軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50.初夜です

その後、私たちは互いにまともな会話が成り立たず、早々に解散することとなった。

といっても、私が竜舎を後にしただけなのだが。

廊下に出ると、ひんやりとした空気が頬に触れる。

それに、私は自分がとんでもなく赤くなっていることを自覚した。

(……や、やってしまった……)

扉に背を預けたまま、私はずるずるとその場に蹲った。

幸い、周りにはひともいない。

誰に見られることなく、私は自身のドレスに顔を埋めた。

恥ずかしすぎて、もう次からどんな顔をして彼に会えばいいか分からない。

「し、しちゃった……」

ちいさく言葉を零す。

心臓は、有り得ないほどの強さで鳴っている。

言葉にするとますます現実味が増して、より、頭がくらくらした。

キスを、私が。

ヴェリュアンと。

……私から!!

は、はしたない。

彼はどう思っただろうか。

今更ながら、彼の反応が気になった。

嫌がってはなかった……ように思う。

私も私で、かなり混乱していたからまともに彼を見ることが出来なかったが、嫌そうにはしていなかった、はず。

頬も赤く染まって、耳まで赤くて──そのくちびるを思い出して、また、ひとりで呻く。

だ、だめだ。

こうしていたらいつまでたってもここで蹲っていてしまう。

変質者になる前に、早いところ自邸に戻らなければ。

私はようやく腰を上げた。

静かに深呼吸を繰り返す。

口付けひとつで、こんなに感情が乱れるとは思わなかった。

皆、こんな思いを抱えながら恋愛というものをしているのか。

周囲の令嬢の話を思い返す。

手を握られて心が踊った、だとか、視線が絡んだだけでときめきで死にそうになった、とか。

そういう話を聞いて、そういうものなのかしら、と思ったが誇張表現なのではないかと疑っていたりもした。

だけど私は、いざ自分が体験してみて──彼女達の話が真実なのだと認めざるを得なかった。

口付けひとつでこれなのだ。

これ以上となったら。

「ぁわ……あわわ」

人間、本当に混乱すると妙な声が出るものだ。

ひとに聞かれたら間違いなく二度見されるような声を出し、私は咄嗟に口を抑えた。

(これ以上!?……これ以上って、つまり、それって?)

想像出来る範囲で、【これ以上】を考えてみる。

だけどそのどれもが直視できるものではなく、さらにはいつかは私もそれを体験するのかと思うと──めまいがしてくる思いだった。

二十一の女だというのに、口付けひとつで動揺してて情けない。

情けないと思うが、平常心を装えない。

頭が上手く回らなくて、恥ずかしさのあまり涙まで浮かんでくる始末なのに。

これ以上──とか、ちょっと。

(い、いざとなったら目隠し……とか?)

それなら恥ずかしさを軽減できるかしら?

灯りは落として……。

と、妙に具体的に考える自分に気が付き、私はふたたび悶絶した。

私の誕生日が過ぎれば、結婚式はすぐだった。

綿密に打ち合わせを重ねていたおかげで、大きなトラブルもなく、結婚式は無事終わった。

夜のパーティが終わり、ついにその時になる。

アンナの手によって体の隅々まで磨かれ、香油を塗りこまれ、初夜仕様のネグリジェを身につけた私は、息を飲んでその時を待っていた。

(ま、まずはどうするのだっけ?そうよ、立ち上がってヴェリュアンを迎え入れて……)

落ち着いて、落ち着いて。

冷静に。

混乱して失言したりしないように。

ちゃんとシミュレーションをするのよ。

(ヴェリュアンが部屋を訪ねるじゃない?そしたら、迎え入れて……それで、えぇと)

頭に思い描くが、ヴェリュアンの姿はぼんやりとしていてうまく想像できない。

それより、このあとどうするのか。

どうなるのかを考えるとそれだけで頭がいっぱいになってしまった。

(……つ、疲れた……!)

もはや緊張と動揺の連続で、いやに目は冴えているし、頭も澄み渡っている。

体は石のように硬直し、ベッドの上に座ってから私は微動だにしていない。

自分では気付いていないだけで、相当疲れているのだと思う。

昨夜から結婚式の準備に、今日は式当日。

そして朝からずっと緊張の連続で──今、最高潮を迎えている。

もはや私はこのまま銅像になるのではないか、と思った時。

扉がノックされた。

正直、驚きすぎて心臓が喉から飛び出るかと思った。

彼がここを訪れるのは分かっていたし、彼が訪れた時の対応も考えていたのに、その時になって私は初めてその可能性に思い当たったかのように狼狽えた。

「ちょ……ちょっと待って」

そして、情けないことに掠れ声を出し、ふらふらと扉に向かう。

扉を開けようとして、ほんの僅かに躊躇った。

この扉を開けたら──もう、戻れない。

戻ることが出来ない。

躊躇った私に気がついたのか──彼が、扉の向こうから言った。

「今日は、お疲れ様。きみも疲れたと思う」

「…………」

「ゆっくり休んで。俺は、隣の部屋を使わせてもらうから」

「──え」

「おやすみ。シドローネ、また明日」

(隣の部屋で……寝る!?)

それは、私の予定にはないことだった。

突然のことに私は驚いて、何を思う間もなく──寝室の扉を開けていた。