軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十九話 眼の体操

この公園には今……

「ね~、だーりん、あ~んして」

「あーん、ぱく」

「おいしい?」

「おいちい!」

こんなノンキにデートしているやつらも居るってのに、俺は公園で何してんだ!?

「しかし、眼を鍛えるって……そんなの鍛えられるものなのか?」

『やれやれ……仕方ない、貴様に少し眼というものを教えてやろう』

一旦読書は中断し、大魔王と木陰で向かい合うように座る俺。

そして、トレイナの授業のような説明が始まった。

『まず、眼を鍛えるというのは可能だ。そもそも、貴様ら人間も魔族も、眼の周りには筋肉がついているのだ。その筋肉を使って、上下左右に眼を動かしたりできる。これを、『眼球運動』という。つまり、眼の周りの筋肉さえ鍛えれば、より眼球も速く動き、動いている物体などを捉える、動体視力が向上するのだ』

動体視力。なんか、眼がよかったり、反応が早かったりするやつを「動体視力がいい」という漠然としたイメージしかなかったが、そういう意味だったのか。

動いている物体を捉えるもの、か。

『動体視力が向上するということは、相手の動きや攻撃などを見切りやすくなるということだ。そんな状況下、身体能力を向上させるブレイクスルー、ラダートレーニングで鍛えた反応や敏捷性も加われば、もはや誰も貴様を捉えられなくなるぞ? 大げさに言えばだが……』

なるほどな。眼球運動か……それは今まで考えたこと無かった。

『そして、もう一つ鍛えるのは、『周辺視野』というものだ。見ている中心から外へ。中心ではなく、全体を広い視野で捉えること。たとえば、あのベンチで恋人の作った弁当を食べさせてもらっているカップルを見ろ』

「ああ。是非不幸になってもらいてーな」

『……それはさておき、貴様は今、その視界ではあの二人の恋人しか眼に映らなかっただろう?』

「は? だって、あんたが今、あいつらを見ろって……」

『なら、あの二人が座っているベンチの色は? あの二人のベンチの背後に何人の人間が居た? 遊具で遊んでいる子供の人数は? 男女それぞれの人数は? 木が何本生えているか分かるか?』

「い、いや、そこまでは……」

『しかし、もし仮に……あのカップルではなく、『視界に入る全ての風景を覚えろ』と言えば、もっと周辺を見ただろう?』

「あっ……」

言われて、そういえばと思った。

もし、視界に見える風景全てを眼に焼き付けろと言われれば分かったかもしれない。

しかし、あのカップルを見ろと言われたら、俺はあのカップルだけしか見なかった。

『戦闘においても相手だけではなく、その場の環境、風景、全体像を見ることも重要。剣士と戦うからと言って、相手の持っている剣だけを見て戦うわけではないだろう? 相手の顔、視線、足の位置、色々なものを見るだろう?』

「たしかに……」

『視覚から得られる情報が多くなれば、戦闘中の視野、反応が格段に向上する。更には、動体視力や周辺視野を鍛えることは脳の活性化や集中力向上にもつながり、視覚から得られる情報からその状況に応じた臨機応変な対応にも繋がる』

それが、トレイナ曰く、眼を鍛えるということ。

動体視力と周辺視野。そんなもの、訓練したこともなかった。

『貴様はまだブレイクスルーを使うことができないので、……体の一部に魔力を集中……眼だけに魔力を集中などの技術はまだできない。だから、今は手軽にできる訓練のみとし、ブレイクスルーを覚えたら本格的に眼も鍛えるぞ』

最初は「何で公園に来てまで」とも思ったが、話を聞いていると、是非に学びたいという気持ちになった。

トレイナの言うとおり、眼まで鍛え上げられたら、相手の攻撃すらも見切りやすくなる。

それは、体術で戦うことになった俺には、是非学ばなければならないことだ。

「分かった。俺も眼を鍛えてみたくなった。で……とりあえず、今はどうすればいいんだ?」

『うむ。まずは、『眼のストレッチ』からだ』

「……ストレッチ?」

ストレッチって言われると、いつもやっている柔軟が思い浮かんだ。

それを眼で行う。

『人はどうしても、小さな文字や詳細な情報を得ようとする場合は、視線を一点に集中してしまう。そうなると、目の筋肉も固まる。まずは、それをほぐすのだ』

「ほう……」

そういって、トレイナは俺と向かい合いながら、眼を大きく見開いた。

『まずは片方の目を、ウインクする!』

「ッ!?」

『十回ぐらいでいいが、一定のリズムで。さんはい、パチパチパチパチパチパチパチっと』

よく、小さい頃から俺をからかったり、イジワルしたりするサディスが、最後は俺に「ふふん♪」とウインクして「してやったり」な顔をするときがあった。

どうして、俺は今、そんなことを思い出したのだろうか?

『さ、十回やれば、今度は逆の眼で、それ、パチパチパチパチパチパチパチ』

そういえば、大魔王の伝説の魔眼、リクドー眼。

かつて、親父はこの眼と戦ったことがあるんだ。

親父にとって、勇者にとって、人類にとってあらゆる惨劇を生み出した眼。

『次は、両目を同時に閉じて開く。ギュッと強く閉じて、パチッと大きく開く。これも十回。はい、パチクリパチクリパチクリパチクリ』

いかん、た、耐えろ……耐えなきゃダメだ……トレイナは真剣に俺を鍛えようと、こうして教えてくれるんだから……

『そして、次は両目を右回りにぐるぐるぐるーっと』

「……お、おす」

『今度は反対にぐるぐるぐるーと』

そういえば、俺は休日の公園で何をやってんだ? デートしたり、家族でピクニック楽しんでいるやつらもいたり、無邪気に遊ぶ子供たちが居る公園で、大魔王と見詰め合って二人で文字通り眼を回す。

『ぐるぐるぐるーっと』

「ぶふっ!?」

いかん、大魔王がウインクしたり、パチクリしたり、眼をグルグル回している! そんなん……そんなん……

『何を笑っておるか貴様ああああああ!!』

「笑うに決まってんだろーがー!」

結局こうなった。

いや、分かってる。悪いのは俺だ。

トレイナは真剣にやってるんだから、真剣になれない俺が悪いが、それでも笑うよ!

つか、笑ったら死ぬと言われても笑っちまう。

『まったく……とにかく、眼の筋肉をほぐすのは重要だ。ラダーのときと同じように恥ずかしがらずにやるのだ。さすれば……このようなことも可能!』

「な、なんだ!? さ、左右の眼がバラバラに動いてる!?」

『ふっ、左右それぞれ自由に動かすことによって四方八方を見渡して死角を無くす技術であり、これぞ古代武術の秘技・散―――』

「うっわ~、気色悪ッ!?」

『が……ヲイ』

「……ごめんなさい……」

思わず口にしちまうとはな。

いや、本当に反省しねーと。

『まあ、よい。このストレッチも今後はやるぞ』

「押忍……」

つか、毎日やること増えているが……まあ、これも必修科目と思って俺も真面目にこなさないとな。

『さて、とにかくこのように眼の筋肉をほぐしたところで、速読による動体視力と周辺視野の訓練を行う』

「押忍……ってか、本当に速読やるんだ……そういうの、スパーリングとかで鍛えたほうがいいと思ったが……」

速読。これまでテストで問題文を読むとき以外はそこまで気にしたことが無かった。

動体視力と周辺視野は分かったが、そんなものが、速読で向上するんだろうか?

速く読書できるようになったぐらいで、強くなるものか?

しかし、トレイナは何の迷いもなく断言する。

『速読を甘く見るな? そもそも、『速読=読書が速い』だけしか見てないからそうなるだけで、そこで得た力を他で応用しようと思えばいくらでも道は広がるものだ』

「そ、ういうもんか?」

『今の貴様のように、速読ができるようになって強くなるのか? という考えこそ、『物事を中心でしか捉えず、もっと広く捉えない』ことの典型である。また、速読とはただ読むだけにあらず。読むだけでなく内容も理解することにより、全体把握能力や理解力を培われ、更にスピードを上げることで、集中力や判断力も向上できる』

「ほ、ほう……」

『たとえば本を読むとき。一文字一文字を順に読んでいくが、これを一文字ではなくもっと一度に見る文字数を増やしたら? 行を読んでいくスピードを上げたら? それは、視点の移動や広い視野を見る能力に繋がり、眼の機能を向上させることができる』

「まァ、そうだけど……」

『スピードを上げて読んだものをちゃんと理解したらどうなる? 記憶したらどうなる? 脳の記憶力、更には脳から肉体への指示が早くなる』

「た、しかに……」

『つまり、貴様はこれまでマジカルラダーで反応速度などを鍛えた。それは、脳の命令から始まる、神経、筋肉の伝達反応スピードを向上させるもの。なら、脳の理解や判断力、さらには指示がもっと速くなれば……どうなる』

そう言われて、俺はようやく「理解」した。

全てが繋がるということを。

「次にどう動くかの判断が速くなるってことは、反射神経ももっと速くなる」

『そういうことだ。眼力まで鍛えれば、もはや誰も貴様を捉えられなくなるというのは、そういうことだ』

理論的な説明に俺は納得した。

これまで、眼や耳から入った情報を頭で処理し、そこから脳が体に命令を出し、神経を通り、筋肉に伝わって体を動かしていた。

ラダートレーニングでその能力を向上させた。

つまり今度は、眼から入った情報を脳で処理する力も鍛えるってことか。

確かにそれが望めるのなら、戦いで十分役に立つ。

『さて、そのために速読だが……先ほども言ったようにブレイクスルーをまだ使えない状況でも色々と速読力を鍛える方法はあるが……手っ取り早く、更には格段に向上する裏技がある』

裏技。なんか、トレイナの口からそういう言葉が出るとはな。

大魔王の言葉だけに、なにやら重そうだ。

『それは……『瞬間記憶魔法・キャノニコン』というものだ』

それは、案の定聞いたこともない魔法だった。

まあ、『瞬間記憶』なんて名前からしてなんとなく想像できるが……

『速読の基本は、眼で文章を読むというよりは、眼に映る文章を形や絵のように捉えること。古代魔法で視界に入ったものを脳の記憶に刻み込んで忘れない古代魔法がある。それが、『キャノニコン』という魔法だ。この魔法を併用しながら行う』

やっぱりそういう系か。瞬間記憶って言っていたしな。

『この魔法を使うということは、視界に移る全てを記憶するということ。ゆえに使い続ければ、いずれ肉体が魔法を使わずとも自然と物の見方が『一点よりも全体』を見るよう、体に染み込んでいく』

「へ~、自然と……瞬間記憶ねぇ……確かに、暗記するには便利そうだ」

『暗記ではない。視界に映る全てを絵のようにして脳に保存するのだ。この魔法さえ覚えていれば……仮に艶本が見つかってメイドに捨てられても、艶本の中身を脳に絵として刻み込めば……』

「よく分からんが、今すぐ覚えるぞ、その魔法! 確かに今の俺には必要だ!」

にしても、最近俺の覚える魔法って、訓練のために使う魔法であって、実際の戦闘では使わないものばっかだな……