軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百二十八話 持って生まれなかった者

『あの理屈抜きの当て勘の所為で、どれだけ避け回っても予想外のパンチで捉えられる……そして、童のフットワークやフェイントが神業のごとく鋭く複雑になったからこそ、余計にタツミヤはメチャクチャなパンチを繰り出して童に当てたのだ……ならば、発想を変えればいい……どうやって避けるのかではなく、むしろ単純なパンチを誘い引き出すことによって、繰り出されるパンチを限定させる』

アースの組み立てた戦略にまんまとハマって倒れたタツミヤを眺めてほくそ笑むトレイナ。

そしてその抑えきれない興奮の中でアースに視線を移すと、アースは冷静に淡々とした表情で「作業を一つ終えた」という様子で決して熱くもならず、気も緩めていない。

その姿を見て余計にトレイナは笑みが止まらない。

「なん、やったんや……コラ……」

タツミヤもようやく立ち上がる。

それはダメージというより、何をくらったか分からないという困惑ゆえのことだった。

「せやけど……一発ガツンとくらっただけや……ワイの心をへし折るほどのもんやない……」

困惑したが、自分のダメージ具合とまだ体が全然動くことを確認しながらタツミヤは腕を振り上げる。

「さぁ、続きや! アース・ラガン! 一発やなくて、何発もガッツンガッツン来いやぁ!」

タツミヤが威嚇するように、そしてまだまだ自分は元気だとアピールするように、腕をグルグル回す。

思いっきり殴り合おうじゃないかという、タツミヤの誘い。

だが……

「集中……集中……ふう……」

アースは応えない。冷静に落ち着いた様子で集中力を高める。

全身の神経をむき出しに、「入った」。

「あん? 静かやな……ゾーンっちゅうやつかい? また逃げ回るんか? それともカウンター狙いか? ま、それもええけど、いい加減にもっと熱いの出してほしいんやけどなぁ!」

これでもまだ誘いに乗らないアースに舌打ちするタツミヤ。

腕をぶんぶん振り回しながらタツミヤは近づく。

しかし、アースから動く気配なく、あくまでノーガードのまま。

「……怒羅――――ほぶっ!?」

イライラしながらも仕方なく拳を繰り出そうとしたタツミヤだが、その出鼻に合わせたカウンターをアースに叩き込まれた。

「ッ、にゃろぉ!」

その拳に余計に怒りを募らせ、タツミヤはかまわず前へ出る。

だが、その瞬間を挫くジャブで一発、二発、三発と連打される。

「ノーガードからあれほどの……やはり、アース・ラガンのハンドスピードは超一級品……パワーではない……血の滲む修練の賜物……」

「でも、あいつお兄ちゃんのパンチに構わず……」

「お兄さん、距離をとって!」

アースの攻撃を被弾するタツミヤ。

だが、それでも構わず前へ出る。

「はん! そないな左の軽いパンチでは、止まら――ほぶっ!? ほぶっ、ほぶっ!? ……あら?」

ただの軽い左。

しかし、その左でタツミヤは前進を止められるどころか、後ろに押されて尻もちついて転んでしまった。

「な、ど、どういうことです!」

「タッ、タッちゃんがアースのジャブですっころんだ! ウキー!? タッちゃんのあの馬力を!? なんで!」

ダメージなど構わず突っ込もうとしたタツミヤ。

本来のアースのジャブは、確かに目にも止まらぬ速度であり、並みの実力者では防御も回避も不可能で、顎に入れば一撃で意識を断ち切ることもある。

しかし、タフさに定評のあるタツミヤであれば、ジャブを数発くらったぐらいで倒せるほどヤワではない。

所詮は思いっきり踏み込んで打ち出す大砲でもない左ジャブではタツミヤが覚悟を決めて突進すれば止めることはできない。はずだった。

そう、止められないはずだった。「ただジャブを打つだけ」では止められなかった。

『ふふふ……先ほどのようにこやつの舞台で感情むき出しにしては、見えたはずのものも見えなかっただろうからな……』

だから、アースはただジャブを打っただけではないのだ。

『今の童にはあらゆる引き出しがある。そして、思いついた戦略に対して、実行できるだけの技術がある。体がある。ハートがある。タツミヤ……貴様やバサラやヒイロのようなナチュラルボーンを持って生まれなかった者が、それを凌駕するために何を手にしたか……その身に刻め!』

トレイナは嬉しそうにしながら、アースの背中に「行け」と押す。

「どうした? ……ダウンか?」

「!?」

尻もちついた状況を理解できずに呆然とするタツミヤを見下ろしながら、アースが煽るように告げる。

すると、タツミヤは笑みと同時に血管むき出しの表情を浮かべた。

「は、はは、はははは、言うてくれるやないかい! どないな小細工使ったか分からんが~、押し切――――ほぶっ?!」

勢いよく立ち上がり、そのままアースに飛びかかろうとした瞬間、タツミヤはまたアースのジャブで顔を跳ね上げられ、再び仰向けに倒されてしまった。

「な、……なん……」

まぐれではない。

アースのジャブでタツミヤは倒れてしまう。

ダメージはあまり見られないものの、なぜこのようなことになってしまっているのか、タツミヤだけではなく周囲の者たちも困惑していた。

そんな中で……

「そ、そうか……重心移動の瞬間を……し、しかし、それを今日初めて戦うであろうタツミヤを相手に……その瞬間を見切るというのか?」

この現象をようやく気付いたのは、ヤミディレだった。

そして、それを理解したからこそ、ゾッとした表情で蒼白していた。

「え? ヤミディレ、どういうこと? お兄ちゃんが何をやったか分かったの?」

「重心移動とはどういうことだい?」

エスピとスレイヤの問いに、ヤミディレはジッとアースを見つめながら……

「人は……いや、人に限らず生物は、前へ走る、上へ飛ぶなどの動作をするにも過程が存在する。前へ走るためには、一度地面の後ろ斜めに力を入れたり、真上へジャンプするときに一度地面に両足をグッと力を入れたりするだろう?」

「あ……う、うん……意識したことなかったけど、言われてみれば……」

「進みたい方向に動くには、一度その反対方向へ力を……すなわち、体の重心を預ける行為が発生するのだ。反動を利用するために。アース・ラガンは、その反動を付ける際の重心移動の瞬間にタツミヤを打ち抜いたのだ」

前へ進むためには、一度体重を後ろへかける行為が発生する。

その瞬間にさらに後ろへ押し込めば、相手はたやすく後方へ飛ばされる。

「そ、そんなの……理屈は分かったけど、あんなアッサリできちゃうものなの?」

「だからこそ! だからこそ、この私ですら戦慄している! あんなもの……理屈が分かっても実行しようとはせん。私でも、よほどの力差がある相手にしか……」

ヤミディレが声を荒げる。

それは、この現象の理屈以外のこと。

「相手の重心移動の瞬間を突く……だが、重心移動のタイミングなど千差万別……都合よくその瞬間を狙うなど、運が良いか、よほど相手の動きを研究したり、相手の動きに慣れたりしてない限り考えられん。しかし、奴は意図的にやった。今日初めて出会ったタツミヤ相手に……何よりも、わずかでもタイミングがズレれば自分が致命傷を受けるようなタツミヤのパワーを前に……冷静に落ち着いて処理した……」

理屈は簡単。しかし、それを狙って実行するアースに驚嘆したのだった。

ただ、一方で……

「ほーん、前へ出ようとするために、後ろへ踏ん張った瞬間をポカっとか……なるほどな。せやけど、結局は『殴った』というより、『押した』だけやろ?」

からくりを理解したタツミヤは、ヤミディレと違って鼻で笑っていた。

「確かに尻もちついた……驚いた……せやけど、ノーダメージやで?」

そう、確かに見かけはアースが左ジャブでタツミヤを倒したように見えるが、肝心のタツミヤ自身にダメージはほとんどないのである。

ダメージがない以上、何度転ばされようとも、タツミヤは脅威に感じていなかった。

「言うたはずや……こないな小細工では――――はぶっ」

飛びかかろうとしたタツミヤ。だが、またその瞬間、アースのジャブで後ろへよろめいてしまった。

「ッ……せやから、そないなパンチ、百発くらっても効かへんて……言うとるや――――はぶ、ほぶっ!?」

それでも「こんなパンチでは倒せない」とアースに言いながらも、何度もアースのジャブで出鼻をくじかれて後退させられるタツミヤ。

しかし、タツミヤにダメージはない。

逆にイライラが募るばかり。

「せやから、こないなパンチは効かへん言うとるやろが! こないな貧弱な小細工でパシパシやらんで、ガツンと打てやぁ! ワイが惚れて胸躍らせたオドレのあの熱い闘志を見せんか、はぶっ、ほぶっ」

いい加減にしろと叫ぶ。だが、怒りに任せて飛びかかろうとしても、また繰り返しでアースのジャブでよろめく。

思いっきり打ち込むわけではないため、芯にも響かない。あくまでタツミヤの動きを抑えるためだけに過ぎないジャブ。

タツミヤからすれば「倒す気のないパンチ」を繰り返され、イライラもやがて頂点に。

そしてついに……

「せやからぁぁああああああ!」

「ッ!」

タツミヤは立ち上がって飛びかかる前に、拳で地面を……ゲンブの甲羅を叩く。

その揺れ、衝撃はアースの初動を僅かに遅らせる。

「ッ! ここやぁあああああああああああ!」

脅威ではないがウザったい。

そう思ったタツミヤが行った力業は、アースが自分の重心移動の瞬間を狙ってくるのなら、その前にアースのバランスを崩すこと。

これにより、アースは僅かながら体が揺れる。

その一瞬で十分。

「怒羅ぁぁぁぁぁあ!!!!」

何度も出鼻を挫かれて、発散できずにたまりにたまった怒りをぶつけるかのように、タツミヤは獣のようにアースに飛びかかる。

最大の威力、最速最短で――――

『全ては撒き餌。そう……そうやってイライラが募り、その果てで童が僅かにでも隙を見せれば……喰らいつくであろう、貴様は。今までのイライラをぶつけるように、全力で……何の工夫もないシンプルな――――』

シンプルな攻撃。

だからこそ、攻撃が読みやすい。

「二度もくらうな」

「あっ!? しまッッッ?!」

「大魔ボラード」

「ッッ!!??」

カウンターの真骨頂は、相手の力を利用すること。

相手の力が強ければ強いほど相手に返る。

『そして、まっすぐのぶつかり合いではなく、先ほどと同じように視野の外から襲い掛かるオーバーハンド気味のフックでカウンター……まっすぐの威力が強ければ強いほど、横の衝撃には弱い……』

死角から先ほどと同じようにアースの大砲が待ち構えていたことも頭から抜け、呼び込まれていたことも気づかず勢い任せに飛び込んできたタツミヤのテンプルに打ち込むカウンターは、タツミヤを真横に吹っ飛ばし、甲羅の上を何度も転がりながら、そのまま海まで落ちてしまった。

「タ、タツミヤ様が……」

「タッちゃんが……」

「手のひら……」

「……これが、アース・ラガン……」

大魔螺旋やブレイクスルーなどといった分かりやすい大技ではない。

しかし、だからこそソレでタツミヤを断ち切ることの凄さを、ゴクウたちは十分理解していた。

「ガッ……つう……いっつ……ぐっ、な、なんちゅうパンチ……」

海に落ち、そして同時に頭部へ感じる衝撃と痛みに苦悶の表情を浮かべるタツミヤ。

何度も「打ち込んでこないパンチでは芯には効かない」とアピールしていたというのに、「打ち込んできたパンチで芯に効いた」のだ。

そんな海に落ちて顔だけ出しているタツミヤを、アースはゲンブの甲羅の上から見下ろしながら……

「ゴウダとの戦いを見ていたんだろ? 俺はあのときこう言ったはずだ……」

「ッ、あ?」

「『劣った部分を補う小細工や技術は、弱さの証明じゃねえ』……ってな!」

「ッ!?」

ただ誇らしげに告げた。