軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百二十七話 戦略

「アース、頑張って! アースは決して負けたりはしません!」

「お兄ちゃん!」

「お兄さん!」

視界に火花が飛び散るような衝撃を受けながら、アースの意識は一瞬飛びかけた。

(やべ、なんで俺、こんな奴に……)

アースは何故自分がここまで追い込まれているかを理解できないでいた。

スピードも技術も自分の方がタツミヤより上。さらに、タツミヤは片腕。

(俺のフットワークについて来れねえのに……予想外の角度やタイミングで俺にこいつの攻撃が入る……フェイントにも引っかからねえ)

こちらの攻撃も相手に入る。

(俺の渾身のパンチを何度くらっても臆することなく笑いながら余計に暴れてきやがる……)

こちらが攻撃しても逆に痛手を被るのは自分の方。しかも、こちらが何度も渾身の拳を叩き込んでも、痛みをあまり感じていないどころか、直後の反撃の一発でそれまでの積み重ねをチャラにするかのような強引な一撃を自分に叩き込んでくる。

(何とかこいつの意識を刈り取るようなカウンターを打ちたいところだが、こいつの攻撃が予測できないからカウンターができねえ……さっきは破れかぶれでクロスカウンターがうまく入ったが……つか、あのカウンターに対しても顔面カウンターしてきやがるし、本当に恐怖心が欠落してやがる……恒星大魔螺旋くらっても臆さねえ奴だから当たり前だけど……)

そもそも、トレイナやヤミディレといった伝説級の存在が一目置いている相手である。

ある意味で、「それぐらい」強くて当たり前であり、いかに成長したアースとはいえ簡単に勝てる相手なはずがない。

しかし、アースはどうしても納得できなかった。

「はっはー、どうやァ! せやけど、これで終いやないやろぉ? 足止めてガッツンガッツン、ヤリ合おうやないかァ! 根性比べ、気合比べ、漢比べをしようやないかァ! あのゴウダとも、もっとガッツンガッツンやっとったやろぉ!」

不条理を感じていた。

(くそ……勝手なこと言いやがって……こっちが地道な努力でコツコツ積み上げて来たものを台無しにするような……本当に親父を―――いかん、イライラする……マジでもうやけくそになって、こいつの望む通り殴り合って……いや、でもこいつは顔面に全力の右を叩き込んでも元気だし、顔面カウンターあるし――やっぱり、こいつの意識を刈り取るには意識の死角を突く、大魔ファントムパンチ……いや、だからこいつの攻撃が読めなくてカウンターが成立しなくて……あぁぁああ、クソぉぉ! どうする? どうする? ゴウダの時みたいにガッツンガッツンって……ゴウダの時……)

痛みと混乱に加え、イライラがアースの視界を狭めていた。

だが、タツミヤがアースを誘うために叫んだ言葉の中で出てきたゴウダの名前を聞いて、アースはふと思った。

(いや、でも俺は確かに足止めて頭突きの打ち合いとかしたりもしたが、普通にゴウダの時もフットワークで逃げ回ったりしてたし……カウンターとか動き回りながらのパンチも……そういや、ゴウダもかなりメチャクチャではあったけど……攻撃は避けられたんだよな……あいつの攻撃は当たればヤバいけど、攻撃自体はほとんど真っすぐで単調だったから先読みもカウンターもできて……だけど、こいつの攻撃はタイミングも角度も強引だったり変な角度だったりで読めなくて……)

タツミヤは強い。トレイナやバサラたちと遥か昔から戦っていたというのであれば、その力は六覇のような最強クラスだったとしても不思議ではない。

だが、アースの感じている分には、タツミヤがゴウダたち六覇よりも圧倒的に強いかと言われたらそうは思わなかった。

ゴウダもまた、今のタツミヤ同様に一撃で戦況をひっくり返す規格外の破壊力を持っていた。

しかし、アースはそれをギリギリの攻防の中で回避したりカウンターを打ったりできていた。

それはゴウダの攻撃が当時のアースでも回避可能な単調なものだったからだ。

(単調……そもそも何故、タツミヤのパンチが予測不能になっているかというと……ッッ!!!!)

そして、それを思い出したとき、アースの瞳に力が戻った。

タツミヤの頭突きで倒れそうになった体を引き起こし、両足に力を込めて踏ん張る。

「おっ……踏ん張ったようやなぁ! それでええんや! さぁ、来い! まだまだできるやろぉ、おどれぇ!」

倒れず踏ん張ったアースに嬉々とするタツミヤ。

アースを手招きしながら構える。

するとアースは……

「あ~……ったく、俺としたことが……腕ふっとんでも揺るがねえイカれたところや、タフさや、理屈のつかない当て勘やら、こっちの攻撃に対するメチャクチャなカウンターとか……そして、お前を見て親父のムカつく無神経なところを思い出してイライラしたりで……すっかりお前のペースに巻き込まれちまってたぜ」

血にまみれて痛々しく腫らした顔で、どこか自分に呆れたように溜息を吐いた。

「ん? なんや? アゲるところやろ? なんでガッカリしたように溜息吐いとんねん?」

意外なアースの反応に首を傾げるタツミヤ。

するとアースはブレイクスルー状態のまま、数歩バックステップで後ろに下がって肩の力を抜いた。

「どういうパンチで、どういうフットワークで、どういう必殺技でお前を倒すのかばかり考えてたけど……そもそもそれらも俺にとっては一部にしかすぎねえ。簡単に打つ手が無くなってイチかバチかに頼る必要もないぐらい、俺には引き出しがいっぱいあったって、今更ながら気づいてよ」

そして、息を整えたアースは、ファイティングポーズすら取らない。

両手を下げて、ノーガード。

そのまま……

「ワリーな。理屈で説明できないあんたのパンチをどうやって対処するかを考えてたんだけど……考えたって仕方ねえから、最初からそのパンチを出させないようにする」

「……あん?」

アースはそのまま、ただ真っすぐゆっくりと歩いた。

無防備に、ただ道を歩くように……

「な……なんや?」

それは、これまで超速スピードで周囲を駆け回っていたアースが見せる意外な行動だった。

「ウキ? なんだ、アースの奴!」

「お兄ちゃん、ちょ、ノーガードで……」

「なんだ? お兄さん、何を企んで……何かの新技か?」

「……アース・ラガン……」

そのアースの行動は、ゴクウやエスピたちも理解できなかった。

ただ無防備にゆっくり真っすぐ歩くだけのアース。

しかし、それがアースである以上、何かの企みがあることは誰もが分かっていた。

ここから何かをするのだと。

「なんやぁ? また何かの小細工か? 小細工は好きやないって言うとるのに……まぁ、ええ。そっから何するんや?」

タツミヤもアースが何かをしようとしていることだけは分かり、ならば受けてやるとばかりに正面で立ったまま動かない。

そして……

「だいぶ近づいてきよったな……さあ……」

「…………」

「さあ……」

「…………」

「さ……あ……は?」

身構えていたタツミヤも、そしてゴクウやエスピたちも呆気にとられた。

アースは何もしなかった。

構えることも、緩急で急なダッシュをしたり、新たなフットワークを見せることもなく、ただ無防備なまま歩いてタツミヤの拳が届く目の前にまで来ただけだった。

「……えっと……いや、おどれ……何のつもりや?」

「…………」

「……ド突いてもええんか?」

目の前まで無防備に近寄ってきたアースに、タツミヤは攻撃していいのかどうかも躊躇ってしまった。

だが、アースは一向に反応しない。

「あー、もう、ええわ! 殴るでぇ!」

そこに妙な気味悪さを感じたが、何もしてこないならばこちらから様子を見てやると、タツミヤは左の拳を振りかぶって、目の前にいるアース目掛けて繰り出し―――

『撒き餌にかかったか……』

その瞬間、トレイナがほくそ笑んだと同時に、アースもようやく動く。

「んなっ!?」

渾身の左ストレートを放つタツミヤは拳を止められない。

その拳と交差させるように、アースもレフトクロスのカウンターを放とうとする。

『タツミヤのパンチは規格外……だが、血の滲むような修練を経た童であれば、ノーガードからでも即座にパンチを繰り出せる』

タツミヤはアースのレフトクロスに気づいて舌打ちする。が、それでもタツミヤには関係なかった。

(それがどうしたっちゅーんや! 仮にカウンター打たれたところで、どうせさっきと同じように顔面やろ! んなもん、気合と根性でまた潰したる!)

結局、それは先ほどと同じことの繰り返し。

アースがタツミヤの顔面を打とうとも、タツミヤも素早く顔面を前へ投げ出して、アースのパンチにぶつける―――

―――秘技・ガチン――――

その刹那、タツミヤは顔面……ではなく、側頭部に衝撃を受けた。

「……なっ、た、タッちゃん!?」

「こ、これは?!」

「ッ!?」

まさに一瞬の攻防。

「タ、タッちゃんが倒れた!」

「うそぉ、お、お兄ちゃん、え? ど、どうやって?」

「わぁ! すごいのです! アースはやっぱりやってくれたのです!」

気づけば、その場で受け身も取れずにタツミヤが倒れて平伏したのだった。

「あ……え? あ? ……な……な、なんや? なにが……おこっ……?」

それはタツミヤにとってもまったく頭になかった衝撃。

何が起こったのかも見えなかったのだ。

その衝撃とダメージには、流石のタツミヤも混乱し、すぐに立ち上がることすらできないほどのもの。

「……ゴクウ……今の、分かりましたか?」

「……あ……おお……なんつーか、右のフック……だと思うけど……あのタッちゃんが一発で……なんでだ! アースのパンチにもこれまで耐えてたし、むしろアースの方が拳を痛めたぐらいなのに……」

一部始終を見えていたゴクウですら混乱している。何故タツミヤは今の一撃をくらい、さらには倒れてしまったのか。

それはゴクウだけでなく……

「わ、ワカンナイ、なに? お兄ちゃんの新必殺パンチ?」

「僕も分からない……ただ、お兄さんは左のクロスカウンターを打とうとしていたはずなのに、気づけば右のパンチで……」

エスピやスレイヤも混乱していた。

今の一瞬の攻防はどういうことなのか。

すると、そんな中で……

「技というより……何という……巧妙な戦略……」

ヤミディレはゾッとした表情で身震いしていた。

そして……

『ふふふ……よく誘導して実行したではないか……童』

全てを理解しているトレイナは、笑みを抑えられずに称賛していた。

『タツミヤの天性の当て勘から繰り出されるパンチ……それは童が複雑なフットワークを繰り出せば繰り出すほど、童自身にもタツミヤのパンチが読めなくなってしまっていた……なので、あえてもう動き回らない……無防備にゆっくりと正面に自分自身をタツミヤの前に晒す。無防備な敵が正面にいるのであれば、タツミヤとて単純なパンチを繰り出すしかない……あえて無防備な姿を晒すことで、タツミヤの動きを単純化するように誘導……案の定、タツミヤは何の小細工もない単純な左ストレートを繰り出した』

倒れてまだ起き上がれないタツミヤと、倒れたタツミヤを悠然と見下ろすアースを眺めながら、トレイナは今の攻防を振り返る。

『レフトクロスにタツミヤも即座に反応……そして、そのレフトクロスに対して顔面をあえて自らぶつけに行くガチンコカウンター……左の真っすぐに対して、真っすぐ顔面をぶつけようとするその動作……しかし、それすらも童の罠……童が左のレフトクロスの一瞬遅れで繰り出した、スウィング気味の右ロングフック……タツミヤは完全に見えていなかったであろう。視界だけではなく、完全に意識外の一撃……見えていないのであれば、根性や気合で耐えられるものではあるまい』