軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話 混沌

血まみれの男の悲鳴とともに、暗闇の中から影が蠢く。

その影の大きさは様々。俺たちと変わらない体躯もあれば、明らかに数倍はある巨体も居る。

そして影の形は、所々が人間とは異なる。異様なまでの気を発するソレが、この賭博場に足を踏み入れて、その巨大な腕を振り上げて、這っている男に目掛けて振り下ろそうとすると同時に、その姿の全容が明かされる……その前に!

「おいっしょぉぉ!!」

「ガッ!?」

普通なら、こういった予想外の出来事が起こったら、すぐには動けるものじゃねえ。

ましてや、部屋の奥から出てこようとしていたのは、明らかに人間じゃない形をした何か。

最低でもその姿を見て、その上でどうしようかと考える。

だが、あいつは違った。

その間をすっ飛ばした。

「ブロ!?」

感覚。野生の感。本能が察知したかのように、誰よりも速くに動き出し、振り下ろされた巨大な腕に向かって、蹴りをぶつけて受け止めた。

「か~、で……なんだ~、こいつ……すっげ……」

そして、ようやく見えた姿に誰もが度肝を抜かれた。

「自由だ……ころす……ろす……コロス!」

普通の人間よりも二周りはデカイ。

全身緑色の肌に、その両手は鋭い大鎌のような腕。

人間とは完全に異なるその表情は、昆虫のもの。

「か……カマキリ?」

「こいつ……人型の巨大カマキリ……マンティス族!?」

それは、俺も図鑑でしか見たことの無い魔物。

非常に獰猛で危険種にも指定されている種族だ。

「ちょ、ど、どうなっているんだ、んだ! なんで、あの虫が逃げ出しているんだ、んだ!」

予想外のことに慌てるシツツイ。するとよく見ると、マンティスの足首に壊れた鎖や足かせが引きずられていた。

「お、おい、なんだ、あのバケモノ……ま、まさか……」

「逃げ出して、ひ、ひ……」

どうやら、シツツイが連れてきたのが逃げ出したようだ。

そのことを客たちも理解した瞬間、全員が顔を青ざめさせ……

「クソ人間共。あたいらの恨み、晴らさせてもらうよ!」

「あっ、ぬっ!? あぶね!」

そしてそのとき、マンティスの腕を止めていたブロの懐に何者かが飛び込んで、その手に持った割れた酒瓶を刺すように突き出す。

「ったく……今度は……おっ?」

寸前で飛び退いたブロは、同時に這っていた男を脇に抱えて距離を取る。

すると、ブロを刺そうとした者が顔を上げ、その姿にまた俺たちは動揺した。

「お、女?」

そう、女だった。だが、ただの女じゃない。

褐色の肌。男好きしそうなムッチリとしたボディを、ボロボロの長いスカートとへその出た短いシャツで覆っている。

長い紫色の髪は長く拘束されていたからか痛んでいるが、女の美しさを損なうものではない。

だが、その長い髪の下から突き出る耳は、女が人間ではない証し。

「ダークエルフ……おいおい、マジかい」

そう、ダークエルフだ。俺も初めて見る。

さらに……

「ウガ、コロス……ウガ、クウ……オカス」

マンティスほどではないが、それでも巨体で筋肉粒々な肉体をあらわにして現れたのは、一つ目の魔族。サイクロプス。

「キキギギギギ、ギ、ギイ!」

そのサイクロプスの足元からひょっこり現れた小さな魔族。

「ゴブリン……」

現れ、そして拘束から解き放たれた四人の魔族。

「おいおいおいおい、どーなってんだよ、こいつら! 急に現れやがって何なんだ?」

『ふむ……ほぉ……』

シツツイが連れてきたみたいだが、どうやら全員隙を見て拘束から抜き出したってことか。

だが、こいつらが何者で、どういう状況でこうなっているかを判断するよりも前に……

「おい、野郎共! 急いで、客を全員外へ逃がせ! こいつらは俺が食い止めるが、もし、それでも外に出そうになったら、根性で戦え! 地元が脅かされそうになったとき、真っ先に動き出すのが俺たち不良! 今こそ俺らの存在意義を示すときだ!」

「「「「あっ……」」」」

「考えるより、走って体を張って戦って守れ!! 以上!!」

「「「ッ、お、おう!!!」」」

現れた四人の魔族に息を飲む中、ブロが真っ先に声をあげて不良たちに指示を出す。

あまりにもシンプルな命令。『走れ』、『体を張れ』、『戦え』、『守れ』それだけだ。

「慌てず超逃げろ、客共!」

「おらぁ、俺らに捕まれや!」

「腰抜かしただぁ? 黙って俺におぶされえ!」

するとどうだ? 客たちと一緒になって青ざめていたはずの不良たちが、ブロのシンプルな指示に声を荒げて動き出す。

「お、おお……こいつら……ビビってたくせに……」

『ふん……だから不良……感情的で手が早く単細胞だからこそ……それが必要な時もあるということか……』

俺も現れた四人の魔族に動揺していたというのに、まさかブロどころか他の不良たちにまで後れを取っちまった。

ちょっと自分が情けないと思うと同時に、不良たちに呆れて笑っちまった。

「はんっ、逃がさないよぉ! この場に居る全員皆殺しだよぉ!」

「させるかよ!」

「むっ……魔人……いや、半分か……」

「ちげーよ。俺はただの、不良さ」

逃げ惑う客たちに襲い掛かろうと走り出すダークエルフ。

その行く手を阻むように、ブロが前を遮る。

ダークエルフは女でありながら鋭い眼光でブロを睨み付けて舌打ちする。

「へ……半端者があたいらの邪魔をするんじゃないよ。人間どもも……そして、あの腰抜かしている豚は最も凄惨に殺してやるよぉ」

そう言ってシツツイを殺意の篭った目で見るダークエルフ。

「だ、な、何を言ってる、お前たちは犯罪者……し、死刑のところを生かしてやったのに、その態度はなんだ、なんだ!」

シツツイは腰を抜かして後ずさりしながら、震えた口で叫ぶ。

「人間の領土の禁猟区で狩猟を行っていた……『女密猟者のダークエルフ・スケヴァーン』……他のやつらもそうだうだ! 『暴行犯のサイクロプス・ボウエイ』……『芋泥棒のゴブリン・ヤサシ』……『脱走ペットのマンティス・トウロウ』! い、生かしてやっている恩も忘れて、これはどういうことだとだ!」

四人の種族としてではなく、ヒトとしての名と、罪状と思われることを叫ぶシツツイ。

罪状が少し気になりはしたが、少なくとも相手は恩どころか恨みすら抱いている様子だ。

「罪と味わった罰のバランスが取れてないんだよぉ。魔族であるがゆえに、あたいが女囚監獄でどんな目にあったか分かっているのかい? 大体、密猟? ざけんな。元々あの山はあたいらの村があったんだ……それを薄汚い帝国軍が蹂躙したんだろうが!」

そんな罪に対してダークエルフたちは「割に合わない」と叫んで殺意を向ける。

だが、その行く手を……

「それでも、道を踏み外せば破滅と隣り合わせ……たとえ、割に合わなかったとしても、譲れない想いがあったとしても……ただの逆恨みになっちまうぜ、姉ちゃん」

「な、にい?」

「だが、こうして会ったのも何かの因果。久々だというのなら……思いの丈は俺が受けてやる。それでスッキリしろ」

ブロは通さず、そして受けてやると、こんな状況でまたメンドクサイことを……

「コロス……コロス……コロス!」

とはいえ、犯罪者でも美しい女を相手にするブロに対して俺は……

「おお……俺は……ハズレかな? 一番厄介そうなのがこっちに来たぞ?」

『いいや、童よ……ある意味当たりだ』

走り出したマンティスがその鎌のような腕を振り回す。

「って、やべえ、お前さん! 逃げろ、ここは全部まとめて俺が――――」

「だから、何で俺があんたの言うことを聞かなきゃなんねーんだよ!」

あんなもの、生身の人間が食らったら、一瞬で真っ二つだ。

その凶刃が俺へ向けられる。

どうやら、無差別に人間を殺そうとしているようだ。

だが……

「ったく、落ち着けよ……」

「ッ!?」

「大魔スマッシュ!!」

大振りすぎるので、簡単に懐に飛び込んで、その胴体に一撃を食らわせてやった。

俺のめり込んだ拳に、マンティスの巨体が揺れて後退する。

「なに……? トウロウが!? なんだい、あの人間のガキは!?」

「おいおい、お前さん……」

俺の横槍にダークエルフもブロも驚いた様子を見せる。

「けっ……やっぱり、理解できねーな……不良……しかも、ブロ……あんたは自分のことをいたぶってた奴らまで体を張って救うとか……ほんと、理解できねー……ほんとに……なんなんだよ、あんたは……」

そんなことを呟きながら俺は……

「だが、勘違いすんな。俺はこんな所どうなっても関係ねえ。不良だの大臣だのケジメだの勝手にやってろ」

「な……え?」

「ただ……このカマキリは無関係の俺に襲いかかって来た。つまり、俺の敵だ。敵の敵は味方ってことで……その理屈に、問題あるか?」

俺ではブロの考えを改めさせることも、こいつが取ろうとしているケジメやら、この賭博場や不良についてをこれ以上何も言うことはできねえ。

だが、これぐらいなら……

「カッカッカ、いーや……ソレに関しては異論ねぇ」

「なら、こっちは俺がやってやる」

「ああ……それなら……任せたぜ……」

俺の言葉にブロは笑みを浮かべ、ブロはダークエルフと向き合った。

「頼もしいじゃねーか、お前さん。一緒に戦ってもらえるのは心強いぜ」

「ふん。そうかい。まっ、俺もいい加減……理解はできなくとも、ワケのわからん不良って奴らをそろそろ見極めたくなってね……結局知るには、互いに喧嘩し合うか、一緒に喧嘩するか……それが一番分かりやすいだろ?」

「ちげーねーな」

互いに背を向けて、互いの敵に向き合う俺らは、そう言って笑い合った。

「さて……カマキリさんよ……あんたもあの大臣やら人間に色々と鬱憤がたまっているなら、俺が遊んでやるよ。俺は優しくはねーが、鬼ともとことん遊べる奴なんでな」

そして、俺はさっきから落ち着きの無い獰猛なマンティスを……ん?

『ガキ……デキル……ヤル、本気、コロス』

俺の攻撃を受けたマンティスが、途端におとなしく、そして落ち着きだして、クールに獲物を狙う狩人のような目で、俺に構えた。

『童、気をつけろ。このマンティスは……ただのマンティスではない。マンティス特有の拳法を修めている様子だ』

「なに?」

『だからこそ、当たりだ。なかなか、この拳法と戦う機会は滅多にないからな』

マンティス特有の拳法? そんなものがあるなんて初耳だ。

「 蟷螂(とうろう) 魔拳(まけん) ……見セル」

そう言って、マンティスが少し屈んで足を大きく開いて、両手の鎌で独特な構えを見せる。

確かに、初めて見る構えだ。

なら、俺は……

「じゃあこっちは、かつてお前らの世界を統べた魔王の拳で遊んでやるよ」

存分に堪能してやろうと、俺もファイティングポーズした。