軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

222

腕に走る激痛が、神経を通って脳に全力で信号を送り込む。一瞬目の前が暗くなるような苦しみの後、急に楽になった。脳内麻薬が出たらしい。

素早く状況を確認する。

弧を描く牙のようなギザ刃がしっかり肉に突き刺さっていた。血に濡れたトラバサミは黒くつやつやと光沢を魅せる。ありがたいことに、赤錆ではなく黒錆で保護されていたようだ。

しっかしコレ、クマとかに使うサイズだな。人力で外せるとも思えねえ。

「借りるぞ、グレンデル!」

――大丈夫だ、使えるはず。あいつは約束を守る。

オークの奴らは命運を預けておいて、力を貸さないような種族じゃねえ。

体の中心部から、怒りに似た闘志とエネルギーがこみ上げてくる。大量の油を炉にブチ込んだかのように、体そのものの熱量が上がっていくのを感じた。

膨れ上がる筋肉が軋み、トラバサミを純粋な物量で押し上げていく。さらに脂肪の層と頑丈な皮膚、そして剛毛すらもがトラバサミをこじ開けていった。思い切り腕を引けば、いとも容易く金属が引きちぎれる。

「っすーーーー」

自分の息がうるさい。ただの呼吸にすら湯気が混じるようだ。

同時に、脳を苛立ちが灼く。俺をぶっ飛ばした見えない敵をボコボコにねじ伏せてやりたい。

いや、違う。待て。これは俺の意思じゃねえよな?

「ヒルネ!! 釣れたが俺らとは相性が悪い!! ユエのところまで下がるぞ!!」

まず、行動方針を言葉に出す。次に有言実行する。

言語は鎖だ。人という枠組みに――野生ではなく思考と理性に、脳みそという肉を繋ぎ止める。

アドレナリンか知らんが、化学物質なんかに支配されんな!

「はいはーい! ナガさん、下がれますか!?」

「大丈夫だ! 先に出ろ!」

俺は壁に両手をついた。一点に集中させず、全体にじんわりと圧を掛けていく。建物自体が軋み、建具が破断する音が鳴った。

この体、まるで重機だ。世界樹の苗とは質の違う怪力を持っている。その代償に、過剰な戦闘意欲が湧いてくるようだった。

バキン、と館に致命的なダメージが入った音がする。背後から触手の気配が迫っているが、俺の方が早いな。締め上げずに吹っ飛ばしたお前の判断ミスだ。

柱が折れ、建物の壁が外に向かって大きく傾き始める。それと同時に、屋根が丸ごと落っこちてきた。自分の頭上に落ちてきた梁を拳で打ち払う。

あっという間に建物の地上部分が完全に崩壊した。

瓦礫の山を突き破る形で、俺は這い出る。同時に変身が解けた。

痛みや傷は残っていない。流石はオークのタフネスだ。

「王! 無事か!?」

「ユエ! こっち来んな、触手がいる!」

潰れた建材に、散らばった銅板の屋根瓦。それらが不気味に波打つ。下に埋まった触手が、それでも引っ込まずに俺を探しているようだ。

タフで鈍く、感覚器官も弱いってところだろうか。

周囲に集まる探索者たちが、固唾を呑んで俺を見つめていた。

なんだろうな、この感覚。遠足の引率をしている先生ってこんな感じか? いや、ちょっと違うか。ガキンチョはこんなに大人しくない。

ただ、アヒルの子みたいに一生懸命に見てくる様子には、不思議と何かタメになることをしてやりたい気持ちになった。

「……埋めちまえば可視化出来る、か」

「離れろ、王よ! 染み出てきている!」

素早く飛び退き、ユエの近くまで戻る。

「何が染み出してんだ?」

「より細く、より不定形の触手だ。瓦礫の隙間を這い回り、王を探しているようだ」

「うげ。この建物、何がどうなってやがる?」

建物っつーか、既に瓦礫の山なんだけどさ。

ユエは首を傾げながらも、真剣な眼差しで俺には見えない触手を見つめていた。

「……精霊を知覚できる者にしか見えんということは、おそらく精霊に近しい存在なのだろうが……、精霊は物理的な肉を持たん。神話科学でも物理化学でもない、狭間の存在が潜んでいるのかもしれん」

「なんでそいつが出てきちまったんだ。建物壊したからか?」

そしたら完全に俺のせいである。しかし、ユエは首を左右に振った。

「恐らくだが、王権だ。探索者にもヒルネにも反応せず、私が操る屍と王に対してだけ強く反応している。王権を持つ者が地下に入るのを拒んでいるようだ」

「なるほど?」

『黙り込むチャタレー』は無駄に罠まみれで、死傷者を多数出した割にはロクな発見がなかった。しかし、それは王権を持つ者にしか意味の無い場所だったからか。

「しかし、見えねぇ敵を突破しなきゃならねえと。こういう場合の定石は、インクだの粉だの撒いて見えるようにすることだが」

「新たに触手を生やす不定形の相手には無駄であろうな」

「だよな。常に噴霧してられんなら話は別だが」

戦闘中ずっとインクをスプレーしてちゃ、こっちの視界までなくなっちまう。

「灯油でも流し込んで燃やすか?」

「地下室であろう。酸素は?」

「酸素系洗剤混ぜりゃいいだろ。過炭酸ナトリウムならそこそこ安価に買える」

多摩支部:そういうこと配信で流すのやめてもらえませんか? 危険です。

:おっ、俺も探索で使ったろ!www

:ロケットキャンディーみたいなもんか。触媒は要らないんか?

:↑蛮族が知恵を付けたらお上から怒られてて草

久々にコメント確認したらクソ怒られてるんだが。

どう考えても、このご時世魔法を扱える方が危険なんだから構わないと思うんだがな。

「先に建物の外側や彫像を解析し、館の存在理由を解き明かすべきかもしれん。業腹だが、エルフの里にでも持っていけば、精霊を知覚出来る者がたくさんいる」

ユエは心底忌々しそうに言った。