軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四十四話 常識

「まぁ! ここは……カクレテールとは違う世界! そしてアースの故郷なのですね! ほら、アマエも見てください!」

「オー……」

「いや、領土としてはそうだが、故郷ってほどでも……帝都から遠く離れた田舎の港町だし……」

帝国の領土の中でもあまり聞かれない地方の港町で、潮や魚の匂いが辺りに広がっている。

それほど大きな港ではなく、帝国の経済を支えるような交易をしているわけでもないので、俺も来たことは一度もない。

しかし、それでもクロンやアマエにとっては初めて目にする、カクレテール以外の土地。

興奮に目を輝かせた二人は手を繋いで早速町へと駆け出した。

「クロン! お前、角を隠せ角を!」

「クロン様、帽子をお被りください。それと、ここはカクレテールではないのです。あまり無闇に走り回っては……」

警戒するヤミディレがクロンに角を隠すための帽子を渡し、自身も翼を隠す。

既に戦争が終わって十年以上経つとはいえ、それでも人間の領土に角や翼が生えた奴がウロチョロしているのは目立つ。

何よりも、ヤミディレは賞金首だしな。

それに……

「お~、お~、ふむふむ…………ん~……」

「……う~……」

と、そのとき、興奮して走り出していたクロンとアマエが急に足を止めていた。

クロンは急に緊張したようにあたりをキョロキョロ見渡し、アマエは少し怯えたようにクロンの足にしがみ付いて隠れている。

「どうしたんだ、クロン」

「あ、いえ……その……」

「?」

「ここはやはりカクレテールではないのだなと……皆さん、私たちを知らないみたいですし……」

小さい港町ながらも通りを歩く者はそれなりに居るし、住民たちもこちらを見たりする。

しかし、誰も話しかけてくるわけでもなく、笑顔で接してくるわけでもない。

これは俺からすれば当たり前のことではあるが、クロンやアマエからすれば今まで経験のなかったことだろう。

そう、そういうことだ。

「ま、そりゃそうだ。だってここは外の世界なんだからな」

「……はい」

ここはカクレテールではないから、賞金首のヤミディレとは違い、たとえ素顔を晒そうともクロンとアマエのことを知っている者は一人も居ない。

これまではカクレテールの街を歩くだけで、クロンは多くの人に頭を下げられたり感激されていた。

アマエが街を通るだけで、親切な街の連中が笑顔を向けては、お菓子とか果物をあげたりしていた。

でも、ここは違う。カクレテールから一歩外へ出たら、もうそこはクロンやアマエをチヤホヤする世界ではないのだ。

「今さらビビったか?」

「い、いえ、ちょっと緊張しただけです! 私は頑張るのです! これからヤミディレを守るのは私なのですから!」

「う~……う~……アマエも……だいじょ……ぶだもん」

「くははは、そうかい」

俺の問いに、緊張して少し表情を硬くするも、すぐに大丈夫だと言ってギュッと拳を握るクロンとアマエ。

ま、緊張するのは当たり前だろうけど、こんな小さな街一つで緊張しているようだと、クロンもこれから少し大変かもしれねーな。

だけど……

「へーい、嬢ちゃんたち危ないから下がって下がって!」

「「ッ!!??」」

港で漁船から降ろされた大量の魚を荷台に乗せた馬車が目の前を駆け抜けていく。

「あら~、びっくりしました……」

「うぅ……こわかった……」

驚いて一歩下がって立ち止まるクロンとアマエ。

これもまた、カクレテールでは今までなかった光景だろう。

「ぬぅ、なんだあの下等な人間は! 恐れ多くもクロン様の前を駆け抜けるなど無礼千万! この私が―――」

「やめろやめろ」

力を失っていながらも、感情に任せて目の前を通り過ぎた馬車を追いかけそうになるヤミディレの襟首を慌てて掴んで止める。

こいつも元将軍で多少なりとも地上世界の知識はあるだろうに、トレイナやクロンのことが絡むとほんとに……

「ふむ……やはりここは外の世界……ルールなども色々と違うのですね」

「……う~……うぅ……」

「怖がってはダメですよ、アマエ。これも一つの経験なのですから」

一方で、当の本人であるクロンはむしろ興味深そうに頷きながら、オドオドしているアマエを諭す。

「うん、ヤミディレ。私はこれからヤミディレを守れるよう頑張りますが、私は外の世界のことを知りません。だから、色々と教えてくださいね」

「ッ、クロン様、ですから私を……その、いえ、新しい知識をというのは……」

「あら? それともヤミディレもあまり外のことを詳しくないのですか?」

「そ、そんなことはありません! ええ、ありませんとも! では、早速……」

そう、クロンはカクレテールより外の常識やルールを全く知らないのだ。

だからこそ、それをこれから学んでいかなくてはならない。

それをヤミディレが教えるためにも、ヤミディレが簡単に暴れてトラブルを起こしたりするわけにもいかない。

ヤミディレもそれは理解したようで、さっきの馬車に対する怒りをグッと堪えて……

「コホン。では、クロン様。外の世界ではカクレテールのようにクロン様が通るだけで人間たちが全員その場で跪いて頭を下げたりするわけでもなく、あのように馬車も無礼にも目の前を通り過ぎたりします」

「ふむふむ」

「それは大変危険で、接触すれば大怪我をします。そして奴らも無能ですので、前方に人が現れても馬車は急に止まれなかったりします。そのため、歩行者側が注意しなくてはならないのです」

「ほほぉ~」

「よいですか? そのためにもこのように……」

軽く咳ばらいをして、姿勢を正すヤミディレ。

クロンもアマエも真剣な目でその姿を眺める。

「なんだ、あの美女たちは?」

「見たことない」

「天女様? それとも女神様」

「ここらへんで見ない人ね。何をしているんだろ?」

そして翼や角を隠しても、何だかんだでその美貌からヤミディレやクロンに気づいた住民たちがザワザワと集まって注目し始める。

ヤミディレが賞金首と知っている者が居ないのは不幸中の幸いだった。

そんな観衆の中、ヤミディレは……

「まずは、右を見ます!」

「「はい!」」

「そして、左を見ます!」

「「はい!」」

「そして念のためもう一度右を見ます!」

「「コクリっ!」」

「ちゃんと左右を確認し、その上で誰にでも分かるように高々と……このように手をビシッと上げて横断します! こうすれば、仮に横断中に馬車などが来ても、向こうも気付いて止まったり、減速するでしょう。これが、外の世界の基本的なルールの一つでもあります!」

「「おおぉぉぉ!!」」

右手を真っすぐビシッと上げて、道を横断していくヤミディレ。

その姿にクロンとアマエは目を輝かせる。

「分かりました、ヤミディレ! では、早速やります! アマエもいいですね?」

「ん!」

「まずは、右を見て!」

「みぎ!」

「左を見て!」

「ひだり!」

「もう一度右です!」

「みーぎっ!」

そのルールは、何も間違っていない。

俺もそのルールを教えてもらったことがある。

四歳か五歳ぐらいの頃だったか……幼稚舎で先生に教えてもらったな……んで、必ずそのときはフィアンセイに手を繋がされたっけ?

――ほら、アース! 我と手を繋ぐのだ! で、恥ずかしがらないで手を上げるのだ!

あ~、そういえばフィアンセイってあの頃から俺の事を……だったのかな? いや、まあ今それは関係ないけど、つまりヤミディレが教えた今のルールは間違ってはいないんだよ。間違ってないんだけど何かやっぱりズレている。

「そして、手を上げるのです! はい!」

「んーっ!」

手を繋いだクロンとアマエが「えっへん」と胸張って道を横断していく。

そんな二人に周囲に集まった住民たちもどよめきだしたり、クスクス笑ったりしている。

「ほほう。これが地上世界の習慣なのか……」

「いや、ま~、う~ん……」

王子もまた感心したように頷いているが、王子もそういう常識は知らないので分かってないんだろう。

「はい、とてもお上手ですよ、クロン様!」

そしてヤミディレはご満悦。

ヤバいな。ヤミディレもクロンが絡むとやっぱポンコツになるな。

確かに、このまま二人だったらやっぱりちょっと心配かもしれない。

でも……それについては、あいつが……

「さー、どいたどいたー! おらああ、道のど真ん中で集まってんじゃねーやい!」

「速荷さんのお通りだーーーい!」

と、そのときだった。

さっきの、魚を積んだ馬車よりも遥かに速度を出して、声を荒げながら向こうから走ってくる一台の馬車。

荷物を積んで違う土地へと届けたりすることを生業にする、速荷の馬車だ。

ああいうのは目的地まで『止まらない』というのが基本である。

だからこそ……

「あら? 何かが来ますね。でも、こうして手を上げていますので!」

「ん!」

速荷が来たら、普通は歩行者の方が道をサッと空ける。

それに慣れている住民たちは特に慌てる様子もなく、ササっと後ろに下がって速荷の道を作る。

しかし、それが分からないクロンとアマエは……

「ぬ……あの人間、止まらぬ気か! おのれぇ!」

「あ~、もう!」

ドヤ顔で手を上げているが、向こうは止まることを考えていない。

「こら、クロン。アマエ、危ないからこっちに!」

「え? でも、アース……私たち、手を上げてますけど? 私たちが最初に歩いていたのですよ?」

「おにーちゃん?」

俺は慌てて、クロンとアマエの手を引く。

しかし、流石にゴタゴタしていたので、速荷の方もようやくこっちの状況に気づいて急ブレーキをかけて俺たちの前で止まった。

「てーやんでい! 何をボーっとしてんだい、若ぇの!」

「え? あ、え? え?」

「死にてーのか、バカ野郎この野郎!」

ガラの悪い中年のおっさんが、声を荒げて俺らを怒鳴り散らす。

クロンは状況が分からないようでキョトンとし、アマエはビクッとして今にも泣きそうだ。

「あ、すまねえ、おっさん。こいつらは―――」

「おい、そこの人間ッ! 貴様、図が高いぞ! 一体誰に無礼な―――――」

「おやおや、こんな可憐な花に随分と粗野な暴言を。男として大減点だね」

俺が慌てて謝ろうとしたら、ヤミディレと王子がまた一段と事態をややこしくしようとしていた。

俺はこの世間知らずの奴らに頭が痛くなるが……

その時だった!

「かっかっかっか……はいはい、それまでそれまで!」

「「……ッ!?」」

「わりーな、おやっさん! こいつらは相当世間知らずな箱入りお嬢様たちでな、分かってねーんだよ。許してやってくんな!」

ああ……そうだよ……これからこの世間知らずだったり、ちょいとズレた奴らに、丁度いい知識やルールはあいつから……

「ああん?」

「ほれ、こいつは侘びだ。もらってくれや」

「ん? この瓶は……酒か?」

「ああ。仕事が終わったら、そいつで一杯やってくれや!」

「……へへ、こいつはありがてえ。兄ちゃん、話しが分かるじゃねーか。しゃーねぇ。おい、嬢ちゃんたちも今度から気ぃつけない!」

その男はフラリと風のように現れて、上機嫌に笑いながら持っていた酒瓶を速荷のおっさんに渡して、互いに笑い合ってゴタゴタを納めた。

機嫌よくした速荷が再び走ってあっという間に行ってしまった。

そして、現れた男は俺たちに振り返り……

「いよう、そこのイカした姉ちゃんたち。もしよかったら……俺と一緒に遊びに行っちゃ~くれね~かい? 世界の果てまで」

「あ……あぁ……あーーーーーっ!!」

「あ……」

「お、お前は!? な……な、何故ここに……お前が……」

現れた男の顔を見た瞬間、クロンたちは驚愕の声を上げる。

そしてその反応を見て男は指で鼻をすすりながら、また笑う。

「へへ……久しぶりっすね、師範。それに、随分と逞しい目をするようになったじゃねーか、妹分! そして……」

そして、男は俺を見て……

「兄弟。大まかには聞いてるぜ? よくぞやってくれた!」

そこには、真っ白いロングコートと白い帽子を被った長身。

力強い笑みと、そしてより一層ギラギラした眼をしたあの不良野郎が立っていた。

そして、あいつは俺に拳を突き出したので……

「ああ、マジで大変だったぜ……じゃじゃ馬娘たちには困ったもんだぜ。だから、後は頼むぜ? ……ブロッ!」

俺も拳を突き出して、あいつの……ブロの拳にコツンと当てて、俺も笑った。