作品タイトル不明
掃除係りと酒場
王都の表通りは、明後日のお披露目を前に賑わっていた。
賑わう表通りを、新人ドラグーンたちは堂々と歩いている。別に威張るつもりはないが、精鋭であり、国の勇者として認められたドラグーンだ。
謙虚にするのも、卑屈になるのも問題だ。
そんな一団の中で、ルーデルは上機嫌だった。団内ではよく話すサースが、気になって聞いてしまうほどに。
「偉く機嫌が良いな、ルーデル。副団長に呼ばれて編隊飛行から外されたから、もっと気にしてると思ったぜ」
サースは目つきが鋭く、口の悪い男だった。だが、同期の中では一番親しい。憎まれ口は叩きながらも、仲間の事を心配する男だと、この半年近くを共にしたルーデルは気付いていた。
「わかるか。実はその編隊飛行の件がどうにかなりそうでな。曲芸飛行は出来ないがきっと驚くと思うぞ」
ミスティスとの会話を思い出し、ルーデルは笑顔になっていた。周りの同期も、サースまでも納得しているルーデルに安堵しているようだった。
一度ドラゴンに家出されているだけに、今回も逃げ出さないか心配だったのだろう。
表通りを歩く人々、特に男性の視線を集めるエノーラは、ルーデルの横を歩いていた。ドラゴン同士の空中戦以降、何かと友人の様に接している。休日に食事に誘われる事も多く、二人の距離は確実に近付いていた。
そんなエノーラは、表通りの賑わいが少し煩わしそうである。
「どうした、エノーラ。お祭り騒ぎは嫌いなのか?」
ルーデルは、エノーラへと視線を向けると他の同期たちの視線まで彼女に集まる。良くも悪くも、ルーデルは新人たちのリーダー格になっていた。
相棒であるサクヤが、正式に竜舎を支配した事も関係しているのだろう。
全員の視線よりも、ルーデルの視線を受け止めるエノーラは少し慌てて否定する。
「別に嫌いではないんだけど、流石にこれだけの規模になると店に入るのも大変じゃない。どこも集まってきた騎士団の新人で占領されてるわよ」
エノーラがそう言って視線を手近な店に向ける。確かに、表通りに面している居酒屋風の店舗は、騎士風の若い騎士たちが大勢で占領していた。別に悪いという事でも無い。この時期の王都では、この光景は風物詩といってもいいだろう。
だが、自分たちも明日は酒が飲めない。団内の規則――。というよりも、オルダートからの命令だった。
『俺が遊べないのに新人が楽しむのが気に入らないから、前日は酒を禁止にする!』
冗談で言っているのか、本気なのかは新人たちには分からなかった。ただ、大切なお披露目で、ドラグーンが二日酔いというのは確かに不味い。新人たちもそれは納得している。
「酒を出す所はほとんど埋まってそうだな」
ルーデルが楽しそうに飲んでいる騎士たちを見ながら呟くと、ルクスハイトが提案してきた。この手の事は、ルクスハイトが同期で一番頼りになる。
エノーラも王都にある有名店をいくつか知っているが、飲み屋となると専門外らしい。
「こんな事もあろうかとってね! 前もって先輩方に色々聞いて来たよ」
「流石だな、うちの宴会担当は」
「え、俺ってそんな担当なの? もっと参謀的な立ち位置だと思ってたのに」
サースの嫌味にルクスハイトが冗談で返すと、全員が笑う。そんなドラグーンの新人たちを、周りの通行人たちは不思議そうに見ていた。
「それはそうと、この時期はどうしても込むからね。色々と聞いた結果、どうにも高級店が良いらしいよ。もとからサービスも良いし、客が溢れるところは面倒なんだってさ」
飲んだ辺境の騎士たちが、精鋭であるドラグーンに絡む事は多い。その度に時間を無駄にするのも馬鹿らしいので、割と品のある高級店がお勧めなのだとか。
「高いのはちょっとな」
サースが渋るが、ルクスハイトは言い包める。
「ドラグーンが安い店に行ってもしょうがないだろ。時々は良いけど、立場にあったところに行くのも大事だぜ。それにさ、俺たち高給取りだから!」
そう、ドラグーンの給料は実に高い。ルーデルはあまり気にしてないが、それこそ貴族とは名ばかりの騎士級の家系のサースやルクスハイトには信じられない金額だったのだ。
「いや、そうだけどさ」
サースが渋るのを、ルーデルは笑いながら見ている。家族が多いサースは、実家に仕送りをしているのだ。対してルクスハイトは、そういった事を気にしないでいい立場である。
「流石に今回はルクスハイトに従おう。店を探す時間も惜しいからな」
ルーデルがルクスハイトの意見を指示すると、全員が納得して有名な高級店がある方へと彼らは歩いた。
◇
明後日のお披露目を前に、カトレアは上司であるリリムの元を訪れていた。
本来なら報告書を提出し、そのまま新人たちを連れて飲みに行きたかったのだ。ただ、それをリリムが有無を言わさぬ笑顔で制止した。
カトレアはリリムの中隊に属しており、命令には逆らえない。それ以上に、前回のルーデルの件で責任を押し付けた事を根に持たれていたようだ。
中隊長格が使用する執務室で、カトレアは書類整理を手伝わされていた。確かに押し付けた事は認めており、悪いとも思っている。だが、口からは不満が出た。
「あ~あ、この後は飲みに行くつもりだったのに」
カトレアが書類を一枚終わらせる度に、口からは文句が出ていた。リリムは無言でカトレアの倍以上の書類を片付けていた。流石に我慢の限界に来たのか、リリムは注意をした。
「カトレア、いい加減にしてくれるかしら? この書類のほとんどが、貴方が私に責任を取らせた結果だとわかってるわよね?」
リリムはその 瞼(マブタ) と開き、薄らとその黒い瞳を見せる。
「そうでしたっけ? でも、最終的には副団長が責任を取りましたよね。なら、それでいいじゃないですか」
「……そうね。最終的には副団長が責任を取ったわ。でもね、アンタが私に押し付けた仕事は無くならないのよ!」
「責任を取るのが責任者の仕事ですよね、中隊長殿」
話を切り上げて次の書類に取り掛かるカトレアの態度に、リリムは拳を握って震えていた。やろうと思えば、カトレアも仕事は出来るのだ。それこそ、リリム並みに書類仕事もこなせるだろう。
しないだけ、というのが性質が悪い。
――書類を書き終えると、リリムはカトレアにお茶を出す。流石にこのまま追い返すには、気が引けたようだ。すると、話は最近の新人たちの話題になる。
「それで、優秀そうな子はいたのかしら?」
「……四名ですかね。まぁ二名は決まりですけど、残りの二人は曲者って感じですよ。性格がひねくれてるのと、軽い感じの二人です」
カトレアは、二人を思い浮かべるとオルダートの顔が浮かんだ。団長であるオルダートも、カトレアから言わせると曲者である。
「そう、四名は今後の主力になれそうなのね」
リリムはそう呟くと、自分で淹れたお茶を飲む。カトレアと違い、彼女は寿命が長いエルフだ。当然、働ける期間が長いという利点がある。それは、竜騎兵団の中核として期待されている面もあるのだ。
真剣な話をする二人だっただが、カトレアがエノーラの話題を出すと急に愚痴っぽくなる。
「それよりもエノーラですよ! あの乳お化け、最近はずっとルーデルにアタックかけてピンク色の雰囲気作り出すんで困ってるんです。この前も抱き着いてましたよ」
「……それは問題よね。うん、団内の風紀が乱れているわ」
「ですよね! あいつがルーデルに抱き着くと、副団長の機嫌が悪くなってしょうがないんですよね」
「そういえば、数日前に王宮に来た時は少し荒れていたわね」
「あぁ、あれは違います。ルーデルがエノーラの気持ちに気付かないんで、流石に腹が立ったみたいですよ」
「相変わらずね」
呆れた口調のリリムだが、カトレアは見逃さなかった。リリムが、一瞬だけ嬉しそうにした表情を。
◇
ルーデルたちドラグーン一行が店に入ると、運よく席が空いていた。
しかも都合がいい事に、そこには懐かしい面子が揃っている。学園時代を共に過ごした、リューク、ユニアス、アレイスト、ミリア。更にイズミまで揃っている。
「なんだ、みんなも来てたのか」
笑顔で席を確保するルーデルだが、周りの雰囲気は実に重かった。他のテーブルは楽しそうに会話しているが、ルーデルたちが確保した席周辺は、会話が少ない。いや、ルーデルが来た事で会話が始まったようだ。
「久しぶりだな」
「よう」
「あ、ルーデルだ」
「……どうも」
イズミを見たルーデルは、上級騎士の制服を着こなすイズミを見て安心する。半年前に見た時よりも大人びた印象は受けるが、ほとんど変わっていない様で安心した。
「ルーデル、久しぶりだね。元気だったかい」
「あぁ、サクヤも元気だよ」
「そうか、それは良かった」
二人の会話を聞いて、エノーラがルーデルの席の隣に座る。ルーデルは気にもしないで、エノーラを紹介しようとするが、ルクスハイトが耳打ちしてきた。
「おい、何だよこの面子。それにこの重い空気は何?」
言われて初めて周りを見れば、確かにリュークもユニアスも会話をしていない。取り巻いている連中も、学園から職場に代わった事で一新された印象だ。以前は同じテーブルで食事をしていただけに、ルーデルにも違和感があった。
「リュークもユニアスもどうしたんだ?」
ルーデルが二人に声をかけると、ユニアスの周りの騎士たちが鋭い視線を向けてくる。しかし、ルーデルたちがドラグーンだと知ると急に視線が泳いだ。
二人が何でもないと言うと、また会話が途切れる。
周囲とは違った雰囲気が、その場を支配しているようだ。ただ、耐えきれなくなった者がいる。アレイストだ。
「よ、よう、ルーデル」
「元気そ……でもないな、アレイスト。どうした? やつれてるぞ」
アレイストの表情は無理をして笑っているような感じだ。アレイストのテーブルを見れば、男女比が異様に偏っている。リュークやユニアスが男ばかりのテーブルで、ルーデルたちの所は女性が二名。
ただ、アレイストのところだけ、男性一名の女性が八名と明らかに華やかである。
羨ましい限りだが、非常にピリピリとしていた。イズミは疲れた表情をしているが、ミリアは黙って食事をしている。ただ、機嫌が悪いようにも見えた。
「まぁ色々とね。あはは」
苦笑いをするアレイストだが、テーブルには知らない顔が多い。ルーデルは、隣に座るルクスハイトに声をかける。この手の事は、ルクスハイトが一番詳しいというのが、同期の認識だった。
「あのテーブルをどう見る?」
「え~、俺も初めて会った人の事は分かんないよ? でもさぁ、なんか異様にピリピリしてるよね。黒髪の子は巻き込まれた感じかな? エルフの子以外はあの野郎の彼女かな? でも、野郎はエルフの子を気にしてる感じ? こんなところだと思うけどね」
「そうか、アレイストはまた彼女が増えたのか。流石に問題だな」
「そうだね。気付かないのも問題だと俺は思うけどね」
「そうか?」
ルーデルはルクスハイトの言葉を理解できないでいると、アレイストのテーブルに視線を向ける。確かに、アレイストが女性に囲まれている。学園でも見慣れた光景だった。だが、こちらもメンバーが一新されていた。
流石に全員が彼女ではないだろうが、婚約者が五人はいたはずだ。これ以上は流石に厳しいのではないかと、ルーデルは心配する。アレイストの事なので、自分は口を出せないと思いつつもこえをかけようとした。
すると、アレイストと同じように耐えられなくなった者が現れる。
ユニアスの席から、一人の若い騎士数名がアレイストのテーブルに声をかけたのだ。
「そこの親衛隊の女共、少しは気を利かしたらどうだ」
「ここにいるユニアス様は、大公家の出だぞ」
「 酌(シャク) をするくらいしたらどうだ」
ユニアスの表情を見れば、実に不快そうにしている。どうやら、ユニアスの気持ちを理解していない取り巻きのようだった。
「お前ら――」
ユニアスが取り巻きを止めようとしたのだろう。しかし、その声はリュークによって遮られる。
「全く、これかだからディアーデの派閥は困る」
その場の視線が一気にリュークに集まると、本人は気にしないかのように食事をしていた。逆に、リュークの取り巻きたちが慌てている。
「はぁ、またかよ」
アレイストが頭を抱えるように苦悩をしている事から、自分たちが来る前に何度も起きたのだろう。ルーデルがイズミに視線を向けると、首を横に振った。
「さっきから口を開くとこんな感じでね。ミリアが怒って困っているよ」
「怒ってないわよ」
即座にイズミに言い返す当り、ミリアが思う所があるのだろうとルーデルは理解する。ただ、今回はこれまでとは違うようだ。
「ちっ、気が利かない連中だ」
「亜人に異国の女を連れているような奴だ。期待した俺たちも悪い」
「確かにな。好きものがいたものだ」
ユニアスのテーブルでは、そういった笑いが起きる。ルーデルが立ち上がると同時に、アレイストも立ち上がる。エノーラやルクスハイトが、素早くルーデルの腕を掴む。だが、アレイストのテーブルではそれが出来なかったようだ。
アレイストがユニアスたちのテーブルへと向かい、笑っていた連中を睨みつける。
周囲もけんのんな雰囲気に気付いたのか、店自体が静まり返っていた。