軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「ヤスもクソガキも帰ってこねェ。お前もだ、ナガ。当然死んでいると思っていたァ。俺も散々に刺されながら、どうにか逃げ延びたんだがなァ。おかげで、奥歯2本と舌の1割を持ってかれちまった」

べろりと伸ばした舌は、虫食いのように一部欠けている。

突かれ、絡みつかれ引きずり倒され、振り下ろされた刃。それを顔を横に向けて間一髪で致命傷を逃れた――そんな傷跡だ。

「元気そうで何よりだよ。で、お前みたいな半グレ崩れの四分の一グレ野郎が、なんでこんな場所にいんだよ」

「ナガァ、テメェも一緒だろうが。ああ? 世間から英雄様扱いで図に乗ってんじゃねえのか? ヒョロガキの斥候に、殺し方を教えてやったのは誰だと思ってんだァ?」

俺は舌打ちをした。

ダンジョンに無許可で潜っていた当時。冒険者と呼ばれる者たちは、全員が社会からドロップアウトした無法者たちだった。

無法者っていうのは、ただ心構えがそうあるだけではなれない。

他者を威圧する、他者を傷つける、生き物を的確に殺す。どれも我流で簡単にできるもんじゃない。

ファストフードのアルバイトにだって研修は必要だ。暴力だって、経験者から教わる必要がある。

あのとき、あの地域にいた暴力に不慣れな者たちは、みんなメガネの背中を見て暴力を覚えていった。

「で、なんだ。先輩風吹かせに来たのか? それとも喧嘩売りに来たのかよ」

コツ、コツと足音が近づいてきた。硬いレザーソールの革靴の音。金の臭いがする足音だ。

身長180くらいの、光沢あるダークスーツの男がトイレに入って来た。

きっちりスリーピースを着て、紺色のネクタイを締めている。が、フォーマルな格好に似つかわしくない、縦横無尽に剃り込みが入った坊主頭だ。

スマートウォッチを留める金のバンド。その下の腕がやけに太く、血管が浮いている。かなり鍛えこまれた肉体だな。

「オヤジ、生で見るとデカいっすね」

「ナガは昔からタッパはデケェんだよなァ」

ゴツい男が、俺とメガネの間に割り込むように立った。負けん気に満ちた目が、息がかかりそうな距離で俺を睨み上げる。

「どうも。『牡羊の会』実働部部長の 関(せき) です。よろしく」

牡羊の会。こいつが。

反射的に膝が出た。 関(せき) の固い腹筋にめり込む。 関(せき) はがくりと床に膝をついた。折角の良いスーツが台無しだな。

冷汗を流す 関(せき) の頭越しにメガネに言う。

「っつーことはお前が牡羊の会の代表か? 商売やる前の挨拶でもしに来たってとこか」

「まぁ、そんなとこだな」

「じゃあ便所にクソ連れてくんなよ。クソ出すとこであって、持ち込むところじゃねぇだろうが」

「言うじゃねぇかァ。おい、お前が軟弱なせいでナガに舐められてんぞ、 関(せき) ィ」

メガネが関と呼ばれる男に、低い回し蹴りを入れた。脇腹につま先が突き刺さる。

転げた 関(せき) の鼻に、メガネの 踵(かかと) がめり込む。

「俺に! 恥を! かかせんじゃ! ねェよ!」

繰り返し下ろされる靴。 関(せき) は血で汚れた顔を腕で庇いながら「すんません、すんません」と詫びた。

おいおい、仲間にそこまでやるか。

「まァ良い。ナガもよほどダンジョンで揉まれたみてェだからなァ」

メガネは笑いながら、懐に手を入れる。すっと自然な動作で出したのは、スライドに独特の凹みが入った拳銃。

大昔のヤクザが好んで使っていたという、ソ連の拳銃トカレフだ。

俺の腹に銃口が合わせられた。

うっそだろおい。この時代の日本で、拳銃出てくるかよ。

銃口はBB弾を撃つおもちゃと違い、しっかり太さがある。なんで実銃持ってんだ、こいつ。

「安全装置がかかってるぞ、ルーキー」

「ねぇよ、この銃には」

一応ハッタリをかましてみるが、ダメだ。そうだよな、トカレフは安全装置がないから、危ないってんで有名な銃だった。

メガネは銃を奪われないように、自身のへそに近い位置に手首を当て、銃を固定している。銃口を逸らすとかのアプローチは無駄だな。

「ここで撃てば、てめえが社会的に終わるぞ」

「代わりにムショ入る奴くらい用意してるに決まってんだろォが」

無茶苦茶だ。

こんな時代にトカレフが出てくるってことは、新規に輸入したとかじゃなくて、元から日本にあった違法なものを、どうにか手に入れたっつーことだ。

国内によっぽど広く伝手を持っていると見える。25年間で出世したもんだな、おい。

「ナガ、お前よォ。牡羊の会に入らねェか? 俺の下につけ」

「銃口向けながらリクルートか。イギリス海軍じゃねえんだから」

「ヤクザな商売なのは変わらねェだろ?」

「それもそうだ」

俺は肩をすくめた。

「『牡羊の会』に入れ。んで、聖剣も寄越せ。余計な真似すんじゃねェ。じゃねェと、死体の1個や2個を用意しなきゃならなくなる」

ありきたりな脅し文句だ。

あくびが出た。つまんねえよ、そういうのは。

「撃ちたいなら撃てよ。撃ちたくねえってんなら、俺も丁寧に断ってやるからよ。羊羹は無理だが、キャベツ三郎くらいはつけるぜ。12個入りで1600円だ」

メガネの額に青筋が浮かんだ。

「てめェ、自分が強くなったと思ってんなァ? お前1人が強くなったところで意味はねェぞ。そうだなァ……」

メガネの口元が歪んだ。

囁くような、優しさすら感じる小声で、とある住所を言う。

「そこで2個は用意できるかァ?」

その住所には覚えがある。

ついさっきまで、俺がお茶シバいてた場所だからな!

頭の中で血が 沸騰(ふっとう) していくような錯覚を覚える。奥歯がぎしりと鳴った。

手が、動いていた。

パン。乾いた音がする。

伸ばした右手が、メガネの首を掴んだ。肉を潰しながら、指が食い込む。

腹に熱いものを感じる。

パン。パン。

続けて2発の銃声。腹、右太もも。当たったのはわかる。血も出ている。が、それだけだ。

首を掴んだ右手だけで、メガネの体を宙に吊り上げた。足がじたばたと宙を泳ぐ。

「死体づくりはこの場で2個だ、クソ野郎」

「させるか!」

立ち上がった関が、ドスで俺の腕を刺した。右手から力が抜ける。メガネの体が床に崩れ落ちた。

即座に左手で関の頭を掴み、便器に叩きつける。派手な音と共に、白い陶器が砕けた。

赤と白のグラデーションの中で、壊れた水管から水が噴き出す。

「げほっ、おぇぇっ」

メガネが透明な液体を吐き出しながら、ゆらりと立ち上がった。

「あ~~~、撃っても止まらねェかァ、化け物め」

その顔面に拳を叩き込んだ。骨を砕く感触がした。

床に拳銃が落ちる。ごつんと重たい音を立てて、床に転がった。

仰け反ったメガネの体が、ゆっくりと元の位置まで戻って来る。左の白目を真っ赤に充血させながら、メガネは笑った。

飛んできた金的蹴りを太ももの内側で止める。続けて、曲げた指の爪が目に伸びてきたのを額で受けた。

左膝の力がかくんと抜ける。視線を落とせば、いつの間にか膝に細いナイフが刺し込まれていた。

「暗器はズルだろ」

表面に麻酔か毒でも塗ってあんのか?

ぼんやりと感覚が鈍っている。

首を狙う次のナイフを、メガネの手ごと握って止めた。捕まえたぞ、ちょろちょろしやがって。

至近距離で睨み合う。握った手に力を込めれば、鋭い痛みと、細い骨を握りつぶす感触が同時に手の中に生まれた。

「よしよし、痛み分けにしようじゃねェか」

表情を歪めながら、メガネが 嘯(ふそぶ) く。

その腹に前蹴りを叩き込んだ。メガネの体がくの字に曲がり、トイレの入り口横の壁まで水平に吹っ飛ぶ。

先ほどの音が大きかったせいか、どやどやと複数人の男がトイレに入って来た。

「オヤジ!?」

「関さん、生きてますか!?」

「やってくれたのぅ、ワレ!!」

殺気立つ男たちを、立ち上がったメガネが手で制す。

「いい。わかったわかったァ。今のところは手を出さないでやる。さくっと殺せそうにねェんだ。ここでダラダラやり合うのはデメリットしかねェ。続きはダンジョンでやろうじゃァねェか」

「いや、逃す理由がねえよ。ここで全員殺す」

右腕と左膝に刺さったままの刃物を引き抜いた。それをメガネに向ける。一瞬だけ血が流れ、すぐに止まった。世界樹の苗のお陰だな。

メガネの頬を、初めて冷汗が伝った。