがありませんね」
「え、それで見えるの? 見せてよ」
「どうぞ。こっちで調節すれば倍率が替わりますよ」
ネイトから望遠鏡を受け取ったアレイストが、倍率を変えてサクヤを探す。すると、城の壁から時折顔を出していた。
キョロキョロとしていて、落ち着きがない。
「あいつ、何やってんだ?」
アレイストがそう言うと、サクヤは望遠鏡で覗くアレイストと目が合った。危ないと思って望遠鏡から目を離すと、城は遠くに見える。こちらからではサクヤの姿は見えない。安心してまた覗いてみると、今度はこちらをジーっと見ていた。
「……ネイト、ありがとう」
サクヤがこちらに気が付いたとは思いたくないが、アレイストはサクヤに嫌われている。もしも見つかった場合、サクヤが動いただけでも大問題だった。
「もういいんですか?」
ネイトに望遠鏡を返す。すると、ネイトが何かを思いついたのか喋りはじめる。
「そう言えば、先輩って覗きに興味あります? なんならしばらく望遠鏡を貸してあげましょうか?」
ネイトがニシシと笑いながら望遠鏡を差し出そうとするが、アレイストは眠くなったのでベッドに戻りたかった。それに、覗きに興味はない。
「え? あぁ、別にいいや」
最近特にそうした話に興味を失いつつあるアレイストは、寧ろ覗かれないための魔道具の類を欲しているくらいだ。アレイストのハーレムには、魔法が得意な者も数名いる。そうした連中が、アレイストの入浴中であるのを察して突撃をかけてくるのだ。
「それよりもさ、覗かれない魔道具出してよ」
割と切実にネイトに頼むアレイストだが、ネイトは頬をヒクヒクさせていた。
「……私が言うのもなんですけど、本当に先輩ってズレてますよね」
「そうかな? 自分だともう気付かないや。なんか最近疲れているんだよね……あ、約束は守って襲わないでね」
ネイトはそんなアレイストを微妙な顔で見ていた。
「普通逆ですよね? 襲われるのを心配するのは私の方ですよ?」
ネイトは、お風呂上りで薄着な自身の格好をアピールするために手を広げる。下はショートパンツで、上はシャツ――しかも、下着が薄らと透けて見える。わざと色の濃い下着を付けているようにしか、アレイストには見えない。
「大丈夫だよ。頼まれても襲わないし」
即答すると、ネイトから視線を外してベッドを見る。シングルが二つ――。
(まぁ、襲われても逃げ出せるかな。最近特にそういった勘が働く様になって、襲われる前に気付くし)
ベッドに横になるアレイストは、久しぶりにゆっくり寝られると嬉しそうであった。ネイトがいるのだが、全く気にした様子がない。
「早寝早起きって素晴らしい! じゃ、おやすみ」
「うわぁ……」
ネイトが本当に微妙な顔をしていた。
◇
ルーデルは、朝になるとサクヤの様子を見に広場に出ていた。
広場は、サクヤがいるせいか少し狭く見える。それに、周囲には兵士たちがサクヤを囲んで見張りを行っている様子だった。
『あ、ルーデル』
サクヤが動き出すと、周囲の兵士たちが怯える。腰が引けており、槍を構えている者までいた。
「どうした? 元気がないじゃないか」
ルーデルがサクヤの元気がない様子に、少し心配するとサクヤは周囲を見る。
『あのね、なんかね……誰かに見られていたの。それにサクヤは、土の中じゃないと落ち着かない』
サクヤは、ガイアドラゴンという土の中で生活するドラゴンの亜種である。やはり土の中が落ち着くのか、外で――しかも知らない場所で寝るのは落ち着かないようだ。
(見られていると言われても、これだけ兵士がいれば当然か?)
ルーデルが周囲を見ると、怯えた兵士たちがルーデルに何とかしろと言った目で見てきた。ルーデルにサクヤの声は聞こえるが、サクヤの声はルーデルにしか聞こえていない。他の者たちには唸り声を上げているように聞こえているのだ。
「心配ない。そうだな……どこか近くに穴を掘れる場所がないか聞いてやろう。サクヤの特別任務は明日だからな。それまでは待機でも良いだろう」
ドラグーンとドラゴンは、心で会話をすることができる。いざという時は、呼び出せばいいかとルーデルは考えていた。もっとも、サクヤが穴を掘るのを許可して貰えるとも思っていないが。
『本当! ここって土が温かい気がするから、サクヤは気になっていたんだよね! 早く家を作りたいなぁ』
「……いや、そこまで本格的な物は流石に、な」
ルーデルが申し訳なさそうにする。サクヤは穴掘りにかんして――いや、巣作りに関してこだわりがある。いくつかの部屋を作り、一番奥の部屋を寝室にするのだ。それはちょっとした洞窟ではなく――本格的な洞窟である。
地盤などは感覚的なのか、それとも本能なのか、そういった力で適当に掘っても崩れないから凄いのだが。それを説明してもセレスティアの者には理解して貰えないだろう。
「簡易な物がいいんじゃないか? 明日には戻るからな」
『……分かった』
サクヤがションボリとすると、ルーデルは心が痛くなる。
(サクヤ……なんて可愛いんだ)
竜馬鹿であるルーデルは、そんなサクヤを見て心が痛みながらも可愛いと思ってしまっていた。
◇
「通った」
「何が、よ」
朝食を取るために、ルーデルはクレオとミリアと共に同じテーブルで食事をしている。イズミはまだ眠っているので、三人だけの食事だった。
ドアの近くでは、ベンとパサンが直立不動の姿勢で護衛をしている。三人組は兵士であり、王女と朝食を取る事は出来ない。
ルーデルとミリアは、特別という感じであった。
「いや、朝早くに、サクヤが穴を掘れる場所がないかエミリオ殿に聞いたんだ。そしたら、許可を取って来てくれた」
「……それっていいの?」
ミリアが疑ったような視線を向けてくると、ルーデルも思案する。
(少し違和感はあるな。本来ならサクヤが近くにいた方がいいと言うはずだが……それとも兵士たちの苦情が凄いのか?)
色々と考えるが、ルーデルは許可を貰ったのでサクヤをその場所に案内する計画を立てた。朝食後に場所を教え、ルーデルを城へ戻した後にサクヤがそちらへ向かう段取りはもう立てている。
女中が朝食の用意をすませると、三人はセレスティア流の挨拶をして朝食を食べ始めた。
部屋の中にパンやベーコンの香りがする。
ルーデルは王女を見ると、まるで小動物のようだと思ってみていた。食べ方が汚い訳でもない。むしろマナーはしっかりしている。
だが、ソワソワしている雰囲気だ。
(まぁ、俺とミリアを気にしているんだろうな)
そう思っていると、食事を終えて紅茶を飲んでいたらクレオがルーデルに頼みごとをしてきた。
「あ、あの……もしよろしければ、ドラゴンさんを間近で見たいのですが、宜しいでしょうか? その、イズミさんが頼めば見せてくれると……」
クレオが恥じらいながら聞いてくると、ルーデルは静かにカップを置いた。そして、真顔でクレオの顔を見つめる。
クレオが緊張したのか、体が硬直していた。
「ルーデル?」
ミリアが心配してルーデルに声をかける。だが、ルーデルは――。
「問題ありません。寧ろ、ドラゴンの素晴らしさを語るついでに空の旅など如何で――ッ! ミリア、痛いじゃないか」
「王女様をナンパしてんじゃないわよ! それにそんな事が許される訳がないでしょ!」
ミリアが荒い息使いでまくしたてると、ルーデルも確かにと納得する。ドラゴンに興味があると言われて嬉しくなったのだ。
だが、意外な所から援護が来る。
「あの……」
「何か?」
女中が声をかけてくると、ルーデルに頭を下げた。そして、必死に頼み込んでくる。
「失礼だとは思いますが、姫様を空へ連れて行ってください!」
何事かと思えば、女中がそんな事を言ってきた。流石に不味いと思ったが、その場にエミリオが現れる。
「ドラゴンですか……いいのではないですか?」
「エミリオ殿?」
昨日と違い、エミリオは柔軟過ぎる対応を取ってくる。そして、クレオに対して提案をした。
「どの道、姫様が自由にできるのは今日までですから。そうですね……いっそ、帰ってから城下へ繰り出してみてはいかがでしょう」
「それは流石に無理なのでは?」
ミリアが呆れていると、エミリオはクスクスと笑いだす。
「いえ、実は前々から考えていました。姫様には最後くらい楽しい時間を過ごして貰おうと……自分が許可を取ってまいりますので、皆さんはおくつろぎください」
そう言ってその場を後にするエミリオの背中を、ルーデルとミリアは見つめていた。昨日との違いもそうだが、問題はもっと別にある。
「なんか凄く違和感があるわ」
ミリアの言葉に女中が答えた。
「そんな事はありません! エミリオ様はセレスティア最高の騎士である方です。姫様の事を考えておられるのです。私も、何かできないかと必死で……」
女中が無礼を詫びて頭を下げてきた。すると、今度はベンとパサンがルーデルに頭を下げてくる。
「ルーデルの兄貴、俺からも頼む! 姫様に城の外を見せてやってくれ!」
「たのむんだな、ルーデルの兄貴!」
ミリアは、二人がルーデルの事を兄貴と呼ぶと笑いを堪えていた。ルーデルはクレオを見る。
(まぁ、クレオ様がどう思っているかだな)
ルーデルがクレオに声をかける。だが、クレオは下を向いていた。
「クレオ様は今の意見に何か……クレオ様?」
顔が赤く、少し震えているクレオはルーデルの顔を見上げるとアタフタとしていた。
「わ、わたひぃ! その、あの……ナンパは初めてでして!」
(あ、噛んだ)
ルーデルは、呑気にクレオが私と言う所で噛んだのを気にしている。隣のミリアが頭を抱えていた。それを見て、パサンが呟く。
「姫様は恋をしたんだな」
「え? そうなのか、パサン! 誰だ! 姫様は誰に恋をしたんだ!」
ベンがパサンに詰め寄ると、パサンはニヤニヤしながらルーデルを見ていた。