軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十八話 何かをする

ただ普通に寝る。それはまた随分と久しぶりな気もした。

寝ている間もヴイアールの魔法でイメージトレーニングをしていたから、休息のための睡眠はやけにぐっすりと深く意識が落ちる。

自分でも「ああ、スゲー寝ている」というのが感覚で分かるぐらいに。

「……俺は……どれぐらい寝ていた?」

『二日ほどだ』

目を開けるとそこに天井は無く、薄暗い巨大な雲が空を覆いつくしていた。

昼か夜かも分からない曇天。

しかし、それは天気故ではない。敵の本拠地だ。

「……おいおい……あいつら、まだ居たのか?」

『ああ』

体を起こすと、俺が寝ていたのはボロボロの椅子を並べてできた簡易的なベッド。

周りを見渡すと、建物の壁も無く、まるで廃墟のような瓦礫の山が辺り一面に広がっていた。

「……これは……街が……」

『街? もはやただの瓦礫の山……そしてどこもかしこも負傷者ばかりの野戦病院状態だな……』

「これが……テラ級の破壊力ってやつかよ……」

『……そうだな……』

まだ立ち上がってもいないのに、その目に映る凄惨な光景に俺は言葉を失った。

「……みんなは……」

『メイドや、他の無事だったシスターたちや道場の関係者たちは皆動き回っている。負傷者の治療や、行方不明者の捜索、瓦礫の撤去、避難所の管理や食料の確保や準備などやることが多い』

「そうか……」

もう、何も言い様がないほどの甚大な被害状況。

とりあえず、俺も立ち上がろうとしたとき、あることに気づいた。

「ん? 腕が……」

左腕。脱臼と骨折でかなりの重症だったはず。

しかし、その左腕は一応包帯が多く巻かれてはいるものの、あまり痛みや違和感を感じなかった。

「これは、サディスが?」

数日で自然治癒なんてありえない。となると、魔法による回復しか考えられない。

それほどの強力な魔法となるとサディスしか思い浮かばなかったが……

『いいや、奴ではない』

「え?」

『そこに居る』

「ん? ……ぬおっ!?」

すぐに気づかなかった。俺が寝ている簡易ベッドを降りると、足元にボロボロのシーツに包まった何かが横たわっており、それがモゾっと動いた。

「く~……す~……ん……」

驚きながらその物体を覗き込むと、見慣れた魔族の角がシーツからはみ出していた。

「あっ……」

『女神と名乗るだけあり、ただのマスコットではないようだ。魔力の才もあり、回復魔法は相当なものだ』

「……クロン……」

『おそらくは、万が一怪我などを負ってもすぐに自分で治癒できるようにと、ヤミディレに覚えさせられたのだろうな』

なんと、クロンが床で寝ていたのだ。しかも、相当疲れているのか、グッスリと深い寝息を立てている。

ひょっとして、俺を看病……?

『貴様にだけではない。奴らが空へと戻った後、傷ついた人間どもを次から次へと分け隔てなく治療していた。その反動で今は寝ている』

「クロンがそんなことを……」

『おかげで、多くの者が救われている。大神官というものを失えど、女神という存在がまだこの国の民たちの心を支えているようだ。少しずつ回復した者たちが復興や、今後についてを考え、動こうともしている』

「そっか……」

俺が寝ている間に、皆は色々と動いていたようだ。

肝心な時にずっとダウンしていたことに情けないと思うと同時に、俺はあることを考えるようになった。

「……なぁ、トレイナ……」

『なんだ?』

「…………もし――――」

『そんなことを聞くな。誰もこうなることなど分からなかったのだからな。余も含めて……』

「ッ!?」

俺が思わず考えてしまったことを口に出してトレイナに問おうとすると、俺が口に出す前にトレイナが俺を制した。

俺が考えたこと。それは、こうなった原因だ。

もし……もし、ヤミディレが……万全の状態だったら?

俺との戦いで魔力は空になり、全身に痛みを抱え、戦うことも抵抗することもできない状態で、奴らが来た。

なぜ、そうなった?

ヤミディレが俺と戦ったからだ。

もし、あのとき俺がヤミディレと戦わず、大人しく言うことを聞いていたら……などと、考えるなとトレイナは言った。

「……ヤミディレは?」

『空の上に行ったまま……そして……あの雲は……いや、あの国は未だこの国の真上に漂って、特に変化はない。ヤミディレが死んだという話も聞かぬ』

「そっか……」

奴らの目的はヤミディレを捕まえること。

それが達成できたのに、何故未だにこの国の上空に居るのかは分からない。

だが、どんな理由にせよ、奴らが目に見える範囲に居る以上、何も安心できないだろうし、誰も落ち着かないだろう。

とはいえ、手の届かない距離にいる以上、こちらから手を出すこともできず、ただ空を見上げて唇を噛み締めることしかできない。

「……クロン……は、今は寝かせておくか」

クロンは……まだ、寝かせておいた方が……というより、どの面下げて今の俺が会えばいいのか分からない。

とりあえず……

『もうよいのか?』

「ああ。少し、周りを見て歩くよ」

いつまでも横になっているわけにはいかない。怖いが、今はとりあえず街がどうなっているのかをもっとよく見ないと。

そう思って俺は立ちあがり、クロンのズレているシーツを少し直してから、瓦礫の廃墟に足を踏み入れた。

「……にしても……どこを見ても……」

『戦争を知らぬ貴様は、こういうのは初めて見るのだな』

「……ああ……」

少し外を歩いても変わらない。いや、より一層凄惨さを感じる。

何故なら、俺が気を失う前までは存在していたものが無くなっているからだ。

パルクールをして飛び回った街。

ランニングで駆け抜けているときや、アマエと手を繋いで歩いていたときに微笑ましい視線や、気の良い連中たちが声を掛けてくれた日常。

抑圧も無く、誰もが安心して笑顔で商いをして活気溢れていた人々の暮らし。

何もかもだ。

「おじいちゃん、無理に起き上がらないで! 食事は私が運んでくるかな!」

「おお、すまんのう……」

「アマエ! お願い、お水を持ってきて!」

よく知る声に振り返ると、そこは街の中心……だったと思われる場所。

そこだけは、とりあえず瓦礫を片付けて、街中の無事だった人たちを集めてキャンプだったり、怪我人の治療などを行っているようだ。

「ん! アマエ、持ってくる! ……あうっ!」

「アマエ!?」

皆が疲れた表情をしているが、今は猫の手も借りたいと言わんばかりに、動けるものは忙しそうにしている。

小さなアマエも、自分にできる仕事をしようと一生懸命走り回るが、慌てて転んでしまった。

しかし、アマエはすぐに顔を上げる。

「アマエ、だいじょ―――」

「ん! 大丈夫!」

いつもならすぐに泣いていたかもしれないが、アマエはグッと涙を堪えてすぐに走り出した。

アマエも分かっているんだ。

今は、一人一人ができることをしなければならない時だと。

「おおーーい! ひとっ走りして、国中に応援を頼んだっすよー! あと半日もすれば国中から復興支援の人たちが来るっすから、皆、ガンバっす!」

「サディス姉さん、手が空いたらこっちも手伝ってもらっていいかな?」

「ええ、すぐに行きましょう」

街が破壊され、慕う大神官が捕まって連れていかれてしまった。

当然、人々の顔は暗いものの、絶望に打ちひしがれて何もしない……というわけじゃない。

皆が少しでも今できることをやろうとしている。

「みんな……頑張ってるな……」

『うむ……こういうときにどう動けるかで、人の心の強さが見えるというものだ。それと、この国は近年まで内戦があったようだし……酷だろうが……慣れているのだろう。こういうことにな』

親との仲違いでしばらく落ち込んで家出した俺とは比べ物にならねえ心の強さに、少し俺も心が揺れた。

「……じゃあ……俺は……?」

今の俺に何ができる? 怪我も睡眠とクロンの魔法でだいぶ良くなった。

「ふん! っし!」

試しにジャブを打ってみる。

ああ、問題ない。

だけど……

「……っし!」

『……童……』

今度は、真上の雲に向かって拳を突き出してみる。

だが、届くはずもない。

この距離だと、大魔螺旋の衝撃波を放ったところで、欠片も届くことはない。

「……くそが……」

俺の力が今は何の役にも立たない。それが歯がゆくて、悔しくて、腸が煮えくりそうだ。

「っそがああああああ! あの……あの鳥人間どもが……」

思い出しただけでも忌々しい。

空から現れたあの王子共。

突如雲の向こうから聞こえた偉そうな声。

何故あの時の俺は、もっと意識を保って連中を蹴散らすことが出来なかった?

取り返しのつかないことに……

「……このままじゃ……このまま済ませていいわけがねえ……」

『あまり思いつめるな。今の貴様の力ではどうしようもないことはある』

「トレイナ……」

『相手は一人や二人などではなく、もはや国家……それは……分かっているな?』

「……ッ……」

どうにかできないか? 拳を握りしめるも、トレイナはあくまで冷静に俺を止める。

何故なら今回の敵は、これまで戦ってきた、忍者集団、不良たち、格闘家たちなどとは違って、国家。

今の俺や、今のこの国の現状を見ても、どうにかなる気がまるでしない。

そんなことは俺だって分かっている。

でも……

「でも、このまま……敵の居場所が目に見えるってのに、何もできねーなんて……」

どうにかなる相手ではない。だから、俺も何もせずにこのまま復興の手伝いでもしているか?

それが正しい選択なのかもしれない。

でも、俺の心がそれに納得しなかった。

すると、トレイナは……

『別に何もできないわけではない』

「……え?」

『そもそも、思い上がった連中に不快な思いをさせられたのは余も同じ。このままで済ませていいとも、余も思ってはいない。あの空に浮かぶ連中に、強烈なカウンターパンチを打ち込む手は……ある』

不敵に、そしてこれまで何度も見てきた、頼もしさを感じる笑みをトレイナは見せた。

「ほ……本当か!?」

『まったく、余を誰だと思っている?』

「は、はは……そうか……じゃあ、トレイナ!」

『ただし……』

「……ん?」

『それを……貴様がやる意味があるのか……と、少々考えもする』

手がないわけではない。

しかし、それをトレイナは俺にすぐ教えるわけではなく、少し真剣な顔をして……

『ヤミディレは戦争犯罪者で賞金首。かつて、奴の指揮の下で何千何万の人間が死んだ。国も滅んだ。容赦ない策略で悲劇も生み出した。まぁ、それは余も同じではあるし、人間もお互い様ではあるが……しかし、奴は戦争が終わったこの国でも、良くも悪くも決して少なくはない人間たちをその手で破滅させた。自分の都合でな。更に、ヨーセイとかいう若造の件も忘れてはならない』

「それは……そうかもしれねーけど……」

『この国が今こうなってしまったのも、別に童の所為ではない。ヤミディレがこの国に居たからだ。そして、元を辿れば、かつて余があやつを配下にして、天空族を―――』

「おいおい! ちょ、待て! それは元を辿り過ぎだ。それこそ、あんたは関係ねーだろうが!」

『とにかく、余が考えるカウンターパンチは、童自身にも相当なリスクを背負わせることになるが……童がそこまでする必要はあるのか? と考えてしまう』

それはまるで、「何のために戦うのか?」と問われているように聞こえた。

確かに、ヤミディレはこの鎖国国家の外では人類の敵。

俺がこの国に居るキッカケも、ヤミディレが俺を攫ったから。

俺の人生を、俺の都合に関係なく勝手に決めようとしやがった。

そんな奴のために俺が戦うというのは確かにおかしい。

ならば、俺は何のために?

正直、言葉にして説明するのが難しく、俺は思わず言葉につまってしまった。