作品タイトル不明
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スイが俺の頭頂部あたりをしげしげと眺める。
「うん、やっぱり萎れてる。完全に枯れたわけじゃなさそうだけど」
「……マジか」
自分の手でも触れて確認してみた。しんなりとした感触だ。つやっつやで硬かった双葉が、湯通ししたホウレンソウのようになっている。
世界樹の苗が、死にかけている。
「もしかして、アレか? 上層に広がっていた世界樹の影響範囲がなくなった、ってことか?」
「知らないけど」
「すまん」
知るはずねえわな。一刀両断されて驚いたが。
世界樹の勢力圏では植物が活気づく。まぁ、世界樹に限らず多くの植物が似たような性質を持っている。植物は化学物質を放出し、周囲の生き物を攻撃したり守ったりして、自分に都合の良い環境に作り替えていくのだ。
そうやって世界樹が生み出した、世界樹にとって都合の良い環境に、次の世界樹が誕生する。その繰り返しで勢力圏を広げていく植物なのかもしれない。
「脱力感がやばい。世界樹の苗が弱ってるからかもしれねえ」
「どう見ても重症だからだよ」
「どんなんなってる?」
「ええ……出汁取ったあとの煮干しに似てるかもね」
「煮干し!? 死体よりひでえな」
「生きているのが不思議だけど、ナガだしね」
スイは頷いた。煤けて幾つもかすり傷の出来た顔は、修羅場に慣れた戦士の表情をしている。ちょっと前のスイなら、人間が煮干しみたいになっていたら、大騒ぎしていただろうに。
「隼人は……生きてんのか?」
「なんか楽しそうにしてたよ。柚子と一緒にいるはず」
「怖すぎだろ」
時速100キロの電柱に殴られたようなもんだろ。正直、戦死は覚悟していた。仮に死んでいなくとも、重症は負っているだろうに。
亜神の一撃を食らって、楽しくなっちまったかぁ……。
薩摩クランと妖精達の連合部隊が近づいてきた。まだ散発的に火球が打ち上げられている。世界樹を倒したあとも、ピクシーの生き残りが飛び回っているらしい。
帰ってきた俺に、小松が気づいた。血の滴る右手をだらりと垂らし、左手でピクシーを握り潰している。黒い汁が溢れる左拳を突き上げ、破顔した。
「お前ら! 総大将の帰還だ!」
地上にいる全員の視線が俺に集まる。倒れている奴の中にも、首だけ動かして見上げる者がいた。
ドルメンは……ヒゲが焦げて煤だらけのドワーフが多すぎて分からん。シャルルを探していると、小松の肩からひょこりと黒猫が顔を出した。残機ラス1ってとこか。よく頑張ったよ。
スイがそっと俺を下ろした。身長差があるから、腰のあたりを掴むように支えてくれる。
まだピクシーの数匹が飛び回っちゃいるが……いいか。
もう、無理して命の道を敷く必要はねえんだ。動ける奴が片手間に始末すりゃいい。
それに、一秒でも早く勝ち鬨を上げてやらねえと。今まさに死んでいく奴らにも、教えてあげなきゃな。
落葉と砂が舞う。戦場の熱気が生んだ風に、血と炎の匂いが混ざる。
痛み、腑抜けた体に精一杯の力を込め、拳を突き上げた。ぱらぱらと、余力のある者達が拳を掲げていく。
短く、思いの丈を叫ぶ。
「俺らの勝ちだ! 喜べ、誇りは守られた!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「勝ちだ! 勝ったぞ!」
『王よ! 王よ!』
人間が、ドワーフが、ゴブリンが一斉に吼える。声も言語も違う奴らが、同じ音色で勝利の快哉を叫んでいた。
勝利の余韻ってやつに浸りたいが、そうはいかない。俺が腕を下ろすと、皆が静まりかえった。
戦いっていうのは、敵をぶっ飛ばせば終わるってもんじゃない。きちんと、終わらせなければいけないからな。
「負傷者が多い。それに、この地下空間だっていつ崩壊してもおかしくねえ。戦力をまとめ直して、地上に帰るぞ。小松……ゴブリンもいるが、薩摩クランの拠点使っていいか」
「仰せのままに、ってな」
小松はさっぱりとした調子で答えた。
ゴブリンとの確執は深い。反対意見も出るかと思ったが、少なくともここにいるメンバーに文句は無さそうだ。まぁ、共闘していない奴らがどう思うかは分からないが……傷を癒やすまで見逃してくれるなら、それでいい。
「助かる。応援の隊士を回してくれ。ピクシーの処理と護衛を任せた」
「応」
「スイ、避難組を呼び戻してくれ。負傷者の搬送に、オークの力を借りたい」
小さく頷き、スマートウォッチで呼び出しをかけてくれた。その様子でふと思いだし、自分の手首を見てみる。着けていたスマートウォッチは、綺麗さっぱり消し飛んでいた。
やっぱりなという納得と、高いんだぞクソがという怒りと、こんな戦いだったんだから機械の1つくらいという気持ち、全てが混ざり合う。思わず口をへの字に曲げた。
「あとはトリアージして……。くそ、専門家も物資も足りねえぞ……」
あぁ、マズイ。医療リソースが絶望的に不足している。
どれだけ負傷者がいると思ってんだ。普段なら助かる程度の負傷者が、放置されて死ぬ未来が頭をチラつく。
薩摩クランの拠点を借りるにしたって、医者も看護師も物資も金も、何もかも不足している。
「ねえ、ナガ……。すごいよ」
目を潤ませ、声を震わせながらスイがドローンを引き寄せた。
俺はもちろんのこと、薩摩クラン隊士たちのドローンもピクシー落としで破壊されている。ほとんどの視聴者がスイのチャンネルに集まっているはずだ。
ドローン表面を夥しい文字が流れていた。
表示されている視聴者数は、驚異の一七〇万人。神話に名高い世界樹に挑んだからか、全世界の注目を集めているようだ。
無数の優先表示コメントが、色とりどりに画面を埋め尽くす。
:金送るしか出来ん。上限まで投げるから足しにしてくれ!
:獣医師です。素人よりはモンスター診られるはずです。急行します
:熊本県の○○病院です。こちらで受け入れ可能です!
:鹿児島市の運送会社です。物資集めて送ります
:転職活動中の看護師です。向かいます!
:地元の建築業社長です。ボランティア用の拠点設営動けます!
画面の上を流れていく言葉。その全てに、善意が宿っている。
配信を見ているやつらが、それぞれに出来る範囲で力を貸そうとしてくれている。
かつて俺が「命を見世物にしている」と批判した配信が、命を守るために機能しようとしていた。
探索者が戦い、守るだけではない。今度は、画面の向こうの奴らが俺達を守ろうとしてくれている。
:父がそこにいます。炊き出しくらいは出来ます。迷惑でなければ、行きたいです
戦いによって失われた絆が、再び繋がろうとしていた。