軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

199

撤退から収容、世界樹の始末に至るまで、やることはあまりに多い。人手が集まりそうなのは朗報だが、それを指揮できる人間が必要だ。

もうしばらく、もうしばらくだけ耐えろ。

ドローンに吊り下げられたコンテナに指を掛ける。

「ナガ?」

スイの心配そうな声が聞こえた。

聴覚はクリアだ。思考もハッキリしている。だが、指先の感覚がねぇ。ついでに視界もボヤけてきている。

周囲に人の気配が増えているような気がした。

「……て下さい!」

「…………じゃないですか!」

なんか、時間が飛んだな。目は開いているのに、数秒間の知覚が消えていた。

トウカとヒルネの声だ。なんか遠くから隼人と柚子の声もする。

「無事だったか」

……今の声、ちゃんと出てたか?

なんかもう色々わかんねぇや。オーク含めた避難組が戻ってきたなら、撤退を始めなければ。

顔を上げようとした瞬間、指がずるりと滑った。顔から地面に叩きつけられる。痛みはない。

「ナガさん!? スイ、障壁をお願いいたします。ヒルネは私のコンテナから救急バッグを取り出して下さい!」

ぐるりと仰向けにされた。

ピンクゴールドのぼやけたシルエット。トウカだ。

しばらく水で洗い流されるような感覚。冷たいような気がする。寒いな。

一番大きな傷があるだろう腹部に、治癒魔法の温かさを感じた。

「ナガさん。声が聞こえていれば、どこでもいいので体を2回動かしてください」

瞬きを2回。

「状況を説明いたします。現在、ナガさんの体は致命的な傷を複数受けています。それらは世界樹の苗によって繋ぎ合わされていましたが……現在、苗が非常に弱っています。要するに、放っておけばバラバラになる可能性が高いです」

世界樹の苗は、傷口を縫い合わせたり塞いだりするだけ。根本的に治すわけじゃねぇ。治るまでの時間を稼いでくれるだけだ。

散々受けてきた傷が癒える前に、萎れるくらい弱ったんだから、一気にあらゆる傷口が開いてくるってわけか。

瞬きを2回。

「また、臓器を貫通され大きく損壊している影響で、腹腔内に汚染が発生している可能性も高いです」

瞬きを2回。

「そして何より……魔法での治療は、本人の体力や再生力を利用するものです。儀式魔法を使ったとて、今のナガさんを治療することは困難です」

ゆっくりと、瞬きを2回した。

詰んだ、か?

散々駆け回って暴れ散らかしてきたが、ここで終わりか?

「ですが……決して死なせません。賭けに出ます。避難先で、オークの方々と話し合わせていただきました」

障壁の前に、ずらりと大柄な影が並ぶ。彼らのうちの1人が、目頭を押さえながら太い棒のようなものをスイに差し出した。

スイが障壁を一瞬だけ開き、トウカに手渡す。

腕だ。太く逞しく鍛え上げられ、骨を模した刺青が入った腕。

「無理にでも食べていただきます。オークの王権、オークの生命力でどうにか……」

顔に、温かい水滴が落ちた。

小さく切った肉片が口元に差し出される。それを渇いて引っかかる喉でどうにか嚥下した。

全てのオークが平伏し、一斉に声を上げる。

『王よ。打ち打たれる最前線に居る肉の王よ。保身なき豚たる我らが仕える王として認める。あまねく我ら氏族の命運を、其方ただ一人に委ねよう』

どっと力が流れ込んでくるような感覚があった。全身の筋肉が張り、血が巡るような気がした。

なんとなく、元から知っていたように、力の使い方を理解する。教わらずとも、言語化せずとも、呼吸が出来るように。

体が膨張し、力と熱が込み上げてくる気がした。視界もだんだんクリアになる。目の横に、短い剛毛がチラリと覗いた。

総長に斬られる間際のグレンデルのように、猪じみた体になったのかもしれない。

「目論見通り、心音が聴こえるレベルまで回復しました」

必死な顔をしたトウカが、声を震わせながら言う。

「助かった……が、そう長くは保たない、だろ?」

「……人狼の王権と同じであれば、その通りです」

王権で他種族の能力を使えるのは短時間限定だ。グレンデルから力を借りて生きながらえても、数分で効果が切れれば、また瀕死に逆戻りする。

「ですので、人間を辞めてもらいます。申し訳ありません。今は、この手段しか思いつきません」

「人間を辞める?」

今更過ぎないか?

そんな考えは、オーク達の次に障壁の前に来た連中達を見て、一瞬で消し飛んだ。

オドアとゴブリンマザー、あとオマケでシャベルマン。シャベルマンは関係ねぇだろうが。

「まさか……!」

思わず声が漏れる。

オドアが跪いた。

「王よ。死地にて生き続ける戦奴の王よ。ケル氏族を率いるオドアが仕える王として認める。あまねく洞窟に住まうゴブリン達の命運を其方ただ一人に委ねよう」

再度、理解する。いや、今回ばかりは理解してしまったと言うべきか。

ゴブリンが特異的に持つ――ゴブリンをゴブリンたらしめる能力。それは、適応力。

「申し訳ありません……」

トウカが歯を食いしばりながら、深々と頭を下げた。

「ごめん、ナガ。でも生きていて欲しい」

スイが謝りながら障壁を解除する。

「きっと、いい感じになりますよ」

ヒルネが無理した表情で笑った。

俺の真横に、巨大な顔が寄る。生臭く温かく、湿気った空気がぶわりと吹いてきた。

ゴブリンマザーのネットリとした舌が、俺の体を絡め取る。

マジかよ。嘘だろ。やっぱりこうなるのかよ。

どこからか、爆笑する声が聞こえた。

「隼人! てめええええ!!」

「はっはっははははは! やっぱり永野さんは予想を越えてくる!」

柔らかくヌメる狭い空間に、足から引き摺り込まれていく。

「ちょっ、コレ死ぬより覚悟いるもんじゃねぇのか!?」

本気かよ!

胸までゴブリンマザーの口内に飲み込まれた。どうにか顔を上げると、俺を見つめる、仲間か疑わしいアホどもの顔が並んでいた。

スイはなにやら覚悟ガンギマリの目をしている。怖い。

トウカは変なことが起きれば腹でも切りそうな、思い詰めた顔をしていた。

ヒルネは不安八割、期待二割といった表情。

そして隼人は爆笑し、柚子は目を逸らしていた。最後に見えたのは、羨ましそうに親指の爪を噛みながら俺を見つめるシャベルマンの顔だった。

どこが羨ましいんだよ!!!!

視界が暗闇に閉ざされた。