軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三話 俺を見ろ

もっとスピードで振り回してやると足に力を入れようとしたその時だった。

「ストップ。インターバルだ」

「……はっ?」

ヤミディレが鐘を鳴らして俺たちを制止した。

それを聞いた瞬間、マチョウさんは俺に背を向けてコーナーへ。

「オジサン……お水。お水」

「ああ、良い子だな、アマエ。ありがとう」

「んふー!」

コーナーへ行ったマチョウさんに、水の入ったコップをアマエが差し出す。

アマエの頭を撫でてそれを受け取るマチョウさん。アマエは嬉しそうにニンマリする。

そうか……休憩ってことか?

「ちっ……」

『ふふふふ、どうだ? 童』

文字通り水を差されたなと感じながら俺も舌打ちしながらコーナーへ。

すると、ニヤニヤしたトレイナが俺を待っていた。

『背中がいてーよ。つか、何だよあの武術は……あれも、あんたが考えたのか?』

『まあな……パンチ、キック、投げ、関節、更には環境を利用してのダイナミックな技……人を倒すというよりも、人に魅せ、興奮させ、楽しませるための技だ』

『楽しかねーぞ! 危うく意識がぶっ飛ぶところだったぞ!』

心の中でトレイナに向けて愚痴を言うが、トレイナは変わらず楽しそうだった。

「ん。水」

「あ? おお、俺にもくれんのか?」

「ん」

「そっか……ありがとな」

「……ムフ。アマエ……イイコだもん♪」

そのとき、反対側のコーナーからアマエがトコトコと俺まで駆け寄って、俺にも水を差しだしてくれた。

どうやら、そこら辺は公平にしてくれるようだ。

俺はそれをありがたく受け取って飲み、そして頭に被って気分を落ち着ける。

「ふ~」

そして、気分を落ち着けて冷静にさっきの攻防を思い返す。

マチョウさんが繰り出した技。

しかし、冷静になればなるほど、あんなのまともにやればくらうことはないほど隙だらけだ。

そう、まともにくらうなんて……

『つか、トレイナ! あんた、俺にあんなもんを、避けずにくらえとか……何考えてんだよ!』

『い、いや、良い経験ではないか。それに、奴も手加減していただろうし、もともとあれらの技は大味だが威力が分散されるし……』

『………ハシャイでたし……』

『は、ハシャイどらん』

『しかも、マチョウさんを応援してたし!』

『し、しとらんわ……』

俺がジト目で睨むとソッポ向きだすトレイナ。

明らかに動揺してやがる。

そんな様子のトレイナを見て、俺は思わず苦笑しちまった。

『……思い入れのあるものなのか?』

『……ぬっ……』

『そして……それを受け継いだ奴が居て……嬉しかったか?』

『……童……』

『ったく……』

俺がそう聞くと、少し考えるように口を閉ざすトレイナ。心当たりがあるようだな。

だが、俺はその反応だけ見て、もうそれ以上は深く聞かなかった。

「次のラウンド、始めるぞ!」

そして、インターバルの終わりがヤミディレから告げられて、再び鐘が鳴る。

同時に俺はコーナーから出て……

「……あんたには俺が居りゃ十分だって……言わせてやるよ」

『……ッ!?』

まるで、新たな決意のようなものを、俺は自然と口にして、飛び出していた。

そうだ。ヤミディレが伝えたものじゃなく、トレイナ本人から受け継ぐのは……

「さあ、始まったぞ!」

「次はどーすんだろうな?」

「流石にあいつもマチョウさんの技には驚いただろうし……」

「ああ。さっきと同じように足を使って逃げ回りながら攻撃じゃねーか?」

気付けばリングの周りにはかなりの人だかりだ。そしてその中にはさっき気付いたが……

「彼は……何を……何なんだ?」

「あの、最強戦士マチョウと……戦ってんのか?」

「うそでしょ? そんなの……僕らと同じ歳ぐらいの人が……」

「こ、こわくないんだな!?」

あいつらまで居やがる。

何でいるんだ? 学校サボったのか? まあ、居づらそうだったけどな。

そして、同時に思い出す。俺が別れ際にあいつらになんて言ったかを。

ダラダラしてないで、男を上げろよとか何とか……

そんなセリフを吐いた俺が「足を使って逃げ回る」なんて評されて黙ってられるか。

「いくぜ、マチョウさんよ!」

あんな馬鹿みてーな攻撃をくらう気はさらさらねぇ。

だが、足を使って攻撃を躱すことを逃げたと思われる気もねえ。

見せてやるよ、「足を使って戦う」ってところを。

「来い」

前へ出て、先にリング中央を越えて、まだ前へ出る途中のマチョウさんへ接近。

同時に俺は右拳を力強く握り絞め、モーションでかく振りかぶって、初っ端から叩き込んでやる。

「大魔フルスイング!!」

「ぬっ」

大きく振りかぶって拳を振り切る。普通はそう簡単に当てられるもんじゃねーが、マチョウさんはやはり俺の攻撃に反応できないというよりは「意図的」に攻撃を全部くらっている。

俺の拳が顔面の鼻にめり込む。だが、マチョウさんは一切まばたきせずに受け止めて、足も首もまるで揺らがねえ。

そして、俺は俺で痺れが右腕全体に広がっていく。

硬い……だけど……

「やるな……次はこちらだ」

「ぬっ!?」

「魔極真ナックルアロー!」

懐に居る俺に向かってマチョウさんはまるで投擲をするかのように大きく振りかぶる。

俺のフルスイングを更に大きくしたようなパンチだ。

それを拳骨のように俺に振り下ろす……が……当たるわけがねえ。

「よっと」

「………ふっ……はやいな」

まあ、マチョウさんも当たらないことは分かっていたみたいで特に驚いてはいないが、俺はマチョウさんの拳骨を、ほんの僅か、「頭と肩を掠るかどうかのギリギリの距離」を移動して回避。

だが、マチョウさんの攻撃はそこで終わらない。

「魔極真水平チョップ!」

「ほい」

「……むっ……」

今度は手刀で薙ぎ払うような攻撃を俺は、「胸を掠るかどうかのギリギリの距離」を回避する。

そして、この二回の回避でマチョウさんは何かに気づいた様子で、少し眉が動いた。

「……これは……」

『……童……』

そして、ヤミディレも、トレイナも俺が何をしているか気付いたようだ。

「あ~、やっぱまた回避してるよ」

「そりゃ、素人にマチョウさんの攻撃を受けろとか無茶だって」

ギャラリーだけはまだ気づいていない様子。だが、ここから……

「大魔ワンツー!」

「つっ……ぬっ……魔極真ストレートナックル!」

「ほいっ」

「……ッ!?」

俺のワンツーでマチョウさんの顔面を小突いて、反撃でマチョウさんから繰り出されるストレートパンチ。

俺はそれを上体反らし……スウェーで「前髪を触らせる程度」にギリギリで回避。

「うおおおお、でもあぶねええ!」

「間一髪! もう少しで当たったぞ!」

「いけー、マチョウさん、豪快な攻撃見せてくれ!」

「おい、坊主、逃げるならもっと大きく逃げ回れ! 危なっかしくて見てられねーぞ!」

思わずギャラリーからも息が漏れる間一髪の交差。

だが、今のでマチョウさんの表情が変わった。

「お前……」

「ボーっとしなさんな! 大魔ワンツー!」

マチョウさんの拳の引き際を狙いすましてまたワンツーを叩き込む。

もちろん、マチョウさんにダメージはなく、すぐにまた反撃してくる。

「魔極真水面蹴り!」

「よっ」

「ッ!?」

腰を低く落とし、俺の足を払うような低空キック。その蹴りを俺は後ろに下がり、「向う脛がギリギリ掠るかどうかの距離」で回避。

「お前……ッ、魔極真逆水平チョップ! 魔極真ローキック!」

どんどんマチョウさんの攻撃が速くなり、そして上下ほぼ同時に放たれる……が……

「もう……触らせないぜ」

「ッ!?」

最短距離で「あえてギリギリ回避」を繰り返す。

そして、ようやくギャラリーも気付き始めたようだ。

「お、おい……」

「なんか……おかしくねーか?」

「あんな近くにいて……触らせない?」

「つか、見ろよ! あいつの……足の動き!」

「オジサンのパンチ……当んない」

そう、リング全体を使って大回りに距離を取って戦うようなことをしない。

あえて、超接近戦。その中で、常に足を小刻みに動かして、相手の攻撃を最小限最短距離の高速回避。

そして、マチョウさんの攻撃が速くなればこっちも速度を上げ、相手の攻撃の威力が上がれば段々こちらもカウンター気味に打ち返していく。

「す、すごい……すごい! な、何なんだ、彼は!」

「魔法は……使ってねーよ……生身だ……なんで、あんなことができんだ!?」

「もう……形容の言葉が思い浮かばないよ……」

「……げ……芸術なんだな」

足を止めて正々堂々殴り合う? 足を使って逃げる? 違う。俺は足を使って正々堂々殴り合う。

それが、トレイナから師事された日から始まった、俺の道。そして、俺が受け継いだものだ。

「ぐっ……なんという出入り……そして、ソリッドな左と、鈍器のような右……これほどとは……」

「まだ、速くできるぜ、マチョウさん」

「ッ!?」

ダメージは無くとも、マチョウさんも流石に目を大きく見開いて驚いているようだ。

ようやく、少しはマジになってくれたかい?

「……確かに足さばきは見事……だが……本当に賞賛するのは、そこではない。なぜなら、単純なスピードだけならばカルイが上。ゆえに……賞賛すべきは……奴がまるでミスをしないことだ。恐怖心が……無いのか?」

そのとき、鋭い目つきで俺を見ているヤミディレが静かに呟いていた。

『いかに大振りとはいえ、ほんの僅かでも当たればダメージは免れない……ましてや相手は怪力無双……その相手の攻撃を超接近戦でまばたき一つせずに、あえてギリギリの皮一枚、紙一枚の距離で回避する……つまり、童はあの攻撃に対して、緊張感は持っていても、恐怖心で反応を鈍らせるようなことをしていないということだ……最初のラリアットは未知の技ゆえに面食らったが……もう、問題ないということか』

そして、コーナーでは、さっきまで大ハシャギしていたトレイナが、どこか温かい眼差しで呟いている。

『ふっ……小癪な……童め……見せつけているのか? 自分を見ろと言っているのか?』

そうだ、トレイナ。

昔を懐かしんでよそ見してんじゃねえ。

今のあんたには、俺が居るだろうが!

『やれやれ……ヤキモチか……かわいいやつめ』

『ちげーよ!』

『コラ……スパーの最中に気を逸らすな、集中しろ』

『押忍!』

そして、トレイナに背中を押し出されるような感じで、俺はまた駆け抜け、そして……

「今度は右だ! ふっとべよ!」

「ッ!?」

「大魔スマッシュ!!」

痛む拳に構わず、さっきは左でノーダメージだったスマッシュを、今度は右でマチョウさんの下顎にぶち込んでやった。

「っつ……っ……」

相変わらず硬く、膝が揺れるわけでも、後ずさりするわけでもねえ。

なんつー体してんだよ。

俺の拳大丈夫か?

だが、それでもスピードとカウンターに乗せたスマッシュだ。

かなりのもんだと思うが……

「ふぅ……大したものだ……なるほどな……」

すると、俺のスマッシュを受けたマチョウさんが……

「どうやら……自分程度の攻撃では……恐くないと……それとも、もっと強い攻撃でも知っているということか?」

「ん?」

突如構えを解いて、全身の力を抜きながらそう呟いた。

「お前は恐らく……自分よりも破壊力のある拳……自分よりも鋭い蹴り……自分よりも変則的で速度のある攻撃……自分よりも圧倒的に強い人物と戦ってきたのだな?」

顔を上げ、真っすぐと俺を見つめてそう問うマチョウさん。

その問いに、俺は自然と四人の顔を思い出した。

アカさんの拳。

ブロの蹴り。

トウロウのスピードとトリッキーな攻撃。

トレイナの強さ。

正にその通りだった。

「ああ。その通りだ」

「そうか……」

どれだけ見るものを魅了する技でも、俺はそんなもんに付き合わねえし、負けねえ。

そんな意思も込めて、俺はマチョウさんに答えた。

「お、おい……まだ鐘は鳴ってねーよな?」

「どうしたんだ?」

「やめちまったぞ?」

「マチョウさん……?」

「オジサン……」

突如止まって、スパーそのものの手を止めたマチョウさん。

少し考える様子を見せてから、リング下のヤミディレへ向き……

「師範。これ以上はやるべきではありません」

「…………」

「これほどの動きをする男……捉えるには、自分も全力を尽くすしかない……しかし、それはもうスパーリングではない」

マチョウさんからスパーの中断の申し入れ。

それは、もうこれ以上は模擬戦の域を超えてしまうという判断のようだ。

「……確かに……これ以上やられると……道場が壊れそうだ……お互いにな……」

「申し訳ありません」

「……アース・ラガン……貴様もそれでよいか?」

「ん? ん~……まぁ……そっちにやる気がねーなら別に……」

体も随分温まって、これからまだまだって所でもあったが、俺はスパーの中断を受け入れた。

確かに、これ以上は模擬戦の域を超えるというのは俺も納得だったからだ。

「とはいえ、このスパーは、自分の負けだ。素晴らしい動きだった」

そして、マチョウさんはこの時点での敗北を爽やかに認めた。

「けっ、何を……一つも嬉しくねーし、何も勝ったとも思えねえ。全力を出してない人に言われてもな」

「全力を出していない? 奥の手を出していないのは、お前も同じだろう?」

まだ、俺にはブレイクスルーがある。

どうやら、マチョウさんも俺もここから更に一段階強くなることを見抜いているようだ。

とはいえ、それはお互い様だということは俺でも分かった。

マチョウさんもまだ底が見えねえ感じだ。

だからこそ、ここでお互いの手の内はこれ以上は晒さず、決着は……

「では……今度は……」

「ああ、三カ月後は最後まで」

来るべき日に決着を。その約束をして、俺たちのスパーは幕を閉じた。